桐野夏生作品のページ No.2



11.東京島

12.女神記−新・世界の神話−

13.IN

14.対論集−発火点

15.ナニカアル

16.優しいおとな

17.ポリティコン

18.緑の毒

19.だから荒野

20.夜また夜の深い夜


【作家歴】、顔に降りかかる雨、天使に見捨てられた夜、OUT、柔らかな頬、ローズガーデン、玉蘭、ダーク、グロテスク、残虐記、魂萌え!

 → 桐野夏生作品のページ No.1


奴隷小説、抱く女、路上のX

 → 桐野夏生作品のページ No.3

    


         

11.

●「東京島」● ★★☆       谷崎潤一郎賞


東京島画像

2008年05月
新潮社刊

(1400円+税)

2010年05月
新潮文庫化



2008/06/10



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漂流記と言えば始めて読んだのはヴェルヌ「十五少年漂流記」。そして近年読んだ中で記憶に残っているのは、吉村昭「漂流
本書もまた同じ漂流ものなのですが、それらと何と違うことか。
作者が桐野夏生さんとなれば、同じ筈である訳がないと思うものの、意表をつく想定に読む前から興味津々。

太平洋真っ只中の無人島に漂着したのは32人。そしてその中に女性はたった一人。
思わずギョッとしてしまうのですが、そのたった一人の女性が40代半ば、一方日本人の男たちの殆どは息子と言ってもいい20代の若者ばかり。そうなると一体どんなストーリィに展開していくのやらと、冒頭から引き込まれます。

男たちは島を“トウキョウ”と名付け、気の合った同士で固まり各々の住む場所をブクロ、ジュク、シブヤと名付けている。
一方、後からやって来た中国人グループはまとめて“ホンコン”と呼ばれ、世界中おそらく何処でもそうであるように、ここ無人島でも生存能力の高さを発揮している。
そんな漂流民の中で群を抜いて面白い存在は、やはりたった一人の女性である清子です。
何しろ男たち全員の渇望を浴びれば女王然とし、男たちの自分に対する関心が薄れたと思えば焦燥し、○○すれば“島の母”を勝手に気取るのですから。
つまりこの清子という女性、男たちがどう見るか、外からの評価によって、自分の存在感を左右されるのです。ですから時に横柄となり、時にアタフタし、その様子の変わることまさにカメレオンの如し、という具合。
身勝手なところは相当ですが、男たちのようにカッコつけたりせず、島を脱出する機会が得られると思えば他人のことなど意に介さず、我が身可愛さだけで突っ走るところが彼女の強さ。
こうした場面に至ると、女はやっぱり強いよなぁ。

最後の結末は、漂流記としては奇想天外でしょうけど、面白い。
無人島も人が住み着き、カップルも出来て子供も生れるようになると“有人島”というのはごもっとも。でも意表をついていて可笑しい。
また、結果がキレイに二分されているのも、本来の漂流記としては考えられない結末。
ですから、本作品は古典的な漂流記として読むより、現代社会を無人島に持ち込んだサバイバル・ゲーム小説、として読む方が相応しいのだろう、と思います。
なお、読み方はどうであれ、本書はとにかく面白いのです。

 

12.

●「女神記(じょしんき)−新・世界の神話−」● ★☆    紫式部文学賞


女神記画像

2008年11月
角川書店刊

(1400円+税)

2011年11月
角川文庫化



2008/12/14



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ヤマトから遥かに遠い南の島、海蛇島で闇の国の巫女となる運命を担って生まれ、16歳で死んだナミマの物語を主ストーリィに、黄泉の国を司る女神=イザナミの深い悲しみ、怨念を描き出した“新・神話”。

イザナキと2人、夫婦神としてヤマトの国をはじめ、数多くの子たちを成したというのに、何故イザナキから穢れた存在として忌み嫌われ、昼の世界に通じる道を大岩で閉ざされ、黄泉の国に閉じ込められねばならなかったのか。
女の恨みは恐ろしい。それ故にイザナキが生み出す人間たちを毎日 1,000人も殺してみせようというイザナミの誓い、それに対抗して毎日 1,500人の生命を生み出そうというイザナキの誓い。
それ故に人間界には生と死が常に存在するのでしょうか。

イザナキがイザナミを黄泉の国に閉じ込めた後、アマテラスオオミカミを生み出したりと、一人でイイカッコしいであるのに対して何故イザナミの方はこれ程までに悪く言われなければならないのか、というイザナミの怒りは、ごもっともと言うほかありません。
考えてみれば神話の世界、考え出したのはやはり男性だったのでしょうか。それ故に男神側にばかり都合の良い書き方をされていると非難されれば、反論も思いつかず。
それでも、相手がどんな行動に出ようと許すことなく怨念を抱き続けるというのは、イザナミが女神だからでしょうか。

日本神話を新たな視点から描き出したストーリィ。
イザナミの怨念の深さには辟易するものの、物語にはちと懐かしさも感じるところあり。

 

13.

●「IN」● ★☆


IN画像

2009年05月
集英社刊

(1500円+税)

2012年05月
集英社文庫化



2009/06/17



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「IN」という題名の本書、12年前の衝撃作OUTとどう関係するのか、どう相対するのか。
そこにまず興味を惹かれるのは、当然のことでしょう。
しかし、少なくともストーリィの面では関係なさそうです。

主人公は鈴木タマキという女性作家。ちょうど“恋愛における抹殺”をテーマとした小説を書こうとしているところ。
その主人公となるのは、緑川未来男という作家が妻と愛人に挟まれた修羅の日々を小説として描いた「無垢人」に登場する、「○子」というその愛人。
そのため、○子とは一誰だったのかの取材を進める一方、タマキ自身が担当編集者であった阿部青司との間でかつて繰り広げた狂おしい恋愛のことが振り返られます。
恋愛はどう終わるのか、どう終えるのか、その後には何が残るのか、を語ろうとするストーリィ。
なお、各章の題名のヨミは、同じく「いん」。

「抹殺」とは、無視、放置、逐電など自分の都合で相手との関係を断ち、相手の心を「殺す」ことだという。
要は恋愛したこと自体を悔やみ、記憶から消し去り、一切なかったことにする、ということであり、タマキが望んだことなのだろうと思うのですが、タマキはそれを果たすことができたのか。
そして、夫を愛しながらもその夫から手ひどく傷つけられたらしい、緑川未来男の妻=千代子はどうだったのか。
恋愛というものの本質を掘り下げようとした作品だと思うのですが、読後の納得感はいまひとつ。
そもそも修羅場を演じるような恋愛、好きではないのです。

※桐野さんの狙いは、家庭のことさえ曝け出して平然としている作家というものの有り様を描くことにあったようです。

1.淫/2.穏/3.「無垢人」(緑川未来男作)/4.因/5.陰/6.姻/7.「IN」

  

14.

●「対論集 発火点」● ★★


タイ論集 発火点画像

2009年09月
文芸春秋刊

(1400円+税)

2012年12月
文春文庫化



2009/10/18



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1999年から2009年まで10年間の中から、選りすぐりの12篇を選んだ対談集。
桐野夏生さんについて知らなかった意外な面、桐野さんの小説執筆における視点など、刺激を受ける部分が結構多くて、楽しめる一冊です。
また、桐野さんから家族の話を聞けたのが、予想外の収穫。

女性作家との対談では、お互いの作品のことを話題に上り、作品の狙いや執筆背景が聞けるところが興味深く、面白い。
中でも松浦理英子さん、小池真理子さんとの対談が楽しい。
対談相手のラインアップを見て予想外の組み合わせと感じたのが重松清さんでしたが、男性・女性それぞれから見た恋愛という点で話がぴったり合っていたのが、意外や意外。
もう一人の男性作家が星野智幸さんですが、うーん、この対談にはちっともついていけませんでした。

佐藤優さん、原武史さん、西川美和さんとの対談では、桐野さんはどちらかというと聞き役。
今注目を集めている西川美和さんとの対談、もちろん関心高かったのですが、皇室に関する話の内容が深くて興味尽きなかったのが原武史さんとの対談。今後皇室を考えていくうえで為になった気がします。

松浦理英子・・剥き出しの生、生々しい性
皆川博子・・・悪意を小説で昇華させたい
林真理子・・・女は怪物? それとも鬼?
斉藤環・・・・想像は現実である
重松清・・・・いまそこにある危機・ニッポンの男と女
小池真理子・・極私的オトコ論
柳美里・・・・残酷な想像力の果て
星野智幸・・・星野智幸による「快楽主義者の伝記」
佐藤優・・・・「見えない貧困」がこの国を蝕む
坂東眞砂子・・座して死を待たず
原武史・・・・象徴天皇制の「オモテ」と「オク」
西川美和・・・フィクションに潜む真実

  

15.

●「ナニカアル」● ★★☆        島清恋愛文学賞・読売文学賞


ナニカアル画像

2010年02月
新潮社刊

(1700円+税)

2012年11月
新潮文庫化



2010/03/25



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先の大戦において特派員として中国へ、また報道班員として東南アジアの戦地へ赴いて記事を著していたことから、戦争に協力姿勢をとっていた作家ということで何かと批判された「放浪記」の女性作家・林芙美子
本書はその芙美子が、シンガポール、ジャワ、ボルネオと東南アジアの占領地を陸軍報道部の嘱託として巡った足跡を背景に、芙美子の人となり、情愛を描いたフィクション。
生前芙美子の世話をし、後に芙美子の夫である手塚緑敏の後添いとなった姪=房江が、亡父の遺品の中に隠されていた芙美子の遺稿を発見する、というのがプロローグ。

桐野さんのこれまでの作品での文章と違い、じっくり、ゆっくりと林芙美子像を語っていくという風が、印象的。
ですから自然と読者も、じっくりと読むようになります。
性愛に奔放で、好悪に正直、格好など付けずに本心のままに生きる女性作家、本書にはそんな雰囲気が横溢しています。
戦地へ向かう船の中でのこと、作家たちを招待した温泉宿でのこと、世間一般には顰蹙を買いそうな行動も、芙美子がするとごく自然な営みで、芙美子の魅力をより増すように感じられます。
また、同じ船に乗って戦地へ赴いた他の女性作家と林芙美子を画するものは何だったのか。
林芙美子は積極的に行動する作家だった、その点に違いがある、と私には思えます。

高校1年の頃「放浪記」と「浮雲」を読んだだけで記憶にすら残っておらず、一方で戦争協力者だったという評判を聞いて、これまで林芙美子のことを批判的に見ていましたが、本作品を読んでそれはすぐ撤回。
その性根の座った生き方には、むしろ惚れ惚れする思い、林芙美子という女性の魅力たっぷりです。
もちろんフィクションですから、本作品における林芙美子像がそのまま実物どおりという訳ではないのでしょうけれど、桐野さんの描く林芙美子像には、こうした女性だったのかと得心できる、リアリティがあります。

報道班員となった作家たちに対する陸軍の傲岸な圧力、当番兵という名前の薄気味悪い監視人、そうしたサスペンスチックな描写は、流石に桐野さん、上手い!
軍部抑圧下での従軍行、その渦中にあっても燃え上がる芙美子の恋情、そして林芙美子の真実と、じっくり味わうべき物語性もたっぷり。
林芙美子という女性を作者が好いてこその、逸品でしょう。
桐野さん、渾身の作。お薦めです。

プロローグ/偽装/南/冥闍婆(ジャワ)/金剛石/傷痕/誕生/エピローグ

 

16.

●「優しいおとな」● ★☆


優しいおとな画像

2010年09月
中央公論新社

(1500円+税)

2013年08月
中公文庫化


2010/11/01


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渋谷の街でたった一人、ホームレスとしてクラス15歳の少年、イオンを主人公にした近未来サバイバル的な小説。

ストーリィは、普通に暮らす人たちとホームレスの人たちを対比し、社会全体を舞台として描いたものではありません。
むしろ、ホームレス社会を舞台にしてのイオンの物語、と言って良いでしょう。
イオンはホームレス仲間からも飛び出た、ホームレス社会でも孤高の道を選んだ人間。
そんなイオンにも、しきりと彼のことを気遣うNGOの青年モガミがいます。しかし、そんなモガミに対してさえ、イオンは反抗的。

一見、一人でも強かに生きている様子のイオンですが、彼のような少年にとっても大人の存在は必要なのか、そして“優しいおとな”とはどんな人間のことなのか。
イオンにとっては極めて過酷な結末ですが、彼の心境を思うと、ホッとするところがあります。それは、人間たちへの、未来への希望を感じさせてくれるから。
少年ホームレス小説というだけでは、決して談じることのできない作品。

スープ・キッチン/シブヤパレス/バトルフィールド/鉄と銅と錫と/世界は苦難に満ちている/優しいおとな

         

17.

●「ポリティコン」● ★★


ポリティコン画像

2011年02月
文芸春秋刊

上下
(各1571円+税)

2014年02月
文春文庫化
(上下)



2011/03/08



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東北の僻村、かつて芸術家たちが作った理想郷のなれの果て=唯腕(いわん)村
生活は貧しく、厳しく、今残っている村民は年寄ばかり。唯一の若者が現理事長のひとり息子・
東一(といち)28歳。
そこに入り込んできた訳ありの4人。元ホームレスらしい中年男、脱北者らしい母子、そして高校生の美少女=
マヤ
理想郷の純血種として村に縛りつけられ、その鬱屈を欲望をたぎらすことで紛らわせようとする東一。自分ではどうにもならない運命によってこの村へと吹き流されてきたマヤ。
2人を各々、第一部、第二部の主人公として、現在の様々な問題を凝縮して盛り込んだ長篇ストーリィ。

地方の過疎化、農村の高齢化・若者離れ、有機農法、アジア女性の嫁取りの他、、脱北者(北朝鮮)の問題まで、本ストーリィは孕みます。まるで現代日本の縮図のような設定です。
こうした状況に置かれて、東一、そしてマヤはどこまで流されていくのか。
そうした一方、この唯腕村の変遷を見るに(話は飛躍してしますが)、仏教の
三時観(正法・像法・末法)にそっくりなものを感じます。つまり、理念の実践者である東一の祖父=唯腕村創設者たちの時代、理念を知っていた東一の父親の時代、そして理念も目的もなくただ支配欲・性欲があるのみという東一の時代と。

ストーリィは、まるで底なし沼に嵌まり込んでいくようで、私としては逃げ出したくなるような展開。
この作品を現代日本の一部の縮図と思うと、目の前が暗くなる気持ちがします。
でも、決して救いがない訳ではない。最後、どこか希望を繋ぐところがあるように感じられることに、ホッとする思いです。
※桐野夏生さんの意欲作であると言って良いでしょう。

        

18.

●「緑の毒」● ★★


緑の毒画像

2011年08月
角川書店刊

(1400円+税)

2014年09月
角川文庫化



2011/10/03



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深夜、一人暮らしの女性の部屋に侵入してはレイプを繰り返す開業医の川辺康之。その犯行はいつも水曜日。
それは、病院勤務医である妻の
カオルが、同僚の医者との浮気でいつも家を空ける日。
川辺は、妻への嫉妬をまるでゲームのように感じ、そして見知らぬ若い女性をレイプすることで悦楽を味わう。

女性に対する卑劣な犯罪を題材にしたストーリィですが、決してサスペンス小説ではありません。
自分が周囲からどう見えているのかまるで自覚することなく、自分の欲望のままに行動し、その結果として他人にまで毒を垂れ流している川辺。そしてそれは、彼の妻であるカオルにしても、浮気相手の
玉木にしても、同様と言えます。
川辺が経営するクリニックの中で人間関係が破たんしていく様子も、その結果の一つと言えます。
川辺にしろ、カオルにしろ、余りに無防備にして愚か過ぎる。
気持ちの良いストーリィではありませんが、その毒が回って行く様がはっきり見て取れるだけに、(被害者には申し訳ないのですが)読んでいて実に面白い、本ストーリィにすっかり捕われてしまいます。

さて結末は・・・というと、当然と言えば当然なのですが、ネット社会だからこその恐ろしさがあります。それはそれで緊迫感いっぱいの幕引きです。
しっぽの先(最後の最後)まで読み応えあり。

     

19.

「だから荒野」 ★★


だから荒野画像

2013年10月
毎日新聞社刊

(1600円+税)

2016年11月
文春文庫化



2013/11/13



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私の好きなロードノベルの一種と言えますが、主人公が46歳の専業主婦というところが珍しい。
熟年離婚ではなく熟年家出。きっかけとなったのは、主人公=
森村朋美の誕生日の食事会。自分の誕生日だというのに、電車で新宿まで出るのは面倒くさいと車の運転手をさせられ(おかげでお酒も飲めず)、揚げ句の果ては朋美が予約した店・料理が気に入らないと夫から散々に貶されるばかり。もちろん誕生日プレゼントなどという気の利いたものも無し。
途中で馬鹿馬鹿しくなって一人で店を出て、そのまま車で出奔というのが本ストーリィの始まり。

まぁ、妻、夫、息子、それぞれに不満・言い分はあるのでしょうけれど、本書においては夫=浩光の身勝手さが際立っていて、どうも夫側の分が悪いですねぇ。
なお、一人一人が不満を抱えているこの家族の姿は、現代家庭における典型例かもしれません。息子は大学生で彼女のところに入り浸り、次男は高校生でゲーム中毒。夫は仕事を言い訳に外でやりたい放題で、妻の朋美にはことある毎にそんなことでは社会に通用しないぞと決まり文句で叱りつけるばかり。
朋美が家を出て晴々する気持ちも判る、というものです。一日中家にいて主婦業ばかりではつまらない、たまには外へ出て自分のお金で好きなように買い物をしたい、という主婦の気持ち、実体験として判ります。
という訳で、如何にも主婦の方たちに受けそうなロードノベル、熟年主婦のちょっとした冒険行、というストーリィ。

先がどうなるか見えない分、ついつい先へ先へと頁を繰ってしまう、文句なく面白いです。朋美と対照的な浩光の困惑ぶり、あくまで懲りない愚かさ振りは滑稽と言うに尽きる、同性からみても愉快です。
最後は収まるべきところに収まって物足りずと思うのですが、主婦の冒険行であればそんな結末が相応しいのでしょう。

1.夜の底にて/2.逃げられ夫/3.逃げる妻/4.世間の耳目/5.素手で立つ/6.破れかぶれ/7.人間の魂

   

20.

「夜また夜の深い夜」 ★★


夜また夜の深い夜

2014年10月
幻冬舎刊

(1500円+税)

2017年08月
幻冬舎文庫化



2014/11/07



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主人公は20歳前の若い娘=舞子(マイコ)。ただし、舞子が育った状況は異常としか言いようのないもの。
アジアの僻村で産み落とされ、その後は母親と2人、まるで逃げ隠れしているように諸外国を転々とし、現在住むナポリに至ったのは4年前。舞子が学校に通ったのはロンドンの小学校だけ。母親の本当の名前さえ知らず、母親曰く舞子にはIDも国籍もないのだという。
状況が変わったのは、日本人青年が開いたマンガ喫茶を知ったことから。マンガをまるで知らなかったマイコは、たちまちその虜になります。そこからが急展開。
母親と喧嘩した
マイコは家を飛び出し、親しい人も全くいないナポリの街を一人彷徨います。そこで知り合ったのは、密入国者だという同じ年頃の黒人娘エリスと白人娘アナの2人。
この地に寄る辺をもたない3人の娘のサバイバル・ストーリィ。それと並行して、母親とマイコの秘密を紐解くストーリィが繰り広げられていきます。

日本から遠く離れた土地、そのうえ日本の感覚からかけ離れたストーリィとなると、非現実感もあります。どうこの作品を捉えたらいいのだろうと戸惑うところもあり。
一番近いのは漂流記なのかもしれません。無人島の代わりに外国の地というだけで、自分が何者なのかもはや意味はない、生き延びることだけがただ一つの目標。その意味では、帯にある
「魂の疾走を描き切った、苛烈な現代サバイバル小説」というPR文は至当なものなのでしょう。

なお、本作品はマイコがある女性に向けて書いた手紙、という形を取っています。そのため、マイコの気持ちが流れ出すように書かれているところが本作品の良さ、魅力。
評価は読み手の好み次第になるかと思いますが、サバイバル小説としては十分に冒険的かつサスペンスフルで、たっぷりの読み応えあり。

第一部:1.もうひとりの自分/2.あなたの悩める妹/3.めくるめく混乱/4.マンガと現実は違う/5.マンガよりも面白い現物/6.マイコ、悪事に手を染める/7.ゴキブリ女、発生す
第二部:8.一年後の決裂/9.「ゴキブリ女に告ぐ!」/10.お母さんの秘密/11.かわいそうなお母さん/12.真実を知る時/13.そして、もうひとりの私

  

桐野夏生作品のページ No.1    桐野夏生作品のページ No.3

 


 

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