吉田篤弘作品のページ


1962年東京生。98年以降妻である吉田浩美と“クラフト・エヴィング商會”名義にてブックデザイン、小説、工作などを手がける。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞を受賞。


1.
針がとぶ

2.空ばかり見ていた

3.パロール・ジュレと紙屑の都

4.ガリヴァーの帽子

  


 

1.

●「針がとぶ」● ★★


針がとぶ画像

2003年12月
新潮社刊

(1400円+税)

 

2004/03/18

 

amazon.co.jp

まるで風景画の中に入り込んでその世界を眺めるような、そんな透明感、爽涼感がある7つのストーリィ。
いずれも日常些細な、取るに足らない出来事を描いたストーリィですが、主人公たちが眺めるその向こうには、はるかに広がる世界があります。広々とした気持ち良さを感じるのは、その所為でしょう。

伯母が遺した古いレコードの向こうには伯母の人生があったし、クローク係は取り残されたコートから持主の人生を想像する。
冒頭の「針がとぶ」は、主人公の記憶にある亡き伯母の残像が鮮やか。そして「金曜日の本」では、クローク係が金曜日の勤め帰りに買った本に魅入られたように読書する様子が楽しい。また、小島にあって百科事典から何でも取扱うという万物雑貨屋のパスパルトゥ、この登場人物が何とも魅力的です。
さりげないショートストーリィ7篇と思いきや、「少しだけ海の見えるところ」は「針がとぶ」の伯母が主人公となり、「路地裏の小さな猿」には「パスパルトゥ」の主人公だった文四郎という画家の話題が登場する。さらに「最後から二番目の晩餐」には再びパスパルトゥが登場するなど、相互に繋がり合っているかのようなところに、驚きと共に嬉しい気持ちがこみ上げてきます。
さりげないけれど、細やかなところに隠し味が施されている、そんな魅力を感じる作品集です。
一杯の珈琲や紅茶で休憩しようとする時に、格好の一冊。

針がとぶ/金曜日の本−「クロークルームからの報告」より/月と6月と観覧車/パスパルトゥ/少しだけ海の見えるところ/路地裏の小さな猿/最後から二番目の晩餐

  

2.

●「空ばかり見ていた」● ★☆


空ばかり見ていた画像

2006年01月
文芸春秋刊

(1714円+税)

2009年01月
文春文庫化

 
2006/04/28

 
amazon.co.jp

世界中を旅する、流しの床屋に絡んで描く12の物語。

流しの床屋であるホクトは必ずしも主人公ではなく、脇役だったり、話に出てくる人物だったりと様々。
現実の物語と言い難く、ファンタジー的でもあったりと、もうひとつ捉えがたいストーリィばかりですけれど、軽やかで雰囲気はとても快い。
夢想的で静かな世界の中でまどろむような、そんな安らぎがあります。
そもそも“流しの床屋”なんて、不思議な存在でしょう。まともに商売を考えるなら、ありそうもないことでしょうから。
そんなありそうもない商売ですけれど、鋏ひとつで商売になる訳ですから、何処に行こうと不思議ない。
現実離れした流しの床屋に似合うような、本書は不思議な感覚のある短篇集。
いずれにせよ、床屋にかかったからには、さっぱりとした気分になることができるのです。

七つの鋏/彼女の冬の読書/星はみな流れてしまった/モンローが泊まった部屋/海の床屋/アルフレッド/ローストチキン・ダイアリー/ワニが泣く夜/水平線を集める男/永き水曜日の休息/草原の向こうの神様/リトル・ファンファーレ

 

3.

●「パロール・ジュレと紙屑の都」● ★★


パロール・ジュレと紙屑の都画像

2010年03月
角川書店刊

(2100円+税)

 

2010/05/14

 

amazon.co.jp

まず11番目のフィッシュという諜報員が登場します。
このフィッシュ、書物の中に入り込むことができるという。
具体的にどういうことかというと、書物から書物へと飛び移ることによって、潜入困難な場所にも持ち込まれる本の中に潜むことによって潜入するという訳。さらに、物語の登場人物にも成り替わるとこともできます。
(「紙魚(しみ)」 → 「フィッシュ」ということらしい)
すぐ思い浮かべるのは、J・フォード文学刑事サーズデイ・ネクストシリーズ。文学作品の中に入り込んで登場人物を拘束したりして、物語の筋を変えてしまうという悪人がいる。同じく本の物語の中に入り込んでそれを防ぐ専門刑事がいる、という物語。

文学刑事は物語の中そのものを舞台にしますが、本作品はそこまでには至らず、書物の中に入り込むというのは道具立てに過ぎません。
むしろ興味は、人の発した言葉が凍りつくという街=キノフにフィッシュが潜入し、その実情を調べる、というストーリィの行方にあります。もちろん諜報員がいればそれを防ごうとする刑事たちもいて、追いかけごっこらしい展開もある。
ところがこのストーリィ、解きほぐすことが難解。睡眠不足の頭で読み始めると、いつの間にか眠気にさそわれ・・・・となってしまう。
語り手となる主人公や登場人物はコロコロ変わるし、時間は年中前後するといった風で、まるで物語の迷宮に入り込んだよう。結局、登場人物をこの架空の街に置き、作者が自由気ままに動かすことによって生じる、迷宮ゲームのようです。

それでも面白いのは、言葉が凍るということ。「パロール・ジュレ」とはその凍った言葉のこと。
つぶやき、独り言のような言葉が凍りついて道に落ち、それを拾い集めて解凍して言葉を聞きとるのが、解凍士
どんな意味を持っているのか、どんな状況で言われたのか、それはもう推理、想像の範疇です。
言葉が人や状況から切り離され、言葉だけで存在する、あるいは語られても、もはやはっきりとした意味をつかむことができないということからは、言葉のもつ面白みを再認識する気分です。

ストーリィより迷宮ゲーム、言葉が凍り付くという事象の面白さを味わうべき作品と思います。これから読む方は、どうぞ心して読み始めてください。(笑)

    

4.

「ガリヴァーの帽子」 ★★


ガリヴァーの帽子画像

2013年09月
文芸春秋刊

(1500円+税)

  

2013/10/04

   

amazon.co.jp

日常的な話にいつのまにか非日常的な話が入り混じり、つい頭の中が輻輳してしまう短篇に、思わずニヤリとしたくなる味のあるショートコント等々、興趣溢れる8篇を収録した一冊。

私はどうも吉田さんの前者に類するストーリィが苦手で、えっ何時の間になんでこうなるの?と、いつも戸惑うことの繰り返し。
本書中にはファンタジー風の話もあり、つい梨木香歩さんを連想してしまいます。
またショートコントにおいては、男女の微妙な愛のすれ違いという一幕もあって、こちらはO・ヘンリを連想します。
とはいっても本書に収録されている短篇等はやはり吉田さんならではのもの。軽やかで時に淡く、それでいて妙味あり。例えれば味がきちんとついている菓子ではなく、ふわふわっとした綿菓子のイメージです。

日常からふわりと離れたところで軽く楽しめる作品集、という趣きです。

私が楽しく感じたのは、どちらかというとショートコントの方。
「イヤリング」「ものすごく手のふるえるギャルソン」「名前のないトースターの話のつづき」
表題作
「ガリヴァーの帽子」はかなりファンタジー風で、興味はとても引かれます。

※なお、「あとがきにかえて」の“ロイス・レーン相談所”は、「ガリヴァーの帽子」に登場していて、そのロイス・レーンとは言うまでもなく“スーパーマン”の恋人である女性記者の名前。本人が登場する訳ではなく、あくまで相談所の名前です。

ガリヴァーの帽子/イヤリング/ものすごく手のふるえるギャルソンの話/かくかく、しかじか/ゴセンシ/ご両人、鰻川下り/名前のないトースターの話のつづき/孔雀パイ/ロイス・レーン相談所の話のつづき−あとがきにかえて 

    


  

to Top Page     to 国内作家 Index