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     小沢昭一 おざわ・しょういち(1929—2012)


 

本名=小澤昭一(おざわ・しょういち)
昭和4年4月6日—平成24年12月10日
享年83歳(洽昭院澹然一哲居士)
東京都墨田区向島5丁目3–2 弘福寺(黄檗宗)




俳優・俳人・エッセイスト。東京都生。早稲田大学卒。俳優座養成所を経て俳優デビューし、多くの舞台や映画などに出演。ラジオパーソナリティとしても活躍した。民俗芸能研究に力を注ぎ『私は河原乞食・考』を発表。放浪芸の研究では『日本の放浪芸』レコード三部作を完成させた。俳人でもあり俳号は「変哲」。著書に『日本の放浪芸』『私のための芸能野史』などがある。




 


成田空港で使用料というのを二千円はらってさ、まだパスポ—卜を見せるところまでいかない間、もう寂しくなるのね。ああ、これからしばらく日本を去るのかと思うと、なんかキュ—ンと胸がつまる。若いときから一人で動いているのに寂しくなりますよ。それがいいんですね。その寂しさは何ともいえない味わいだし、またそれを振り切ろうという力もわいてくるっていうか、あれは旅立ちの妙味ですなあ。
でもネ、人間は最後にやっぱり帰るんですよ。それは死ぬ用意ですね。みんな死ぬ用意で、故郷へ帰りたいと思う。なにも残留婦人だけでなく、人間だれしももっていることらしいですよ。その故郷というのも二つありますよね。実際の生まれ育った郷土の山河に触れて死にたいというのもありましょう。それからいちばん慣れ親しんだ自分のグラウンド、つまり自宅で死にたいというやつ。いずれも心の安らぎを得て死にたいということでしよう。
なんだかんだいったって、人間は心の故郷から逃れられないって面があるんですよね。でもそこがその人の本質であり核なんです。人生の長い間にはその上にいろんなものがくっついてきたんだけど、またくっつけようと人はみんながんばるんだけど、核は変わるわけがないんで、自分で自分の懐にもぐりこむように核にもどる。そうするとどういうものか安心、やすらぎというものが出てきて、やがてそのころ、チーンという鉦の音とピッタリあってお陀仏できるんじゃないですかな。

(『散りぎわの花』・ひとり旅)

立ち枯れて涙のかたちつくしんぼ

夕顔やろじそれぞれの物がたり

寒月やさて行く末の丁と半

放埒の果ての軽みや音頭取り

退院の一歩一歩の落葉ふむ

 


 

 昭和25年、俳優座養成所の二期生として千田是也らの教えを受け俳優人生の歩みをはじめた小沢昭一。以来古典劇や実験的な前衛劇の上演に取り組み、映画俳優としても評価を確立、特異な存在感を示した。傍ら昭和50年研究誌『季刊藝能東西』を創刊、民族芸能の研究や再発掘にも大いなる業績を残している。昭和48年にはじまったラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は一万回を超えて放送されたが、平成10年頃に見つかった前立腺がんが頸椎に転移、放射線治療を受けていた病状も24年夏頃から悪化、11月16日に自宅で録音したというメッセージを放送、復帰意欲の意志を示したのが生涯最後の仕事となった。12月10日午前1時20分、東京・世田谷区代田の自宅で死去。



 

 立川談志が〈思うに何をしても、普段の会話をしてもこの御人、小沢昭一という役者を演じているように思える〉と看破した俳優小沢昭一はれっきとした俳人でもある。俳号は「変哲」。こんな句がある。〈変哲忌鯵のひらきを供えよかし〉、永井荷風を敬愛し自己掃苔趣味のあった小沢が死後を夢想したものらしい。ところで小沢家先祖代々の墓は長野にあるそうだが、母方の菩提寺である向島の弘福寺が気に入り、昭和36年、小沢が32歳の時建てた「小澤家之墓」は本堂を背にして鎮座している。また森鴎外が昭和2年に三鷹の禅林寺に改装されるまでこの寺に埋葬されており、鷗外を尊敬していた荷風が墓参したことが『断腸亭日乗』に読めるが、荷風を慕った小沢がその墓地に眠っているのもなんとした因縁か。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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