新拾遺和歌集 秀歌選

【勅宣】後光厳天皇

【成立】貞治二年(1363)二月二十九日、将軍足利義詮の執奏により後光厳天皇が二条為明に撰進を下命。同三年(1364)四月二十日、四季部奏覧。同年十月二十七日、為明が病没したため、頓阿が後を継いで、同年十二月に返納。

【撰者】二条為明(完成前に没。頓阿が引き継いで完成)

【書名】撰者為明の曾祖父為氏が撰した続拾遺集、父為藤が撰した続後拾遺集に追随したものであろう。

【主な歌人】二条為藤(27首)・二条為世(24首)・藤原定家(23首)・藤原為家(22首)・二条為定(20首)・伏見院(20首)・藤原家隆(19首)・藤原為氏(18首)・後光厳院(16首)・足利尊氏(16首)・光厳院(15首)・花園院(15首)・柿本人丸(15首)・足利義詮(15首)

【構成】全二〇巻一九二〇首(1春上・2春下・3夏・4秋上・5秋下・6冬・7賀・8離別・9羇旅・10哀傷・11恋一・12恋二・13恋三・14恋四・15恋五・16神祇・17釈教・18雑上・19雑中・20雑下)

【特徴】(一)構成 四季部の後に賀・離別・羇旅・哀傷を並べ、恋部につないでいるのは、後拾遺集と同じ構成法である。末尾の雑下に長歌・物名などを纏めて収めるのは新勅撰集に倣ったものか。
(二)取材 上古から当代まで。主な撰歌資料は、延文百首・文保百首・嘉元百首・弘長百首・弘安百首・宝治百首・貞和百首などの応製百首歌である。千五百番歌合や建保名所歌合など、新古今時代の催しからの採録も多い。
(三)歌人 撰者為明の父為藤が最多入集歌人となり、次いで為世・定家・為家・為定と、二条家の系譜に列なる歌人が入集数上位を独占する。また持明院統の天皇が優遇され、伏見院・光厳院・花園院の御製のみならず、永福門院・為兼・為子ら京極派の佳詠も少なからず採られているのが目に付く。他に注意されるのは、藤原家隆の十九首、後鳥羽院の十二首と、新古今時代の歌人が比較的多く入集していることである。当代歌人では後光厳院の十六首が最多で、撰者為明の自詠は十一首とかなり控え目である。初出歌人はわずか二十七人にすぎず、殆どが一首のみの入撰である。このように過去の著名歌人に偏り、同時代の歌人が軽んじられる結果となっている。なお、南朝歌人を採らず、武士を優遇していることは新千載集から変わらない。
(四)歌風 新千載集撰進からわずか四年目で下命された勅撰集であり、新顔の歌人が少ないのは是非もない。しかし歌風は伝統墨守一方とは決して言えず、例えば京極派や冷泉家の歌人の作は、玉葉風雅入撰歌ほど清新なものではないにせよ、二条家の保守的な詠風からはみだす作も散見される。また、新古今時代の秀歌を積極的に発掘しているといった趣もあり、皮肉にも、同時代の歌人を軽視した故にこそ、この集の風体には多彩さと新味が添う結果となったかのようである(二条家の勅撰集にしては、という限定付きではあるが)。恋歌や述懐歌に関しては続拾遺集以来の二条家勅撰集の通弊と言うべきか、類型的で平板な作が並んで変化に乏しく、現代の読者にとって通読は苦痛である。

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『新拾遺和歌集(正保四年版本)』


     離別 羇旅 哀傷  神祇 釈教 


 上

弘安元年、亀山院に百首歌奉りける時  前大納言為兼

立ちかへり又きさらぎの空さえてあまぎる雪にかすむ山のは(47)


百首歌たてまつりし時、梅を     等持院贈左大臣

此のごろはさけるさかざるおしなべて梅が香ならぬ春風もなし(54)


左兵衛督直義よませ侍りし日吉社七首歌中に、花盛開といへることを
                    民部卿為明

遠近(をちこち)のさくらは雲にうづもれて風のみ花の香に匂ひつつ(93)


 下

後京極摂政家花五十首歌に       前中納言定家

霞たつみねの桜の朝ぼらけくれなゐくくる天の川波(95)


百首歌たてまつりし時、花       権大納言義詮

分けゆけば花にかぎりもなかりけり雲をかさぬるみ吉野の山(99)


正安三年二月廿七日、日吉社に御幸ありて次の日、志賀の山の桜につけて内へ奉らせ給うける
                   後宇多院御製

君ゆゑとけふこそ見つれ志賀の山かひある春に匂ふさくらを(113)


御かへし               後二条院御製

志賀の山風をさまれる春にあひて君が御幸を花も待ちけり(114)


花                    如願法師

身にかへて思ふもくるし桜花さかぬ深山に宿もとめてん(123)


三十首歌よませ給うける中に        法皇御製

くれはてて色もわかれぬ花の上にほのかに月の影ぞうつろふ(126)


卅首御歌の中に              法皇御製

吹きみだる花のしら雪かきくれてあらしにまよふ春の山道(161)


山家暮春といへる事を           頓阿法師

うつり行く月日もしらぬ山里は花をかぎりに春ぞ暮れぬる(187)




題しらず                 法皇御製

鶯の忘れがたみの声はあれど花は跡なき夏木立かな(198)


題しらず                従二位為子

夏あさき青葉の山の朝ぼらけ花にかをりし春ぞわすれぬ(200)


夏歌の中に              衣笠前内大臣

わかれての後しのべとや行く春の日数に花の咲きあまるらん(202)


承久元年十首歌合に、暁時鳥と云事をよませ給うける
                    順徳院御製

暁とおもはでしもやほととぎすまだ半天(なかぞら)の月に鳴くらん(218)


題しらず                   赤人

風にちる花橘を袖にうけて君がためにと思ひけるかな(245)



 上

秋の御歌の中に              法皇御製

忘れずよ萩の戸ぐちのあけたてはながめし花のいにしへの秋(351)


伏見院に三十首歌たてまつりけるに、草花露といふことをよみ侍りける
                   九条左大臣女

夕ぐれの野べ吹き過ぐる秋風に千草をつたふ花の上の露(373)


 下

秋の歌の中に              前参議家親

みなれても五十(いそぢ)になりぬ夜はの月わきてしのばん秋はなけれど(419)


難波に月見にまかりて五首歌よみ侍りけるに、海上暁月といふことを
                   前大納言為世

波の上にうつれる月はありながら生駒の山の峰ぞ明けゆく(441)


                    中納言為藤

難波がた入しほ近くかたぶきて月より寄する沖つ白波(442)


題しらず                 寂蓮法師

野べはみな思ひしよりもうら枯れて雲間にほそき有明の月(445)


野鹿といへる事を            従二位家隆

さを鹿の夜半の草ぶし明けぬれどかへる山なき武蔵野の原(469)


百首の御歌の中に            花園院御製

夕日さす田面の稲葉末とほみなびきもはてずよわる秋風(473)


題しらず                   相模

故郷を雲ゐになして雁がねの半天(なかぞら)にのみなきわたるかな(493)


元弘三年九月十三夜、三首歌めしけるついでに、おなじ心(月前擣衣)を
                   後醍醐院御製

聞き侘びぬ八月(はつき)九月(ながつき)ながき夜の月の夜さむに衣うつ声(508)


弘安元年百首歌たてまつりける時   二品法親王覚助

夕日影さすや高嶺の紅葉ばは空も千入(ちしほ)の色ぞうつろふ(532)


福原に侍りける比、人々長月の晦日の日わたにまかりて、海辺九月尽の心をよみ侍りけるに
                    平経正朝臣

入日さす方をながめて和田の原波路に秋を送るけふかな(553)




伏見院卅首歌中に             永福門院

いつしかと冬をや告ぐる初時雨庭の木の葉におとづれて行く(572)


題しらず                 如願法師

しがらきのと山の紅葉ちりはててさびしき峰に降る時雨かな(577)


弘安八年八月十五夜、卅首歌奉りける時、時雨驚夢
                   前大納言為兼

夢路まで夜はの時雨のしたひきてさむる枕に音まさるなり(582)


文保百首歌奉りける時         前中納言雅孝

(ささ)分くる袂は風の音さえてしられずむすぶ野べの夕霜(594)


百首歌奉し時、寒草         等持院贈左大臣

霜ふかき籬の荻の枯葉にも秋のままなる風の音かな(600)


中納言為藤、神無月の比、北白河にまかりて人々十首歌よませ侍ける時、河上冬月
                   前大納言実教

はやき瀬はこほりもやらで冬の夜の河音たかく月ぞ更けゆく(625)


二品法親王覚助家五十首歌に、冬暁月  前大納言為世

さゆる夜の雪げの空の村雲を氷りてつたふ有明の月(638)


離別

越中守にて侍りけるが、少納言になりてのぼり侍りける時、国のつかさ餞し待りけるによめる
                    中納言家持

いはせ野の秋はぎしのぎ駒なべて小鷹がりをもせでや別れん(743)


羇旅

題しらず                読人しらず

逢坂をうち出でてみれば近江の海しらゆふ花に浪立ちわたる(761)


羇旅の心を                如願法師

和田の原八十島かけてしるべせよ遥かにかよふ沖の釣舟(764)


題しらず                中納言家持

旅人のよこほりふせる山こえて月にもいく夜わかれしつらん(791)


道助法親王家五十首歌、旅春雨      源家長朝臣

宿もがなさののわたりのさのみやはぬれてもゆかん春雨の比(811)


二品法親王覚助家五十首歌に、旅泊     大江茂重

ともさそふ(むろ)のとまりの朝嵐に声を帆にあげて出づる舟人(839)


羇旅を                 従二位家隆

をりしかむひまこそなけれ沖つ風夕たつ波のあらき浜荻(843)


哀傷

題しらず               前中納言定家

色はみなむなしきものを立田川紅葉ながるる秋も一とき(855)


後鳥羽院かくれさせ給うて後、御悩のほどの御文を御覧じて
                    順徳院御製

君もげにこれぞかぎりの形見とはしらでや千世の跡をとめけん(917)


おなじ御歎の比、月を御覧じてよませ給うける

おなじ世の別れはなほぞしのばるる空行く月のよその形見に(918)



 一

互忍恋といふことを           平忠度朝臣

恋ひ死なん後の世までの思ひ出はしのぶ心のかよふばかりか(945)


建保五年内裏歌合に、冬夜恋     後久我太政大臣

きえわぶる霜の衣をかへしてもみし夜まれなる夢の通ひぢ(1001)


                    八条院高倉

ながき夜に氷かたしき臥しわびぬまどろむ程の涙ならねば(1002)


 二

百首歌たてまつりし時         徽安門院一条

逢ふことは波ぢはるかに漕ぐ舟のほのみし人に恋ひやわたらむ(1032)


 三

旅恋を                 前参議為秀

露しげき野上の里のかり枕しほれていづる袖のわかれ路(1190)


 四

題しらず               藻壁門院少将

おもひつついかにねし夜を限りにて又もむすばぬ夢ぢなるらん(1222)


百首歌たてまつりし時、寄鐘恋     関白前左大臣

待ちしよにまた立ちかへる夕べかな入逢のかねに物忘れせで(1290)


光明峰寺入道前摂政家百首歌に、名所恋
                   前中納言定家

いかにせん浦のはつ島はつかなるうつつの後は夢をだにみず(1308)


 五

正和五年九月十三夜後醍醐院みこの宮と申しける時、五首歌めされけるに、月前恨恋
                    中納言為藤

人をこそ恨みはつとも面影のわすれぬ月をえやはいとはん(1352)


題しらず               今出河院近衛

恨みてもなほしたふかな恋しさのつらさにまくるならひなければ(1355)


神祇

貞和二年百首歌たてまつりける時    関白前左大臣

長閑なる春のまつりの花しづめ風をさまれと猶いのるらし(1404)


題しらず                伏見院御製

神やしる世のためとてぞ身をも思ふ身のためにして世をば祈らず(1433)


釈教

美福門院に、極楽六時讃のゑにかかるべき歌奉るべきよし侍りけるに、夜のさかひしづかにて漸中夜に至程
                 皇太后宮大夫俊成

ふかき夜のひかりもこゑも静かにて月のみかほをさやかにぞみる(1518)



 上

早春の心をよませ給うける        順徳院御製

風ふけば峰のときは木露落ちて空よりきゆる春の淡雪(1532)


野春雪といふことを        入道二品親王覚誉

野べはまだこぞみしままの冬枯にきゆるを春とあは雪ぞふる(1533)


嘉元百首歌奉りける時、梅       前大納言為世

朝あけの窓吹きいるる春風にいづくともなき梅が香ぞする(1535)


秋の歌の中に               永福門院

村雨のはるる夕日の影もりて木のした清き露の色かな(1595)


秋の御歌に               花園院御製

きりぎりす声かすかなる暁のかべにすくなき有明の影(1617)


題しらず              等持院贈左大臣

うたたねも月にはをしき夜はなれば中々秋は夢ぞみじかき(1629)


嘉元々年卅首歌めしけるついでに、夜神楽といへることをよませ給うける
                    伏見院御製

星うたふこゑや雲ゐにすみぬらん空にもやがてかげのさやけき(1723)


 中

宮滝御覧じてかへらせ給ふとて、立田山をこえさせ給うける日、時雨のし侍りければ
                    亭子院御製

世の中にいひ流してし立田川みるに涙ぞ雨とふりける(1760)


 下

文保三年百首歌奉りける時       権中納言公雄

大井河かへらぬ水のうかひ舟つかふと思ひし御代ぞ恋しき(1920)




最終更新日:平成15年7月21日

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