恵慶 えぎょう 生没年未詳

出自・経歴などは不明。応和二年(962)、安法法師主催の河原院歌合に参加。安和二年(969)、源高明の筑紫左遷直後に西宮家で詠歌。また寛和二年(986)、出家した花山院の熊野参詣に供奉。講師として播磨に下ったこともあったらしい(続詞花集)。能宣・元輔・重之・兼盛ら同時代の歌人の多くと交流をもった。自撰と推測される家集『恵慶法師集』がある(群書類従二六七・私家集大成一・新編国歌大観三などに所収。以下「恵慶集」と略)。拾遺集の十八首を初めとして、勅撰入集は計五十五首。中古三十六歌仙

  4首  1首  4首  2首  5首 計16首

正月二日、近江へまかるに、逢坂こえ侍るに鶯のなくを聞き侍りて

ふるさとへゆく人あらば言伝(ことづ)てむ今日うぐひすの初音聞きつと(恵慶集)

【通釈】故郷の都へ行く人があったなら、伝言しよう。今日逢坂で鶯の初鳴きを聞いたと。

【語釈】◇逢坂(あふさか) 山城・近江国境の峠。東国との境をなす関があった。◇ふるさと ここでは都を指す。

【補記】この歌、後拾遺集には源兼澄の作として載るが、兼澄集には見えない。

【主な派生歌】
ふるさとへ行く人あらば言づてむ今日近江路をわれこえにきと(良寛)

山寺に人々のぼりて桜の散るをみて

桜ちる春の山べは憂かりけり世をのがれにと来しかひもなく(恵慶集)

【通釈】桜の花が散る春の山は憂鬱であった。せっかく世を遁れようとやって来たのに、その甲斐もなく。

【語釈】◇山べ 山。「へ」は漠然と場所を示す。

【補記】新古今集に「題しらず」として載る。

【他出】新古今集、定家十体(幽玄様)、井蛙抄

年かへりて、二月になるまで、まつ人のおとづれねば、いひやる

ももちどり声のかぎりは鳴きふりぬまだおとづれぬものは君のみ(恵慶集)

【通釈】百千鳥は声の限りを出してずっと鳴き続けた。まだ音もしないのはあなただけだ。

【語釈】◇ももちどり 百千鳥。色々な小鳥。但し『八雲御抄』等によれば鶯のこと。◇なきふりぬ 聞き古すほど鳴いた。◇おとづれぬ 「訪れぬ」に「音をたてない」意を響かせ、鳥の鳴き声と関連付ける。

井手といふ所に、山吹の花のおもしろく咲きたるを見て

山吹の花のさかりに井手に来てこの里人になりぬべきかな(拾遺69)

【通釈】山吹の花盛りに井手にやって来て、花の余りのすばらしさに、このまま此処の里人になってしまいそうだ。

【語釈】◇井手 山城国の歌枕。京都府綴喜郡井手町。山吹の名所。歌枕紀行参照。

題しらず

わが宿のそともにたてる楢の葉のしげみにすずむ夏は来にけり(新古250)

【通釈】我が家の外に立っている楢の木――その葉繁みの蔭に涼む夏がやって来たのだ。

【語釈】◇そとも 外面。背面。後方。

【補記】『恵慶集』によれば曾禰好忠の家集に見える百首歌(通称「好忠百首」)にこたえて作ったという百首歌の一首。夏の季節感を日常の暮らしのうちに捉え、好忠の影響が窺える。

【他出】恵慶集、俊頼髄脳、続詞花集、袖中抄、定家十体(濃様)、時代不同歌合、和歌色葉

秋立つ日よめる

浅茅原玉まく(くず)のうら風のうらがなしかる秋は来にけり(後拾遺236)

【通釈】浅茅原で、玉のように巻いた葛(くず)の葉を裏返して吹く風――その「うら」ではないが、うら悲しい秋はやって来たのだった。

葉裏を見せる葛の葉
「玉まく葛」葉裏を見せる葛の葉

【語釈】◇浅茅原(あさぢはら) 丈の低いチガヤが生える原。◇玉まく葛 葛の葉が身を折り曲げるようにして葉裏を見せている様。強すぎる直射日光を避けるためという。◇うら風 葛の葉を裏返して吹く風。「うら風の」までが「うらがなしかる」を導く序(有心の序)。

【主な派生歌】
真葛原もみぢの色の暁にうらがなしかる風の音かな(源兼昌[永久百首])
夕されば秋の野風に真葛原うらがなしかるさを鹿の声(藤原実房)
契りおけ玉まく葛に風ふかばうらみもはてじかへる雁がね(藤原定家[新千載])

河原院にて、荒れたる宿に秋来たるといふ心を人々よみ侍りけるに

八重むぐらしげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり(拾遺140)

【通釈】幾重にも葎が生い茂った寂しい宿に、人の姿こそ見えないが、秋だけはやって来たのだった。

渉成園 京都市下京区 河原院の遺蹟という

【語釈】◇河原院 京六条、鴨川畔の左大臣源融旧宅。当時は寺となり、融の曾孫安法法師が住んでいた。◇八重むぐら 八重葎。幾重にも生い茂った葎。葎はむさ苦しく生い茂る雑草を言う。荒廃した家の形容によく使われた。◇さびしきに さびしき所に。「に」を接続助詞と見て「淋しいのに」の意とする説もある。◇人こそ見えね… 訪れる人はないが、秋だけはやって来た。「見えね」の「ね」は、打消の助動詞「ず」が係助詞「こそ」との係り結びによって已然形をとったもの。

【他出】拾遺抄、恵慶集、後十五番歌合、玄々集、定家八代抄秀歌大躰近代秀歌(自筆本)詠歌大概八代集秀逸、別本八代集秀逸(後鳥羽院・家隆・定家撰)、時代不同歌合百人一首

【参考歌】紀貫之「貫之集」「新撰和歌」他
とふ人もなき宿なれど来る春は八重葎にもさはらざりけり
  よみ人しらず「後撰集」
やへむぐらしげき宿には夏虫の声より外に問ふ人もなし
  曾禰好忠「好忠集」
けぶりたえものさびしかる庵には人こそ見えね冬は来にけり

【主な派生歌】
八重葎しげれる宿のつれづれと問ふ人もなきながめをぞする(藤原定頼[風雅])
八重葎しげれる宿は人もなしまばらに月のかげぞすみける(大江匡房[新古今])
八重葎しげれる宿は夜もすがら虫の音聞くぞとり所なる(永源[詞花])
八重葎さしこもりにし蓬生にいかでか秋の分けて来つらん(*藤原俊成[千載])
秋こそあれ人は尋ねぬ松の戸を幾重もとぢよ蔦の紅葉葉(式子内親王[新勅撰])
月かげをむぐらの門にさしそへて秋こそきたれとふ人はなし(*藤原定家[風雅])
八重葎とぢける宿のかひもなしふるさととはぬ花にしあらねば(藤原定家)
月影もおもひあらばともり初めてむぐらの宿に秋は来にけり(俊成卿女)
人とはぬむぐらの宿の月かげに露こそ見えね秋風ぞふく(宗尊親王[続古今])
八重葎とぢこもりてし宿をしも先づとひけりな秋のはつ風(三条西実隆)
おきそむる露をよすがに秋は今朝むぐらの門を先づぞ問ひける(村田春海)

河原院にてよみ侍りける

すだきけむ昔の人もなき宿にただ影するは秋の夜の月(後拾遺253)

【通釈】ここに集まって騒いだろう昔の人も今はない宿に、影を見せるものと言ったら、ただ秋の夜の月ばかりである。

【語釈】◇昔の人 かつて花やかであった河原院に集まった人々を言う。◇ただ影するは秋の夜の月 姿を見せるのは、ただ秋の夜の月ばかりである。「影する」には「光を投げる」ほどの意も響く。

【主な派生歌】
すだきけん昔の人は影たえて宿もるものは有明の月(平忠盛[新古今])

月の入るをみて

月の()る山のあなたの里人と今宵ばかりは身をやなさまし(続千載518)

【通釈】月が沈む山の彼方の里人に、今夜だけは我が身を代えてしまいたいものだ。

【補記】『恵慶集』の詞書は「月、山のはにいるをみて」。清輔撰『続詞花集』、基家撰『雲葉集』などにも採られている。

【主な派生歌】
入日さす山のあなたは知らねども心をかねて送りおきつる(西行)

月をみてよめる

天の原空さへさえやわたるらむ氷と見ゆる冬の夜の月(拾遺242)

【通釈】天の原と呼ばれる広大な空さえ一面冷えきっているのだろうか。氷と見える冬の夜の月よ。

【語釈】◇天(あま)の原 天空を平原に見立てた表現。◇冴えやわたるらむ 冴えわたるのだろうか。「冴え」は冷たく氷る意。

【補記】のち盛んに用いられる末句「冬の夜の月」の初例。『古今和歌六帖』には作者不明記で、「貫之集」に載るとの書き入れがある。また『今昔物語』『古本説話集』には安法法師の作として載せる。

【他出】拾遺抄、古今和歌六帖、玄々集、恵慶集、古来風躰抄、後六々撰、近代秀歌、定家八代抄、八代集秀逸、時代不同歌合

【主な派生歌】
とほざかる音はせねども月きよみ氷と見ゆる志賀の浦波(藤原重家[千載])
住の江のこほりと見ゆる月かげにとけやしぬらむ神の心も(藤原公重)
ながむれば涙も袖にむすぼほれ空さへこほる冬の夜の月(藤原家隆)
霜はらふ庭のたまざさあられふり空さへさゆる冬の夜の月(後鳥羽院)

つごもりの夜、年のゆきかふ心、人々よむに

ふる雪にかすみあひてやいたるらむ年ゆきちがふ夜はの大空(恵慶集)

【通釈】降りしきる雪でぼうっと霞んだまま、やがて新年に至るのだろうか。旧い年と新しい年が行き違う夜の大空よ。

【補記】旧年と新年、冬の雪と春の霞が行き交う大晦日の夜空。

【参考歌】凡河内躬恒「古今集」
夏と秋とゆきかふ空のかよひ路はかたへ涼しき風やふくらむ

旅の歌とてよみ侍りける

わぎもこが旅寝の衣うすき程よきて吹かなむ夜はの山風(新古921)

【通釈】我が妻の旅寝の衣は薄いので、避けて吹いてくれ、夜の山風よ。

【補記】旅にあって故郷の妻を思いやる。万葉羈旅歌を思わせる古風な旅歌。

旅の思ひ

春をあさみ旅の枕にむすぶべき草葉もわかきころにもあるかな(新続古今921)

【通釈】まだ春が浅いので、野宿の枕に結ぶはずの草葉も若くて短すぎる頃であるなあ。

【語釈】◇旅の枕 野宿するための草枕を言う。

深き山に住み侍りける聖のもとに、たづねまかりけるに、庵の戸をとぢて人も侍らざりければ、帰るとてかきつけける

苔の庵さしてきつれど君まさでかへるみ山の道のつゆけさ(新古1630)

【通釈】苔むした庵を目指してやって来たけれど、あなたは居られなくて、引き返して行く山道の露っぽいことよ。

【語釈】◇苔の庵 「苔」は住人が出家者であることを暗示する。◇さして めざして。詞書の「庵の戸をとぢて」と呼応し、「鎖して」の意が掛かる。◇道のつゆけさ 「露」は苔の縁語。涙を暗示。「道ぞつゆけき」とする本もある。

貫之が集を借りて、返すとてよみ侍りける

一巻(ひとまき)に千々の(こがね)をこめたれば人こそなけれ声はのこれり(後拾遺1084)

【通釈】一巻に数千の黄金を籠めたので、人々から珍重され、作者は亡くなってしまったけれども、その声はこうして残ったのだ。

【語釈】◇貫之が集 紀貫之の家集。◇千々の金 貫之の秀歌を讃えて言う。

【補記】貫之集を借してくれたのは貫之の息子、紀時文。時文の返歌は「いにしへのちぢのこがねは限りあるをあふばかりなき君が玉章(たまづさ)」。

【参考】「白氏文集・題故元少尹集後」「和漢朗詠集」(→資料編
遺文三十軸 軸軸金玉声(遺文三十軸、軸々に金玉(こんぎよく)の声あり)

ぬしなき宿を

いにしへを思ひやりてぞ恋ひわたる荒れたる宿の苔の石橋(いははし)(新古1685)

【通釈】昔を思いやっていつまでも慕い続けるのだ。荒廃した屋敷に残る、苔むした石の橋よ。

【語釈】◇恋ひわたる 「わたる」は「橋」の縁語。◇石橋 飛石を並べて橋の代りとしたもの。あるいは石造りの橋。庭園の小川や池に架け渡したものであろう。

【他出】定家十体(濃様)

【主な派生歌】
古郷の苔の岩橋いかばかりおのれあらでも恋ひわたるらん(後鳥羽院)


更新日:平成16年06月26日
最終更新日:平成22年11月02日