右近 うこん 生没年未詳

藤原南家、右近少将季縄(季綱とも)の娘(『大和物語』)。ただし尊卑分脈には藤原千乖(ちしげ)の娘で季縄の姉妹とある。醍醐天皇の皇后穏子に仕える。元良親王藤原敦忠・同師輔・同師氏・同朝忠・源順らと交渉があったことが歌から窺える。
承平三年(933)、康子内親王裳着屏風歌を詠進。天徳四年(960)の内裏歌合に方人として出席。また応和二年(962)の内裏歌合、康保三年(966)の『内裏前栽合』に出詠するなど、朱雀・村上天皇の内裏歌壇で活躍した。後撰集に初出、拾遺集・新勅撰集にも入集し、勅撰入集は計十首。『時代不同歌合』『小倉百人一首』『女房三十六人歌合』に歌が採られている。

あひしりて侍りける男の久しうとはず侍りければ、長月ばかりにつかはしける

おほかたの秋の空だにわびしきに物思ひそふる君にもあるかな(後撰423)

【通釈】何ということもない秋の空でさえ侘びしいものなのに、このうえ更に物思いを添えるあなたですことよ。

【補記】関係を持った男の訪れが長く途絶え、晩秋九月に贈った歌。秋に「飽き」を掛け、飽きがたになった恋人への恨みを籠める。

【他出】時代不同歌合、女房三十六人歌合
(第三句を「かなしきに」とする本もある。)

【主な派生歌】
ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮(鴨長明[新古今])
おほかたの嵐も雲もすみはてて空のなかなる秋の夜の月(藤原定家)
影をまたあかずも月のそふるかなおほかた秋のころの哀に(藤原定家)
大方の空も涙もかきあへぬ月かげぬらす秋のむらさめ(後鳥羽院)
おほかたの秋てふ秋のながき夜をこよひともがな星合の空(光厳院)

男の久しうとはざりければ

とふことを待つに月日はこゆるぎの磯にや出でて今はうらみむ(後撰1049)

【通釈】あなたが訪ねて来ることを待っていると、月日は限度を越えてしまい、心は動揺しますので、こゆるぎの磯に出て浦を見る――いいえ、あなたを恨みましょうか。

【語釈】◇こゆるぎの磯 相模国の歌枕。神奈川県大磯あたりの海岸という。「越ゆ」「揺るぎ(心が動揺する)」の意が掛かる。◇うらみむ 恨みむ・浦見むの掛詞。

【補記】名高い歌枕に寄せて、久しく訪れない男への思いを詠んだ。

【他出】五代集歌枕、時代不同歌合、歌枕名寄、女房三十六人歌合
(初句「あふことを」、第四句「いそにいでてや」とする本もある。)

久しうまかり通はずなりにければ、十月ばかりに雪のすこしふりたるあしたに言ひ侍りける

身をつめばあはれとぞ思ふ初雪のふりぬることも誰に言はまし(後撰1068)

【通釈】我が身をつねってみますと、つくづくと悲しいなあと思います。初雪が降っていますが、その「古りぬる」私の有様を、誰に言えばよいのでしょうか。

【語釈】◇身をつめば 我が身をつねってみると。自分の身になってみると。◇ふりぬる 「降りぬる」「旧りぬる」(古びる、恋人に飽きられる意)の掛詞。

【主な派生歌】
程もなく消えぬる雪はかひもなし身をつみてこそあはれと思はめ(中務)

題しらず

忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな(拾遺870)

【通釈】忘れられる我が身は何とも思わない。忘れないと誓った人の命が、神の怒りにふれて失われるのが惜しいことよ。

【語釈】◇忘らるる身 あなたに忘却される我が身。「忘らるる」は、四段動詞「忘る」の未然形「忘ら」に受身の助動詞「る」の連体形「るる」が付いたもの。四段動詞「忘る」は《意識的に忘れる》意で、恋歌の場合「恋人を捨てる」「別の人に心を移す」といった意味合いで用いられることが多い。◇身をば思はず 我が身はどうなろうと、心にかけない。ここで句切れ。◇ちかひてし人 私との仲を神仏に誓った人。「人」は婉曲に相手の男を指している。◇惜しくもあるかな 「をし」は失われることを悲しむ感情をあらわす詞。自分を捨てた男を心底同情する心か、皮肉か、解釈が分かれる。

【補記】『大和物語』八十四段には「おなじ女、をとこの忘れじとよろづのことをかけて誓ひけれど忘れにけるのちにいひやりける」として同じ歌が出ている。「かへしはえきかず」とあり、男からの返歌はなかったという。同八十一段では右近の恋の相手が「故権中納言」すなわち藤原敦忠とされており、その話の続きと見れば、この歌の相手も敦忠ということになる。

【他出】拾遺抄、古今和歌六帖、大和物語、定家八代抄、八代集秀逸、時代不同歌合、百人一首、六華集、女房三十六人歌合

【主な派生歌】
忘らるる身をば思はで龍田山心にかかる沖つ白波(寂蓮)
身をすてて人の命を惜しむともありし誓ひのおぼえやはせむ(藤原定家)
誓ひてし人の命を嘆くとてわがたのまぬになしてこそみれ(藤原為家)
しほたるる身をば思はずこと浦に立つ名くるしき夕烟かな(少将内侍[新拾遺])
埋もるる身をば歎かずなべて世の曇るぞつらき今朝の初雪(*後醍醐院[新葉])
恋ひ死なむ身をば思はず同じ世にあはぬためしの名こそ惜しけれ(寂昌[新千載])
しづむべき身をば思はず涙川ながれて後の名こそ惜しけれ(崇光院 〃)


最終更新日:平成16年04月03日