拾遺和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 213首―

【巻数】二十巻

【歌数】1351首(新編国歌大観による)

【勅宣】花山院

【成立】不明。寛弘二、三年(1005〜06)頃とする説が有力。

【撰者】不明。花山院親撰とするのがほぼ定説。藤原長能源道済らが関与したとの説もある。

【主な歌人と収録歌数】紀貫之(113首) 柿本人麿(104首) 大中臣能宣(62首) 清原元輔(48首) 平兼盛(39首)

【性格】第三勅撰和歌集。「三代集」の最後。
「拾遺和歌集」という名は、古今後撰両集に遺漏した歌を拾う、という意味を持たせものに違いない。実際、この集においては、貫之・躬恒ら古今集の主要歌人の歌がさらに補われ、また後撰集の編者たちの歌が初めて大々的に採用されている。
前二集にくらべ、目立った特色は、人麿の歌が極めて多いことである(貫之に次ぎ、104首)。もっとも、人麿の真作とみとめられる歌はわずかに過ぎず、大半は万葉集の作者不詳歌の異伝か、または平安朝に成立した『人麿(人丸)集』に収められた古歌なのであるが。ともあれ、拾遺集における人麿評価は、万葉集を理想と仰いだ古今集の初志の再確認と共に、和歌史に対する関心の広がりを示している。
屏風歌など、晴の歌の多さでは、古今集を凌ぎ、後撰集と好対照をなす。また、恋歌に秀歌が多いことは定評がある(『定家八代抄』でも恋歌が多く採られている)。
まま詞そのものへの強すぎる執着や凝りすぎた趣向を見せる古今集の歌々に比べると、拾遺集の歌は詞も姿も穏やかな佇まいを見せ、「平淡優美」な歌風とも称される。親しみやすい反面、古今集の歌に見られた鋭敏な感覚性や調子の高さを欠く憾みがある。その背景として、宮廷生活の成熟と洗練があることは、既に多く指摘されているところである。

【定家八代抄に漏れた主な名歌】
桜ちる木の下風はさむからで空にしられぬ雪ぞふりける(紀貫之)
ゆきやらで山路くらしつほととぎす今ひと声の聞かまほしさに(源公忠)
いづ方になきてゆくらむほととぎす淀のわたりのまだ夜ぶかきに(壬生忠見)
朝まだき嵐の山の寒ければ紅葉の錦着ぬ人ぞなき(藤原公任)

【底本】『八代集 二』(奥村恒哉校注 東洋文庫)

【参照】『拾遺和歌集』(小町谷照彦校注 岩波新日本古典文學大系) 以下、新大系本と略称。



―目次―

巻一(春) 巻二(夏) 巻三(秋) 巻四(冬) 巻五(賀) 巻六(別) 巻七(物名) 巻八(雑上) 巻九(雑下) 巻十(神楽歌) 巻十一(恋一) 巻十二(恋二) 巻十三(恋三) 巻十四(恋四) 巻十五(恋五) 巻十六(雑春) 巻十七(雑秋) 巻十八(雑賀) 巻十九(雑恋) 巻二十(哀傷)



巻第一(春)11首

平定文が家歌合によみ侍りける      壬生忠岑

0001 春たつといふばかりにやみ吉野の山もかすみて今朝はみゆらん(0002)

冷泉院東宮におはしましける時、歌たてまつれとおほせられければ
                     源重之

0004 吉野山みねのしら雪いつ消えて今朝は霞のたちかはるらん(0003)

題しらず                柿本人麿

0012 梅の花それとも見えず久かたのあまぎる雪のなべてふれれば(0043)

                    大伴家持

0021 春の野にあさる(きぎす)の妻恋におのがありかを人に知れつつ(0038)

入道式部卿の親王(みこ)子日(ねのひ)し侍りける所に 大中臣能宣(よしのぶ)

0024 千年までかぎれる松も今日よりは君にひかれて万代やへん(0614)

菅家万葉集の中           よみ人しらず

0040 浅みどり野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花桜かな(0113)

題しらず

0050 桜がり雨はふりきぬ同じくは()るとも花の陰に隠れむ(0116)

0053 桜色に我が身はふかくなりぬらん心にしみて花を惜しめば(0138)

註:新大系本、第四句「心にしめて」。

0056 ふる郷の霞とびわけゆく雁は旅の空にや春をくらさむ(0083)

0074 春霞たちわかれ行く山道は花こそ(ぬさ)と散りまがひけれ(0187)

延喜御時、春宮御屏風に           貫之

0076 風吹けば方もさだめず散る花をいづ方へゆく春とかはみむ(0188)

巻第二(夏)7首

屏風に                    (したがふ)

0080 我が宿の垣根や春をへだつらん夏来にけりとみゆる卯の花(0199)

冷泉院の東宮におはしましける時、百首歌たてまつれとおほせられければ
                     源重之

0081 花の色にそめし袂の惜しければ衣かへ憂き今日にもあるかな(0196)

天暦御時歌合に              平兼盛

0101 み山いでて夜半にや来つる時鳥あかつきかけて声の聞こゆる(0211)

題しらず                延喜御製

0111 足引の山時鳥けふとてやあやめの草のねにたてて鳴く(0217)

註:作者は醍醐天皇。

                  よみ人しらず

0125 時鳥なくや五月のみじか夜も独りし()れば明かしかねつも(0219)

延喜御時、月次御屏風に           貫之

0127 五月山()の下闇にともす火は鹿のたちどのしるべなりけり(0233)

延喜御時御屏風に

0130 夏山の影を繁みや玉ほこの道行き人も立ちどまるらん(0232)

巻第三(秋)10首

秋のはじめによみ侍りける        安法法師

0137 夏衣まだひとへなるうたた寝に心して吹け秋のはつ風(0273)

河原院にて「荒れたる宿に秋来」といふ心を人々よみ侍りけるに
                   恵慶法師(ゑぎやうほうし)

0140 やへむぐら繁れる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり(0274)

題しらず                 安貴王

0141 秋立ちて幾日(いくか)もあらねどこの寝ぬる朝けの風は袂すずしも(0276)

廉義公家にて「草むらの夜の虫」といふ題をよみ侍りける
                  藤原為頼(ためより)

0178 おぼつかないづこなるらむ虫の()をたづねば草の露や乱れん(0349)

三条の(きさい)の宮の裳着(もぎ)侍りける屏風に、九月九日の所
                       元輔

0184 我が宿の菊の白露けふごとに幾世つもりて淵となるらん(0425)

題しらず                   躬恒

0185 長月の九日(ここぬか)ごとにつむ菊の花もかひなく老いにけるかな(0426)

三百六十首の中に             曾禰好忠(そねのよしただ)

0188 神なびのみむろの山をけふ見れば下草かけて色づきにけり(0444)

題しらず                大中臣能宣

0190 紅葉せぬ常盤の山にすむ鹿はおのれ鳴きてや秋を知るらん(0419)

                   よみ人しらず

0191 秋風のうち吹くごとに高砂の尾上の鹿の鳴かぬ日ぞなき(0416)

                     深養父(ふかやぶ)

0202 河霧の麓をこめてたちぬれば空にぞ秋の山は見えける(0391)

巻第四(冬)8首

散り残りたる紅葉を見侍りて       僧正遍昭

0220 唐錦枝に一むら残れるは秋の形見を絶たぬなるべし(0490)

註:新大系本、第五句「たゝぬなりけり」。

百首歌の中に               源重之

0223 葦の葉に隠れて住みし津の国のこやもあらはに冬は来にけり(0509)

題しらず                  貫之

0224 思ひかね妹がりゆけば冬の夜の川風寒み千鳥鳴くなり(0532)

                  右衛門督公任(きんたう)

0230 霜おかぬ袖だにさゆる冬の夜は鴨のうは毛を思ひこそやれ(0525)

註:新大系本、第三句「冬の夜に」。

恒徳公家の屏風に              元輔

0237 高砂の松にすむ鶴冬来れば尾上の霜や置きまさるらむ(0521)

月をみてよめる             恵慶法師

0242 あまの原空さへ冴えやわたるらむ氷と見ゆる冬の夜の月(0545)

入道摂政の家の屏風に            兼盛

0250 見わたせば松の葉しろき吉野山いく世つもれる雪にかあるらん(0556)

斎院の御屏風に、十二月つごもりの夜

0261 数ふれば我が身につもる年月をおくりむかふと何いそぐらん(0580)

巻第五(賀)11首

天暦御時、斎宮くだり侍りける時、長奉送使にてまかりかへらむとて
                    中納言朝忠

0263 万世(よろづよ)のはじめと今日を祈りおきていさ行末は神ぞ知るらん(0600)

註:新大系本、第四句「今行末は」。

はじめて平野祭に男使たてし時、歌ふべき歌よませしに
                    大中臣能宣

0264 ちはやぶる平野の松の枝しげみ千世も八千世も色はかはらじ(0599)

贈皇后宮の御産屋の七夜に、兵部卿致平の親王(みこ)の雉の(かた)を作りて、誰ともなくて歌をつけて侍りける
                     清原元輔

0266 朝まだき桐生(きりふ)の岡にたつ雉は千代の日つぎの始めなりけり(0612)

藤氏の産屋にまかりて            能宣

0267 ふた葉よりたのもしきかな春日山木高(こだか)き松の種ぞと思へば(0604)

承平四年、中宮の賀し侍りける時の屏風に 斎宮内侍

0275 色かへぬ松と竹との末の世をいづれ久しと君のみぞ見ん(0605)

一条摂政、中将に侍りける時、父の大臣の五十賀し侍りける屏風に
                  小野好古(よしふる)朝臣

0282 吹く風によその紅葉は散りくれど君がときはの影ぞのどけき(0606)

権中納言敦忠、母の賀し侍りけるに   源公忠朝臣

0283 万代もなほこそ()かね君がため思ふ心のかぎりなければ(0607)

五条内侍のかみの賀、民部卿清貫し侍りける時、屏風に
                      伊勢

0284 大空にむれたる(たづ)のさしながら思ふ心のありげなるかな(0608)

天徳三年、内裏に花宴せさせ給ひけるに
                   九条右大臣

0286 桜花こよひかざしにさしながらかくて千年の春をこそ経め(0617)

註:作者は藤原師輔(もろすけ)

題しらず              よみ人しらず

0287 かつ見つつ千年の春はすぐすともいつかは花の色に飽くべき(0618)

註:新大系本、第二句「千とせの春を」。

0299 君が代は天の羽衣まれにきて撫づとも尽きぬ巌ならなん(0586)

巻第六(別)10首

題しらず              よみ人しらず

0306 忘るなよ別れ()におふる(くず)の葉の秋風吹かば今かへり来ん(0733)

0312 別れては逢はん逢はじぞ定めなきこの夕暮や限りなるらん(0734)

天暦御時、御乳母(めのと)肥前が出羽(いでは)の国に下り侍りけるに、(せん)たまひけるに、藤壺より装束(さうぞく)給ひけるに、添へられたりける

0321 ゆく人をとどめがたみの唐衣たつより袖のつゆけかるらん(0735)

註:新大系本は詞書の「肥前」を「肥後」とする。

同じ御乳母の餞に、殿上の(をのこ)ども、女房など別れ惜しみ侍りけるに
                  御乳母(めのと)少納言

0322 惜しむともかたしや別れ心なる涙をだにもえやはとどむる(0736)

肥後守にて清原元輔くだり侍りけるに、源満仲、餞し侍りけるに、かはらけ取りて
                         元輔

0333 いかばかり思ふらんとか思ふらむ老いて別るる遠き別れを(0737)

返し                    源満仲朝臣

0334 君はよし行末遠しとまる身の待つほどいかがあらんとすらむ(0738)

筑紫へまかりける人のもとに、言ひつかはしける   橘倚平(よりひら)

0337 昔見し(いき)の松原こと問はば忘れぬ人もありと答へよ(0751)

題しらず                  よみ人しらず

0346 君をのみ恋ひつつ旅の草まくら露しげからぬ暁ぞなき(0809)

流され侍りて後、言ひおこせて侍りける    贈太政大臣

0351 君がすむ宿の梢のゆくゆくと隠るるまでにかへり見しはや(0806)

笠金岡が(もろこし)にわたりて侍りける時、()長歌(ながうた)よみて侍りける返し
                         金岡

0352 浪のうへに見えし小島の島隠れ行くそらもなし君に別れて(0807)

註:底本には作者名の下に小字で脚注「金岡仁明天皇御時人也承和四年九月五日図御所絵」とある。

巻第七(物名)0首

巻第八(雑上)13首

()におくれて侍りける頃、月を見侍りて  大江為基

0434 ながむるに物思ふことの慰むは月は憂き世のほかよりや行く(1597)

法師にならむと思ひたち侍りける頃、月を見侍りて  藤原高光

0435 かくばかり()がたく見ゆる世の中にうらやましくもすめる月かな(1598)

冷泉院の東宮におはしましける時、月を待つ心の歌、(をのこ)どものよみ侍りけるに
                      藤原仲文

0436 有明の月のひかりを待つほどに我が世のいたくふけにけるかな(1599)

同じ御時、大井に行幸ありて、人々に歌よませさせ給ひけるに
                        貫之

0455 大井川かはべの松に言問はんかかるみゆきやありし昔を(1450)

註:新大系本、第五句「ありし昔も」。詞書の「同じ御時」は延喜御時(醍醐天皇代)。

河原院の古松をよみ侍りける          源道済

0461 行末のしるしばかりに残るべき松さへいたく老いにけるかな(1688)

題しらず                よみ人しらず

0465 藻刈舟いまぞ渚に来寄すなる(みぎは)(たづ)も声さわぐなり(1666)

橘の忠幹(ただもと)が、人のむすめにしのびて物言ひ侍りける頃、遠き所にまかり侍るとて、この女のもとに言ひつかはしける

0470 忘るなよ程は雲居になりぬとも空行く月のめぐり逢ふまで(0732)

菅原の大臣かうぶりし侍りける夜、のよみ侍りける

0473 久方の月の桂も折るばかり家の風をも吹かせてしがな(1489)

流され侍りける道にてよみ侍りける     贈太政大臣

0479 天つ星道も宿りもありながら空にうきても思ほゆるかな(0782)

浮木(うきぎ)といふ心を

0480 流れ木も三年(みとせ)ありてはあひ見てん世の憂き事ぞかへらざりける(0783)

大津の宮の荒れて侍りけるを見て          人麿

0483 さざなみや近江(あふみ)の宮は名のみして霞たなびき宮木守(みやぎもり)なし(1678)

初瀬へ()でける(みち)に、佐保山のわたりに宿りて侍りけるに、千鳥の鳴くを聞きて
                         能宣

0484 暁の寝覚の千鳥誰がためか佐保の川原にをちかへり鳴く(0537)

註:新大系本、詞書の冒頭「初瀬へまで侍ける…」。

詠葉                       人麿

0491 いにしへにありけむ人も我がごとや三輪の桧原にかざし折りけん(1644)

巻第九(雑下)1首

これが御(かへり)、ただ「稲舟の」とおほせられたりければ、又御返し
                    東三条太政大臣

0575 いかにせん我が身くだれる稲舟(いなぶね)のしばしばかりの命堪へずは(1490)

註:東三条太政大臣(兼家)の長歌に対し、円融天皇が「稲舟の(否にはあらずこの月ばかり)」と御返答したのに対し、兼家が再び歌でお返事したもの。

巻第十(神楽歌)4首

0576 榊葉にゆふしでかけて誰が世にか神の御前(みまへ)にいはひそめけん(1757)

0577 榊葉の香をかぐはしみ尋め来れば八十氏人(やそうぢびと)円居(まとゐ)せりける(1758)

0587 住吉のきしもせざらむ物ゆゑにねたくや人に松と言はれん(1759)

ある人のいはく、住吉明神の託宣とぞ。

住吉に詣でて                  安法法師

0589 (あま)くだる現人神(あらひとがみ)の相生を思へば久し住吉の松(1760)

巻第十一(恋一)22首

天暦御時歌合                  壬生忠見

0621 恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか(0883)

                         平兼盛

0622 忍ぶれど色に出にけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで(0884)

題しらず                  よみ人しらず

0625 歎きあまりつひに色にぞ出でぬべき言はぬを人の知らばこそあらめ(0983)

0626 逢ふ事を松にて年の経ぬるかな身は住の江に生ひぬものゆゑ(0886)

0627 音に聞く人に心をつくば()のみねど恋しき君にもあるかな(0840)

堤の中納言御息所(みやすどころ)を見てつかはしける
                     小野宮太政大臣

0636 あな恋しはつかに人をみづの泡の消えかへるとも知らせてしがな(0845)

註:「小野宮太政大臣」は藤原実頼。

返し

0637 長からじと思ふ心は水の泡によそふる人の頼まれぬかな(0846)

題しらず                  よみ人しらず

0639 大井河くだす筏の水馴棹(みなれさほ)みなれぬ人も恋しかりけり(0944)

                          人麿

0640 水底におふる玉藻のうちなびき心をよせて恋ふる頃かな(0945)

註:新大系本、第五句「恋ふるこの頃」。

                      よみ人しらず

0646 いかにしてしばし忘れん命だにあらば逢ふ夜のありもこそすれ(1020)

                       九条右大臣

0650 沢にのみ年は経ぬれど葦鶴(あしたづ)の心は雲の上にのみこそ(1025)

註:作者は藤原師輔。後撰集0753番に小異歌があり、「女四の親王(みこ)におくりける」の詞書がある。

                          人麿

0661 奥山の岩垣沼のみごもりに恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ(0946)

大嘗会の御禊に、物見侍りける所に、(わらは)の侍りけるを見て、又の日つかはしける
                        寛祐法師

0662 あまた見し(とよ)(みそぎ)のもろ人の君しも物を思はするかな(0878)

題しらず                  よみ人しらず

0666 玉江漕ぐ菰刈舟(こもかりぶね)のさしはへて波間もあらば寄らむとぞ思ふ(0915)

                        柿本人麿

0668 み熊野の浦の浜木綿百重(ももへ)なる心は思へどただに逢はぬかも(0916)

懸想し侍りける女の、さらに返り事し侍らざりければ
                     藤原実方(さねかた)朝臣

0670 我がためはたな井の清水ぬるけれど猶かきやらむさてはすむやと(0920)

返し                    よみ人しらず

0671 かきやらば濁りこそせめ浅き瀬の水屑(みくづ)は誰かすませても見ん(0921)

女のもとにつかはしける          小野宮太政大臣

0673 人知れぬ思ひは年も経にけれど我のみ知るはかひなかりけり(0876)

題しらず                  よみ人しらず

0677 恋といへば同じ名にこそ思ふらめいかで我が身を人に知らせん(0877)

天暦御時歌合に                中納言朝忠

0678 逢ふ事の絶えてしなくは中々に人をも身をも怨みざらまし(1116)

題しらず                    大伴百世

0685 恋ひ死なむ後は何せん生ける日のためこそ人は見まくほしけれ(1029)

                          人麿

0695 恋ひつつも今日は暮らしつ霞たつ明日の春日をいかで暮らさん(1250)

巻第十二(恋二)18首

題しらず                      人麿

0700 無き名のみたつの市とはさわげどもいさまた人をうるよしもなし(0950)

0702 竹の葉に置きゐる露のまろび合ひて()るとはなしに立つ我が名かな(0951)

                      よみ人しらず

0706 木幡(こはた)川こは()が言ひし言の葉ぞ無き名すすがん滝つ瀬もなし(0949)

                      権中納言敦忠

0710 逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり(1072)

はじめて女のもとにまかりて、あしたにつかはしける  能宣

0714 逢ふ事を待ちし月日のほどよりも今日の暮こそ久しかりけれ(1037)

題しらず                      貫之

0724 百羽(ももは)がき羽かく(しぎ)も我がごとく(あした)侘びしき数はまさらじ(1066)

女につかはしける              よみ人しらず

0730 身をつめば露をあはれと思ふかな暁ごとにいかでおくらむ(1046)

0731 憂しと思ふものから人の恋しきはいづこを偲ぶ心なるらん(1389)

註:この歌は恋五・0944番に重出。『定家八代抄』にも重出。

0733 夢よりもはかなき物はかげろふのほのかに見えし影にぞありける(1229)

題しらず                      人麿

0746 杉板もて葺ける板間の合はざらばいかにせんとか我が寝()めけん(1090)

                      よみ人しらず

0749 恋ひ侘びぬ()をだに泣かん声たてていづこなるらん音無の滝(0942)

註:新大系本、第五句「音無の里」。

忍びて懸想し侍りける女のもとにつかはしける     元輔

0750 音無の河とぞつひに流れ出づる言はで物思ふ人の涙は(0943)

註:新大系本、第三句「流れける」。

題しらず                  よみ人しらず

0751 風さむみ声よわりゆく虫よりも言はで物思ふ我ぞまされる(1006)

0752 志賀(しか)のあまの釣にともせるいざり火のほのかに妹を見るよしもがな(0903)

註:この歌は恋五・0968番歌と重出。

侍従に侍りける時、村上の先帝の御乳母に、しのびて物のたうびけるに、「付きなき事なり」とてさらに逢はず侍りければ
                        一条摂政

0758 隠れ()のそこの心ぞうらめしきいかにせよとてつれなかるらん(0863)

註:一条摂政は藤原伊尹(これまさ)

題しらず                    大伴方見(かたみ)

0765 石上(いそのかみ)ふるとも雨にさはらめや逢はんと妹に言ひてしものを(1202)

五月五日、ある女のもとにつかはしける    よみ人しらず

0767 いつかとも思はぬ沢のあやめ草ただつくづくと()こそ泣かるれ(0990)

題しらず

0771 思ひきや我が待つ人はよそながらたなばたつめの逢ふを見んとは(0958)

巻第十三(恋三)27首

題しらず                     人麿

0778 足引の山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかも寝ん(1121)

                     よみ人しらず

0779 足引の葛木山(かづらきやま)にゐる雲のたちてもゐても君をこそ思へ(1352)

0780 足引の山の山菅やまずのみ見ねば恋しき君にもあるかな(1135)

旅の思ひを述ぶといふことを           石上乙麿

0781 足引の山越え暮れて宿借らば妹立ち待ちて()ねざらむかも(1136)

題しらず                      人麿

0782 足引の山より出づる月待つと人には言ひて君をこそ待て(1375)

0783 みか月のさやかに見えず雲がくれ見まくぞほしきうたてこの頃(1377)

                      よみ人しらず

0784 逢ふ事はかたわれ月の雲がくれおぼろげにやは人の恋しき(1378)

月のあかかりける夜、女のもとにつかはしける  信明(さねあきら)

0787 恋しさは同じ心にあらずとも今宵の月を君見ざらめや(1379)

返し                     中務(なかつかさ)

0788 さやかにも見るべき月を我はただ涙にくもる折ぞおほかる(1380)

万葉集和せる歌                 順

0794 ひとり寝る宿には月の見えざらば恋しきことの数はまさらじ(1360)

題しらず                   人麿

0795 長月の有明の月のありつつも君し来まさば我恋ひめやも(1381)

月のあかき夜、人を待ち侍りて

0796 ことならば闇にぞあらまし秋の夜のなぞ月影の人頼めなる(1382)

題しらず                 春宮左近

0797 ふらぬ夜の心を知らで大空の雨をつらしと思ひけるかな(1099)

今は来じと言ひ侍りける女のもとにつかはしける
                   よみ人しらず

0800 忘れなむ今は()はじと思ひつつ()る夜しもこそ夢に見えけれ(1412)

註:新大系本、詞書の冒頭「今は()はじ」。『拾遺抄』と『定家八代抄』、作者を源巨城とする。

題しらず

0802 むば玉の妹が黒髪こよひもや我が無き床になびき出でぬらん(1413)

                       人麿

0807 夕け問ふ(うら)にもよくあり今宵だに来ざらむ君をいつか待つべき(1081)

0808 夢をだにいかで形見に見てしがな逢はで()る夜のなぐさめにせん(1220)

                   よみ人しらず

0816 巻向(まきもく)の桧原の霞たちかへりかくこそは見めあかぬ君かな(1161)

冬より比叡(ひえ)の山にのぼりて、春まで音せぬ人のもとに                   藤原清正(きよただ)(むすめ)

0817 ながめやる山辺はいとど霞みつつおぼつかなさのまさる春かな(1251)

題しらず                  山辺赤人

0819 我が背子をならしの岡の呼子鳥君呼びかへせ夜のふけぬ時(1253)

                    よみ人しらず

0822 叩くとて宿の妻戸をあけたれば人もこずゑの水鶏(くひな)なりけり(1254)

0829 夏草のしげみに()ふるまろこ菅まろがまろ寝よ幾夜経ぬらん(1258)

天暦御時、広幡(ひろはた)の御息所ひさしく参らざりければ、御文つかはしける
                        御製

0830 山がつの垣ほに生ふる撫子に思ひよそへぬ時のまぞなき(1174)

註:村上天皇御製。

三百六十首歌のなかに            曾禰好忠

0833 我が背子が来まさぬ宵の秋風は来ぬ人よりもうらめしきかな(1266)

題しらず                    赤人

0837 恋しくは形見にせんと我が宿に植ゑし秋萩今さかりなり(1279)

                     馬内侍(むまのないし)

0840 うつろふを下葉ばかりと見しほどにやがても秋になりにけるかな(1283)

                        人麿

0845 我が背子を我が恋ひをれば我が宿の草さへ思ひうら枯れにけり(1285)

巻第十四(恋四)21首

題しらず                    人麿

0849 朝寝髪われはけづらじうつくしき人の手枕ふれてしものを(1414)

元輔が婿になりて、あしたに       藤原実方朝臣

0850 時のまも心は空になるものをいかで過ぐしし昔なるらん(1166)

題しらず                    人麿

0853 湊入りの蘆わけ小舟(をぶね)さはりおほみ我が思ふ人に逢はぬ頃かな(1201)

                    よみ人しらず

0856 波間より見ゆる小島の浜ひさ木久しくなりぬ君に逢はずて(1317)

                        人麿

0857 ます鏡手に取り持ちて朝な朝な見れども君にあく時ぞなき(1164)

                    よみ人しらず

0859 伊香保のや伊香保の沼のいかにして恋しき人を今ひとめ見ん(1427)

0860 玉川にさらす手づくりさらさらに昔の人の恋しきやなぞ(1428)

                        右近

0870 忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな(1418)

女をうらみて「さらにまうで来じ」と誓ひて後につかはしける
                       実方朝臣

0871 何せんに命をかけて誓ひけむいかばやと思ふ折もありけり(1419)

題しらず                     人麿

0874 かくばかり恋しきものと知らませばよそに見るべくありけるものを(1420)

女のもとにつかはしける            藤原惟成(これなり)

0878 人知れず落つる涙のつもりつつ数かくばかりなりにけるかな(1028)

題しらず                 よみ人しらず

0880 さ牡鹿(をしか)の爪だにひちぬ山川のあさましきまで訪はぬ君かな(1426)

                         人麿

0887 難波人あし火たく屋は(すす)たれど己が妻こそ(とこ)めづらなれ(1165)

                     よみ人しらず

0889 八百日(やほか)行く浜の真砂と我が恋といづれまされり沖つ島守(1199)

屏風にみ熊野の(かた)かきたる所          兼盛

0890 さしながら人の心をみ熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)いくへなるらん(1200)

題しらず                 よみ人しらず

0893 葦根はふ(うき)は上こそつれなけれ下はえならず思ふ心を(0862)

                         人麿

0895 たらちねの親の飼ふ()の繭ごもりいぶせくもあるか妹に逢はずて(1190)

註:新大系本、第五句「妹に逢はずして」。

                     よみ人しらず

0897 たらちねの親のいさめしうたた寝は物思ふ時のわざにぞありける(1191)

道をまかりてよみ侍りける             人麿

0910 よそにありて雲居に見ゆる妹が家に早くいたらむ歩め黒駒(1203)

入道摂政まかりたりけるに、門を遅く明けければ
                     右大将道綱母

0912 歎きつつ独り()る夜の明くるまはいかに久しき物とかは知る(1086)

註:新大系本の詞書、「明けければ」の後に「立ちわづらひぬと言ひ入れて侍ければ」が続く。

題しらず                   柿本人麿

0924 ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし今は我が身の惜しけくもなし(1243)

巻第十五(恋五)21首

善祐法師ながされて侍りける時、母の言ひつかはしける

0925 泣く涙世はみな海となりななん同じ渚に流れよるべく(1331)

題しらず                     人麿

0926 住吉の岸にむかへる淡路島あはれと君をいはぬ日ぞなき(1169)

                     よみ人しらず

0931 ありへんと思ひもかけぬ世の中はなかなか身をぞ嘆かざりける(1539)

0933 世の中の憂きもつらきも忍ぶれば思ひ知らずと人や見るらむ(1540)

                         人麿

0937 恋ひ死なば恋ひも死ねとや玉ほこの道行人にことづてもなき(1388)

                     よみ人しらず

0948 心をばつらき物ぞと言ひ置きて変はらじと思ふ顔ぞ恋しき(1390)

物いひ侍りける女の、後につれなく侍りて、さらに逢はず侍りければ
                       一条摂政

0950 哀れとも言ふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな(1407)

題しらず                     伊勢

0951 さもこそは逢ひ見んことのかたからめ忘れずとだに言ふ人のなき(1387)

                         貫之

0953 おほかたの我が身ひとつの憂きからになべての世をも恨みつるかな(1538)

                         人麿

0954 荒ち()の狩る矢の先に立つ鹿もいと我ばかり物は思はじ(1408)

0955 あら磯のほか行く波のほか心我は思はじ恋ひは死ぬとも(1170)

女のもとにまかりけるを、もとの()(せい)し侍りければ
                        源景明

0963 風をいたみ思はぬかたに泊りするあまの小舟もかくや侘ぶらん(1321)

題知らず                   坂上郎女

0966 黒髪にしろ髪まじり()ふるまでかかる恋にはまだ逢はざるに(1416)

註:新大系本、第五句「いまだ逢はざるに」。

0967 潮満てば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き(1197)

0969 岩根ふみかさなる山はなけれども逢はぬ日数を恋ひやわたらん(1137)

                     よみ人しらず

0973 思はずはつれなき事もつらからじ頼めば人をうらみつるかな(1182)

0985 恨みてののちさへ人のつらからばいかに言ひてか()をも泣かまし(1340)

小野宮大臣(おほいまうちぎみ)につかはしける        閑院大君

0986 君をなほ恨みつるかな海士のかる藻にすむ虫の名を忘れつつ(1339)

題しらず                     人麿

0990 とにかくに物は思はず飛騨(たくみ)打つ墨縄のただ一すぢに(1179)

女のもとにつかはしける             平忠依

0992 逢ふ事は心にもあらで程()ともさやは契りし忘れ果てねと(1314)

題しらず                 よみ人しらず

0996 あやしくも厭ふにはゆる心かないかにしてかは思ひ絶ゆべき(1177)

巻第十六(雑春)5首

流され侍りけるとき、家の梅の花を見侍りて  贈太政大臣

1006 こちふかば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな(1576)

題しらず                中納言安倍広庭

1008 いにし年ねこじて植ゑし我が宿の若木の梅は花咲きにけり(0040)

北白川の山庄に、花のおもしろく咲きて侍りけるを見に、人々まうで来たりければ
                     右衛門督公任

1015 春来てぞ人もとひける山里は花こそ宿のあるじなりけれ(1704)

右衛門督公任こもり侍りける頃、四月一日にいひつかはしける
                        左大臣

1064 谷の戸を閉ぢやはてつる鴬の待つに音せで春も過ぎぬる(1492)

註:左大臣は藤原道長。

題しらず                  大中臣輔親

1076 足引の山郭公里なれてたそがれ時に名のりすらしも(0220)

巻第十七(雑秋)4首

天禄四年五月廿一日、円融院のみかど一品宮にわたらせ給ひて、らんごとらせ給ひけるまけわざを、七月七日にかの宮より内の大ばん所にたてまつられける扇にはられて侍りけるうす物に、おりつけて侍りける
                         元輔

1089 天の川(あふぎ)の風に霧はれて空すみわたる(かささぎ)の橋(0295)

題しらず                     人麿

1118 この頃のあかつき露に我が宿の萩の下葉は色づきにけり(0333)

亭子院、大井河に御幸(みゆき)ありて、「行幸もありぬべき所なり」とおほせ給ふに、事の由奏せんと申して
                    小一条太政大臣

1128 小倉山みねのもみぢ葉心あらば今一たびのみゆき待たなむ(0482)

註:小一条太政大臣は貞信公藤原忠平。

三百六十首の中に               曾禰好忠

1145 にほ鳥の氷の関に閉ぢられて玉藻の宿を()れやしぬらん(0526)

巻第十八(雑賀)1首

春日の使にまかりて、帰りてすなはち女のもとにつかはしける
                       一条摂政

1197 暮ればとく行きて語らむ逢ふことのとほちの里の住みうかりしも(0810)

註:一条摂政は藤原伊尹。

巻第十九(雑恋)1首

題しらず                   柿本人麿

1210 をとめ子が袖ふる山の瑞垣(みづがき)の久しき世より思そめてき(0960)

巻第二十(哀傷)18首

中納言敦忠まかり隠れてのち、比叡の西坂本に侍りける山里に、人々まかりて花見侍りけるに
                       一条摂政

1279 いにしへは散るをや人の惜しみけむ花こそ今は昔恋ふらし(0683)

中宮かくれ給ひての年の秋、御前の前栽に露の置きたるを、風の吹きなびかしたるを御覧じて
                       天暦御製

1286 秋風になびく草葉の露よりも消えにし人を何にたとへん(0660)

註:村上天皇御製。

恒徳公の(ぶく)脱ぎ侍るとて        藤原道信朝臣

1293 限りあれば今日ぬぎすてつ藤衣はてなき物は涙なりけり(0678)

註:恒徳公は作者の父藤原為光。

昔見侍りし人々、おほく亡くなりたることを嘆くを見侍りて
                        藤原為頼

1299 世の中にあらましかばと思ふ人亡きが多くもなりにけるかな(0716)

()亡くなりて後に、子も亡くなりにける人を、とひにつかはしたりければ
                      よみ人しらず

1310 いかにせんしのぶの草も摘みわびぬ形見と見えし子だになければ(0672)

題しらず

1324 鳥辺山谷にけぶりの燃え立たばはかなく見えし我と知らなむ(0690)

                        沙弥満誓

1327 世の中を何にたとへん朝ぼらけ漕ぎゆく舟の跡のしら浪(0634)

                      よみ人しらず

1329 山寺の入相の鐘の声ごとに今日も暮れぬと聞くぞかなしき(0715)

法師にならむとて出でける時に、家に書き付けて侍りける
                     慶滋保胤(よししげのやすたね)大内記

1330 うき世をばそむかば今日もそむきなむ明日もありとは頼むべき身か(0712)

おこなひし侍りける人の、苦しく覚え侍りければ、え起き侍らざりける夜の夢に、をかしげなる法師の突きおどろかして、よみ侍りける

1341 朝ごとにはらふ塵だにあるものを今幾世とてたゆむなるらん(0713)

註:この歌の作者は、夢に現れた法師(仏の化身)。

性空上人のもとによみてつかはしける      雅致女式部

1342 くらきより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月(1809)

極楽をねがひてよみ侍りける           仙慶法師(せんけいほうし)

1343 極楽ははるけき程と聞きしかどつとめて至るところなりけり(1786)

市門に書き付けて侍りける            空也上人

1344 一たびも南無阿弥陀仏と言ふ人の(はちす)の上にのぼらぬはなし(1782)

註:作者名の下に小字で注記「天録三年九月於東山西光寺入滅」とある。

光明皇后、山階寺にある仏跡に書き付け給ひける

1345 三十(みそぢ)あまり二つの姿そなへたる昔の人の踏める跡ぞこれ(1783)

大僧正行基よみたまひける

1346 法華経を我が得しことは(たきぎ)こり菜つみ水くみつかへてぞ得し(1778)

南天竺より東大寺供養にあひに、菩提が渚に来着きたりける時よめる

1348 霊山(りやうぜん)の釈迦のみまへに契りてし真如(しんによ)朽ちせずあひ見つるかな(1779)

返し                   波羅門(ばらもん)僧正

1349 迦毘羅衛(かびらゑ)に共に契りしかひありて文珠の御顔(みかほ)あひ見つるかな(1780)

餓へ人かしらをもたげて、御返しをたてまつる

1351 斑鳩(いかるが)富緒(とみのを)川の絶えばこそ我が大君の御名を忘れめ(1781)

註:聖徳太子の歌への返し。


更新日:平成17-03-03
最終更新日:平成22-02-28


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