home長崎、小値賀、野崎島>田平天主堂


田平天主堂
Tabira Church

33 20 22.87,129 34 37.92

 鉄川与助最後の煉瓦造教会。最後に相応しい堂々たる姿です。これは翼廊の南面にあたります。
煉瓦で仕上げた装飾。丸窓を煉瓦で作ってしまった。

 平戸市内からタクシーを拾い、田平天主堂に向かいます。再び本土に戻り、脇道に入って程なく聖堂が見えてきました。大きい。こんな場所と言っては失礼ですが、さほど人口もいない所で、これほどの規模の教会堂を作ってしまうなんて。先ずそれが率直な驚きです。
 
 アプローチは裏手からでした。車を下りて進むと正にウェストエンドが目に入ってきます。そして北側の翌廊入り口を過ぎるとイーストフロントが見えてきます。ようやく教会、いや天主堂の全貌が明らかになってきます。

 こういう時、アプローチによって印象が決まってきます。今回は車で一気に来ましたが、突然教会堂の長手方向全体が視界に入り、その大きさに驚いたあとで、車から降りた後は教会のディテールをひとつひとつ確認しながら前方に回る。お寺や神社では出来ないアプローチでした。シャルトルの大聖堂をその昔訪ねた時、最初に田園の彼方に尖塔が見え、そして徐々に近づいていく。駅に着いて歩き出し、通りの角を曲がるといきなり正面・・・そんな思い出が突然蘇ってきました。
 
 そして、見れば見る程見事なゴシックの教会です。先ず平面は十字プラン。身廊(東西)と翼廊(南北)がしっかりと交差して十字形を描くという、教会堂の基本がきちんと表現されています。内陣も見事。リブヴォールト構造は当然。更にエレベーションがアーケード、トリフォリウム、クリアストーリーという、ゴシック教会の特徴を見事に表現した三層構成で作られています。日本でトリフォリウムがある教会、多分ここだけ・・・いやいや、鉄川与助のひとつ前の作品、福岡の今村教会とここだけかもしれません。そもそもゴシック風教会が日本にあること自体、驚異的です。これでアーチが尖塔アーチになっていれば、更にいえばフライングバットレスがあれば、もう完璧なゴシック教会です。(鉄川は初期に使っていた尖塔アーチを途中から用いず、後世はすべて半円アーチになります。)

 考えてみれば、日本で教会が作られるようになったのは当然明治になってからですから、後で訪ねる長崎大浦天主堂がその代表格になります。そしてこれらはフランス人宣教師の指導のもと作られたことから、皆フランスゴシック様式を踏襲したものとなっています。あれ、長崎はそもそもオランダに門戸を開けていたのに何故フランスなのか、という疑問が湧きます。あちこち資料を探しても出てきませんでしたが、多分日本開国時点で布教に一番熱心だったのがフランスだったのでしょう。これがもしイタリアだったら、ひょっとして長崎にバロック風、ベルニーニ風教会が出来てたかもしれない、などと思い馳せるのも楽しいものです。というか、フランス人は明治でもゴシックが教会建築の標準だったのですね。

 その一方で、フランス人から指導を得、更に地元の信者からだけでは建設費が足らず、マタラ神父の働きかけによってフランス本国からの寄付によりようやく着工にこぎつけ、そこで腕を振るったのが鉄川与助でした。ここが完成したのが大正4年、彼が39歳の時ですから、多分一番脂がのっていた頃でしょう。この5年前に福岡の今村教会を、続いて木造の美しい江上教会を完成させた後にこちらの田平天主堂を手がけています。そしてこの後は鉄筋コンクリート造へと移行していくのです。

 時代は煉瓦から鉄筋コンクリートへと移り行く時でした。東京駅の大工事で辰野金吾も煉瓦か鉄筋か迷ったあげく、煉瓦への想いが勝り鉄骨煉瓦造として作られたように、この西の地にあってもひたひたと鉄筋への波が押し寄せ、彼にとってこれが最後の煉瓦造の教会となりました。

 現代から見ると、やはり煉瓦造の方が趣があると思います。年月を経て増す風合いは煉瓦ならではのもの。またディテールも煉瓦の大きさに応じてしっかりと作ることが出来る。その点コンクリートはどうしても大雑把に見えてしまいます。煉瓦という素材を知り尽くし、存分にその力を引き出している。いつまでもいたいという気持ちにさせる磁力ある建築、それを支えた人々の信仰の力。その人々の気持ちを胸に刻み込み、ここを後にしたのでした。


内陣は見事な四分ヴォールト。パリのノートルダムがやはり四分です。そしてアーケード、トリフォリウム、クリアストーリーを持つ見事な三層構造。柱は細い柱を束ねたように見せることで、より垂直性を強調する。正に正統派ゴシック教会なのです。
西正面。海に向かって建てられました。すべて窓上部は半円アーチとし、2階の三連窓はこの教会のプロポーションに合わせたのでしょう。
最上端鐘楼の上の窓。キーストーン風のアクセントを入れています。
その三連窓を側面では盲窓として、煉瓦で表現していました。
ウェストエンド。瓦と煉瓦の組み合わせが面白い。そして鬼瓦に十字架の表示があるのです。 内陣を改めて見ます。白い内陣というのも、なかなかいいですね。アーチの脇にあるのは椿の花のレリーフです。