岸本佐知子著作のページ


1960年生、上智大学文学部英米文学科卒。洋酒メーカー勤務を経て翻訳家。2007年「ねにもつタイプ」にて第23回講談社エッセイ賞を受賞。

1.ねにもつタイプ

2.変愛小説集(岸本佐知子編訳)

3.変愛小説集2(岸本佐知子編訳)

4.変愛小説集−日本作家編−(岸本佐知子編)

5.コドモノセカイ(岸本佐知子編訳)

 


   

1.

●「ねにもつタイプ」●(挿画:クラフト・エヴィング商會) ★☆ 講談社エッセイ賞


ねにもつタイプ

2007年01月
筑摩書房

(1500円+税)

2010年01月
ちくま文庫化

2007/02/27

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翻訳家のエッセイというから知的な感じのものを予想したのですが、読むそばから???の連続。
これエッセイ、いやいや妄想?? という具合。

ちょっとしたひっかかりから次々と妄想は膨らみ、どこまでが事実なのか想像なのかその境界はまるで判らないまま、本書エッセイは繰り広げられていきます。
こうした妄想、私も無縁とは言いません。あぶないところあるのではと思われるような妄想を、私も広げること度々あるので。
しかし、岸本さんの域まではとても及びません。
翻訳家という常に文章とにらめっこする仕事柄の所為なのか。ちょっとした言葉にもその背景をしつこく見極めようとするこだわりの所為なのか。

各篇の中にクラフト&エヴィング商會の絵が挿入されているところに、怪しい妄想ではなく健全な妄想(?)といいたくなる味わいがあります。
そう思えば本書のエッセイ、どこかクラフト&エヴィング
商會の繰り広げる世界と似ているところがあるような、と感じた次第。

  

2.

●「変愛小説集」●(岸本佐知子編訳)  ★★


変愛小説集

2008年05月
講談社

(1900円+税)

2014年10月
講談社文庫化



2008/06/28



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この本の題名、「"恋"愛小説集」と思い込んだ人が多いのではないでしょうか。かく言う私がそう。
どこかで書評を読み気づくまで、"恋"ではなく"変"であることに全く気づいていませんでした。
初めてそうと知ったときには、変な本だなぁ、という印象がその延長で出来上がってしまいました。

でもその通り、これは“変”な小説集なのです。
収録されているのは、10人の作家による11篇。

その中には純粋一途な愛情物語もちゃんとあります。でも、
その相手が他所の家の庭に立つ一本の木だったり(「五月」)、妹のバービー人形(「リアル・ドール」)だったとしたら、
なんてヘンテコなんだ、と思いませんか。

その一方、ストーリィそのものがヘン!という作品もあります。
その筆頭が「まる呑み」。何しろ、浮気相手とキスをして強く吸ったら、相手を腹の中にまる呑みしてしまった、というストーリィなのですから。

ドストエフスキーの初期ユーモア作品「鰐」は、呑み込まれた人間だけの滑稽さでしたけれど、この作品は呑み込まれた男性と呑み込んだ女性の双方に滑稽味があって、故に滑稽さは2倍。
呑み込まれた男性が女性の身体の中でちゃんと生存している、というのがミソです。
なにしろ、その男性が身体の内側からセックスを仕掛けるというのですから、その奇想ぶり、呆然としつつ笑ってしまうという可笑しさ。こうした作品、私は好きです。
また、一体何だったのか?(「獣」)、その後主人公は一体どうなってしまうのか?(「ブルー・ヨーデル」)という、書かれた部分のストーリィより書かれていない部分の方が気になってしまう、という作品もあります。

まさにヘンテコなストーリィばかりを集めた短篇集。
すこぶる面白い、とは言えないまでも、このヘンテコぶり、変であるところの味わいは深く、かつ余韻も深い一冊。
悪戯心ある方には気に入るかも。

アリ・スミス・・・・・・「五月」
レイ・ヴクサヴィッチ・・「僕らが天王星に着くころ」
レイ・ヴクサヴィッチ・・「セーター」
ジュリア・スラヴィン・・「まる呑み」
ジェームズ・ソルター・・「最後の夜」
イアン・フレイジャー・・「お母さん攻略法」
A・M・ホームズ・・・・「リアル・ドール」
モーリーン・F・マクヒュー「獣」
スコット・スナイダー・・「ブルー・ヨーデル」
ニコルソン・ベイカー・・「柿右衛門の器」
ジュディ・バドニッツ・・「母たちの島」

  

3.

●「変愛小説集2」●(岸本佐知子編訳)  ★★


変愛小説集2

2010年05月
講談社

(1900円+税)



2010/07/05



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「愛にまつわる物語でありながら、普通の恋愛小説の基準からはみ出した、グロテスクだったり極端だったり変てこだったりする小説」アンソロジー、第2集。

ただ変わっているというに留まらず、偏愛だったり、偏執、さらには奇妙な習性というにまで及びます。
こうした小説集を喜ぶのは、読む方にも多少偏執的なところがある訳で、さて?と思えば自覚するところ多分にあります。
ここまで様々に変テコだと、1冊として論じるのはもはや無理であって、一篇一篇、好きとか面白いとか、言う他ありません。

・まず冒頭の「彼氏島」桐野夏生「東京島を思い出します。それに比べれば穏当というべきか。
「スペシャリスト」、身体の内部に冷たいブリザードが吹き荒れる広大な空虚をもつ女性が登場。かつて姫野カオルコ「受難に仰天しましたので、慣れている所為かもう仰天はしませんが、そうくるか、という感じ。本人はさぞ辛いのだろうなぁ、と。
「妹」は、判る判るという感じの、世界共通の題材かも。
「私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ」は、本書中一番爽快な偏愛物語だと思います。女性たちが皆会いたいと目指したものは、もはや伝説的存在となった“チアリーダー”。
「道にて」は、ちょっとブラック。
「ヴードゥー・ハート」は唯一の中篇。不幸なのは、女性より主人公である男性の方では、と思う他ないストーリィ。
「マネキン」は、妻が木製の人体模型だと気づいてしまった夫の苦悩を描いた篇。この題材、割と多いですねぇ。
「人類学・その他 100の物語より」は、恋愛にまつわる寓話をAから初めてアルファベット順に 101集めた掌編集で、抜粋。
僅か半頁くらいのショートショート、どれも秀逸なショートショート、好きです!
「歯好症」は、妻の体中、顔にまで歯が生えてしまうというグロテスクな話。それでも妻を愛し続ける夫については、感動すべきなのでしょうか。至高の愛の傑作と言いたい篇。

読了後、「その変さゆえにかえって純愛小説に近づいている」という岸本さんのあとがきに、納得するところあり。
その典型例が「歯好症」でしょう。
私の好みとしては、「スペシャリスト」「私が西部にやって来てそこの住人になったわけ」「人類学・その他 100の物語より」「歯好症」。   

ステイシー・リクター・・「彼氏島」
アリソン・スミス・・・・「スペシャリスト」
ミランダ・ジュライ・・・「妹」
アリソン・ベイカー・・・「私が西部にやって来てそこの住人になったわけ」
スティーヴン・ディクソン「道にて」
スコット・スナイダー・・「ヴードゥー・ハート」
レナード・マイケルズ・・「ミルドレッド」
ポール・グレソン・・・・「マネキン」
ダン・ローズ・・・・・・「人類学・その他100の物語より」
ジュリア・スラヴィン・・「歯好症」
ジョージ・ソーンダーズ・「シュワルツさんのために」

    

4.

「変愛小説集−日本作家編−(岸本佐知子編)  ★★


変愛小説集−日本作家編

2014年09月
講談社

(1800円+税)

2018年05月
講談社文庫化



2014/10/05



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“変愛小説”アンソロジー、第3弾。
変愛小説は海外専売かと思い始めていたところでの日本作家編。考えてみれば当然のこと、海外に対抗すべく“日本編”も欲しいですよね。

第1巻、第2巻と変愛のレベルは増すばかりと感じていたところでの「日本作家編」、最初の
川上弘美「形見」の冒頭こそ純粋で微笑ましい恋愛と思えたのですが、そこはやはり川上弘美さん、川上さんらしいとんでもない展開へ。
続く
多和田葉子「韋駄天どこまでも」は、もはや変愛を突き抜けて独自の世界、漢字遊びの世界に迷い込んだ当惑と面白さに思わず興奮。
その後の篇は皆、変愛以前に、ストーリィ自体の設定が奇矯、ヘンテコという他なし。そんなストーリィ設定を背景にしているのですから、恋愛はそのまま“変愛”にならない訳がない、という印象です。

ストーリィの妙という点では
多和田葉子「韋駄天どこまでも」が格別、深堀骨「逆毛のトメ」ジョン・コリアを彷彿させるブラック・ユーモアあり。
なお、カラスが重要な存在として登場する作品が2篇あるとは思いませんでした。どちらもユニークさ、衝撃という点では格別(
吉田知子「ほくろ毛」、星野智幸「クエルボ」)。
最後を締める
津島祐子「ニューヨーク、ニューヨーク」は、今は亡き少々風変りな女性をかつての夫と息子が偲ぶストーリィで、慈しみに満ちた篇。

※なお、多和田葉子「韋駄天どこまでも」は献灯使」に、村田沙耶香「トリプル」殺人出産に収録済。

川上弘美・・・「形見」
多和田葉子・・「韋駄天どこまでも」
本谷有希子・・「藁の夫」
村田沙耶香・・「トリプル」
吉田知子・・・「ほくろ毛」
深堀 骨・・・「逆毛のトメ」
木下古栗・・・「天使たちの野合」
安藤桃子・・・「カウンターイルミネーション」
吉田篤弘・・・「梯子の上から世界は何度だって生まれ変わる」
小池昌代・・・「男鹿」
星野智幸・・・「クエルボ」
津島佑子・・・「ニューヨーク、ニューヨーク」

     

5.
「コドモノセカイ」(岸本佐知子編訳)  ★★


コドモノセカイ

2015年10月
河出書房新社

(1900円+税)

 


2015/12/08

 


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岸本さんによる子供を主人公にした作品集。
どんな作品が集められているかというと、子供らしい妄想に満ちたストーリィばかり、と言って過言ではありません。
子供らしい妄想・・・健やかで明るい、なんてものは一切ありません。むしろ奇妙、陰鬱なものの方が多いくらい。
そう言えば私自身、幼い頃、怖くて喚きたくなるような夢ばかり見たり、ヘンテコな想像を巡らせたりしていたものです。
すっかり記憶の彼方に去っていましたが、それらが飛び去った筈の彼方から一挙襲来した、という気分です。

収録12篇の内、惹きつけられたのはごく短い篇の方が多い。ストーリィが長くなると判り難くなるのに対し、ショートストーリィの方がインパクト大だからでしょうか。
アリ・スミス「子供」は衝撃的、エトガル・ケレット「ブタを割る」は限りなく愛おしくなるような篇。ステイシー・レヴィーン「弟」は奇想極まりなく、短いからこそ鮮烈。

そして最後の
エレン・クレイジャズ「七人の司書の館」は、古い図書館に置き捨てられた赤ん坊が、7人の司書に囲まれ、図書館の中で育っていくファンタジー要素たっぷりの短編なのですが、本好き、図書館好きの方ならきっと気に入るだろう一篇です。

リッキー・デューコーネイ・「まじない」
カレン・ジョイ・ファウラー「王様ネズミ」
アリ・スミス・・・・・・・「子供」
エトガル・ケレット・・・・「ブタを割る」
ピーター・マインキー・・・「ポノたち」
スティシー・レヴィーン・・「弟」
レイ・ヴクサヴィッチ・・・「最終果実」
ベン・ルーリー・・・・・・「トンネル」
ジョイス・キャロル・オーツ「追跡」
エトガル・ケレット・・・・「靴」
ジョー・メノ・・・・・・・「薬の用法」
エレン・クレイジャズ・・・「七人の司書の館」

   


     

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