川上弘美作品のページ No.1


1958年東京都生、お茶の水女子大学理学部生物学科卒。82年から86年まで私立田園調布双葉中学高等学校にて教諭。94年「神様」にて第1回パスカル短編文学新人賞、96年「蛇を踏む」にて 第115回芥川賞、99年短編集「神様」にて紫式部文学賞・ドゥマゴ文学賞、2001年「センセイの鞄」にて
第37回谷崎潤一郎賞、07年「真鶴」にて芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。 


1.物語が、始まる

2.椰子・椰子

3.おめでとう

4.センセイの鞄

5.ゆっくりさよならをとなえる

6.光ってみえるもの、あれは

7.ニシノユキヒコの恋と冒険

8.古道具 中野商店

9.東京日記−卵一個ぶんのお祝い。

10.東京日記2−ほかに踊りを知らない。


風花、どこから行っても遠い町、これでよろしくて?
、ナマズの幸運、天頂より少し下って、七夜物語、なめらかで熱くて甘苦しくて、猫を拾いに、水声、大きな鳥にさらわれないよう

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ぼくの死体をよろしくたのむ、森へ行きましょう

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1.

●「物語が、始まる」● ★☆


物語が、始まる画像

1996年08月
中央公論社
(1068円+税)



2002/12/25

川上さんの作品については、読むたび不思議さを感じます。
いずれも不思議なストーリィ、何処へ行くのか判らないまま終わってしまうけれど、カラッとした明るさがある、という印象。まるで、日溜まりの誰もいない縁側を、傍から見るような気がします。
本書収録の4篇も例外でないどころか、いずれも奇妙なストーリィ。それでいて、薄気味悪さは感じられず、最後にユーモア感さえ漂うところが、川上作品の不思議な魅力でしょう。4篇の間に微妙な温度差も、味わいのひとつ。

冒頭の「物語が、始まる」、男の雛型を拾ったという出だしには思わず絶句してしまいます。ちょうど瀬名秀明「あしたのロボットを読み終えたばかりでしたので、雛型とロボットを思い比べながら読んでしまったことは、果たして良かったのかどうか。
川上さんの芥川賞受賞作は「蛇を踏む」ですが、それに先立ち芥川賞候補となった作品が、3番目の「婆」。出だしの不可解さと対照的に、婆が次々振ってくる最終場面が微笑ましい。
4篇中、最も面白く感じたのは「墓を探す」。先祖の墓を探して姉妹が見知らぬ土地を訪ね歩く話なのですが、現実か夢か曖昧になってくるような雰囲気の中での姉妹のやり取りに、絶妙の面白さがあります。

物語が、始まる/トカゲ/婆/墓を探す

    

2.

●「椰子・椰子」● 絵:山口マオ  ★★


椰子・椰子画像

1998年05月
小学館版に追加

2001年05月
新潮文庫
(476円+税)


2001/05/22

春夏秋冬にわけて主人公の日常を綴った作品なのですが、その“日常”が摩訶不思議なもの。
「もぐらと一緒に写真をとる」という最初の文章から、完全にそこは川上ワールドです。
主人公は女性ですが、片想いの相手がいるのででっきり独身かと思うと、夫も子供もいる人らしい。でも、その子供は畳んで押入れにしまわれたり、夫が行方不明となったと思えば長持ちの中でにいるのを発見される、という展開。まるで想像力が追いつきません。
じゃ白けるか?と言えばそんなことはなく、川上ワールドの中をフワフワと漂っているようで、なんとなく楽しい。
とくにコピー機の裏に住みついた4歳くらいの女の子が可愛らしい。紙づまりを起こすと中にもぐりこんで上手に直してくれる、いつも歌っているのでコピーの間も退屈しない、という。
また、久し振りに行った渋谷センター街が、密林に変わっているというのも愉快です。

この物語は、川上さんの夢日記から始まったとのこと。随分楽しい夢を見る人もいるのだなぁと感心します。現実をちょっと忘れたい時、本書は格好の本でしょう。

      

3.

●「おめでとう」● 


おめでとう画像

2000年11月
新潮社刊
(1300円+税)

2003年07月
新潮文庫化

2007年12月
文春文庫化


2001/01/09

帯には「よるべない恋の12景」とあります。でも、風変わりな短篇集です。冬の真ん中、日だまりの中にいるような静けさ、平穏さを感じます。

本当に恋愛小説なのでしょうか。たしかに、ひとつひとつのストーリィは恋愛あるいは不倫関係に絡んだものなのですが、どれも淡々としています。情熱とか固執とか、欲というものがまるで感じられません。まるで向こう岸の恋愛模様を、川のこちら側から眺めているかのようです。

冒頭の作品は、昔の恋人タマヨさんをその結婚した家に訪ねる話というのですが、どうやら語り手も女性らしい。2作目は、同じ男性に捨てられたモモイさんの幽霊にとり憑かれる、という話。その割に薄気味悪さなど無く、ほのかな温もりの感じられる点が印象に残ります。
また、「冬の一日」は、お互いに家庭があり、いつも同じ曜日・同じホテルで逢瀬を重ねている2人が、特別にマンションの一室で鍋を囲む一日を描く作品。なんとなく身体の内から温かくなるような気分を感じてしまいます。
表題作の「おめでとう」は、副題に「西暦三千年一月一日のわたしたちへ」とあります。清々しい気分が味わえ、年初に読むのにふさわしい一篇でした。

いまだ覚めず/どうにもこうにも/春の虫/夜の子供/天上大風/冬一日/ぼたん/川/冷たいのがすき/ばか/運命の恋人/おめでとう

    

4.

●「センセイの鞄」●    谷崎潤一郎賞


センセイの鞄画像

2001年06月
平凡社刊
(1400円+税)

2004年09月
文春文庫化

2007年10月
新潮文庫化


2001/08/26

センセイと私=ツキコの間に流れ行く時間を追った、長篇恋愛小説。
“センセイ”は、正式には松本春綱先生であり、主人公・大町月子の高校時代の国語教師。担任の先生ではなかったのであまり記憶に残っていなかったが、駅前の一杯飲み屋で隣り合わせになって以来数年、親密な間柄となります。
片や“センセイ”と呼び、片や“ツキコさん”と呼ぶ。川上さん独特の、フワフワした、不可思議な雰囲気がそこに漂います。

特に待ち合わせるということもなく、隣り合うことが常となり、ビール、日本酒と美味しそうに並んで飲む。お互いの日常生活や時間を気にすることなく、飄々と酌み交わし、2人の時間を共有するその雰囲気がなんとも快い。年齢差は30歳余り。それ故、ベタベタする感じが全くないのが良いのでしょう。センセイの先生らしい、優しく堅い口調もユニーク。
このどこが恋愛小説なのかと思うくらい、さっぱりとした関係が永きにわたり続きます。途中、ツキコの同級生・小島が登場しますが、センセイとの関係と比べるとどうしてもギトギトした感じになってしまう。比較して、センセイ=ツキコの関係の貴重さを納得させられているのかもしれません。

読み終えた後は、青空にポカッと大きな穴が開いたような、すっきりした気分です。

  

5.

●「ゆっくりさよならをとなえる」● ★★

ゆっくりさよならをとなえる画像

2001年11月
新潮社刊
(1400円+税)

2004年12月
新潮文庫化


2002/01/24

小説じゃないか、と思うくらい、川上さんの小説と同じ雰囲気が漂っています。短篇小説として読んでも、何ら不思議ないくらい。そんなところが、川上さんのもつ不思議な魅力でしょう。
さりげないけれど、じっくり読んでいると、少しずつ風変わりなところが感じられるエッセイ、59篇。 
ふわっと軽やかで、カラッとした明るさがあります。
そして、読んでいるうちに、心の中から温もってくる。そんな感じを味わわせてくれるエッセイ集です。

これまで川上さんの小説作品を3冊読んできましたが、川上さんの世界を外側から眺めていただけのように思います。本書を読んで、川上弘美世界の内側に、漸くちょっと入り込めた気分。
「iii(3)」として纏められた11篇は、読んだ本にまつわる川上さんの思いを綴ったエッセイ。

語られる本を知る楽しみもありますが、川上さんならではの味わいも加わり、本好きにとっては楽しい章です。
川上弘美さんに近づくのに、格好の一冊です。

  

6.

●「光ってみえるもの、あれは」● 

 
光ってみえるもの、あれは画像
 
2003年09月
中央公論新社
(1500円+税)

2006年10月
中公文庫化


2003/10/12

青春小説と言うべきか、それとも家族小説と言うべきなのでしょうか、この作品は?

主人公である男子高校生・の家族は、ちょっと変わっている。幼い時から“おかあさん”と呼んでいた相手は、小学生になった時に、祖母=“匡子さん”へ、それまでの“愛子さん”が“おかあさん”へと突然にして変わった。この3人家族に、一家に足繁く出入りする、翠と遺伝子の繋がりがあるという大鳥さんを加えて、どこか普通でない人たち。
一方、翠の友人である、花田、ガールフレンドの平山水絵は、個性的ではあり奇妙な振る舞いもみせますが、割と普通。
そんな登場人物に囲まれた翠の高校生活は、どこか珍妙な印象を受けます。それはいつもの川上作品らしいところ、と思っていると、次第にそれは違うのではないかと思えてきます。
要は、翠の珍妙さは、祖母・母親の影響をもろに受け、受身の行動しかしていなかった所為と思うのです。

花田や、平山水絵に急かされるようにして、漸く翠が決意するのは、2人の女親からの自立。その意味で、青春小説であり、家族小説であると思う所以です。
と、一応結論づけるものの、実はよく判らないところあり。
※なお、担任の国語教師・キタガーの存在も見逃せません。

      

7.

●「ニシノユキヒコの恋と冒険」● ★★


ニシノユキヒコの恋と冒険画像

2003年11月
新潮社刊
(1400円+税)

2006年08月
新潮文庫化



2003/12/18

ニシノユキヒコの恋の遍歴を、10人の女性が思い出語り風に綴る連作短篇集。
「小説新潮」等に5年にもわたり掲載されたものの単行本化ですから、川上さんにとってもかなり愛着ある主人公のようです。
一般的に“恋と冒険”と言えば、主人公にとっての悲恋、熱愛、破局といったストーリィが連想されますが、そこは作者が川上さんとなればちと違う。むしろ、アンチテーゼと言う方がふさわしいストーリィなのです。

ニシノ君は常に優しい男性ですが、基本的にそれ以上に踏み込むことがない。女性が恋したいと思うには格好の男性なのですが、結局愛までには至らない。その前に女性の方が冷めてしまう、という繰り返しです。
可笑しいことに、ニシノ君は心の内を相手の女性に容易に見透かされてしまうのです。ですから、彼にとって、恋は始まりとなる冒険ではなく、常に冒険に止められてしまうものなのです。
そこにニシノ君の寂しさ、可笑しさがあり、「恋と冒険」という題名の諧謔があります。

それにしても、10人の女性はタイプ、職業、年齢とも様々。それにも拘わらず同じように恋人となり、同じように捨てられてしまうニシノ君は、忘れ難い魅力があります。
しかし、そのニシノ君西野さんとなると、思わず悄然。
ちょっと寂しい淡々とした雰囲気に、快さ、楽しさが感じられる作品です。

パフェー/草の中で/おやすみ/ドキドキしちゃう/夏の終りの王国/通天閣/しんしん/まりも/ぶどう/水銀体温計

       

8.

●「古道具 中野商店」● ★★


古道具中野商店画像

2005年04月
新潮社刊
(1400円+税)

2008年03月
新潮文庫化



2005/04/26



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学生の多い東京の西近郊にある町の古道具屋。そこが本作品の舞台です。
店員は主人公であるアルバイトのヒトミのほか、店主である中野さんと、無口なタケオ。そして時々店を手伝いに来る中野さんの姉、50代のマサヨさん
冒頭からこの作品には居心地の良さがあります。どっぷりつかって安心していられる雰囲気に充ちています。

背伸びせずに自分の身丈そのままでいられるような世界。古道具屋という設定が秀逸です。それ自体に懐かしいような、馴染んだような空気があるのですから。
上記の主要な登場人物4人とも、それぞれ不器用なところがあるようです。タケオに想いを寄せるものの、はっきりと自分の気持ちを示せないでいるヒトミ。ぶっきらぼうでもうひとつ感情を表さないタケオ。2人の関係は同僚以上恋人未満というところでしょうか。
いい加減な風のある中野さんには本妻の他に同業の愛人がいますが、女性に対してマメであっても器用とは思えない。はっきり物言いするマサヨさんにしても、自分の男関係になると逡巡するところが多いようです。
そして、この店にやってくる常連客たちも風変わり。

そんな不器用だったり、風変わりだったりする登場人物たちを大くくりに抱え込んで、古道具の中野商店にはゆっくり和んでいられる快さ、味わいがあるのです。
気持ちが疲れた時に読むには、格好の一冊です。

角形2号/文鎮/バス/ペーパーナイフ/大きい犬/セルロイド/ミシン/ワンピース/丼/林檎/ジン/パンチングボール

 

9.

●「東京日記 卵一個ぶんのお祝い。」● ★★


卵一個ぶんのお祝い。画像

2005年09月
平凡社刊
(1200円+税)


2007/11/25


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雑誌「東京人(都市出版)」に連載されている日記の、最初の3年分をまとめた書とのこと。
「東京日記」という題は、雑誌の名前にも住んでいる都市にも由来しているとのことですが、もうひとつ、敬愛する作家の内田百に同題の作品があることにも由来しているという。
百關謳カと並んでしまってはおこがましいと、「東京日記」を小さく印刷したというところが微笑ましい。

日記とはいえ、そこに川上さん独特のリズムがあるところが楽しい。
正直言って小説にやや読み疲れしている気分のこの頃、この軽やかでユーモラスかつどことなく人を食ったような文章に、気持ちが寛ぐような楽しさを感じます。本当の日記というだけに、夢日記から始まったという椰子・椰子のように途中で??と頭を悩ませてしまうこともありませんし。
「あとがき」にて川上さん曰く、「少なくとも、五分の四くらいは、ほんとうです」とのこと。そう聞いて安心しました。(笑)

それにしてもあちこちマメに出歩くものだなぁと感心。日記を書くからにはやはりこのくらいは出歩かないと、と思う次第。

   

10.

●「東京日記2 ほかに踊りを知らない。」● ★★


ほかに踊りを知らない画像

2007年11月
平凡社刊
(1200円+税)



2007/12/11



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雑誌「東京人(都市出版)」に連載されている日記、卵一個ぶんのお祝い。に続く3年分(2004/05〜07/04)。

あいかわらず川上さん独特のリズムが醸し出されているところが、この日記の魅力。
その川上さん曰く、「中の五分の四くらいは、うそみたいですけどほんとうのことです」という。
ということは、五分の一くらいは嘘なんだよなぁ、と思いつつ読む。それもまた楽しいのです。
ウソらしいことは本当にウソだろう。でも、もしかすると本当のことかもしれないし、本当のことだと思っていると実はウソ、なんてこともあるかもしれない。
・・・というように、日記の中身について関心が薄れるなどということは、最初から最後まで全くないのです。

表題作の「ほかに踊りを知らない。」の踊りとは、東京音頭のこと。電話機の故障に際して、電話機の前で東京音頭を踊って見せたりと云々。
考えれば考えるほど、川上さんの小説世界とこの日記世界が同化していくのです。目をくらませられないよう、最後の頁まで用心しないと。
年の暮れ、過ごした一年を振り返りながら読むには、格好の一冊だと思います。

   

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