和歌入門のための引用集・資料集

古今の歌学書・和歌入門書などから、現代の私たちが和歌を作ったり和歌について考えたりする際に参考になりそうな文章を集めてみました。今後さらに追加してゆくつもりです。

歌とは何か 和歌の形式 歌を学ぶ際の心得 初心者への注意 4.7更新
歌の詞について 良い歌とは 4.7更新 字余りについて 和歌と文法
実際の歌の作り方 4.7新設 題詠について 4.7新設

附録:和歌のための文語文法古典的修辞法


はじめに――和歌の規則について

和歌を作る上で堅苦しい規則はありません。短歌なら5,7,5,7,7、長歌なら5,7,5,7,…,7,7、といったように、音数律(決まった音数の句を、決まったパターンで組み合せる形式)以外には、決まりごとは何も無い、と言っても過言ではありません。音数にしても昔から許容範囲は広く、字余りはごく普通に見られる現象です(下記字余りについて参照)。連歌俳諧のような季語の制約もありません。音数律という型を踏まえてさえいれば、どうでも好きに作って良いわけです。
もちろん、伝統主義的な和歌の詠み方となれば、漢語・俗語は避けるとか、縁語は用いた方がよいとか、結句の四三調は避けるとか、様々な範(のり)はありました。しかしそれも絶対的なものでなく、概して、望ましいこととして推奨されていたに過ぎません。


歌とは何か

ただの詞と歌の詞の違い 本居宣長『石上私淑語(いそのかみささめごと)』より

ただの(ことば)はその(こころ)をつぶつぶといひ続けて、(ことわ)りはこまかに聞ゆれども、なほいふにいはれぬ(こころ)のあはれは、歌ならではのべがたし。そのいふにいはれぬあはれの深きところの、歌にのべあらはさるるは何ゆゑぞといふに、詞に(あや)をなすゆゑなり。その(あや)によりて、限りなきあはれもあらはるるなり。さてその歌といふ物は、ただの詞のやうに事の意をくはしくつまびらかにいひのぶる物にはあらず、またその詞に深き義理のこもりたる物にもあらず。ただ心にあはれと思ふことをふといひ出でて、うち聞えたるまでのことなれども、その中に底ひもなく限りもなきあはれの含むことは、詞に文あるゆゑなり。

【訳】(詩歌でない)普通の文章は、思うところをこまごまと言い続けて、条理は詳しく通じますけれども、やはり言うに言われぬ感情や心情のおもむきは、歌でなくては述べがたいのであります。その言うに言われぬ情趣の深いところが歌に表現されるのは何故かと言いますと、歌は言語表現に(あや)――特別な曲折や変化をつけるからであります。その(あや)によって、限りない「あはれ」も表れるのであります。さてその歌というものは、普通の文章のように物事の内容を詳細に述べるものではなく、またその言葉に深い意義道理が籠っているものでもありません。ただ心に深く感じたところをふと口に出したまでのことですけれども、その中に際限もなく奧深い情趣を持つのです。それは歌の表現に(あや)がある故であります。

【補足】「文(あや)」とは、模様、特に織物の模様。言語表現上の「技巧」「言い回し」などを言うこともありますが、むろん宣長はそうした意味で用いているのではないでしょう。同じ本の中で宣長は「文(あや)あるとは、詞のよくととのひそろひて、乱れぬことなり。大方五言か七言にととのひたるが、古今雅俗にわたりて、ほどよきなり」とも言っており、五音と七音からなる音数律を「文(あや)」の要素と考えていたようです。

歌は調べなり 香川景樹『歌学提要』より

(おほよそ)人のこころ、物に感ずれば、かならず声あり。感じて動くときは、その声永し。その永きを歌とし、永くするを歌ふといふ。後世、譜節(ふし)してうたふのみを真の歌と(こころ)得たるは、末につきて(もと)を失へるものなり。畢竟嗟嘆(なげき)の声をいふ。せめて(これ)をいへば、阿といひ、()といふも、歌のほかならず。いまだ文義(あや)なしといへども、聞く人の感ずる事、ひとへにその声のしらべにあり。今ここに調べといふは、世にまうけてととのふる調べにあらず。おのづから()でくる声、おなじ阿といひ、耶といふも、喜びの声はよろこび、悲しみのこゑはかなしみと、(ひと)の耳にも分かるるを、しばらく調べとはいふなり。

【訳】おしなべて、人の心が物に感ずれば、かならず声が発せられるのであります。感動した時には、その声は長くなります。その長いのを歌とし、長くするのを歌うというのであります。後世、メロディーをつけて歌うのばかりを本当の歌と心得ているのは、本末転倒したものであります。つまるところ、歎きの声を歌というのであります。極言すれば、「あ!」と言ったり、「や!」と言ったりするのも、歌以外のものでありません。まだ(あや)はないと言いましても、聞く人の心を動かすのは、ひとえにその声の調べによるのであります。今ここで調べというのは、決して拵え整えた音調のことではありません。自然と湧き出てくる声、同じ「あ!」と言い、「や!」と言っても、喜びの声は喜びの感情が出、悲しみの声は悲しみの感情が出るといった具合に、他人の耳には区別できるものであります。それを当面調べと言うのであります。

【補記】景樹の論は極端に走るところがあって、肯定し難い説も少なくないのですが、上に見るようなラディカルな(根源的な)歌観には傾聴すべきものがあると思います。


和歌の形式

The Basic form Earl Miner"An Introduction to Japanese Court Poetry"より

The Basic form is the tanka, a five-line form consisting of 31 syllables arranged 5,7,5,7,7. The expanded form of the tanka is the choka, consisting of a larger number of fives and sevens in alternation and concluding with the couplet of sevens. The longest choka in the Man'yosyu consists of only 149 lines. In addition to the tanka, which are also used as envoys to the choka, and the choka, there are two or three ohter forms, all brief and none of any great historical or intrinsic importance. Perhaps the sedoka may be mentioned, if only to show that it, too, is a variation of the tanka,consisting of two sets of the last three lines of the tanka:5,7,5,7,7.

【訳】基本的な形式は短歌であり、57577に整えられた31音節から成る5句形式であります。短歌の拡大された形式が長歌であり、より多くの5・7の反復から成り、7音句の連続で完結します。万葉集で最も長い長歌でも、たったの149句に過ぎません。短歌(長歌の反歌としても用いられます)と長歌以外にも、二、三の形式がありますが、みな短命であり、歴史的にも本質的にも重要性を持ちません。旋頭歌は、これもまた短歌の一変種であると示すためにも、言及されてよいでしょうか。旋頭歌は短歌すなわち57577の末三句を二つ組み合わせた形になります。(アール・マイナー『日本宮廷詩入門』〔本邦未訳〕)

【補足1】上記で言及されていない和歌の形式に「片歌」「仏足石歌体」があります。
短歌 5,7,5,7,7
長歌 5,7,5,7,……,7,7
旋頭歌 5,7,7,5,7,7
片歌 5,7,7
仏足石歌体 5,7,5,7,7,7

【補足2】「短歌の拡大された形式が長歌であり」と言ってよいのかどうか、発生史論としては問題がありますが、様式論としてはこれで構わないでしょう。旋頭歌を「短歌の一種(a variation of the tanka)」と言えるのかも疑問であります。


歌を学ぶ際の心得

和歌には師なし 藤原定家『詠歌大概』より

和歌には師匠なし。唯(ふる)き歌を以て師と為す。心を古風に染め、詞を先達の者に習はば、誰人だれびと)かこれを詠ぜざらんや。

【補足】「和歌は師なし」。こういう科白は、定家だからこそ言えることでしょう。無論本音だったに違いありません。定家自身は父俊成を唯一の師としましたが、父を、師を否定してのおのれの作風確立でした。人ではない、古歌が、言葉が、新しいすぐれた歌への唯一の導き手でありました。

歌はみづから悟るものなり 藤原定家『近代秀歌』より

おろかなる親の庭の教えとては、歌は広く見、遠く聞く道にあらず。心より出でて、身づから悟るものなり、とばかりこそ申し侍りしか。

【訳】愚父俊成の教えといえば、「歌を修業する道のりは、読書や見聞を広めればよいというものではない。おのれの心から湧き起こり、自ら悟るものである」ということばかりです。

稽古の必要 藤原為家『詠歌一体』より

和歌をよむ事かならず才学によらず、ただ心よりおこれる事と申したれど、稽古なくては上手のおぼえ取りがたし。

【訳】和歌をよむことは、必ずしも学問で得た知識によってでなく、ただ心の中から起こることだと(先達は)申したけれども、昔の書物から習うことなくしては、堪能の評価を得ることは難しい。

【注】◇才学(さいかく) 学問。学問から得た知識。ここでは才能の意は含まない。◇稽古 古書を読み、昔の物事を調べること。『書経』に由来する語。


初心者への注意

あながちに案ずまじ 伝藤原定家著『毎月抄』より

初心の程はあながちに案ずまじきにて候。さやうに歌はただ案ずべき事とのみ思ひて間断なく案じ候へば、性も惚れ、かへりて退く心の出でき候に候。『口馴れむためには早らかによみ習ひ侍るべし。さてまた時々しめやかに案じて詠め』と亡父もいさめ申し候ひし。

【訳】初心の間は、無闇に案ずるべきではありません。そのように、歌はひたすら思案するものとばかり思って、休みなく考えていますと、心がぼうっとし、かえって嫌気がさしてしまうものです。「歌を詠み慣れるためには、速詠の練習をするのがよろしい。そしてまた、時々しんみりと案じて詠みなさい」と亡き父も私に訓戒いたしました。

内々に詠み習はすべし 同上

初心の時は、独り歌を常に早くも遅くも自在にうちうち詠み習はすべく候。詠み捨てたらむ歌を左右無く人に散らし見する事、あるべからず。

【訳】初心者の時代は、一人で常に歌作に励み、早くても遅くてもよいから、思いのままに、内々で練習するべきです。出来損なって詠み捨ててあるような歌を、軽々しく人々にまき散らして見せるようなことは、あってはなりません。

詠み馴れたる題にて詠むべし 同上

いかにも未練の程は、日ごろ詠み馴れたる題にて詠むべきにて候よし申す事にて候。

【訳】何にせよ未熟な間は、ふだん詠み馴れている題で詠むのが宜しいと言われています。


歌の詞について

詞の用捨 伝藤原定家著『毎月抄』より

歌の大事は(ことば)の用捨にて侍るべし。

【訳】和歌においての重大事は、詞の選び方――どれを用い、どれを捨てるか――ということでありましょう。

すべて詞にあしきもなく宜しきもあるべからず。ただ続けがらにて歌詞の勝劣侍るべし。

【訳】総じて個々の詞に悪い詞も良い詞もあるはずがありません。ただ続け方によって、歌詞の優劣が決まるのです。

用うべき詞 藤原為家『詠歌一体』より

いかにも古歌にあらん程の詞を用うべし。但し聞きよからん詞は、今初めて詠みいだしたらんも悪しかるべきにあらず。上手の中にさること多かり。又古集にあればとて、今は人もよまぬ事ども続けたらん、物笑ひにてあるべし。

【訳】ぜひとも古歌にあるような詞を使うべきです。但し、聞き良いような詞は、それ以前に歌によまれた例が無くても、使って悪いはずはありません。名手の歌の中にはそうした例が多いのです。また、古い歌集にあるからと言って、今は誰もよまないような言葉を並べたりしたら、物笑いになるのが落ちです。

歌語について 佐佐木信綱『和歌入門』より

余り歌語などと言つて、窮屈がる事も無い。又殊更に新語や俗語を入れるにも及ばぬ。ただ歌らしいと云ふところを忘れずに心がけて、自由に語を用ゐればよい。而して特に平生注意して多くの語を記憶し、語彙を豊かにしておき、その時に臨んで、それに相応した語を自由自在に駆使し得る様にならねばならぬ。殊に従来の語のうちにも、印象の明らかな語を選んで用ゐるやうにしたい。其の為には多くの古語の精確な意義と、用例とに通ずる必要がある。而して之等は多く読み多く作つて居るうちに注意さへして居れば自得されて来る。

【補足1】佐佐木信綱著『和歌入門』は、1911(明治44)年、博文館より刊行。主として歌ごころを養う必要を説く「詠歌の精神」、技法を中心として論ずる「作歌法」、歌題別に名歌秀歌を並べた「附録」の三部構成。

【補足2】古歌における漢語・俗語の使用例

・漢語
 相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼のしりへにぬかづく如し(笠女郎)
 ながめばや玉滝寺の空はれて瑠璃(るり)の光にうつる朝日を(一条兼良)
・俗語
 まくず原したはひありく野良猫のなつけがたきは妹が心か(源仲正)
 夏の夜の月のかげなる桐の葉を落ちたるのかと思ひけるかな(香川景樹)

ことに釈教歌ではごく普通に漢語が用いられました。また江戸時代も後期になると、俳諧などの影響もあり、武家・町民階級の歌人を中心として漢語・俗語の導入が進められます。


良い歌とは

歌は声調によって良くも悪くもなる 藤原俊成『古来風躰抄』より

歌はただ、よみあげもし、詠じもしたるに、何となく艶にもあはれにも聞ゆる事のあるなるべし。もとより詠歌といひて、こゑにつきて、よくもあしくも聞ゆるものなり。

【訳】歌はただ、口に出して読んだり詠じたりしてみると、何となく優美に聞えたり、情趣深く聞えたりすることがあるものです。そもそも「詠歌」と言うように、声調によって、良くも悪くも聞えるものなのです。

心は新しきを 藤原定家『近代秀歌』より

詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め、及ばぬ高き姿を願ひて、寛平以往の歌にならはば、おのづからよろしき事も、などか侍ざらん。

【訳】(ことば)は長い年月使われてきた詞を慕い、内容・情趣は今までにない新しさを求め、及びがたい理想の姿を願って、寛平以前の歌(注:古今集のよみ人しらず歌や、遍昭業平小町など六歌仙時代の歌を指すと思われる)を手本とすれば、おのずから良い歌が出来ないわけがありましょうか。

心と詞 伝藤原定家著『毎月抄』より

心と詞とを兼ねたらむを良き歌と申すべし。心・詞の二つは鳥の左右のつばさの如くなるべきにこそとぞ思ふ給へ侍りける。ただし、心・詞の二つを共に兼ねたらむはいふに及ばず、心の欠けたらむよりは詞のつたなきにこそ侍らめ。

【訳】心と詞とを兼ね備えているようなのを良い歌と申すべきでしょう。心と詞の二つは、鳥の左右の翼のような関係のはずだと存じます。ただ、心・詞の二つを兼ねているのが理想であることは言うまでもありませんが、心が欠けて詞の巧みな歌よりは、心があって詞のつたない歌の方がましでしょう。

良い歌とは心の深い歌である 同上

さてもこの十躰の中にいづれも有心躰(うしんたい)に過ぎて歌の本意と存ずる姿は侍らず。きはめて思ひ得難う候。とざまかうざまにてはつやつや続けらるべからず。よくよく心を澄まして、その一境に入りふしてこそ、稀によまるる事は侍れ。されば、宜しき歌と申し候は、歌毎に心の深きのみぞ申しためる。あまりにまた深く心を入れむとてねぢ過ぐせば、いりほがのいりくり歌とて、堅固ならぬ姿の心得られぬは、心なきよりもうたてく見苦しき事にて侍る。この(さかひ)がゆゆしき大事にて侍る。なほなほよくよく斟酌あるべきにこそ。

【訳】さて、この十躰(幽玄躰・事可然躰・麗躰・有心躰・長高躰・見躰・面白躰・有一節躰・濃躰・鬼拉(きらつ)躰)の中では、どの躰にしても、有心躰よりすぐれて和歌の本質を具えている躰はないと存じます。この躰を会得するのは大変難しいのであります。あれこれと考えを巡らしていては、さらさら詠みおおせるものではありません。よくよく心を澄まして、一つの境地に没入してこそ、まれに詠めることはあります。ですから、良い歌と申しますのは、どの歌にしても、心の深い歌のみをそう申すようであります。しかしまた、あまりに深く心を入れようとして、ひねり過ぎれば、「いりほがのいりくり歌」(「入り穿(ほが)の入り()り歌」の意か)と言って、まとまりのない、わけの分からない歌になり、これは心の無い歌よりもさらに見苦しいものであります。この境をわきまえることがたいへん大事なことであります。重々よくよく考慮しなければなりません。

【補足】有心躰は文字通り心の有る歌のさま。「心」は情趣・情念・真情・内容など様々な意を含み持ちますが、いずれにしても定家は心に深みのある歌のみを有心躰と呼んでいるようです。因みに『定家十体』という歌書(偽撰説もある)で有心躰の例歌として挙げられているのは次のような歌です。

 津の国の難波の春は夢なれや葦の枯葉に風わたるなり(西行)
 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへばしのぶることの弱りもぞする(式子内親王)
 かへるさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月(定家)
 いつも聞くものとや人の思ふらん来ぬ夕暮のまつ風の声(良経)


字余りについて

わざと字余りにするのは良くない 藤原為家『詠歌一体』より

させる要なく、余らでもやすくやりぬべからん所に、わざとたたみ入れて余すことはわろし。いかにも余さでかなふまじき時は、余りたるも聞きにくからぬは幾文字も苦しからず。

【訳】さしたる必要もなく、字余りせずとも容易くよめてしまえそうな場合に、故意に字を挿入して字余りにすることは良くありません。どうにも字余りを避けられない時は、余っても耳障りでないのなら何文字だろうと問題ありません。

調べが良ければ字余りも良い 佐佐木信綱『和歌入門』より

字余りであいうおの語の含まれてゐる場合はよいとされて居るが、これは要するに、よみ下した調子さへよければよいと言ふことで、必ずしもあいうお(なづ)まぬがよい。字余りは巧に用ゐれば意味を助け、感じを添へ得る。これは段々自得される。殊に荘重な感を与へたり、のんびりした長閑(のどか)な感を与へたりするのに、字余りを用ゐて成功した例は古歌に多くある。

【補足】字余りの例
『新古今集』最澄 5,11,5,7,10
あのくたら さんみやくさんぼだいの 仏たち 我が立つ杣に 冥加あらせたまへ
『新古今集』源信明 5,8,5,8,8
ほのぼのと ありあけの月の 月影に もみぢ吹き下ろす 山おろしの風
『新古今集』源経信 7,7,6,7,7
さもあらばあれ 暮れ行く春も 雲の上に 散ることしらぬ 花し匂はば
『玉葉集』京極為兼 6,7,6,7,7
心とめて 草木の色も ながめおかん 面影にだに 秋や残ると


和歌と文法

文法を正しく知る必要 佐佐木信綱『和歌入門』より

和歌は文学であるから、原則として文法を正しく守らねばならぬ。作者の無学に基づく乱暴な詞づかひや、破格な語法は、到底完全な歌に於て、許すべからざるものであるのみならず、我が国の語は、てにをはの用法が微妙なものであつて、ちょつと間違ふと大変な意味の相違を来す。例へば「ありなむ」と「あらなむ」、「まし」と「まじ」、「ず」と「じ」等、相似てそれぞれ意味が違ふのであるから、文法を明瞭に知つてゐるといふ事は、和歌を詠まむとするに、最も必要な事である。殊に動詞の(はたら)き、てにをはの意味、動詞とてにをはとのつづけ方、また係結(かかりむすび)の関係などは、十分精しく知つてゐるを要する。

【補足】「てにをは」とは助詞・助動詞のこと(接尾語や活用語尾などを含めて言うこともあります)。「動詞とてにをはとのつづけ方」と言うのは、例えば、助動詞「ず」は動詞の未然形を承けるとか、そういうことです。なお「ありなむ」は「あり(動詞連用形)+な(完了の助動詞ヌの未然形)+む(推量の助動詞)」で「きっとあるだろう」の意、「あらなむ」は「あら(動詞未然形)+なむ(希望の終助詞)」で「あってほしい」の意。

文法に拘泥してもいけない 同上

文法は(いやし)くも文字で自分の考を発表しようとする以上は必要で、随つて和歌の上にも必要であるが、併し和歌に於いては、決して文法に拘泥してはいけない。
今の文法の法則は、多くは平安朝時代の文章に存した掟である。文章が変遷すると共に、文法も変遷する。和歌は元より口語では無いから、大体に於いては古文の法則に倣ふべきであるが、併し時によれば、随分古文の法則を破つてもよい自由を有していることを忘れてはならぬ。
また和歌には美的に言ひ表すことが、第一に必要であるから、其の為には、時には正確と言ふ事をも犠牲にせねばならぬ折があるのを忘れてはならぬ。(これ)は昔の歌人も知らなくは無かった。ある人が、景樹の、
 あけてこそ見むと思ひし筥崎の波間にかすむ松の村立
の歌を難じて、「見めと思ひし」としなければ、文法に違ふと言つたら、ある人が弁護して、見めと言つては調べがわるい。之は「見む」でなければならぬと言つた。此の反駁はよくこの意味を語つて居る。文法とか語格とか言ふ事に拘泥して、和歌の語句の自由を束縛する説は、往々聞く所であるが、之は和歌の第一の性質が、美しく発表すると言ふ事にあることを忘れた偏見、かつ思想の自由を古格で縛らうとする、換言すれば、想を格の奴隷としようとする謬見である。殊に初学の者にとつては、寧ろ細かい文法の規則などに初めから縛られなくて、自由に大胆に、思ふところを発表するといふ心掛けが大切である。それで習つてゆくうちに、段々文法をも心得、その大体の法則の中で、其の法則を活用して、思ふところを自由に歌ひ得るといふ境に達すべきである。

【補足1】現代短歌の名作で文法の誤用をよく指摘されるのが、塚本邦雄の

 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

で、「恋ふ」は上二段動詞ですから「恋はば」でなく「恋ひば」とするのが正しい、というわけです。たしかにそうなのですが、初句の「馬を洗はば」との呼応からして、ここは「恋はば」と言わないと調べが弛みましょう。古歌を閲しても、鎌倉時代に藤原家隆が

 わびつつは顕れてだにうちなげき思ふばかりも人を恋はばや

と「恋ふ」を四段型に活用させた例が(ごく稀なケースですが)見つかります。塚本邦雄の「戀はば」も、佐佐木信綱の言い方に倣えば、「想」が「格」を打ち破った一例と言ってよいのでしょう。

【補足2】近現代の短歌に見られる助動詞「き」の用法なども、佐佐木信綱の言う「古文の法則を破つてもよい」一例に数えることができましょうか。
助動詞「き」(き-し-しか、と活用します)は《過去回想》あるいは《記憶》の助動詞と呼ばれ、例えば「ありし母」と言えば「(かつて)生きていた(と私が記憶している)母」のことで、「今はこの世に存在しない母」を意味することにもなります。助動詞「き」は、今や取り返しのつかない過去、記憶のうちに呼び戻した過去をあらわすわけです。それが古典的で正統的な用法ですが、近現代の短歌を見ると、完了の助動詞「たり」や、現代口語の助動詞「た」の代りとして使われている例がごく普通に見られます。再び塚本短歌より引用すれば、

 世界曖昧模糊たるこの夜木蓮のなかぞらにくびられしむらさき

木蓮の花が首を(くく)られていると見た歌ですが、「くびられし」は、古典文法に従えば「くびられたる」「くびられつる」とでも言べきうところを、「たる」「つる」では調べが弛むこともあり、「し」で代用しているわけでしょう。


実際の歌の作り方

まず心を澄ます 伝藤原定家著『毎月抄』より

歌にはまづ心を澄ますは一つの習ひにて侍るなり。わが心に日ごろおもしろしと思ひ得たらむ詩にてもまた歌にても心に置きて、それを力にてよむべし。

【訳】歌においては、まず心を澄ます(純化し、集中させる)ことは、一つのならわしです。自分の心に日頃好ましく思われた詩でも歌でもあれば、それを念頭に置いて、その力を借りて歌を詠むのが宜しい。

【補足】定家は「詩は心を気高く澄ますものにて候」とも書き、『白氏文集』の詩を読むことを勧めています。「力をかりて」とは、心を澄ますうえで、秀逸の詩歌に力を借りることを言います。

正しい姿勢で詠む 同上

あからさまにも座正しからずして詠むべからず。

【訳】かりそめにも座を正しくせずして詠んではなりません。

初句は最後に決める 同上

歌の五文字(いつもじ)はよく思惟して(のち)に置くべきにて候。

【訳】歌の最初の五文字は、全体を深く考えて、後で置くのが宜しいのです。

【補足】定家によれば、俊成の歌稿には必ず初句のそばに注記のような小字があったと言います。俊成は初句の初案をはじめ小さく脇に書いておき、末句まで出来たあとで、ようやく初句を決定したのでした。

歌は初句から順に作るものではない 阿仏尼『夜の鶴』より

歌を案ずるに、はじめの五文字より次第に詠み下され候ふことは、申すに及ばずかうがふべからず。さらでは歌よむ故実とて常に承り候ひしは、先づ下の七々の句をよく思ひしたためて後、第二句より案じて後に、はじめの五文字をば本末(もとすゑ)にかなふやうに、よくよく思ひ定むべしとて候ひき。上句より次第に詠む程に、末弱(すゑよわ)になることの候へば、その用心と覚え候。

【大意】歌を創るときに、最初の五文字から順によみ下そうなどとは、もとより考えてはなりません。そうでなく、昔からの習わしとして常日頃承っておりましたのは、まず下の七七の句をよく思念して整えます。そのあと、第二句から考えめぐらします。さてそのあとで、最初の五文字を、全体のバランスに適うように、よくよく考えて定めるのがよろしいとのことでした。上句から順々に詠んでゆくうちに、末が弱くなることがありますので、そのための用心と思われます。

【補足】短歌は構造上、下句(七・七)に山場が来るのが望ましく、「末弱」は最も忌むべきもの。それを避けるために、まず下句を練りに練り、その後、下句とのバランスを考えて上句を決定すべきだ、ということでしょう。なお『夜の鶴』は鎌倉時代初期、藤原為家の側室であった阿仏尼の歌論書。手紙風の文章で和歌の詠み方などを分かりやすく説いた初心者向けの入門書です。上の教えはおそらく夫の為家から受けたものと思われますが、為家は定家に、定家は俊成に教えを受けているので、御子左家の庭訓と見て宜しいと思います。


題詠について

題詠のすすめ 佐佐木信綱『和歌入門』より

古来の歌題は、長い間の歌人の経験の間に、(おのづか)ら取捨選択されて成立つて来たものである。此意味で言へば、古来の歌題は決して無視することが出来ない。殊に初学者はまづそれから入るのが適当である。(中略)
初学者が入門の為には、まづ四季の題から詠むのがよい。四季の風物に関した歌は、平素誰しもが見聞(みきき)する事で詠み易い。次には(ぞう)の題を詠むがよい。(中略)
初学の人は、まづ花とか、月とかいふ、普通の題に就いて、あくまで自由に詠むのがよい。

【補足】題詠は、属目詠とか即興詠、機会詠などと呼ばれる詠み方に対比される歌の詠み方で、あらかじめ題を決めて歌を作るというやり方です。平安時代から江戸時代まで、この題詠という方法が和歌の作り方の主流をなしました。
佐佐木信綱は題詠で歌を詠む際の注意として、第一に「子日」「照射」のような「古来の遺物」に過ぎない題をしりぞけること。第二に、「対花厭風」のように狭く制限する題を避けることを唱えています。「元来題は、我々が構想の縁を与へるものと見做すべきで、初めから題で我々の想像を束縛して了ふやうな事は避くべきである」。

題詠上の心得 伝藤原定家著『毎月抄』より

題をわかち候事、一字題をばいくたびも下句にあらはすべきにて候。二字三字より後は、題の字を甲乙の句にわかち置くべし。結題(むすびだい)をば、一所(ひとところ)に置く事は、無下の事にて侍るとやらむ。また、(かしら)にいただきて出でたる歌、無念と申すべし。古くも秀逸どもの中にさやうのためし侍れども、それを(もと)に引くべきにも候はず。構へて構へてあるまじき事にて候。ただしまた、よく出できたる歌にとりて、すべて五文字ならで題の字の置かれざらむは、制の限りにあらずとぞ承りおきて侍りし。

【訳】題の字を上下の句に分ける問題ですが、一字題(「花」「紅葉」など一語から成る題)の場合は、その語を常に下句に表すべきであります。二字や三字以上の題(「荻風」「故郷花」「水郷春望」のように二語以上を結び付けた題。結題に同じ)の場合は、各語を上下の句に振り分けて置くべきです。結題の各語を一箇所(上句か下句のどちらか一つ)にまとめて置くのは最も忌むべきかと思われます。古くて秀逸な歌の中にも、そのような例があることはありますが、手本に用いるべきではありません。くれぐれもあってはならないことであります。ただしまた、非常によく出来ている歌については、初句に題の語が置かれていても、例外として許されると伺っております。

【補足】例えば「紅葉」という一語からなる題を出された場合、「紅葉」の語は下句に置くのが望ましいとされています。これは、通常下句に山場が来るという短歌の形式が要請することであり、理にかなった教えだと思われます。また「故郷花」のような題の場合は、「故郷」を表す語と「花」を表す語を上下の句に振り分けるのが良いとされています。例えば千載集の平忠度の「故郷花」を題にした名歌「さざ浪や志賀の都はあれにしを昔ながらの山ざくらかな」のように。しかし実際にはこうした教えに違反する秀歌が多いことも事実です。定家自身、例えば千載集に見える「時雨」一字題の歌で「時雨れつる真屋の軒端のほどなきにやがてさしいる月のかげかな」と題の字を初句に置いており、こうした例は枚挙に暇がありません。さほど気にする必要はないでしょうが、心の片隅には留めておいたほうが良いかもしれません。

類想を避けよ 佐佐木信綱『和歌入門』より

元来歌は二千年来詠み来つたので、其間に(おのづか)ら類想といふものが出来て居て、花の歌なら白雲とまがへるとか、梅ならば暗夜(やみよ)に香をとめて探るとか、歳暮ならば何にもしない(うち)に年の暮れたのが(をし)いとか、屹度(きつと)慣例(きまり)のやうに言つて居る。初学者が歌を詠むに就いても、斯ういふ弊に落ちることは、初めから警戒せねばならぬ。類想ばかりを詠んで居ると(つひ)にその(うち)を出る事が出来なくなつて、所謂陳腐な月並の歌ばかりを作るやうになる。何も初めが大切である。少し困難でも、初めからその考で、古来の類想に陥らないやうに、何でも自分が真に感じた事を歌ふやうにせねばならぬ。


附録 和歌のための文語文法古典的修辞法


公開日:平成18年8月26日
最終更新日:平成22年4月7日

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