大杉 栄 おおすぎ・さかえ(1885—1923)


 

本名=大杉 栄(おおすぎ・さかえ)
明治18年1月17日—大正12年9月16日 
享年38歳 
静岡県静岡市沓谷1丁目174 沓谷霊園


 
社会運動家。香川県生。東京外国語学校(現・東京外国語大学)卒。明治41年赤旗事件で入獄。大正元年荒畑寒村と『近代思想』を発刊、進化論、労働運動、無政府主義に関する論文を執筆。12年パリのメーデーで演説し国外追放。帰国後、大震災後の混乱の中、伊藤野枝らと虐殺される。『社会的個人主義』『大杉栄全集』などがある。






 

 生ということ、生の拡充ということは、いうまでもなく近代思想の基調である。近代思想のアルフアでありオメガである。しからば生とは何か、生の拡充とは何か、僕はまずここから出立しなければならぬ。
 生には広義と狭義とがある。僕は今そのもっとも狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である。
 力はただちに動作となって現われねばならぬ。なんとなれば力の存在と動作とは同意義のものである。したがって力の活動は避けえられるものではない。活動そのものが力の全部なのである。活動は力の唯一のアスペクトである。
 さればわれわれの生の必然の論理は、われわれに活動を命ずる。また拡張を命ずる。なんとなればかつどうとはある存在物を空間に展開せしめんとするの謂いにほかならぬ。
 けれども生の拡張には、また生の充実を伴わねばならぬ。むしろその充実が拡張を余儀なくせしめるのである。したがって充実と拡張とは同一物であらねばならぬ。われわれの生の執念深い要請を満足させる、唯一のもっとも有効なる活動として、まずかの征服の事実に対する反逆が現われた。またかの征服の事実から生ずる、そしてわれわれの生の拡充を障害する、いつさいの事物に対する破壊が現われた。
 そして生の拡充の中に生の至上の美を見る僕は、この反逆とこの破壊との中にのみ、今日生の至上の美を見る。征服の事実がその頂上に達した今日においては、諧調はもはや美ではない。美はただ乱調にある。諧調は偽りである。真はただ乱調にある。
今や生の拡充はただ反逆によつてのみ達せられる。新生活の創造・新社会の創造はただ反逆によるのみである。

 
(生の拡充)

 


 

 社会主義運動弾圧のいわゆる赤旗事件で投獄され、その間に起こった大逆事件に関与することを免れたが、自由恋愛の実践から伊藤野枝と神近市子の三角関係に発展した恋愛は、神近による刃傷沙汰(日蔭茶屋事件)まで引き起こしてしまった。
 大正12年9月1日正午、関東大震災がおこった。焦土と化した東京にあって、弟一家の消息を心配していた大杉は無事とのハガキを受け取り、16日、伊藤野枝と共に鶴見まで見舞ったあと、6歳になる甥の橘宗一をともなって東京・柏木の自宅近くまで帰ったところを、憲兵大尉甘粕正彦らに拉致拘束され、同日夜八時頃、麹町憲兵隊司令部で取調中に絞殺された。三人の死体は隊内の古井戸に投げ込まれ隠蔽されたが、やがて警察の知るところとなり、甘粕は捕らえられた。



 

 陽を落とし淡紫色に染まっていく駿府の空を背にして、無念にも虐殺された反逆の革命家・アナーキストの墓がここにあった。
 結婚して静岡に住んでいた大杉栄の妹柴田菊が、葬儀の際に右翼に持ち去られた遺骨が返還された翌年の5月25日に密かに建てたという左官仕立ての「大杉榮之墓」は、妻伊藤野枝と甥橘宗一の遺骨を共に納めている。
 年月を経て虚しくも破壊された今日の世相を思い、脆くも崩れ落ちるのを必死にこらえるかのように踏ん張っている墓前に佇みながら、急速に光彩の衰えていく空を見やった。赤旗事件で共に投獄され、『近代思想』、や『平民新聞』を発刊した荒畑寒村の撰文があった。
 ——〈惜しむべし雄志逸材むなしく中道に潰ゆ〉。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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