小川国夫 おがわ・くにお(1927—2008)


 

本名=小川国夫(おがわ・くにお)
昭和2年12月21日—平成20年4月8日 
没年80歳(アウグスチノ)
静岡県島田市旗指3050–1 敬信寺(浄土真宗)



小説家。静岡県生。東京大学中退。昭和32年同人誌『青銅時代』を創刊、『アポロンの島』を自費出版、島尾敏雄の激賞を受け、小説家として立った。『逸民』で川端康成文学賞。『悲しみの港』で伊藤整文学賞。『ハシッシ・ギャング』で読売文学賞を受賞。『試みの岸』『或る聖書』などがある。




 

 

 ミケネの遺跡はアテネへ行く街道から少し入った所にあった。柚木浩がミケネから歩いてこの道路に出て、バスを待っていた時には日が照っていた。コリントでバスが十分位小休止をした時、彼は下りて葡萄を買ったが、雨が頬に当たった。
 浩は土砂降りになっていた時を憶えている。彼はバスの一番前の席に乗っていて、運転手の前の窓にワイパーが通ると、直ぐ水が掛って来るのを見ていた。外の灯は滲んで、何個あるか数えられなかった。バスは海に沿って走っていたが、早く日が暮れて、カーヴへ近づくと、雨以外にヘッドライトで照し出される物体がないことがわかって、海が想像出来た。停留所でドアが開くと、彼の席からは外が見えて、寒い風を起している雨脚の勢がわかった。
 アテネでは到る所で、自動車が列を作って止っていた。人々がその間を、岩の間を流れる水のように通った。バスは一寸刻みに進んだ。
 終点についた。浩は待合室に入った。雨は降り込めていて、衰える気配はなかった。
                                      
(アポロンの島)

 


 

 30歳の時に自費出版をした500冊の作品集、欧州をバイクで放浪した体験を描いた『アポロンの島』が一冊も売れず、〈疲れと八方ふさがりの感じに打ちのめされて、気落ちしていた〉その8年後、思いがけずも島尾敏雄に朝日新聞紙上で絶賛される。〈一度没した舟が海面へ浮き上がり、波を分けて走り出した感じ〉で世にとびだし、「内向の世代」の作家と認められた。
 静岡県藤枝市の生家を拠点に中央文壇とは一定の距離を置いたところにあって、感傷的な心理を排した清冽な文体で独自の文学を追求した。
 平成20年4月8日午後2時過ぎ、肺炎のため静岡市内の病院で死去。その日の静岡地方は未明から早朝にかけて台風並みの嵐が襲っていた。



 

 地中海で味わったオリーブとワインの匂いが原感覚となって『アポロンの島』は生まれた。そこには多分にキリスト教的な感覚の反映があったようだ。
 20歳でカトリックの洗礼を受けた小川国夫の作品は常に宗教性を帯び、その内にひそむ光と影を繊細にとらえていくことになる。
 小川家菩提寺のこの寺にある五輪塔と「南無阿弥陀仏」の碑が並ぶ小川家の墓域には、白々とした時が流れ、さわやかな風が吹くのでもなく、ただ鈍く冷たい光が漂うばかり、蜜を求めて飛んできた蜂が一匹、供花に留まってせっせと密を吸っている。
 帰路、駅に向かう沿道に「アポロン」という老人福祉施設の看板を眼にしたのだが、偶然にしてはできすぎてはいなかっただろうか。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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