和歌入門附録 和歌のための文語文法

活用表 動詞についての留意点 助動詞の種類と機能 助詞の種類と機能 仮名遣

動詞についての留意点
自動詞と他動詞 終止形と連体形 活用のまぎらわしい動詞

自動詞と他動詞

日本語には、対応する自動詞・他動詞を持つ動詞が少なくありません。例えば「石が沈む」の「沈む」が自動詞、「私は石を沈める」の「沈める」が他動詞です。他動詞は目的語――動作の対象となる語――を持たなくては意味が完結しない動詞ですが、自動詞はそれを持たずに意味が完結する(言わば自立している)動詞です。多くの場合、他動詞は助詞「を」を伴うことになります(「を」を伴うからと言って他動詞だとは限らないのですが)。

日本語を学習して間もない人は、よく自動詞と他動詞を取り違えて「鍵を見つかりました」などと言ったりするものです(もちろん、正しくは「鍵が見つかりました」または「鍵を見つけました」と言わねばなりません)。日本語を習得する際、自動詞・他動詞の正しい使い分けは初学者が特に苦労することの一つだそうです。文語の習得においても、同じことが言えそうです。

例に挙げた「沈む」「沈める」は、口語ではこのように自動詞・他動詞の区別が付きやすいのですが、文語ではさらに厄介な問題があります。というのは、他動詞「沈める」に当たる文語の基本形(終止形)は、自動詞と同じく「沈む」なのです(下表参照)。このように、文語においては、自動詞・他動詞の終止形が同じで、かつ異なる活用をする動詞が少なくありません(表1)。

自他の区別
〔相当口語〕
活用 語幹 未然
(〜ず)
連用
(〜て)
終止 連体
(〜こと)
已然
(〜ども)
命令
沈む 自動詞
〔沈む〕
他動詞
〔沈める〕
四段
下二段
(しづ)


むる

むれ

めよ

口語では無意識のうちに区別でき活用できてしまうのですが、文語ではなかなかそうはいきません。ある文語動詞を使いたい時、それを自動詞として使うのか他動詞として使うのか把握していなければ、正しい活用は覚束ないでしょう。辞書などで活用を調べようにも、自動詞・他動詞の区別を知らないと不便です。もちろん、そんなことを意識せずに自在に駆使できれば理想的なのですが、そのための近道として、自動詞・他動詞に関する知識は大切なことのひとつだと思います。

なお、「積む」「閉づ」「結ぶ」などのように、自動詞・他動詞両方のはたらきを持ち、両者で活用に変化がない動詞も少なくありません(表2)。

表1 自動詞・他動詞の終止形が同じで、かつ異なる活用をする動詞の例

他にもたくさんありますが、ごく一部を掲げます。

自他の区別
〔相当口語〕
活用 語幹 未然
(〜ず)
連用
(〜て)
終止 連体
(〜こと)
已然
(〜ども)
命令
切る 自動詞
〔切れる〕
他動詞
〔切る〕
下二段
四段
(き)

るる
るれ
れよ
染む 自動詞
〔染む〕
他動詞
〔染める〕
四段
下二段
(そ)


むる

むれ

めよ
背く 自動詞
〔背く〕
他動詞
〔背ける〕
四段
下二段
(そむ)


くる

くれ

けよ
育つ 自動詞
〔育つ〕
他動詞
〔育てる〕
四段
下二段
(そだ)


つる

つれ

てよ
立つ 自動詞
〔立つ〕
他動詞
〔立てる〕
四段
下二段
(た)


つる

つれ

てよ
解く 自動詞
〔解ける〕
他動詞
〔解く〕
下二段
四段
(と)

くる
くれ
けよ
届く 自動詞
〔届く〕
他動詞
〔届ける〕
四段
下二段
(とど)


くる

くれ

けよ
慰む 自動詞
〔慰む〕
他動詞
〔慰める〕
四段
下二段
(なぐさ)


むる

むれ

めよ
伸ぶ 自動詞
〔伸びる〕
他動詞
〔伸べる〕
上二段
下二段
(の)

ぶる ぶれ びよ
べよ
焼く 自動詞
〔焼ける〕
他動詞
〔焼く〕
下二段
四段
(や)

くる
くれ
けよ

表2 自動詞・他動詞で同じ活用をする動詞の例

他にもたくさんありますが、ごく一部を掲げます。

自他の区別
〔相当口語〕
活用 語幹 未然
(〜ず)
連用
(〜て)
終止 連体
(〜こと)
已然
(〜ども)
命令
積む 自動詞
〔積む〕
他動詞
〔積む〕
四段 (つ)
閉づ 自動詞
〔閉じる〕
他動詞
〔閉じる〕
上一段 (と) づる づれ ぢよ
結ぶ 自動詞
〔結ぶ〕
他動詞
〔結ぶ〕
四段 (むす)

活用のまぎらわしい動詞(五十音順)

飽く 生く います うづむ 恨む 憂ふ 隠る 恋ふ 偲ぶ 忍ぶ () すさむ(すさぶ) () そぼつ 頼む 足る はらふ ひつ(ひづ) まつはる 満つ 漏る もみづ () 横たふ 分かる 分く 忘る

飽く

「飽く」は四段動詞であるが、あたかも上二段動詞であるかのように活用させ、連体形を「飽くる」と用いるなどの例がしばしば見られる。これはおそらく口語の「飽きる」から類推した誤用であろう。「飽きる」は近世以後江戸で使われるようになった俗語(口語)で、上一段動詞(飽き-飽き-飽きる-飽きる-飽きれ-飽きよ)である。「飽くる」と活用する動詞は文語にも口語にも存在しないのである。

  • 四段活用(飽か-飽き-飽く-飽く-飽け-飽け)
    まそかがみ手に取り持ちて朝な朝な見れども君は飽くこともなし(万葉集、作者未詳)
    見れど飽かぬ吉野の川の常滑(とこなめ)の絶ゆることなくまた還り見む(万葉集、柿本人麻呂
    老が身を隠さむためとなりぬべし手折らで花を飽くまでや見む(草根集、正徹)

    生く

    自動詞の「生く」は元来は四段活用であるが、中世以後、次第に上二段活用が優勢となり、現代口語の上一段動詞「生きる」に至っている。

  • 四段活用(生か-生き-生く-生く-生け-生け)
    白玉の見がほし君を見ず久に(ひな)にしをれば生けるともなし(万葉集、大伴家持
    かぎりとて別るる道の悲しきに生かまほしきは命なりけり(源氏物語 桐壺)
    めぐりあはむ事は命にまかすれば今日の別れぞ生くここちせぬ(調鶴集、井上文雄)

    家持詠の「生ける」(原文は「伊家流」)は、四段活用の命令形「生け」に助動詞「り」の連体形が付いた形で、「生きている」の意。「生ける身」「生ける甲斐」などの「生ける」も同じである。
    三首目の作者井上文雄は幕末から明治まで生きた人。文語文法に厳格な歌人は近世に至るまで「生く」を四段動詞として用いていたようである。

  • 上二段活用(生き-生き-生く-生くる-生くれ-生きよ)
    年ふれば憂き身の(とが)ぞつもりゆく我とは生きぬ命なれども(長綱集、藤原長綱)
    かはらじな生くるを放つことわざの絶えても神の恵みばかりは(新明題和歌集、中院通村)
    天に去る薔薇のたましひ地の上に崩れて生くるひなげしの花(瑠璃光、与謝野晶子)

    一首目の藤原長綱は鎌倉時代中期の歌人(定家の弟子の長綱とは別人)。中院通村のは放生会を詠んだ歌。「生くるを放つ」とは「命あるものを放つ」意。

  • なお、他動詞の「生く」(生かす意)は、下二段活用(生け-生け-生く-生くる-生くれ-生けよ)である。
    唐国の 虎といふ神を 生けどりに 八つ捕り持ち来(万葉集、「乞食者詠」)

    います(在す・坐す)

    「在る」「居る」「行く」などの尊敬語である「います」は奈良・平安初期まで四段活用であったが、その後サ変活用に変化した。

  • 四段活用(いまさ-いまし-います-います-いませ-いませ)
    言ひつつものちこそ知らめとのしくもさぶしけめやも君いまさずして(万葉集、山上憶良)
  • サ変活用(いませ-いまし-います-いまする-いますれ-いませよ)
    御熊野の神のいまする(いき)の松百枝(ももえ)に見るや浦のはまゆふ(松下集、正広)

    また、他動詞の「います」(「いさせる」意の尊敬語)は下二段活用である。

  • 下二段活用(いませ-いませ-います-いまする-いますれ-いませよ)
    他国(ひとくに)に君をいませていつまでか我が恋ひをらむ時の知らなく(万葉集、狭野茅上娘子

    うづむ(埋む)

    他動詞「埋(うづ)む」は元来四段活用であるが、室町時代頃から下二段活用でも用いられるようになり、現代口語の下一段動詞「埋(うず)める」に至る。

  • 四段活用(うづま-うづみ-うづむ-うづむ-うづめ-うづめ)
    なかなかに谷の細道うづめ雪ありとて人のかよふべきかは(山家集、西行)
    ふりうづむ雪のすがたと見えつるを消えゆくかたぞ竹になりゆく(玉葉集、源親子
    枝はみな枝にかかりて咲きおもり庭にうづまぬ花の白雪(為尹千首、冷泉為尹
    山もとの杉の一むらうづみかね嵐も青くおつる雪かな(心敬集、心敬
  • 下二段活用(うづめ-うづめ-うづむ-うづむる-うづむれ-うづめよ)
    羽ならす蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲く薔薇(さうび)かな(志濃夫廼舎歌集、橘曙覧
    やはらかに積れる雪に/()てる()埋むるごとき/恋してみたし(一握の砂、石川啄木)
  • 因みに、「埋(うづ)む」の自動詞形「埋(うづ)もる」は下二段活用(うづもれ-うづもれ-うづもる-うづもるる-うづもるれ-うづもれよ)である。
    難波江の藻にうづもるる玉かしはあらはれてだに人を恋ひばや(千載集、源俊頼

    恨む(怨む)

    上二段活用の動詞であったが、鎌倉時代以後、四段活用を生じ、近世にはほぼ四段活用になって、現代口語に至っている。

  • 上二段活用(恨み-恨み-恨む-恨むる-恨むれ-恨みよ)
    海人の刈る藻にすむ虫の我からとねをこそなかめ世をば恨み(古今集、藤原直子
    はかなくて絶えにし人の憂きよりも物忘れせぬ身をぞ恨むる(風雅集、肥後
    かすめるを月やあらぬと恨むれば我が身一つの涙なりけり(沙玉集、後崇光院
  • 四段活用(恨ま-恨み-恨む-恨む-恨め-恨め)
    ことわりにおもひかへして散る憂さも恨まぬ花にめづる年々(芳雲集、武者小路実陰)
    見ゆをいとひ見えぬを恨む夏虫の光は人の為ならなくに(藤簍冊子、上田秋成)

    憂ふ(愁ふ)

    「憂(うれ)ふ」は元来下二段活用であるが、鎌倉時代以後、上二段活用もされた。因みに現代口語の「憂える」は下一段動詞であるが、体言としては「憂え」(下一段活用の連用形)と「憂い」(上二段活用の連用形)の両方が用いられる。

  • 下二段活用(憂へ-憂へ-憂ふ-憂ふる-憂ふれ-憂へよ)
    妻子(めこ)どもは (あと)の方に (かく)み居て 憂へ(さまよ)(万葉集、山上憶良
    夜もすがら月に憂へてねをぞ泣く命に向かふ物思ふとて(続後撰集、藤原定家
    たのもしなあまねき露のめぐみには花も衰へず蝶もうれへ(後水尾院御集、後水尾院)
  • 上二段活用(憂ひ-憂ひ-憂ふ-憂ふる-憂ふれ-憂ひよ)
    何を愁ひ何をか嘆く世のめぐみあまるばかりの身をば忘れて(新明題和歌集、中院通茂)
    かくばかり愁ひなき世を歓びのあるべきものと思ひけるかな(桂園一枝、香川景樹)

    隠る

    「隠(かく)る」は奈良時代には四段活用下二段活用の両方が見られる。平安以後は下二段活用

  • 四段活用(隠ら-隠り-隠る-隠る-隠れ-隠れ)
    (うしほ)には 立たむと言へど 汝夫(なせ)の子が 八十島(やそしま)(がく) ()を見さ走り(常陸国風土記、安是之嬢子
    あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟榜ぎ隠る見ゆ(万葉集、大伴家持
  • 下二段活用(隠れ-隠れ-隠る-隠るる-隠るれ-隠れよ)
    妹が門いや遠そきぬ筑波山隠れぬほどに袖はふりてな(万葉集、東歌)
    春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(古今集、凡河内躬恒

    恋ふ

    上二段活用であるが、四段動詞の「乞ふ(請ふ)」と混同しやすいためか、平安期から四段活用も稀に見え、中世には四段活用の例がやや多くなる。

  • 上二段活用(恋ひ-恋ひ-恋ふ-恋ふる-恋ふれ-恋ひよ)
    風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ(万葉集、鏡女王
    我が背子に恋ふれば苦し(いとま)あらば拾ひて行かむ恋忘れ貝(万葉集、大伴坂上郎女
    かく恋ひば堪へず死ぬべしよそに見し人こそおのが命なりけれ(続後撰集、和泉式部

    和泉式部詠の「かく恋ひば」の「恋ひ」は未然形。「もしこのように恋していたら」の意である。

  • 四段活用(恋は-恋ひ-恋ふ-恋ふ-恋へ-恋へ)
    をぐら山妻こふ鹿はしをるともしたのの萩の花にし咲きなば(長能集、藤原長能)
    侘びつつは顕はれてだに打ち歎き思ふばかりも人を恋はばや(壬二集、藤原家隆)

    長能の歌に見える「妻こふ鹿」は他にも例が少なくない(もっとも「妻こふる鹿」の用例の方が遥かに多い)。

    偲ぶ/偲ふ

    「偲ぶ」(奈良時代には清音「しのふ」)は元来四段活用であったが、平安時代以後、上二段動詞「忍ぶ」と混同され上二段活用もされた。

  • 四段活用(偲ば-偲び-偲ぶ-偲ぶ-偲べ-偲べ)
    巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(万葉集、坂門人足
    百敷の庭の橘おもひ出でてさらに昔を偲ぶ袖かな(御集、土御門院
    月うすくふるき軒ばの梅にほひ昔偲べとなれる夜半かな(大納言典侍集、源親子
  • 上二段活用(偲び-偲び-偲ぶ-偲ぶる-偲ぶれ-偲びよ)
    うれしさは忘やはする忍ぶ草偲ぶるものを秋の夕暮(新古今集、伊勢大輔
    くり返し世々の昔を偲ぶれば冬の日ながし(しづ)のをだ巻(草根集、正徹)

    忍ぶ

    堪える・我慢する意の「忍ぶ」は元来上二段活用であるが、四段動詞の「偲ぶ」と混同され、四段活用でも用いられるようになった。因みに現代口語でも「忍びない」「忍ばない」両方が用いられる。

  • 上二段活用(忍び-忍び-忍ぶ-忍ぶる-忍ぶれ-忍びよ)
    忍ぶれど色に出にけり我が恋は物や思ふと人のとふまで(拾遺集、平兼盛
    玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする(新古今集、式子内親王
    越なるや 松の山べの をとめごが 母に別れて 忍びずて(はちすの露、良寛
  • 四段活用(忍ば-忍び-忍ぶ-忍ぶ-忍べ-忍べ)
    さびしさに憂き世をかへて忍ばずはひとり聞くべき松の風かは(千載集、寂蓮
    恋ひ死なん後の世までの思ひ出は忍ぶ心のかよふばかりか(新拾遺集、平忠度

    ()む(沁む・浸む)

    「色が付く」「染み付く」意の自動詞「染(し)む」は元来は四段動詞であるが、のち上二段にも活用され、現代口語の上一段動詞「染みる」に至る。

  • 四段活用(しま-しみ-しむ-しむ-しめ-しめ)
    引きよぢて折らば散るべみ梅の花袖にこきれつしましむとも(万葉集、三野石守)
    世の中に恋といふ色はなけれどもふかく身にしむものにぞありける(後拾遺集、和泉式部
  • 上二段活用(しみ-しみ-しむ-しむる-しむれ-しみよ)
    片敷きし年はふれどもさごろもの涙にしむる時はなかりき(蜻蛉日記、藤原道綱)
    身にしむる秋とは萩の名なりけり露に花咲き月に鹿鳴く(俊成五社百首、藤原俊成)
  • なお、他動詞の「染(し)む」(染み付ける・染み透らせる意)は下二段活用(しめ-しめ-しむ-しむる-しむれ-しめよ)である。
    風にちる花たちばなに袖しめて我がおもふ妹が手枕にせむ(千載集、藤原基俊
    梅が香を谷ふところに吹き溜めて入り来む人にしめよ春風(山家集、西行)

    西行の歌の「しめよ」は「梅の香を染み付かせよ」の意。

    ()

    「染(し)む」の母音交替形である自動詞「染(そ)む」は四段動詞である。

  • 四段活用(そま-そみ-そむ-そむ-そめ-そめ)
    種わきて色しみふかき撫子の花に心もそみてこそ見れ(公任集、藤原高遠)
    白雲はたちへだつれど紅の薄花桜こころにぞそむ(詞花集、藤原師実)
  • 他動詞の「染(そ)む」は、前項の他動詞「染(し)む」と同じく下二段活用(そめ-そめ-そむ-そむる-そむれ-そめよ)である。
    白雲はさも立たば立て紅のいま一しほを君しそむれ(詞花集、康資王母)
    さらにまた時雨をそむる紅葉かな散りしく上の露のいろいろ(正治初度百首、藤原忠良

    すさむ(すさぶ)

    「勢いのままになる」「歌を口ずさむ」といった意の自動詞「すさむ」は四段活用であるが、「気の向くままにする」「心を寄せる」といった意の他動詞「すさむ」は下二段活用である。

  • 四段活用(すさま-すさみ-すさむ-すさむ-すさめ-すさめ)
    おのづから治まれる世や聞こゆらむはかなくすさむ山人の歌(秋篠月清集、九条良経
    天の原吹きすさみたる秋風にはしる雲あればたゆたふ雲あり楫取魚彦家集)
  • 下二段活用(すさめ-すさめ-すさむ-すさむる-すさむれ-すさめよ)
    おほあらきの森の下草おいぬれば駒もすさめず刈る人もなし(古今集、よみ人しらず
    かぢ枕なみだすずろに海人の子のすさむる笛の夜声をぞ聞く(春夢草、牡丹花肖柏)

    二首目、「すさむる」は「(笛を)興のままに吹く」意。

  • 因みに、「すさむ」の古形「すさぶ」は、奈良時代は上二段活用であったが、平安時代以後は四段活用が多くなる(すさば-すさび-すさぶ-すさぶ-すさべ-すさべ)。和歌では上二段活用の用例は未見。

    窓ちかき竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢(新古今集、式子内親王

    そぼつ/そほつ

    「そぼつ」(古くは「そほつ」)は四段・上二段両様に活用する。

  • 上二段活用(そぼち-そぼち-そぼつ-そぼつる-そぼつれ-そぼちよ)
    朝氷とくる間もなき君によりなどてそほつる袂なるらん(拾遺集、大中臣能宣)
    下りたてば身こそそほつれ春の田のふみかくことも今はやめてん(古今和歌六帖、作者不詳)
  • 四段活用(そぼた-そぼち-そぼつ-そぼつ-そぼて-そぼて)
    蔦かづらみだれてそほつ衣手にいとど時雨のうつの山越(春夢草、肖柏)

    たのむ

    信頼する・あてにする意の「たのむ」は四段活用、(人に)期待させる・あてにさせる意の「たのむ」は下二段活用

  • 四段活用(たのま-たのみ-たのむ-たのむ-たのめ-たのめ)
    あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流ると聞かばたのま(古今集、在原業平
    我が宿とたのむ吉野に君し入らば同じかざしを挿しこそはせめ(後撰集、伊勢
    たのめどもいでや桜のはな心さそふ風あらば散りもこそすれ(続後撰集、藤原基俊)
  • 下二段活用(たのめ-たのめ-たのむ-たのむる-たのむれ-たのめよ)
    今ははや恋ひ死なましを相見むとたのめしことぞ命なりける(古今集、清原深養父
    たのむれど心変りて帰りこばこれぞやがての別れなるべき(千載集、藤原顕輔
    かきくもれたのむる宵の村雨にさはらぬ人のこころをもみん(続古今集、後鳥羽院下野

    足る

    「足る」は四段活用であるが、あたかも上二段動詞のように活用させ、連体形を「足るる」と用いるなどの例が見られる。これは、ほぼ同じ意味の動詞「足りる」から類推した誤用と思われる。「足りる」は近世頃から使われるようになった俗語(口語)で、上一段動詞(足り-足り-足りる-足りる-足りれ-足りよ)である。

  • 四段活用(足ら-足り-足る-足る-足れ-足れ)
    千葉の 葛野(かづの)を見れば 百千(ももち)足る 家庭(やには)も見ゆ 国の()も見ゆ(古事記、応神天皇
    長月の今宵の月の影みれば足らでもことは足る世なりけり(秋園古香家集、秋園古香

    はらふ

    払う・掃う意の「はらふ」は四段活用であるが、災厄などを除き去る(祓う)意の「はらふ」は下二段活用

  • 四段活用(払は-払ひ-払ふ-払ふ-払へ-払へ)
    夜を寒み置く初霜をはらひつつ草の枕にあまたたび寝ぬ(古今集、凡河内躬恒
    月影のすみわたるかな天の原雲吹きはらふ夜はの嵐に(新古今集、源経信
  • 下二段活用(祓へ-祓へ-祓ふ-祓ふる-祓ふれ-祓へよ)
    中臣の太祝詞(ふとのりとごと)言ひ祓へあかふ命も誰がために汝(万葉集、大伴家持
    思ふことみなつきねとて麻の葉を切りに切りても祓へつるかな(後拾遺集、和泉式部

    和泉式部の歌、結句を「はらひつるかな」として載せる本もある。

    ひつ/ひづ(漬つ/漬づ)

    水に漬かる・濡れる意の自動詞「ひつ」(室町時代以降は濁音化し「ひづ」)は本来四段活用であったが、平安中期頃から上二段活用に変化したという。

  • 四段活用(ひた-ひち-ひつ-ひつ-ひて-ひて)
    吾妹子が吾を送ると白たへの袖ひつまでに泣きし思ほゆ(万葉集、作者未詳)
  • 上二段活用(ひち-ひち-ひつ-ひつる-ひつれ-ひちよ)
    ひつる時をだにこそ嘆きしか身さへ時雨のふりもゆくかな(蜻蛉日記、藤原道綱母
    昔より山水にこそ袖ひつれ君が濡るらむ露はものかは(多武峰少将物語)
  • なお、水に漬ける・濡らす意の他動詞「ひつ」は下二段活用(ひて-ひて-ひつ-ひつる-ひつれ-ひてよ)。
    手をひてて寒さも知らぬ泉にぞ汲むとはなしに日頃経にける(土左日記)

    まつはる(纏はる)

    「からみつく」といった意味の「まつはる」は元来四段活用であるが、下二段活用の例も見られる。但し下二段の「まつはる」は「まつふ」の受身形からの転義かとも言う(岩波古語辞典)。なお、母音交替形「まとはる」も同様に四段・下二段両方の活用が見られる。

  • 四段活用(まつはら-まつはり-まつはる-まつはる-まつはれ-まつはれ)
    しきしまの 大和の国に 人さはに 満ちてあれども 藤波の 思ひまつはり(万葉集、作者不詳
    松も皆むらさき色になりにけり這ひまつはれ(ふさ)の多さに(志濃夫廼舎歌集、橘曙覧)
  • 下二段活用(まつはれ-まつはれ-まつはる-まつはるる-まつはるれ-まつはれよ)
    見る人のえぞ過ぎやらぬ藤の花這ひまつはるる枝はなけれど(重家集、藤原重家)
    時鳥くるとはなきて過ぎ行くを這ひまつはれぬ山かづらかな(逍遥集、松永貞徳)

    満つ

    自動詞の「満つ」は平安時代までは四段活用であるが、その後上二段にも活用する。

  • 四段活用(満た-満ち-満つ-満つ-満て-満て)
    満てば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き(拾遺集、大伴坂上郎女
    難波潟朝満つ潮にたつ千鳥浦づたひする声聞こゆなり(後拾遺集、相模
  • 上二段活用(満ち-満ち-満つ-満つる-満つれ-満ちよ)
    誰も見よ満つればやがて欠く月のいざよひの空や人の世の中(甲陽軍鑑、伝武田信玄
    ありがたや今日満つる月と知らざりしこの大き月海にのぼれり(渓谷集、若山牧水)
  • なお、他動詞の「満つ」(満たす意)は下二段活用(満て-満て-満つ-満つる-満つれ-満てよ)である。
    玉敷かず君が悔いていふ堀江には玉敷き満てて継ぎてかよはむ(万葉集、元正天皇

    漏る(洩る)

    四段にも下二段にも活用する。

  • 四段活用(漏ら-漏り-漏る-漏る-漏れ-漏れ)
    岩間には氷のくさび打ちてけり玉ゐし水もいまは漏り来ず(後拾遺集、曾禰好忠
    まばらなる槙の板屋に音はして漏らぬ時雨や木の葉なるらむ(千載集、藤原俊成
  • 下二段活用(漏れ-漏れ-漏る-漏るる-漏るれ-漏れよ)
    秋風にたなびく雲の絶えまよりもれ出づる月の影のさやけさ(新古今集、藤原顕輔
    秋ふかし染めぬ梢はあらし山しぐれにもるる青き一枝(正治初度百首、後鳥羽院)

    もみづ(紅葉づ)

    奈良時代には清音「もみつ」で四段活用。平安以後、濁音化し上二段活用に転じた。

  • 四段活用(もみた-もみち-もみつ-もみつ-もみて-もみて)
    秋山の 木の葉を見ては もみつをば 取りてぞ偲ふ(万葉集、額田王
    時待ちて降れるしぐれの雨やみぬ明けむ(あした)か山のもみた(万葉集、市原王
  • 上二段活用(もみぢ-もみぢ-もみづ-もみづる-もみづれ-もみぢよ)
    かくばかりもみづる色の濃ければや錦たつたの山といふらむ(後撰集、紀友則
    青葉より紅にほふ若楓もみぢむ秋の色ぞゆかしき(佐保川、鵜殿余野子

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    元来は上二段活用であるが平安時代には四段活用も。のち下二段活用が優勢となり、現代口語の下一段動詞「よける」に至る。

  • 上二段活用(避き-避き-避く-避くる-避くれ-避きよ)
    きりぎりす我が衣つづれ侘び人の宿も秋風よきず吹きけり(家持集、伝大伴家持)
    吹く風にあつらへつくる物ならばこのひともとはよきよと言はまし(古今集、読人不知)
  • 四段活用(避か-避き-避く-避く-避け-避け)
    逢ふことの山びこにしてよそならば人目も我はよかずぞあらまし(貫之集、紀貫之)
    人目よく道はさこそと思へども慰めがたく更くる夜半かな(新後撰集、津守国助)
  • 下二段活用(避け-避け-避く-避くる-避くれ-避けよ)
    忍ぶれど心のほかにあくがれて人目もよけぬ涙なりけり(万代集、源重之女)
    さらぬだに見る程なきに夏の夜の月をばよけよ空の浮雲(公賢集、洞院公賢)

    洞院公賢(1291-1360)は南北朝時代の歌人。「よけよ」は四段動詞命令形「よけ」に助詞「よ」が付いたと見れなくもないが、同じ『公賢集』には「いかにせんしのぶの浦にひく網の人目をよくる程ぞくるしき」という歌があり、公賢は「よく」を四段動詞でなく下二段動詞として用いていたことが推測される。

    横たふ

    横たえる意の他動詞「横たふ」の自動詞形は普通「横たはる」を用いるが、芭蕉の「荒海や佐渡に横たふ天の川」のように四段活用の自動詞的用法も稀に見られる。

  • 四段活用(横たは-横たひ-横たふ-横たふ-横たへ-横たへ)
    初雁の声にや晴るる暁の月によこたふ雲の一むら(十輪院内府集、中院通村)
    海底の砂に横たふ魚の如身の衰へて旅寝するかな(夏より秋へ、与謝野晶子)

    分かる(別る・解る・判る)

    「別々になる」「分離する」意の「わかる」(「別る」「分かる」)は普通下二段活用である(1)(2)。但し万葉集には四段活用の例も見える(3)。「理解できる」「判別される」などの意の「わかる」(「解る」「判る」)は四段活用である(4)。

  • 下二段活用(分かれ-分かれ-分かる-分かるる-分かるれ-分かれよ)
    (1)小竹の葉はみ山もさやにさやげども我は妹思ふ別れ来ぬれば(万葉集、柿本人麻呂
    (2)春の夜の夢の浮橋とだえして峯に分かるる横雲の空(新古今集、藤原定家
  • 四段活用(分から-分かり-分かる-分かる-分かれ-分かれ)
    (3)君が家に植ゑたる萩の初花を折りて挿頭(かざ)さな旅別るどち(万葉集、久米広縄
    (4)くさなぎのふる身のつるぎ正銘もわからぬほどに神さびにけり(蜀山家集、大田南畝)

    分く

    「分かる」の他動詞形が「分く」である。四段・下二段両方ある。元来は四段活用であったらしい。

  • 四段活用(分か-分き-分く-分く-分け-分け)
    湯の原に鳴く葦鶴は吾が如く妹に恋ふれや時わかず鳴く(万葉集、大伴旅人
    木の葉散る宿は聞きわくかたぞなき時雨する夜も時雨せぬ夜も(後拾遺集、源頼実
  • 下二段活用(分け-分け-分く-分くる-分くれ-分けよ)
    消えはてぬ雪かとぞみる谷川の岩間をわくる水の白浪(玉葉集、赤染衛門
    わが心ただ花のみを幻とおもひわくれば乱れてぞちる(心敬集、心敬

    忘る

    上代、「意識的に忘れようとする」意では四段活用、「自然と忘れる」意では下二段活用と使い分けられていたようである。平安時代以降、下二段活用が主となり、「忘らむ」「忘らず」「忘らば」などは使われなくなるが、「忘らる」のように受身・自発の助動詞「る」に接続する場合など、四段活用が用いられ続けた。

  • 四段活用(忘ら-忘り-忘る-忘る-忘れ-忘れ)
    忘らむて野ゆき山ゆき我来れど我が父母は忘れせのかも(万葉集、商長首麻呂
    玉桙の道に出で立ち別れ来し日より思ふに忘る時無し(万葉集、作者未詳)
    忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな(拾遺集、右近
  • 下二段活用(忘れ-忘れ-忘る-忘るる-忘るれ-忘れよ)
    萱草(わすれぐさ)我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため(万葉集、大伴旅人
    恋しさに身の憂きことも忘るればつらきも人は嬉しかりけり(風雅集、源俊頼)
    春はただ軒端の花をながめつついづち忘るる雲の上かな(後鳥羽院御集、後鳥羽院

  • 公開日:平成19年01月27日
    最終更新日:平成21年12月1日