☆ 星くずの”たわごと” 15 ☆   更新日: 2022年06月26日

** 人間の体を作っている原子はずっと昔に爆発した古い星の内奥部で作られた。その意味で人間は星くずからできているといえる。 **
** 人間の体を作っている原子は原子核とその周りをまわる電子からできているが、その間はとても広く、何もない真空といえる。 ****

                                      
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☆ 2022年06月26日 : 山中湖では初夏の白い花がきれいです

水彩画146:ブドウとリンゴ 満開のウツギ 清楚なオオヤマレンゲの花 イボタノキの白い花

 週末は山中湖も暑かったですが、日差しを避ければ涼しくて、とても過ごしやすかったです。庭には初夏の白い花が多く咲いています。ウツギ、イボタノキ、オオヤマレンゲ、ヤマボウシなどです。その他に、オダマキ、ムシトリナデシコ、コウリンタンポポ、リトアナ(園芸種)などが咲いています。最近は一週おきの山中湖訪問なので、行くと早速雑草取り、草刈りりを強いられます。またデッキの腐食の修理もやりました。作業に追われてくたくたになって東京へ戻ってきます。

 今回紹介する終活の本は、6月6日、12日に続いて塩野七生の戦記物の3部作です。彼女の歴史物語の本は(大作「ローマ人の物語」もそうです)、単なる学術的歴史書とは違って、その歴史の中で生きた人物を中心に、しかも推察でなく原資料をベースに歴史を物語風にまとめ上げています。したがって、読んで大変面白く、リアリティを感じながら歴史の中に吸い込まれていくような感じになります。今回の3部作は、イタリアのヴェネチアを中心とした西欧カトリック(十字軍)とオスマントルコ(イスラム)との闘いが中心です。私にとって、コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)は観光で訪問した街で、少し地理的なイメージもわいて、理解の助けになりました。ただ、著者は、何となくイタリアの貴族(元老院議員や若い騎士)に対する趣味を強く持っているようで、貴族の下で搾取されている下層人民や奴隷などは対象外といった感じで、私にはやや違和感が感じられました(その理由の一つは、下層人民に対する歴史的原資料がないからなのでしょう)。また西欧キリスト教(カトリック教会)が中心で、イスラム教は侵略者といったイメージを持っているようにも感じられ、現代の日本の論調ぴったりといった感じも受けました。以下に3部作を紹介します。

@「コンスタンティノープルの陥落 1991、新潮文庫」 ・・・ 1453年5月、弱冠22才のスルタン・マホメッド二世率いるオスマントルコ軍が、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)のコンスタンティヌス十一世自ら陣頭に立って防衛する首都コンスタンティノープルを陥落させ、千百年にわたったビザンチン帝国を崩壊させる話です。解説の一部を以下に紹介します。

 「読者は本書を通じて、たんに5世紀の世界史的事件を追体験するだけではなく、人間の世界がどれほどさまざまな情念、信仰、利害、痛恨などによって歴史を刻んできたか、そしていまなお刻みつづけているかを読み取ることができるであろう。ここに描かれているオスマン・トルコとビザンチン帝国の対決に、ヴェネツィアやジェノヴァといったイタリアの通商都市国家や、フランス、ドイツなどの西欧の国々がどのようなおもわくで、どんな行動に出たのか、またローマのカトリック文明と東方キリスト教会とがどのような確執を演じたか、そうした実情を知ることによって、読者は現代を別の目で眺めることができるのではなかろうか。歴史の面白さはそこにあり、本書の魅力もまさにその点にある。トルコとビザンチン帝国、東と西、キリスト教とイスラム教。このふたつの文明圏は、今日においても、形を変えつつ新たなドラマを展開しようとしているのだから。」 正にその通り!今の西欧とロシアの戦いはこのような歴史の背景で読み取るべきだと思います。

A「ロードス島攻防記 1991、新潮文庫」 ・・・ 1522年、当時28歳のオスマントルコ帝国のスルタン・スレイマン一世が、中世の典型的な遺物である”聖ヨハネス騎士団”が支配するエーゲ海のロードス島を攻略する話です。この騎士団の騎士とは、貴族の血をひく者でなければならず、戦士であると同時に、一生をキリストに捧げる修道士であることを要求されたのだそうです。この本を読んで、キリスト教の騎士団とか十字軍のイメージがすこしわかりましたが、イスラムにとってはまったく迷惑な代物ですね。キリストがこんな騎士連中を求めたのですかね。現在の、西欧諸国の人権とやらもこんな流れのひとつなのではないかと思ってしまいます。

B「レパントの海戦 1991、新潮文庫」 ・・・ 1571年10月、ヴェネティア共和国とオスマントルコ帝国のレパント沖(イオニア海)における大海戦で、久しぶりに?西欧がトルコの海軍を壊滅した話です。しかし、この後通商国家であるヴェネティアやジェノヴァ共和国は衰退して、崩壊してしまいます。ここでは、著者の「読者へ あとがきにかえて」の中で語っている、著者の3部作を書くに至った経緯を以下に記してみます。

 「ホメロスの”イーリアス”をはじめて読んだのは、私が16歳の夏でした。眼の前が、一変したのを感じました。ただ、それは漠としたもので、自分のなかでなにがどう変わったのかまでははっきりしなかったのです。もしかしたら、今までの物書き業は、それをはっきりさせるためで、これからも死ぬまで、そんな想いをひきずって行くのかもしれません。こんなわけで、私が地中海世界に魅了されたのは”イーリアス”によってなのですから、戦争を描きたいという想いは、常にもちつづけてきたのです。それも、”イーリアス”に描かれていたように、異なる文明の対決という意味での戦争を。もちろん、あの時代に生きた人々にとっては不幸なことに、戦いはこの三つだけではありませんでした。でも、歴史的な、となれば、つまり、なにかがそれを機に変わった、となれば、この三つの戦闘をあげてよいのではないかと思うのです。」

 「かといって、16歳の夏から、この三つの戦闘を書こうなどと決めていたのではありません。また、それから14年が過ぎて処女作”ルネサンスの女たち”を書いた頃も、私の頭にはありませんでした。頭の中に芽生えはじめたのは、やはり、25年ほどが過ぎ、ヴェネツィア共和国の通史”海の都の物語”を準備中の時期からであったと思います。”コンスタンティーノープルの陥落”も”レパントンの海戦”も、直接ヴェネツィア共和国がかかわります。”ロードス島攻防記”だって、ヴェネツィア側の資料がなければ書けません。つまり、この三つの”天下分け目の闘い”は、ヴェネツイアに今に残る詳細で客観的な資料を勉強しているうちに、私の頭のなかに形をなしてきて、それがうまい具合に、16歳の夏以来暖めつづけてきた、地中海を舞台にした戦争を書きたいという想いと合致したと言えましょう。この地中海の戦記物三部作が、”海の都の物語”を書き終わってから書かれた事情はそこにあるのです。」  凄いですね。優れた作家は、私のような凡人には思いもつかないことを子供の頃から考えているのですね。脱帽!


☆ 2022年06月19日 : 今週末は東京滞在でした

 今週末は東京滞在となりました。それにしても、梅雨入り後の東京の天気はずっとすっきりしませんね。健康維持のためのスイミングと頭の活性化のための読書と絵画制作で時間をつぶす毎日です。



 その終活の読書ですが、今週は物理関連の本3冊です。いづれもとても難しい本で私の力では十分に理解できなかったのですが、それでも今まで「ファインマン物理学」などの本をがむしゃらに読んだおかげか?、話の筋くらいは理解できたと思っています。今までの物理学の勉強の成果が少し出てきたようでうれしく思いました。でも、もうこんな難しい本を読むのは終わりにしたいと思っています。
水彩画144:エスプレッソを楽しむ 水彩画145:シラカバ林(展示画模写)

@「物理の歴史 朝永振一郎編、高林武彦・中村誠太郎著 2010、ちくま学芸文庫 (朝日新聞社による刊行は1953)」 ・・・ 本書は、古典物理学から量子論までの物理学の歴史を概説しています。次のように5つの章に分かれています。第1章 運動と力、第2章 電磁気、第3章 光とはあにか、第4章 量子論、第5章 原始核と素粒子。歴史書なので、数式をばんばん使った本ではないので読みやすさはありますが、物理学をひととおり知っていないと、内容を深く理解するのは難しいと思います。

A「量子論の発展史 高林武彦 2010、ちくま学芸文庫」 ・・・ 古典物理学を超えての量子論の発展を詳しく記述しています。こちらは、数式も使った説明も多く、物理学の専門家が、量子論の発展通史を理解するための本です。わたしは、前期量子論位までは少し内容も理解できますが、その後の発展はさっぱり理解できませんでした。ただつらつらと文字を辿っていたような状況でした。それでも話の筋位は何とか理解しました。

B「量子力学 L.D.ランダウ・E.M.リフシッツ著、好村滋洋・井上健男訳 2003、ちくま学芸文庫」 ・・・ 本書はソ連の物理学者ランダウとリフシッツの物理学教程の教科書で、私でも学生時代に彼らの名前だけは知っていました。内容的には物理学(量子力学)専攻の学生向けの専門書です。古典力学からの発展的記述は全くなく、最初から量子力学の基本概念から始まっています。私は、ただ文字をつらつらと読んだだけで、数式は眺めるだけでした。ということでほとんど理解できませんでした。


☆ 2022年06月12日 : 山中湖の週末の天気は、曇りと雨です

今週末の山中湖は曇りまたは雨でした。夜はかなり寒かったです。雨が降っていないときは、貴重な時を無駄にしないようにと草取りに励みました。

 庭の花は少し端境期でしょうか、少なめです。サンショウバラが満開で素敵です。他にチョウジソウが元気よく咲いています。コウリンタンポポが少し咲き始めました。



水彩画142:国立新美術館テラス 水彩画143:雪の道(展示画模写)

 今回紹介する終活の本は、先週に続いて塩野七生の本で、「マキアヴェッリ語録 1992、新潮文庫」です。著者によると、本書はマキアヴェッリの思想の要約や解説ではなく、文章の抜粋とのことです。私自身は、マキアヴェッリの政治思想に賛同しているわけではないのですが、若い時マキアヴェッリの”政治的権謀術数”の話(”君主論”など)が時々聞かれたので、どんな思想なのか興味をもって読んでみただけです。しかし、今回再読してみても、特に賛同できるようなものはありませんでしたが、時々これは面白いといった”格言”のようなものがありましたので、そのうちのいくつかを紹介してみます。

1) 「善人としての評判を得ていた人物が、目的達成のために悪を為さざるをえなくなったときは、普通ならば、少しずつ人の注意をひかないようにしながら、やり方を変えていくほうがよい。だが、もしも好機が訪れれば、一朝にして変わる方が有効だ。なぜなら、変容があまりにも急なものだから、以前のやり方で得ていた支持者を失うより先に、新しい支持者を獲得することができるからである。」 ・・・ 安倍自民党の”憲法9条改悪”の戦略?などはどう見たらよいのでしょうか?

2) 「指導者ならば誰でも、次のことは心しておかねばならない。それは、個人でも国家でも同じだが、相手を絶望と怒りに駆り立てるほど痛めつけてはならないということだ。徹底的に痛めつけられたと感じた者は、もはや他に道なしという想いで、やみくもな反撃や復讐に出るものだからである。」 ・・・ アメリカを盟主とする西欧諸国(NATO)のソ連(ロシア)、中国、北朝鮮、イラン、パレスティナ等に対する”制裁”はどう見たらよいのでしょうか?

3) 「祖国の存亡がかかっているような場合は、いかなる手段もその目的にとって有効ならば正当化される。この一事は、為政者に限らず、国民の一人一人にいたるまで、心しておかねばならないことである。事が祖国の存亡を賭けている場合、その手段が、正しいとか正しくないとか、寛容であるとか残酷であるとか、賞賛されるものか恥ずべきものかなどについて、いっさい考慮する必要はない。なににもまして優先さるべき目的は、祖国の安全と自由の維持だからである。」 ・・・ ロシアの侵略や核兵器使用の脅しは祖国防衛のため?多大な人的被害にもかかわらずウクライナの徹底抗戦は正当化される?

4) 「過去や現在のことに想いをめぐらせる人は、たとえ国家や民族がちがっても 人間というものは同じような性向をもって生きてきたことがわかるであろう。だからこそ、過去の状態をくわしく学ぶ者は、現在のことも容易に判断がつき、古の人々の行為を参考にして、対策をたてることもできるのである。また、仮に完全に同じ状態が過去に見いだせなかったとしても、本質的には同じなのだから、現在のことへの対し方も、容易に見通しがつくというものである。しかしこの教訓は、往々にして無視されるか、たとえ読んだとしても理解されないか、でなければ為政者に通じないかして、活かされない場合が多い。それゆえ、人類はいつになってもあいも変わらず、同じ醜態をくり返しているわけである。」 ・・・ 20,21世紀になっても変わらないですね。指導者は”歴史”を真剣に学ぶべきですね。

5) 「長期にわたって支配下におかれ、その下で生きるのに慣れてしまった人民は、なにかの偶然でころがりこんできた自由を手にしても、それを活用することができない。活用する術を知らないのだ。 中略 支配に慣れた人民も自分の頭で考え行動するのに慣れていないために、何が自分たちを守るかがわからないのだ。かといって、彼らを引っぱってくれていた人も追い出してしまった以上、他に方策もない。それで結局、遅かれ早かれ、以前よりは過酷な状態を甘受するしかなくなるのである。」 ・・・ 日本民族はこの典型的な例ですね。”アメリカが作ってくれた”日本国憲法の意義が理解できていませんよね。


☆ 2022年06月06日 : 初夏の花が咲いています

ゼンテイカ(ワスレグサ属) チョウジソウ(キョウチクトウ科) サンショウバラ(山中湖村の花) サラサドウダン(ツツジ科)

 山中湖では、初夏の花が咲き始めました。ゼンテイカ(ニッコウキスゲ)が派手な橙赤色の花をたくさん咲かせています。これは一日花で、次々に新しい花を咲かせ続けます。チョウジソウが星の形をした淡い青紫色の美しい花を咲かせています。サンショウバラが樹々の一面に大きな花を沢山咲かせました。でも今年は昨年に比べてちょっと花の勢いがないようです。昨年の反動かな?サラサドウダンも薄桃色のツリガネ型の花をたくさん咲かせています。でもちょっと地味ですね。よく見ればかわいい花なのですが。

 今週の終活の本は、塩野七生のエッセイ集です。塩野七生の著作は、文庫本「ローマ人の物語」全43巻をはじめ、他に数冊の本を持っています。今回は、そのうちの次の3冊です。「イタリアからの手紙 1972、新潮文庫」、「イタリア遺聞 1982、新潮文庫」、「サイレント・マイノリティ 1985、新潮文庫」で、それぞれ、24話、30話、22話のエッセイからなっています。

 私は塩野七生の著作を特に好んでいるわけではありませんが、独特の歴史観をもって、ヴェネツィアおよびローマの歴史が物語として書かれており、歴史を楽しく読むことができます。象牙の塔の中の歴史学者がたんたんと史実を語る歴史書とは全然違っています。ただ、本人も言っているように、著者は女流の”売文家”で、保守的で、西洋文明、特にヴェネツィア文化にほれ込み、またイタリアの貴族階層にあこがれているような雰囲気が漂っており、私としては生活環境の違いに違和感を感じてしまいます。という意味で、イタリアのいろんなお話はたいへん面白いのですが、単にそれだけのお話といった印象しか受けませんでした。その中で、「イタリアからの手紙」の中の「法王庁の抜け穴」というエッセイから一部掲載してみます。
 
 「前略 ・・・ 1949年6月28日、イタリアの中の教会の扉に、次の布告が張り出された。」

 「 【聖告】 次のものは、大罪を犯した者で、救いを得ることはできない。 (1)共産党に加入している者。 (2)いかなる方法によっても、共産党加入を勧誘した者。 (3)共産党、または共産党の候補者に投票した者。 (4)共産党の新聞、雑誌等に書いたり、それらを読んだり、売ったりした者。 (5)共産党系の組織であるCGIL、UDI、API(労働組合やイタリア婦人会)などに加入している者。 次のものは、背教者として破門の処置を受ける。 物質主義的、反キリスト教的、無神論的教理である共産主義を、主張したり、弁護したり、宣伝したりした者。 以上の条項は、共産主義者と何らかの点で同じ立場をとる他の政党にも適応される。 <参照> ざんげの場で、これらの罪を告白しない者は、涜聖(とくせい)の罪を犯したことになるが、真心から罪を認め悔む者、また、この偽りの立場を捨てる者は、罪を許され救いを得られる。 神は、信仰と教会の統一を護るために、信仰深き者すべてに対し、開眼し、そのふところに戻ってくるよう求めておられる。今日、キリスト教者の永遠の救いは、危機に瀕している。」

 「この【聖告】から20年も過ぎないある日、コスイギン(注:ソ連首相?)がヴァティカンを訪問し、法王パウロ六世と送り物を交換した。昨年の2月末、ヴァティカン公国国務次官カザローリ司教は、法王特使を任ぜられ、モスクワへ向かった。 中略 ・・・ 1949年の【聖告】は、ピオ十二世の後のジョバン二十三世、そして、現法王パウロ六世と、法王は代っても、別に撤回されたわけではない。そして、破門を受けたものと話したりすると、これまた大罪になり、永遠の救いはおろか、地獄行きさえもまぬがれないのである。 後略 ・・・」 

 カトリックの坊主どもは、本当に醜悪ですね。こんな馬鹿者たちが、もったいぶって世界にむかって平和をなどと説教しているとは、呆れてしまいます。それにしても、その説教をありがたく思って信仰する人々にもがっかりしてしまいますが・・・

 このほかにも面白く、楽しい話がありました。例を挙げると、 ”骸骨寺”、”ある軍医候補生の手記”、”アメリカ・アメリカ”、”ナポリと女と泥棒”、”マフィア”(以上は”イタリアからの手紙)、”奴隷から皇后になった女”、”スパイについて”(以上は”イタリア遺聞”)、”ある脱獄記”、”知られざる英雄”、”イェルサム問題”(以上はサイレント・マイノリティ”)などです。落語を聞くような面白い話が満載です。


☆ 2022年05月29日 : 東京で沈殿しています

水彩画140:ペパーミントの瓶のある静物 水彩画141:住宅街の通り(展示画模写) 家の外壁塗装

 今週末は、東京に滞在しました。連休明けから工事をしていた自宅の外壁塗装が終了しました。きれいにはなりましたが、問題は外壁ではなく、建物の構造と屋根です。私の寿命と建物の寿命との競争といったところでしょうか。
 
 今回紹介する終活の本は、4月24日の報告で”現在挑戦している”と述べた、山本義隆の専門書「熱学思想の史的展開 =熱とエントロピー= 1987、現代数学社」です。本書は590ページもある大著で、しかも内容は”熱力学”の科学史とあって、私にはとても理解不可能な内容でした。熱と仕事の概念も今一すっきりと理解できませんし、”エントロピー”の概念となると未だに珍ぷんかんぷんです。といっても、ここで何も記述しないのは悔しいので、W.トムソン(ケルヴィン卿)の”地球の熱的死”について取り上げてみます。

 「トムソンは、次のようにして現実に地球の寿命を算出して見せた。地球のこれまでの年齢については、当初地球は赤熱の溶融状態であったとし、岩石の熱伝導度や比熱とフーリエの熱伝導の方程式をもちいて 、およそ1億年と見積もった。パラメータの選び方ひとつで1億が2億にもなる大雑把な計算だが、いずれにせよこの極端に短い値は−−いまは問わないが−−地質学者やダーウィン主義者を悩ますことになった。ちなみに地質学者とのこの論争でトムソンの見せた激しさと一徹さは、トムソンにとって熱学がいかに地球の問題と密にかかわっていたかをよく示している。」

 「他方トムソンは、小物体(隕石)が相互の重力で衝突・合一して太陽が出来たと考え、世界のエネルギーの起源を重力の位置エネルギーに求める。つまり太陽熱の起源はもともとは散らばって静止していた小物体の位置エネルギーということになる。そしてここから彼は太陽の寿命について、過去は高々1億年、”未来については、地球の居住者がそれぞれの生命にとって不可欠な光と熱とを百万年の多数倍も享受し続けることはできないと、同じく確実に言ってもよい”と結論づけた。これは1862年の計算で、1887年には500万から600万年と見積もるが、どちらにせよ短い未来を語ったものだ。そしてこれが”地球の熱的死”と誤解されてゆくことになる。」

 「もちろんこれらの数値は、今世紀になって太陽エネルギーと地球の源泉として放射能(核反応のエネルギー)が見いだされたので、今では何の意味も持たない。」

 今回で、山本義隆の書籍は終了となります。彼は、私が彼の本を購入した以降も多くの書籍を出しているようです。それらに興味はあるにはあるのですが、内容が私には難しいので、新たに彼の書籍を購入して読む意欲はありません。年齢と時間と能力を考えると、私にはもう無理と思っています。


☆ 2022年05月22日 : 初夏の花が咲いています

水彩画139:ブージヴァルの橋 高原のレンゲツツジ 豪華なシャクナゲ ウラシマソウ

 21日(土)は雨のため作業ができませんでした。外気温も低く、薪ストーブを使いました。庭には、初夏の花が咲いています。高原のレンゲツツジが大きな真っ赤な花を咲かせました。シカの食害を受けていたので今年はどうかなと思っていたのですが、ほっとしました。シャクナゲが例年通り豪華にたくさんの花をつけました(こちらはシカは食べません)。以前蓼科で買ってきたウラシマソウ(サトイモ科テンナンショウ属)が釣り糸を垂らした地味な花(仏炎苞)を咲かせました。どうしてこんな奇妙な花が生まれたのか不思議ですね。サクラソウは庭一面に満開です。ヤマツツジやガマズミは先週に咲き終わりました。

 今週の終活の本は、日本の小説「青春の門 自立篇 上・下 五木寛之 1973、講談社文庫」および「青春の門 放浪篇 上・下 五木寛之 1975、講談社文庫」の4冊です。おそらく若い時に購入したのでしょう(筑豊篇 上・下は紛失)。内容はほとんど覚えていませんでした。この年になって読み直してみると、何か青春ドラマを読んでいるようで、こんなことありえないよなあとつい思ってしまいます。特に、アナーキストやヤクザなど、左右の思想を適当にちりばめて、薬味を利かしたようなストーリーは、世情を一部映していて面白いといえば面白いのですが、どうも白けた気分になってしまいました。「放浪篇」の最後の部分を掲載します。恥ずかしいような青春謳歌ですね。

 「信介と緒方は黙って織江の後について、白く輝く北国の街を歩いて行った。その時、信介の心の中を満たしているのは、陰鬱な挫折の感慨ではなく、なぜか新しい未知の世界へ孤立して立ち向かっていく青春だけが持つ、あの爽やかな武者震いに似た感情だった。 信介は凍った地面に滑る足を踏みしめながら、風に向かって顔をあげた。彼の目には、市街地のはるかかなた、白い雪をいただいた山脈が、これから彼が出会うことになるだろう重い困難な人生の鉄の扉のようにうつっていた。伊吹信介はいま、その重く厳しい鉄の扉に、彼の血と肉とをぶっつけて生きて行く勇気とエネルギーを身内に熱く感じていた。しかし、そのためには、彼はまだ、いくつかの失敗と絶望の旅を重ねなければならないだろう。」

 「<おれは生きている。織江も、トミちゃんも、そして緒方さんも、那智や島京子も、岩井や宮原民江も、みんなそれぞれに必死で生きている−−− 信介は立ち止まって大きく息を吸いこんだ。肺の奥がひりひりするような寒気が体中にしみわたった。信介は風に乱れる髪を左手でかきあげると、ゆっくりと足をふみしめて歩き出した。」


☆ 2022年05月17日 : 掲載水彩画を一新しました

水彩画138:カフェでの会話 倉敷の景観保存地域 瀬戸内しまなみ海道(四国を望む)

 今回から、水彩画の掲載は、終活の海外旅行の思い出シリーズを一時中断し、元の水彩画シリーズを再開します(2021年8月15日に中断)。今回の絵は、コーヒーNespressoのイメージ広告写真を絵(ガッシュ、Size:F8)にしたものです。いかがでしょうか?

 週末は、コロナッチを避けながら、久しぶりの国内ツアーに参加してきました。行先は倉敷=>瀬戸内しまなみ海道=>安芸灘とびしま海道=>広島です。倉敷では一時雨に降られましたが、瀬戸内海は快晴または曇り空で、快適なバスツアーでした。

 前回の報告で交通違反の報告をしましたが、今度は車の故障が発生し、大慌てでした。市民スポーツセンター(スイミング)駐車場に到着したとたん、ボンネットから煙が噴き出しました。降りてみると、車の前部の下から大量の水が流れていました。ボンネットを開けてみると、車の前部が濡れていました。原因はラジエータの上部ホースの取り付け口が劣化で外れてしまったことでした。不幸中の幸いあでしたが、全くついていませんね!

 前回、ロシアのウクライナ侵攻に関連した朝日新聞の記事「大国のはざま 東欧”小国”の苦難」を紹介しましたが、今回も朝日新聞に珍しい記事が掲載されていたので、それを取り上げてみます。記事は、5月3日の朝日新聞社会欄に掲載されていた「”虐殺したのは” 元大使が自説」です。少し長いですが一部を掲載してみます。

 「穏やかな口調が時折、熱を帯びた。 ”毎日毎日、プーチンの悪口ばかり。最近はブチャで虐殺したと。あれ虐殺したのはウクライナの軍、警察当局、治安当局ですよ。”4月9日、東京都文京区の区民センター。2005〜08年に駐ウクライナ大使を務めた馬淵睦夫は、後援会に訪れた約26人0に向けて言い切った。記者も講演を聴いた。」

 「ウクライナのブチャで見つかった多数の民間人の遺体をめぐっては、ロシア側が”ロシアが掌握してた間、暴力行為に遭った住民は一人もいない”と主張。だが、遺体はロシア軍の支配下にあった3月中旬から存在した可能性が高いことが衛星写真の分析で判明し、多くの国々は ロシア軍による虐殺とみなしている。世界を陰から支配する勢力(ディープステート)がロシア支配のために、ウクライナを利用してプーチン大統領に戦争を仕掛けた−−−。馬淵は講演会でこうした言説を展開した。 中略」

 「馬淵は外務省を08年に退官後、11年まで防衛大学校の教授を務めた。その後、主に国際情勢をテーマに著作活動を開始。出版社ワックによると、昨年出版した”ディープステート 世界を操るのは誰か”の累計発行部数は5万部に上る。自らの言説について著書では”秘密情報に基づくものではなく、公開情報を基にしている”と説明。周囲には”(退官して)外務省の情報が入らなくなって、かえって惑わされなくなった”と語っている。同期の外務省OBは”ウクライナ侵攻を陰謀論で語るべきではない”と強く異を唱え、こう突き放した。”こんな根拠のない話を誰が信じるのか。広まらないでしょう。」

 「講演の後、参加した女性(67)は”外交官としての知見に基づいて分析されているので説得力がある”と満足そうでだった。女性は出版社の編集者として、学術書の出版に携わってきた。10年ほど前、書店でたまたま馬淵の書籍を手に取ったという。高度な情報収集力をもつ米国が、なぜ01年の米同時多発テロを防げなかったのか。不思議に思ってきたが、背景には超大国をも裏から操る権力の存在があると考えれば、つじつまがあう−−−。気付きを与えてくれた馬淵の本を友人にも勧め、”仲間”はすでに5人に増えたという。”新聞しか信じなかった人も考えを改めてくれた。 後略」

 以上ですが、もと外交官がこのような”陰謀論?”を公にするのは面白いですね。”ディープステート”が実在するかは私にはわかりませんが、アメリカのCIAを筆頭にイギリスやイスラエルの諜報機関が世界中で暗躍しているのは常識ですよね(もちろん、ロシアや中国、もちろん日本も同じです)。アメリカCIAは自分の不都合な国を転覆すべく活動しているわけで、ロシア(旧ソビエト)、中国をはじめ、リビア、エジプト、イラン、イラク、シリア、中南米・アフリカ・アジアの反米諸国で暗躍していたのは常識です(アメリカがベトナム戦争、イラク戦争ではウソ情報をまきちらして侵略したことをみんな忘れているようですね)。それがディープステートと呼ぶのかは知りませんが。今回のウクライナ問題は、まさにアメリカの代理戦争と言ってよいのではないでしょうか。最後はアメリカに実利が転び入るように思えてなりませんが、如何でしょう?


☆ 2022年05月08日 : GWは前半は雨模様、後半は晴天続き

ミツバツツジ レンギョウ&ユキヤナギ ヤマツツジ ”サクラソウ”

 GWの10日間、山中湖に滞在しました。天候は、前半は雨模様でしたが、後半は快晴のさわやかな天気が続きました。湖畔では八重桜が満開となりました。きれいですね。我が家の庭もにぎやかになりました。前半は、レンギョウ、ユキヤナギ、ミツバツツジ、クロモジ、ヤマブキなどが花を咲かせました。後半になると、ヤマツツジが満開になり、ヤマシャクヤクがぼちぼち咲き始めました。カッコソウ、ニリンソウなどもひっそりと咲いていました。”サクラソウ”もあちこちに群落を作っていました。いつもは2株くらいしか出てこないクマガイソウが、今年は7株も出てきました。楽しみです。5月初旬は高原が美しい季節ですね。
 GW中は、例年通りログハウスのメンテナンス作業にも取り組みました。今年は、デッキの塗装と補修、それに西側のログ壁部分とドーマの壁の塗装をしました。天気が良かったので、家内と二人で1日で済ますことができました。でも老体には少々応えますね。

 次男の家族が2泊3日で訪れてきました。次男夫妻は、食事などの家事は一切やらず、自分の子供の世話をやるだけなので、当方は対応に追いまくられました。年に1,2回の騒ぎなので、我慢我慢。
西側ドーマの塗装をする私 次男と孫2人と家内

 合間を見て、御殿場の富士霊園のつつじを観に行ったのですが、今年はまだ咲いていませんでした。昨年は5月初旬に満開だったのですが、今年はどうしたのかな。4月の天気に影響されたのかもしれません(我が家の庭の花も、昨年より少し遅いような気がしています)。

 交通渋滞を避けるため、8日(日)の朝東京へ戻りました。道路は空いていて順調だったのですが、東村山に入り家まであと少しというところで、不愉快な体験をしてしまいました。すなわち、交通違反で警察に反則切符を切られてしまいました(昨年の5月16日にも同様な交通違反を報告しましたが、立て続けに2回目の交通違反となります)。具体的には、行き止まりとなったT字路を右折したのですが、このT字路は警官がよく監視しているところなので、当然一時停止して、左右確認して右折しました。ところが、T字路の手前に横断歩道があり、その横断歩道の5mほど手前に”とまれ”の停止線があるのに気づかず、そこで一時停止しなかったことが交通違反であるということでした。横断歩道があることは認識していたので、歩行予定者がいないことを確認して徐行したのですが(前回は横断歩道の横に人がいたにもかかわらず一時停止しなかったことで違反となったため、そこは十分注意していました)、横断歩道の手前5mの停止線に気づきませんでした(以前はそんな”とまれ”の停止線はありませんでした)。

 ”とまれ”の停止線で止まらなかったのは事実ですが、一般の横断歩道の手前に”とまれ”の一時停止線があるのはまれではないでしょうか。まったく運が悪いとしか言いようがありません(私は普段市街地の運転を控えているのですが、中央道から下りて家内と交代することなく東村山まで運転していたのも、まずかったのかな)。私は、車に関して何かにとりつかれているような気持ちです。不愉快でしょうがありません。

 ロシアのウクライナ侵攻で、ロシア、プーチン非難の大合唱が行われていますが、マスコミの煽り報道だけに唱和することなく、歴史を冷静に見直す必要があるのではないでしょうか。4月24日の朝日新聞の”文化”欄で、南塚信吾名誉教授の「大国のはざま 東欧”小国”の苦難」という記事が掲載されていましたので、ちょっと長くなりますが一部掲載してみます。

 「東欧・旧ソ連圏の”小国”はヨーロッパとアジアのはざまに位置し、ロシアやドイツ、オーストリア、オスマン帝国といった周辺の”大国”に翻弄されてきた歴史がある。人工約4千万人のウクライナも、相対的な”小国”といえる。史実から得られる教訓は、@自国の命運を左右する大国の狙いを的確に把握し、安易に大国を頼って隙を見せない A自国の選択が何をもたらすかを冷静に見極め、ナショナリズムの熱に過度に踊らされない、という2点だ。  (中略) 」

 「ウクライナのように国民国家の歴史が浅く、大国ロシアに直接隣り合う小国は細心の注意が必要になる。ロシア系住民が多い紛争地を国内に抱えるモルドバやジョージアも同様だ。欧州連合(EU)には加盟したが、長年中立を保ってきたフィンランドやスウェーデンにも北大西洋条約機構(NATO)加盟の動きがある。今後はロシア周辺の小国同士の連携が鍵になるだろう。」

 「ロシアの今回の軍事行動は暴挙であり、侵略は絶対悪だ。そのうえで世界史の観点に立つと、この戦争は旧社会主義圏にグローバル経済の”新自由主義”が浸透する過程で起きた出来事の一つと言える。80年代のレーガンやサッチャー以来、西側諸国は一貫して規制緩和や民営化、市場化を世界に求めている。89年の冷戦終結後に限っても湾岸戦争、旧ユーゴ、アフガン、イラクあるいはリビアのほか、アフリカや中南米で多くの戦争や内戦が起きてきた。そうした軍事衝突の多くに西側の大国が介入し、自由や民主、人権などの”普遍的価値”の名の下に欧米型の新自由主義を浸透させるための障害を取り除こうとしてきた。ウクライナを含む東欧・旧ソ連圏の小国の経済も、欧米資本の自由主義に組み込まれつつあり、天然資源や農産物の供給地としてだけでなく低賃金労働者の供給地、グローバル企業の新しい市場になっている。」

 「ただ、この地域の住民には社会主義体制という独特の経験がる。当時国営企業やコルホーズ(集団農場)などに所属し、体制を批判しない限り、豊かとは言えないが比較的安定した暮らしを送ることができた。ところが90年代以降は自己責任の世界が押し寄せてきた。かつての暮らしから放り出され、個人の利益優先ですべてがお金次第になった。格差が生まれ、寄るべき柱が消滅した。ロシア側の主張に一片の合理性を見いだすならば、欧米型の新自由主義とは別の道を探ろうとして今回の戦争に至ったのだと言える。プーチン氏は戦争ではなく、社会主義という共通体験を持つウクライナやベラルーシ、カザフスタンやジョージアなど旧ソ連諸国と手を携えて、欧米型の新自由主義に代わる”新たな普遍的価値”を示すことを目指すべきだった。」

 以上ですが、比較的まっとうな意見であると思いました。欧米賛歌、ゼレンスキー賛歌ではなく、日本人は今一度頭を冷やして、何が問題なのか深く考える必要があると思います。日本では、自民党による憲法(9条)改悪、軍事国家への動きが目前に進んでいます。後でしまったといっても遅すぎます。戦前の天皇制、軍国主義、侵略主義を思い起こすべきです。大国中国、ロシアと対決するのではなく、共に歩む道を探すことが優先です。それが日本にとっての外交というものではないでしょうか。


☆ 2022年04月28日 : GWが始まりますが、山中湖は混むのでしょうか?

国立新美術館 乃木坂 水彩画539:キルギス・少年たちと(2013) 水彩画540:キルギス・ソン・クル湖(2013)

 国立新美術館で開催されていた光風会展示会に行き、油彩画を鑑賞してきました。実は、今まで10年近くやってきた清瀬の水彩画サークルを止め、油彩画に転向することに決心しました(もちろん水彩画も継続します)。もともと油彩画には興味を持っていたのですが、油彩画はちょっと面倒な感じもしていました。しかし、後期高齢者になって人生残り少なくなってきて(視力も危ぶまれています)、この機会を逃すともう油彩画をやるチャンスがなくなってしまうと考えました。今度教わる先生は光風会の会員で、ひばりヶ丘カルチャーで教えています。皆さん期待をお願いします????

 掲載した終活の水彩画は、中央アジアのキルギスの高原を訪問したときのものです。高原の花を観察するのが目的でしたが、現地の少年とボール蹴りをやったり、遊牧民の住居ユルタに泊まったりして(右の絵画の左下の花はエーデルワイスです)、楽しかったことが思い出されます。ツアーに興味のある方は「わんだふる キルギス&カザフスタン」を読んでみてください。

 今週の終活の本は、ソ連(スターリン)時代のソルジェニーツィンの著書「ガン病棟」と「煉獄のなかで」の2冊です。それぞれ、782ページ、1075ページもある大作で読みごたえがありました?ただし、ロシア人の名前やロシア帝国、革命後のソ連時代の歴史的背景をほとんど知らないので、これだけの大作を読むのは、私にとってかなり苦痛でした。しかし、それでも読み進んでいくうちに、ソ連(スターリン)時代の人の宿命や人間模様が面白くなり、引きずり込まれるように読み切りました。

@「ガン病棟 上・下 ソルジェニーツィン著、小笠原豊樹訳、1971、新潮文庫」 ・・・ 本書のカバーでは、以下のような説明があります。 「スターリンの死、ベリヤ銃殺、第20回共産党大会・・・”雪どけ”状況へと移り動いていく1955年当時のソビエト社会を背景に、タシケント市の総合病院ガン病棟で、さまざまな階層を代表する患者たちがガンとその治療という宿命のもとで輾転反側する普遍的な人間像をとらえる。・・・生と死の壮大な長編小説。」

 「・・・ガン病棟にくりひろげられるさまざまな人間模様は、抑圧されたソビエト社会の縮図であり、人間存在の見取り図である。そこに内在する”現代の悲惨”を、きわめてリアルで冷静な筆致をもって告発した本書は、掲載拒否の厚い壁をのりこえ、19世紀ロシア文学の伝統である”批判的リアリズム”を現代によみがえらせ、全世界に波紋を呼んだ。」

 私には、何か複数の女医、看護婦と患者(含む地方追放の”囚人”)のロマンス物語かなと見間違えるような内容でした。そういう意味で面白かったのですが、私の読み方が間違っていたのかな??

A「煉獄のなかで 上・下 ソルジェニーツィン著、木村浩・松永緑彌訳、1972、新潮文庫」 ・・・ こちらも、本書のカバーの説明を掲げます。 「1949年12月末はスターリン時代の頂点にあった。それは人間不信と懐疑とが膨大にふくれ上がった時期であった。密告と誹謗によってしか明日を確保できぬこの暗黒の時代全体の運命を、ポリフォニックな構成のもとに数日間に凝縮し、9年の歳月をかけて成ったこの壮大なロマンは、雪どけ後のスターリン批判を正面から受けとめ、芸術的に消化した最も優れた作品ということができる。」

 「冷酷で非常なスターリン時代、モスクワ近郊の特殊収容所に送り込まれたソビエト知識人たちは、閉ざされた世界のなかで、自らの弱さと共に決して妥協することを許されぬ自らの生を見つめる。生命を賭して真実と愛とを守り抜く彼らの苦悩と内奥からの叫びと強靭な精神とを描き、過酷な収容所生活においてもなおその美しさを破壊されなかった人間性をたたえる 歴史的大著。」

 この特殊収容所は、モスクワ郊外にあり、そこに科学者や技術者の”囚人”が集められ、研究・開発を行う収容所です。したがって、特殊収容所では、厳寒のシベリアなでの過酷な労働を強いられる一般収容所に比べて、格段の好待遇で扱われますが、それでも現在の眼から見るとかなり厳格な扱いとなっているようです。本書では、いわゆる主人公といったものがなく、40から50人近くの収容所高級官僚や補助職員(含む女性)、囚人などが、時系列もなく、”適当”なテーマで話があちこち飛びながら進められます。最初はちょっとタイトルが怖そうだから読むのはやめようかと思いました。またスターリン時代の背景や多様な人物像を理解するのが私にとって難しすぎましたが、読み進むにつれて、本書に引き込まれていきました。最後まで読み切り、良い本に出合えたと思っています。


☆ 2022年04月24日 : 桃源郷フンザもアンズの花がきれいだったでしょうね

水彩画536:パキスタン・フンザ渓谷(2013) 水彩画537:パキスタン・フンザ女学生(2013) 水彩画538:パキスタン・踊る生徒(2013)

 掲載した終活の水彩画は、パキスタン北部の中国国境に近いフンザ地方を訪問したときのものです。フンザ地方は4月初旬にアンズの花が咲き誇り、桃源郷ともいわれています。パキスタンはイスラム教徒の国ですが、このフンザ地方はイスラム教の一派イスマイール派に属し、とても開明的な地方でした。日本の登山家長谷川さんが建設した学校があり、男女共学で(女性も顔をかくすようなことはありません)、英語教育などもやっているそうです。右端の絵は長谷川スクールで、我々日本人旅行者の歓迎のために披露してくれた生徒の踊るの姿です。とても感激しました。ツアーに興味のある方は「わんだふる パキスタン 桃源郷フンザ」を読んでみてください。

 久しぶりの終活の本の紹介です。今回紹介するのは、山本義隆の科学関連の専門書「重力と力学的世界 古典としての古典力学(458ページ)」と「古典力学の形成 ニュートンからラグランジュへ(366ページ)」の大作2冊です。山本義隆の書籍は、今年の2月20日と3月20日のレポートでも取り上げています。本の名は、それぞれ「16世紀の文化革命1,2」と「磁力と重力の発見1、2、3」で、今回取り上げた書籍はこの続きとなります。

@「重力と力学的世界 古典としての古典力学 山本義隆 1981、現代数学社」 ・・・ 本書は、ニュートンが創った”ニュートンの力学”が、数学で超有名なオイラーやラグランジュ、ラプラスらによって現在の”ニュートン力学”すなわち”古典力学”として完成され、”力学的世界観”が作り上げられた経緯が詳細に述べられています。比較的数学の式が少ないとはいえ、非学の私にはそれをフォローする力がありませんでしたが、科学史としての流れはおおよそ理解できました。内容の概略を記述することは不可能なので、目次だけを以下に記載します。

   第1章 重力とケプラーの法則                   第9章  オイラーの重力理論
   第2章 重力に対するガリレイの態度                第10章 地球の形状と運動
   第3章 万有引力の導入                      第11章 力学的世界像の勃興
   第4章 <万有引力>はなぜ<万有>と呼ばれるのか         第12章 ラグランジュの『解析力学』
   第5章 重力を認めないデカルト主義者               第13章 太陽系の安定の力学的証明
   第6章 「ニュートンの力学」と「ニュートン力学」         第14章 力学的世界像の形成と頓挫
   第7章 重力と地球の形状                     第15章 ケルヴィン卿の悲劇
   第8章 オイラーと啓蒙主義

A「古典力学の形成 ニュートンからラグランジュへ 山本義隆 1997、日本評論社」 ・・・ 本書は、たくさんの数学の式を用いながら話を展開しているので、私はそれをフォローする力がなく、かなりのページを読み飛ばさざるを得ませんでした。情けないことに、今まで物理学を勉強していて、”最小作用の原理”や”変分法”、”解析力学”などが出てきても意味が解っていなかったことが明らかになりました。著者が序文で本書の意義を語っていますので紹介しますが、これでは何のことかわからないでしょうね。とにかく難しい本でした。

 「本書は、1960年以降の科学史学のこの成果を踏まえて、Newtonの”プリンキピア”からLagrangeの”解析力学”にいたるまでの、力学理論の形成と発展の過程を立ち入って歴史的に記述しようとするものである。第1部は、Kepler問題をめぐる力学理論の整備と洗練の過程を辿り、第2部は、力学原理の形成と発展を追跡・論述する。力学思想においてのみならず、力学理論においても、”Newton力学”は”Newtonの力学”の単なる書き直しにすぎないのではないことが分かるであろう。」

 「こうして古典力学は、フランス革命以前の、絶対王政と貴族社会の庇護のもとにあったきわめて少数者の知的サークルのなかでのみ流通する教義から、フランス革命以降の、科学が産業と結びつき、それゆえ一定数の科学者と技術者の集団の存在が職業として社会的に要請され、組織的に養成される時代の科学理論へと変貌していったのである。その意味において本書は、近代の自然科学理論としての古典力学の形成の物語である。」

 これらの本に続いて、現在「熱学思想の史的展開 =熱とエントロピー=(547ページ)」に挑戦しています。こちらも理解困難で苦戦しています。


☆ 2022年04月17日 : 我が家の庭にカタクリが初めて咲きました

初めてのカタクリが咲く 寂しいショウジョウバカマ 力のないレンギョウ 超満開のトサミズキ

 今週末は一気に春の花が咲き始めました。道志みちの桜前線は中部から山伏峠直前まで上がってきました。道路の桜並木がとてもきれいで、うっとりしてしまいそうになります(私は車の運転はしていませんので大丈夫です)。山中湖では、ようやくフジザクラが咲き始めたところです。ソメイヨシノはもう少しかかりそうです。

 我が家の庭もすこしずつ賑やかになってきました。まずは驚き!初めてカタクリの花が一輪咲きました。一般にカタクリの花は7、8年かかると聞いていましたので、ようやく大人に成長したということでしょうか。よく頑張ったね!毎年春になると、今年はどうかなと期待していたので、本当にうれしいです。ショウジョウバカマも一輪咲きました。こちらは、今までも毎年咲いているのですが、株が増えなくて、ちょっと寂しいです。でも今年もよく咲いてくれたので感謝です。生け垣にしているレンギョウは満開を迎えたのですが、株が古くなったのか花付きが悪く、ややみすぼらしい姿です。以前のように花をたくさんつけてほしいですね。

 トサミズキ(マンサク科)が薄い黄色の花をいっぱい付けました。いやー豪華ですね。道路からもよく見え、見栄えがします。フジザクラはようやく花を咲かせ始めたところです。昨年大きな幹を切ってしまったので、ちょっと勢いがないのが心配です。クロモジ(クスノキ科)も小さな黄色の花をつけ始めました。その他にサクラソウがたくさん咲き始めました。また、バイケイソウが緑色の葉を大きく伸ばし始めました。今年も立派な花を咲かせてくれると期待しています。

 ところで、今週末に、”こんなことあるの?”という驚いた体験がありました。2月にSさんから私のH.P.を見て、メールを送ってきました。内容は、”Sさんは山中湖の別荘に時々来ているが、私のH.P.の内容(とりわけ水彩画)が気になったので一度会いたい”ということでした。それで一度お会いしましょうということで、先日Sさんご夫妻が私のログ・キャビンを訪れ、お話をしました。ここまではよくある話ですが、話の中で”Sさんは”絵画を描いており、このような絵画活動をしています”と行って、ある冊子を見せてくれました。ところが驚いたことに、その冊子は以前に私のスケッチ画のA先生(ひばりヶ丘カルチャーセンター)から頂いたものと同じもの(タイトル:”日本をスケッチする” 日本スケッチ画会)ではありませんか。これはびっくり。ということは、SさんとA先生は”日本スケッチ画会”のお仲間だったということです。もちろん、お互いにお知り合いとのことでした。すごいですね。こんなことあるんですね。

 さらに、Sさんに”私のHPをどこから検索されましたか”と質問すると、H.P.”森の喫茶室あみん”のリンクから入ったとのことでした。もちろん私は山中湖村に通うようになってから、”山麓探偵団”などで”あみん”のご夫妻にいろいろとお世話になっていましたので、これもびっくり。これでまた話が進みました。また海外旅行の趣味も同じようで、行った国も同じところがたくさんありました(例えば、ネパール、インド、スペイン、イタリア・ドロミテ、NZ・ミルフォードトレッキングなど)。ということで、4人で話が大いに弾み、久しぶりにたいへん楽しい時間を過ごすことができた”わんだふる・ディ”でした。


☆ 2022年04月11日 : 先週末は雪かき、今週末は木工作業

屋外での木工作業. 水彩画534:ベトナム・モン族の女性(2011) 水彩画535:ベトナム・棚田風景(2011)

 先週末の山中湖では大雪となり、御殿場・箱根方面の道路が通行止めとなりましたが、今週末は初夏を思わせるような陽気で、この差は何だろうと考えてしまいました。もちろん、雪は軒下を除いてきれいになくなっていました。道志の道の沿道のサクラは、いまがちょうど満開でした(上部はまだまだですが)。陽気に誘われて、畑の土起こしをやりましたが、腰や腕が痛くなったので2畝だけで止めてしまいました。

 先週、工事現場から建築端材をもらったので、それを利用して、積み木などを運搬するトラックを製作してみました。久しぶりに丸ノコやノコギリ、ドライバーなどを使って、満足しました。もちろん、作品のトラックはうまく出来上がりました???いやはや、楽しいですね。でも、孫が喜ぶかどうか??

 掲載した終活の水彩画は、ベトナムの北部の地方の町サパ(標高1,600m)を訪問したときのものです。この町は、フランスの植民地時代に、フランス人専用の別荘地として開発された町だそうで、きれいな街並みがあり、道路の両側にはレストランやお土産屋、ホテルなどが建ち並んでいました。大きな公園や教会、小学校などもあり、とてもベトナムの山岳地方とは思えないほどで、ちょっと異様な感じもしました。もちろん、フランスはディエンビエンフーの闘い(第1次インドシナ戦争)で破れて撤退し、現在はベトナム人の観光地になっているそうです。絵はサパ周辺の山岳民族とその田園風景です。ツアーに興味のある方は「わんだふる ヴェトナム山岳地帯」(申し訳ありませんが、写真はカットしてあります)を読んでみてください。


☆ 2022年04月05日 : 畑の土起こし、その後雪かき・・・脱出!

ようやくダンコウバイが咲く 十数頭のシカさん軍団. 餌をついばむヤマガラ 春の大雪

 4月1日(金)と2日(土)は、山中湖は曇り空でしたが、比較的暖かでした。ようやくダンコウバイ(クスノキ科)が沢山の黄色い小さな花を咲かせました。いいですね。別荘地内を散歩していたら、工事現場の人が端材を持って行っていいよと言ってくれたので、早速車一杯端材を積んで持ち帰りました。少しは薪の足しにはなりそうです。家の前の空き地には、十数頭のシカさんの群れが散策?していました。カメラを向けても全然逃げようともしませんでした。かわいくないな!

 暖かいので、畑にクワを入れてみたら、下の土はもはや凍っていませんでした(以前は、4月上旬でもクワが入らなかったのですが)。早速、畑の土起こしや、庭の整備をやりました。久しぶりの肉体作業は疲れましたが(腰や腕が少し痛みました)、気分は爽快でした。

 3日(日)、4日(月)は、天気予報では雨だというので外の作業はあきらめていたのですが、富士五湖東部では雨ではなく雪となりました。4月上旬の雪は、南岸低気圧が通るとよく雪を降らせるのでさほど珍しくはないのですが、今回は大雪となりました。2日(土)の夜半から降り始め、3日(日)は一日中降っていました。4日(月)の朝方には40cm以上も積もりました。この日は伊豆方面に旅行に行くことにしていたので、車(スノータイヤをまだつけていました)を出すために、駐車場と家の前の道路の除雪を強いられました。おかげで、不整脈が出て慌てました。用心!用心!

 除雪後、家を脱出し、篭坂峠を越えて御殿場に出ようと思って旭日丘の交差点まで行ったところ、車のスリップなどで大渋滞が起きているため通行止めとなっていました。また、高速自動車道の方は都留から須走の間が雪のため閉鎖となっており、こちらも通行不可でした。やむを得ず、河口湖を通って、本栖、朝霧高原、富士宮を経由して沼津方面に向かいました。4月というのに、とんでもない山中湖脱出を強いられてしまいました。伊豆方面も一日中雨だったので、山中湖もおそらく夕方まで雪が降っていたことと思われます。


☆ 2022年03月27日 : これからは徐々に春が進みます

つぼみが膨らむシャクナゲ 水彩画532:インド・花の谷の草原(2011) 水彩画533: インド・聖地ヘムクンド(2011)

 山中湖の庭の雪は、ようやくほぼすべて溶けました。これからは徐々に春が進むと思います。シャクナゲが大きな花芽を膨らませていました。その他に、マンサク科のトサミズキ、ヒュウガミズキやクスノキ科のダンコウバイ、クロモジなどが花芽を膨らませています。待ち遠しいですね。

 掲載した終活の水彩画は、インドのガルワール・ヒマラヤ地方(インド北西部)をトレッキングしたときのものです。標高3000mのガンガリアという村に宿泊し、そこから高山植物が咲き誇る花の谷(3500m)とシーク教の聖地ヘムクンド湖(4300m)をそれぞれ往復しました。季節がモンスーンの雨期に当たっていたので少々雨に打たれましたが、多くの高山植物を観察することができ、感激しました。右の絵のインド人は、ヘムクンド湖でチャイをサービスしてくれたシーク教徒の人です。ターバン姿が格好良いですね。ツアーに興味のある方は「わんだふる インド ガルワール・ヒマラヤ」を読んでみてください。

 今週の終活の本は、久しぶりにブルーバックスの科学の本2冊です。いづれも大作で、それぞれ557ページ、389ページもありました。

@「遺伝子と運命 ピーター・リトル著、美宅茂樹訳 2004」 ・・・親から引き継いだ遺伝子と人生における運命に興味を持たれる方は是非読んでみてください。いろんなことが書かれていますが、私自身は科学によって人の病気や健康、更には運命までをコントロールするような科学は好きになれません。私自身は、”死”を自然な形で受け入れていきたいと願っていますが・・・・ ともあれ、現在の人類は長生きしすぎですね。カバーに記されている書評を掲載しておきます。

 「DNA検査の結果では、同じ未来をたどるはずであった2人の女性、ジェーン・ドリームとジーン・バトラーがまったく違う人生を歩むことになったのはなぜか?考え抜かれた近未来の物語を軸に、人間が生まれてから死ぬまでに起こり得ることのすべてと遺伝子との関係を詳細に検討しつくした大著。はたして、人の運命はどこまで遺伝子が決めているのだろうか?そして私たちは遺伝子の情報とどう向き合うのだろうか?」

A「進化しすぎた脳 中高生と語る”大脳生理学”の最前線 池谷裕二 2007」 ・・・脳(神経)の仕組みや機能に興味のある方は、本書を読めば多くのことを学ぶことができると思います。中高生とのざっくばらんな講義形式で書かれているため、一般の人でもある程度理解できると思います。私自身は、@でも述べたように、科学で感覚や認識・記憶などを解明しようとするのはあまり好きではありません。脳を切除したり、電極を差し込んでパルスをチェックするなどということを聞くと、恐ろしくなってきます(私はカエルの解剖も好きではありませんでしたので、医学を学びたいと思ったことはありません)。また、満州で行われた、731石井部隊による人体実験などを思い出してしまいます(人体実験を行った研究者が戦後大学や企業の研究室に戻って、当時の研究成果を発表したりしていたそうです)。こちらも、カバーに記された書評を掲載しておきます。

 「”記憶力を強くする”で鮮烈デビューした著者が、大脳生理学の最先端の知識を駆使して、記憶のメカニズムから、意識の問題まで、中高生を相手に縦横無尽に語りつくす。”私自身が高校生の頃にこんな講義を受けていたら、き.っと人生が変わっていたのではないか?”と、著者自らが語る珠玉の名講義。」


☆ 2022年03月20日 : 今週は下手な絵画で我慢をお願いします

油彩画840:リンゴ 水彩画530:ケニア・ヌーの河渡り(2010) 水彩画531: インド・聖地ハリドワール(2011)

 一気に暖かくなったようです。今週末は、3連休でしたが、行楽地(含む山中湖)は混雑するので、東京に停滞しました。代わりにといっては何ですが、つたない油彩画と水彩画でも鑑賞をお願いします。

 今週掲載した水彩画は、一つは2010年にアフリカのケニアのサバンナを旅行したときに目撃したヌーの大群が河を渡っている様子を描いたものです。炎天下の川べりの小高いところから、四駆の車に乗ったまま、いつヌーが川を渡るのかとずっと待っていました。2時間くらい待っていたところ、ようやく先頭のヌーが川に入り込むと、みな遅れてはならぬとどんどんとヌーの大群が川を渡り始めました。それは動物の本能のような行動で、圧巻の情景でした。観察している人々はどよめきの声を上げました。テレビの映像と違って、眼前に繰り広げられた野生動物の行動はド迫力があり、感動してしまいました。すごかったですね。絵では雰囲気は出ていると思うのですが。川の周りには、ヌーが流されるのを待っているワニやハゲコウも見られました。

 次の水彩画は、2011年にインドを訪れたときの絵画です。インドは、”花の谷”を訪れ、ガルワール・ヒマラヤの高山植物を観察するのが目的でしたが、途中多くのヒンズー教、イスラム教あるいはシク教の文化にも触れることができました。絵は、ヒンズー教の聖地の一つであるハリドワールを流れるガンジス川の川岸(ヒンズー教徒のお祭が行われています)の風景です。各地方から多くのオレンジ色の布を着たヒンズー教徒が徒歩で聖地にやって来て(周りは車の大渋滞で、大幅に時間をくってしまいました)、聖なるガンジス川で沐浴し、シバ神などの神に祈りをささげるようです。私にはそんな信仰心がよくわかりませんでした。ツアーに興味のある方は「わんだふる インド ガルワール・ヒマラヤ」を読んでみてください。

 今週の終活の本は、2月20日の報告に取り上げた「16世紀の文化革命1、2 山本義隆」のところで、現在「磁力と重力の発見1,2,3 山本義隆 2003、みすず書房」を再読しでいますと述べました。ようやく、その大作(トータル947ページ)を読み終えました。本書は、「2016年7月11日の報告」でも取り上げましたが、本の”概要?”については、そちらを参照してください。ここでは、最初の”序文”の冒頭部分を紹介します。

 「本書は近代自然科学、とりわけ近代物理学がいかにして近代ヨーロッパに生まれたのか、という問題意識から発したものである。二十世紀後半には、十六・十七世紀のヨーロッパにおける近代自然科学の形成をめぐって、プラトン主義の復興に求める見解や、中世末期から近代初頭に発展した技術的実践に触発されたものであるという立場から、ルネサンス期の魔術思想の中から誕生したという主張まで、広く論じられてきた。とくに魔術をめぐっては、魔術が近代科学の成立にはたした役割について、肯定的な評価から否定的な判断にいたるまで、これまで多くの諸説が表明されている。フランセス・イエイツやパオロ・ロッシのような顕学の手による優れた書物も少なくない。しかしそれらはその時代の科学者や哲学者や魔術師と呼ばれた人たちの自然認識の方法や論理を読み解き位置づけたものであるにしても、特定の問題の解決や個別的な概念の形成についての追跡や分析ではない。」

 「しかし歴史的な研究は、そのようなケース・スタディーが必要なのではないだろうか。つまり魔術や技術が科学の形成にはたした役割如何というときには、一般論として論じるかぎりでは、歴史資料にたいするアクセントの置き方によりどのような立場もそれなりに論証されることになり、議論がクリア・カットなかたちで決着をみるのはむつかしい。ましてや近代科学の成立根拠といった茫洋たる問題では、とらえどころがない。議論を一段階進化させるためには、近代自然科学の成立にとってキーとなる概念に議論を収斂させ、その概念形成をめぐり具体的に論ずることが必要とされる。」

 「そして物理学にかぎるならば、そのキー概念はなにはさておき力ーーなかんづく万有引力ーーであろう。・・・・」

 本書を再読してみて、改めて私には理解する能力がないことを痛感しました。物理学的知識はもちろんのこと、一般日本人にとってギリシャ時代に始まる西洋の歴史の知識が圧倒的に不足しており(特に、地名や人名が珍ぷんかんぷんです)、その時代の背景がぜんぜんわかりません。しかし、本書には数式がないのが救いで、全体の自然科学の発展の流れは何とか見通せるようにはなったような気がしました。参考までに?本書の章立てをいかに掲げておきます。少しはイメージがわくかと思います。

 第1章  磁気学の始まりーー古代ギリシャ            第12章 ロバート・ノーマンと「新しい引力」
 第2章  ヘレニズムの時代                   第13章 鉱業の発展と磁力の特異性
 第3章  ローマ帝国の時代                   第14章 パラケルススと磁気治療
 第4章  中世キリスト教世界                  第15章 後期ルネサンスの魔術思想とその変貌
 第5章  中世社会の転換と磁石の指向性の発見          第16章 デッラ・ポルタの磁力研究
 第6章  トマス・アクィナスの磁力理解              
 第7章  ロジャー・ベーコンと磁力の伝播            第17章 ウィリアム・ギルバートの「磁石論」
 第8章  ペトロス・ペグリヌスと「磁気書簡」          第18章 磁気哲学とヨハネス・ケプラー
                                 第19章 十七世紀機械論哲学と力
 第9章  ニコラウス・クザーヌスと磁力の量化           第20章 ロバート・ボイルとイギリスにおける機械論の変質
 第10章 古代の発見と前期ルネサンスの魔術           第21章 磁力と重力ーーフックとニュートン
 第11章 大航海時代と偏角の発見                第22章 エピローグーー磁力法則の測定と確定
 


☆ 2022年03月13日 : 山中湖も一気に春めいてきました

ナラ枯れ対策でビニールを巻く 富士山と梅(富士霊園にて) 水彩画529: ケニア・子供たち (2009)

 週末は東京も異常な暖かさだったと思いますが、山中湖も日中はぽかぽか陽気でした。朝は2℃位ですが、日中はストーブなしでも過ごせました。マンサク科のトサミズキの芽が大きくなってきました。昨年に報告しましたが、山中湖ではミズナラのナラ枯れ病が広がっています。我が家にもミズナラの木が1本あるので(まだ感染していません)、予防対策として幹にビニールを巻きました。これが有効かどうかわかりませんが、観察しようと思っています。

 暖かかったので、久しぶりに御殿場まで行ってきました。富士霊園の梅がどうかなと思って行ったのですが、まだ早くてちらほらとしか咲いていませんでした。東山のとらや工房へ行って食事を楽しみました。

 水彩画は、アフリカのケニアのマサイ族の村を訪れたとき、子供たちの授業を見学する機会があり、その時の子供たちの様子を描いたものです。ここが小学校なのか幼稚園なのかわかりませんでしたが(日本の昔の寺子屋のような感じでした)、とてもかわいらしくて、我々日本人を興味津々で見つめていました(海外のツアーでコースに組み入れられているようでしたが・・・)。

 3月6日の”たわごと”で、現在のロシアによるウクライナ侵攻に関する報道について、私は「マスコミ報道が何となく一方的で偏見に満ちているような気がしてなりません」と述べました。そのマスコミの一つ朝日新聞が、3月10日(木)に”侵攻受け止めに温度差: 中東アフリカ総局長 武石英四郎”という記事を掲載し、世界全体を見ればアメリカ、ヨーロッパ資本主義国の言い分一辺倒ではないことを論述していました。ちょっと迫力のない記事ですが、視点が少し違っており、多少意義があると思いましたので、紹介します(このような記事は一面に堂々と掲載してほしいものですね)。

 「ウクライナで起きている不条理を目の前にして、世界中の誰もが私たちと同じ感情を抱くとは限らない。”ガザへの爆撃で米欧はイスラエルの肩を持った” ”ウクライナよりイエメン内戦の方が深刻だ” ツイッターでアラブ圏からの投稿をみると、新たな紛争への悲しみや平和を願う声があふれる一方で、ロシアに激しく反発する米欧を皮肉るようなツイートも目立つ。”ウクライナはイラク占領に加わったことを忘れるな”という投稿もある。米国が始めた2003年のイラク戦争と01年のアフガニスタン戦争には、ロシア以外の旧ソ連や東欧諸国が数多く加わった。ウクライナもその一つだった。当時、派兵は北大西洋条約機構(NATO)に加盟したい国にとって、踏み絵のような状態だった。」

 「あの当時、二つの戦争を”イスラム教の国への侵略”ととらえ、反米デモに繰り出した中東の人々からすると、ウクライナは米国と同じ”侵略する側”で、それが今回は”される側”になったという印象になってしまう。いま、中東からアフリカにかけての一帯には、民主主義にとって、寒々とした風景が広がっている。10年あまり前に”アラブの春”で民主化の希望に沸いた国々は、ほとんどが権威主義的な政権に戻るか内乱に陥っている。アフリカではこの1年間にチャド、マリ、ギニア、スーダン、ブルキナファソと5カ国で立て続けに軍事クーデターが起き、政変ドミノの様相だ。こうした地域に暮らす人々にとって、ウクライナ侵攻も数ある紛争の一つにすぎないと映るのも現実だ。」

 この地域の民主化に失敗したまま、米国が手を引き始めたことで生じた空白をロシアは見逃していない。地域の主要国と戦闘機の売却や軍事協力の交渉を進め、スーダンやリビア、中央アフリカ、マリなど紛争下の6カ国には、ロシア軍事外交の別動隊とされる民間軍事会社が展開しているとされる。巨大経済圏構想を掲げる中国が、一応は経済協力を前面に出して進出しているのの対し、ロシアは武器も人も出せる軍事面の強みを隠さない。民主主義や人権、汚職などにとやかく言わない点で、米欧よりは付き合いやすいという指導者もいるだろう。」

 「反米感情や軍事面でのロシアとの接近が、世界にもたらす影響は大きい。2日の国連総会の緊急特別会合はロシアを非難する決議を141カ国の賛成多数で可決した。一方、反対や危険、欠席で同調しなかった52カ国をみると、中東とアフリカの国々が半分以上の29カ国を占めた。国連加盟国の中で中東アフリカ勢は3分の1を占める。彼らが国際秩序を左右しかねない現実を直視する必要がある。」

 ここで、”国際秩序”云々と言っていますが、これは欧米資本主義の秩序のことを言っています。それが揺らいでいくのは問題だという見解はおかしいです。逆に、欧米の資本主義による経済的侵略に正しく目を向けることが大事なのではないかと思います。ちなみに、国連総会のロシア非難決議に対して、反対、棄権、無投票とした国々を以下に列挙します。

・反対(5カ国):  ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリア
・棄権(35カ国): アルジェリア、アンゴラ、アルメニア、バングラデシュ、ボリビア、ブルンジ、中央アフリカ、コンゴ共和国、キューバ、
           エルサルバドル、赤道ギニア、インド、イラン、イラク、カザフスタン、キルギス、ラオス、マダガスカル、マリ、モンゴル、
           モザンビーク、ナミビア、ニカラグア、パキスタン、セネガル、南アフリカ、南スーダン、スリランカ、スーダン、タジキスタン、
           ウガンダ、タンザニア、ベトナム、ジンバブエ
・無投票(12カ国): アゼルバイジャン、ブルキナファソ、カメルーン、エスワティニ、エチオピア、ギニア、ギニアビサウ、モロッコ、トーゴ、
           トルクメニスタン、ウズベキスタン、ベネズエラ


☆ 2022年03月06日 : コロナッチよりもロシアのウクライナ侵攻?

油彩画839:西洋人形 水彩画527:ケニア・マサイ族の女(2010) 水彩画528: ケニア・ゾウの親子(2010)

 一気に暖かくなったようです。昨日5日(土)は春一番が吹いたそうです。でも、東村山の全生園の梅林の白梅はまだつぼみ状態で、咲く様子がありません。遅咲きの梅なのでしょうか?

 今週掲載した水彩画は、2010年にアフリカのケニアのサバンナを旅行したときの絵です。いかがですか?今までは、トレッキングツアーが中心でしたが、このときは死ぬ前に一度はアフリカに行って、少しでもアフリカの自然と住んでいる人々を見てみたいと思い、”えぃやっ”と出かけました。実際は、たかだか10日程度の観光ですので、アフリカのほんの一部を見ただけですが、それでも”人類発祥の地”アフリカを見て大感激でした。マサイ族の人々が踊りや子供たちの授業風景を見学しました。サファリでは、動物園の檻の中の動物とは違って、目の前で本物のゾウやライオン、チータなどが活動するのを見て圧倒されました。ツアーに興味のある方は「わんだふる ケニア サファリ」を読んでみてください。たくさんのアフリカの動物の写真を掲載しています。

 世間では、コロナッチのことなど忘れたかのように、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が注目され、騒がしくなっています。まあ、マスコミは当然、アメリカや西ヨーロッパ(EU)の資本主義国が加担するウクライナへの支援と傍若無人な独裁国ロシアへの非難で満ち溢れています。同じような映像をこれでもかと何度も繰り返し、国民の記憶に植え付けているように思われます。

 私はロシアやウクライナ、ベラルーシなどの民族、文化、歴史、政治などは、ほとんど知りません(ロシア革命については、2、3冊本を読みました)。もちろん、行ったこともありません。そんな状況ですが、私にはマスコミ報道が何となく一方的で偏見に満ちているような気がしてなりません。もちろん、圧倒的な武力で軍事進攻し、当該国を占拠するのは問題であり、当然非難されるべきことです。しかし、このような状況を生んだ背景をきちんと考え、事前に外交交渉で軍事衝突を避けるよう努める必要があったと思います。とにかく、マスコミによる意図的なマインドコントロールに気を付けたいものです。

 ヨーロッパの政治の構造はよく知りませんが、ウクライナをNATOに加盟させてロシアの喉元に匕首を突き付けるのは、”窮鼠猫を噛む”ではないですが、ロシアとしては譲ることの出来ない一線だったのだと思います。ソ連、東欧の社会主義国を崩壊させたのを機に、一気に東欧を傘下に取り込み、さらにベラルーシやウクライナを崩壊させ、ロシアを孤立化させ解体しようとするアメリカやヨーロッパの戦略は見え見えではないですか。とてもロシアの軍事侵攻だけを責めることはできないですね。責任の半分はアメリカとヨーロッパ(EU、NATO)にあるといえます。

 私は、ソ連の崩壊から残ったロシアは社会主義国でもなく、単なる”2等”資本主義国でしかないと思っています(資源的、軍事的には大国ですが)。アメリカやヨーロッパ(EU、NATO)は、そんなロシアに対して冷戦時代のようにロシア包囲網を敷き、解体する必要があるのでしょうか。私の解決策? ロシアも含めた大ヨーロッパ(大EU、大NATO)を結成して、ヨーロッパの地域を安定化し、平和なヨーロッパを構築するのが良いと思いますが・・・夢のようですが、何か支障があるのでしょうか? まあ、ヨーロッパは戦争が大好きな?国(民族)が多いですね。


☆ 2022年02月27日 : まだまだ・・・もう少し・・・

雪で覆われた庭 氷結した山中湖(平野) 水彩画526: ペルー・アンデス2 (2009)

 ほぼ1ヵ月ぶりに山中湖に行ってきました。2月中旬以降山中湖では降雪があり、我が家の庭はおよそ20cm程の雪に覆われていました。到着時、早速駐車スペース確保のために除雪作業を強いられました。年寄りには結構きつい作業でした。26日(土)の朝は-10℃まで下がりましたが、翌27日(日)の朝は-4℃で、東京並みとなりました。山中湖は平野で全面結氷していましたが、もちろん人が立ち入ることはできるほどではありません。山中湖はまだまだ厳しい寒さが続きそうですが、もう少しすれば春がやってきますね。とても待ち遠しいです。

 今週掲載した水彩画は、2009年にペルーをトレッキングしたときの朝焼けで真っ赤に染まった山と湖の絵です。いかがですか?私が最も気に入っている絵の一つです。キャンプ地はカルアコーチャ湖畔で、3つの山は左からイエルバハ(6617m)、イエルバハ・チコ(6089m)、そしてヒリシャンカ(6094m)です。早朝も同行者の呼ぶ声であわてて起き、テントを飛び出してシャッターを押しました。今でもこの光景が目に焼き付いています。ツアーに興味のある方は「わんだふる ペルーアンデス」を読んでみてください。

 今週の終活の本は、本多勝一の山関連の本「50歳から再開した山歩き 2000、朝日文庫」です。1月30日の報告では、同じ著者の山関連の本「山を考える」取り上げましたが、今回の方は小難しくなく、面白い体験話がたくさん書かれており、楽しく読むことができました。1月30日の報告では、深田久弥の山関連の本「我が愛する山々」と「日本百名山」も取り上げましたが、山の紀行文としては断然今回の本の方が優れていると思いました。ただし、”50歳からの山歩き”とはいっても、元々ヒマラヤ登山などを体験したアルピニストである著者の”山歩き”は、とても私のような山歩き趣味の人間にはとうてい及びもつかないすごい山歩きのようです。


☆ 2022年02月20日 : 今週末も東京に停滞しました

油彩画838:女性薬剤師(模写) 水彩画524:ペルー・アンデス1 (2009) 水彩画525: ペルー・インディオの少年(2009)

 18日(金)にコロナッチのワクチン接種(3回目)を受けました。家内が若干気分がすぐれないということで、今週末も東京に停滞することにしました(天気があまりよくないこともありますが)。これで3週連続で山中湖に行ってないことになり、ログキャビンがどうなっているか少し心配です。

 2月17日付け朝日新聞の”教育”欄に、京都大学の入試問題としてアインシュタインの相対性理論関連の問題が出題されているということを知り、とてもびっくりしました。その記事では次のように解説されていました。「高校の物理では、残念ながら相対性理論をまったく扱っていません。教科書には唯一、特殊相対性理論からの結論として導かれる質量とエネルギーの等価性のみが紹介されています。一般相対性理論を理解するには高等数学の知識が必要になります。特殊相対性理論であれば、中学で学ぶ数学の範囲内で基本的な内容は理解できます。高校生がチャレンジする物理オリンピックでは、特殊相対性理論も出題分野に含まれています。難しそうだと敬遠せずに、相対性理論に触れる中高生が増えることを期待しています。今回取り上げた問題は、相対性理論に関する知識を要求するものではありません。考える道筋がすべて問題に示されています。実際の問題は非常に長文になっています。」

 記事には問題の一部だけ転載されていましたが、一見したところとても難しそうに思いました。私にはおそらくきちんと理解できそうもありません。実際の正答率はどのくらいだったのでしょうか?こんな問題を大学入試問題に出すのはどうかなとも思いました。

 今週の終活の本は、山本義隆の「16世紀文化革命1、2 2007、みすず書房」です。本書は2巻からなり、トータル737ページ(索引、文献等を除く)に及ぶ大著です。本書は、「2016年9月12日の報告」でも取り上げましたが、今回再読しました。本の”概要?”については、そちらを参照してください。ここでは、最後の”あとがき”に書かれている、現代科学の鬼っ子”原子核エネルギー”についての筆者の見解を紹介してみます。それにしても、日本人は福島原発事故はもう遠い過去になったのでしょうか?あのときの恐怖感はどこへ行ってしまったのでしょうか?人間は過去のいやな事件にふたをしながら生きていくのでしょうか・・・人民だけでなく、政府もマスコミも・・・

 「その”科学技術”すなわち”科学が基礎づけ科学が先導する技術の極北に核エネルギーの問題がある。 経験主義的にはじまった水力や風力といった自然動力の使用と異なり、”原子力”と通称されている核エネルギーの技術的使用、すなわち核爆弾(通常”原子爆弾”と言われる核分裂爆弾と、”水素爆弾”と言われる核融合爆弾)および原子炉(これも正しくは核反応炉)は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生み出された。もともと核エネルギーの使用は、原爆製造を唯一の目的とした第二次大戦中のマンハッタン計画に始まった。それまでのすべての兵器が技術者や軍人により経験主義的に形成されていったのと異なり、核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから理論的に生み出されたものである。原子炉もそのバイプロダクトである。その意味では、ここにはじめて完全に科学が主導した技術なるものが生まれたのである。」

 「もちろん、改良を加えられ現在のミサイル技術と結合した核爆弾のもつ、人間の身体と社会そして自然に対する破壊力の危険性は言うまでもない。原子炉について言うならば、ひとたび事故が起これば恐るべき影響を与えることは、すでにチェルノブイリで実証済みである。その事故の影響の甚大さがこれまでの技術のものとは桁違いであることは、いまなお事故現場が人の立ち入りを拒み、近隣の地域の居住が制限されていることからもわかる。それだけではない。原子炉はたとえ無事故で稼働し終えたとしても、放射線に汚染された廃炉となり、大量のプルトニウムを含めて運転期間中に蓄積された放射性廃棄物とともに、人間の時間間隔からすれば半永久的に隔離されなければならなくなる。・・・中略」

 「放射性原子核の半減期を短縮させるような技術が見いだされるとはとても考えにくいが、百歩ゆずって将来的にそのような解決策が見いだされると仮定しても、それとてコストとエネルギーを要することである。とすれば、いずれにせよ、現代人が 受益したエネルギー使用の後始末を何世代も後の子孫に押し付けることになり、それは子孫に対する背信であろう。・・・中略」

 「さしあたっての抜本的な解決策は見当たらないが、十七世紀科学革命が生みだした”科学技術”の無制約な成長を見直すべき時代にきていることは確かである。解決はやはり”科学”にしか求められないにせよ、そのときには”科学”自体が変化していなければならないであろう。それがどういうものかはいまだ不明確であるが、科学と技術に再検討を迫るいま一度の文化革命が求められているように思われる。」

 著者が述べているように、本書は”磁力と重力の発見1,2,3”の内容に対して、16世紀前後の科学の発展の芽生えの時代(著者は”16世紀の文化革命”と呼んでいる)に焦点をおいたものです。”磁力と重力の発見”は現在再読中ですが、3巻で、トータル947ページ(索引、文献等を除く)の大著で、読み終わるのにしばらく時間がかかりそうです。これらの本は読み終わったら処分する予定ですが、どなたか読んでみたいという人はいませんか(本はきれいです)。


☆ 2022年02月13日 : 山中湖は大雪だったでしょうか

油彩画836: ヒマワリ(1) 油彩画837: ヒマワリ(2) 水彩画522: ネパール・アンナプルナ南峰(2008) 水彩画523: ネパール・シャクナゲ林(2008)

 東村山では、10日(木)から11日(金)朝にかけては、予報ほどの雪は降らず、積雪はほぼゼロでした。報道によると、河口湖は30cmほどの積雪があったとか。すると山中湖では40cmくらい積もったかもしれません。昔なら、子犬のように山中湖に飛んで行って雪かきや雪歩きなどをしたと思いますが、最近は寄る年波には勝てません。また、ストーブの薪の在庫が少なくなってきたこともあって、週末の山中湖行きはキャンセルし、東京に停滞しました。

 先週は、前立腺がんの疑いがある(マーカー値PSAが非常に高い)というのでMR I(核磁気共鳴)検査を受けました。今週末にその検査結果を聞きに行きましたが、画像ですっきりしない部分があるが、がん細胞自体は見つからないとのことでした。無罪放免とはなりませんでしたが、要観察となりました。

 1月23日の報告で、2003年にネパールのエベレスト街道をトレッキングしたときの思い出の水彩画を掲載しましたが、今回は、2008年の2回目のネパール訪問での思い出の水彩画を掲載しました。このときは、ネパール西方のアンナプルナ山群とダウラギリ山群を展望するトレッキングでした。ツアーに興味のある方は「わんだふる ネパールヒマラヤ(2)」を読んでみてください。

 今週の終活の本は、マルクス、エンゲルスの著書、@「経済学・哲学草稿」とA「ドイツ・イデオロギー」の2冊です。2021年10月11日の報告で、この2冊を含むマルクス・エンゲルスの著書は、字が小さいのと、マルクス・エンゲルスの思想を理解するのが困難なため、読むのをあきらめ、読了とすると述べていました。ただし、「経済・哲学草稿」は少し思いがあるので、時間があればチャレンジしてみたいとも述べました。ということで、少し気が変わって、上の2冊だけ再読にチャレンジしたという次第です。最初に、2冊の概略を述べます。

@「経済学・哲学草稿 マルクス著、城塚登・田中吉六訳 1964、岩波文庫」・・・ 本書は、マルクスの初期(パリ時代)における政治および国民経済学を批判する準備段階の草稿です。内容は、国民経済学および国民経済学のあり方を根本的に批判すると同時に、それとの連関においてへーゲル弁証法(観念論的弁証法)と哲学とを批判しています。また、フォイエルバッハの哲学的立場(ヘーゲル弁証法批判と観念論的唯物論の展開)を批判し、それを乗り越えようとしました。すなわち、”人間の自己疎外”というテーマを克服し、史的唯物論(唯物史観)を展開し、共産主義への道を構想しました。

A「ドイツ・イデオロギー マルクス・エンゲルス著、古在由重訳 1956、岩波文庫」・・・ 本書もマルクスの初期に書かれたものですが、実際に出版されたのは死後の1932年だそうです。史的唯物論の方法およびこれに基づいて人間社会の発展史、共産主義の理論の展開を初めて体系的に描いた労作です。”解説”から一部抜粋してみます。 「いままでの歴史記述においてなんらのやくわりをもっていなかった・・・ 経済的事実が、すくなくとも近代世界においては決定的な歴史的な力となった。」 「一般に国家が市民社会を制約し規制するのではなくて、市民社会が国家を制約し規制するのであり、したがって政治とその歴史は経済的関係とその発展から説明されるべきであって、その反対ではない。」
 
 以前にも述べたとおり、私には哲学や思想は難しく理解できません。すなわち、今回の2冊の書籍を再読してみましたが、理解からはほど遠い状態でした。しかし、今回の再読を通して、マルクス哲学(思想)の構築の流れが少し見えてきました。私流の解釈によりますと(恐らく間違っているのではないかと思ってはいますが)、まずフォイエルバッハが観念論的なへーゲル哲学を批判し、唯物論的思想を探求しましたが、マルクスはそれを観念論的、形而上学手唯物論であると批判し、それを乗り越えた史的唯物論(唯物史観)を展開し、更に人間の自己疎外を克服する共産主義への道を指し示しました。

 マルクスの唯物論は、次のように言っているようです(”マルクスを再読する 的場昭弘”より引用)。 「世界の変革は世界を変えることだけでなく、変えようとする主体も変革しなければならない。」 「変革とは、ある主体的意志をもって社会を変革するのではなく、変革しながら主体的意志自体も変革されていかなければならない。」 「哲学者は、世界をさまざまに解釈するが現実と接点をもち、実践的活動を行っていない。」 わかったような、わからないような、なんとも難しい話があふれています。私には、何となくマルクス主義の概念が霧の中からぼんやりと見えてきたような気もしますが、もし現状でそれを”そのまま信じる”ならば、それは信仰のように無批判的に”マルクス教”を信じてしまうことになるようです。という意味で、今後も全面的にマルクス主義者にはなれないようです(要するに、私自身は実社会で何もできない人間で終わるのです)。でも、今回の再読で、マルクス主義の理解への興味がまた芽生えてきたように思います。終活読書が一段落し、かつまだ生きながらえていたら、もう少しマルクス主義を勉強してみようと思いました。


☆ 2022年02月06日 : 東京は今年は例年より寒い感じがします

 今週末は東京に滞在しました。東京も朝方は山中湖と変わらないほど寒く感じます。3回目のコロナッチワクチン接種の予約がようやく取れました。2月18日です。

 今回の水彩画は、中国四川省のチベット地区の山(大娘姑山)を登山したときの絵です。四川省にはパンダ保護区があり、パンダ保護センターに立ち寄り、沢山のパンダを観察しました。家内はパンダを抱きかかえる体験もしました(保護協力費が必要)。右の絵はチベット仏教の仏塔(パゴタ)で、多色の旗(タルチョ)が飾られています。ツアーに興味のある方は「わんだふる 中国四川山群」を読んでみてください。
水彩画520: 中国四川 パンダ(2006) 水彩画521: 中国四川 四娘姑山(2006)

 今週の終活の本は、ネパールの調査報告書とアフリカ熱帯域の紀行報告書です。どちらも立派な本で、値段もそれぞれ1,800円、5,800円もしました。お金がないのによく奮発して買ったものですね。

@「ネパール トニー・ハーゲン著、街だ靖治訳 1990、白水社」・・・ 著者は、スイス連邦技術研究所のスタッフ(地質学者)であったとき、ネパール向け開発助成計画の一環として、1950年にネパール調査のために派遣されたとのことです。彼は1950年から1962年の間(その後も断続的に)、ネパールの東から西まで、交通機関のないヒマラヤを含めネパール国内全土をシェルパの支援の下にくまなく歩き回り、調査しました。その調査報告が本書で、決して単なる紀行記ではなく、重要な学術調査報告でもあります。彼は、1959年には国連に対し、ネパールにおける経済開発・社会開発の提言もしているようです。

 私はネパールには2回行き、トレッキングを楽しみました。1回目は、2003年12月〜1月にかけてクーンプ・ヒマール地域のエベレスト街道を歩き(わんだふる ネパールヒマラヤ(1))、チョモランマ(エベレスト)やローツェを遠望しました。2回目は、2008年6月にアンナプル・ヒマール地域を歩き(わんだふる ネパールヒマラヤ(2))、アンナプルナ南峰やダウラギリ山群を遠望しました。本書は、トレッキング前に買って読んだのではなく、後で買って読んだのではないかと思います。3回目は、ランタン・ヒマール地域を歩きたかったのですが、他の国を歩き回っているうちに機会を逃してしまいました。残念無念です。

A「アフリカ 豊穣と混沌の大陸 赤道編 船尾修 1998、山と渓谷社」・・・ アルピニストの著者が、アフリカ各国の僻地の町村を訪れ(女性を一人伴っていたようです)、現地民衆の中に入り込み、彼等の生活を体験しながら、登山や川下りをした体験をつづった紀行文です。この”アフリカ”は、赤道編と南部編の2冊からなりますが、私が読んだのは赤道編です。本書は、先ほどの”ネパール”とは違って学術的な報告ではありませんが、単独で現地住民にできるだけ接し、その生活・習慣等をつぶさに見て、書いていますので、アフリカ住民の文化・生活が生々しく理解できます。

 私は、2010年10月にアフリカ(ケニア)に行ったので(わんだふる ケニア サファリ)、帰国後アフリカに興味を覚えて買ったのだと思います。内容はとても面白かったですが、アフリカの現在、将来について考えさせられました(日本も他人事ではなく、アフリカの問題を自身の問題としてとらえ、将来を考える必要があるのではないでしょうか)。

 今回の2冊の本はとても良いと思うのですが、どなたか読んでみませんか。本はきれいです。贈呈しますよ。


☆ 2022年01月30日 : ちょっと暖かいような山中湖

 山中湖では、朝はマイナス4、5℃位まで下がりますが、極寒という感じはしません。薪ストーブのおかげで、朝の室内は10℃以上で、東京の自宅よりは暖かいです。ただ、平野の湖は全面薄く氷が張っていました。もちろん、氷上のワカサギの穴釣りは問題外ですが。庭には、ヒマワリの種を求めて、シジュウカラとヤマガラがひっきりなしにやってきます。でも、カワラヒワがやってきません。どうしたのかな?

 今週の終活の本は、山関連の3冊です。深田久弥の「わが愛する山々」、「日本百名山」と本多勝一の「新版 山を考える」です。

薄氷の張った平野の湖岸 シジュウカラ

@「わが愛する山々 深田久弥 1969、新潮文庫」・・・ 日本で山歩きをした21の山の紀行文集です。21の山のうち約半分ちょっとは登っているので、なつかしく読み返しました。著者は、奥さんや子供もつれて山歩きを楽しんでいたようですね。

A「日本百名山 深田久弥 1978、新潮文庫」・・・ 有名な”百名山”の本で、各山の随筆集です。各山について、数ページで名前のいわれや山岳信仰、山にちなんだ短歌、山麓の様子などなど、いろいろと紹介されていますが(山行についての記述は少ない)、私にはあまり興味がわきませんでした。私自身は百名山のうちおよそ6割ほど登っていますが、サラリーマンにとって、北海道、四国、九州などの山を登るのは、時間的、金銭的に難しいですね。

B「新版 山を考える 本多勝一 1986、朝日文庫」・・・ 朝日新聞記者として社会を告発するルポルタージュを多く著した本多さんは、また京都大学時代から日本や世界の多くの山を踏破したアルピニストでもあります。その彼が、”創造的な登山(パイオニア=ワーク)とは何か”といったような山男たちの問題意識?についての自身の考えを掲載しています。8000m以上の山でないとだめだとか、それもまだだれも登っていない処女峰でないとだめだとか、さらにはヴァリエーションルートの登山はどうだとか、戦後直後の頃の話が載っています(現在は、8000m以上どころか、処女峰の高山はほとんどありません)。私は、レジャーとかスポーツのレベルで登山、トレッキング、ハイキングなどを楽しみましたが、山男にとってはそれらは登山ではないようですね。山を歩くのに哲学のような話は不要のように思いますが、それは体力、気力、冒険心のない人間なのでしょう。

 *本書で、著者は”中高年登山者たちのために  あえて深田版「日本百名山」を酷評する”というタイトルで、深田久弥の”日本百名山”と”深田”を論評(酷評)しています(著者は登山家の先輩として深田と親しくしており、深田本人を尊敬していますので、間違いなく!)。私も多くの人が百名山全踏破を目指して右向け右のような登山を必死になって行っているのはおかしいと感じてきました。まあ、問題提起として少しおもしろいと感じました。


☆ 2022年01月23日 : 佐藤優のソヴィエト連邦の消滅について

油彩画835:花 水彩画518: エヴェレスト&ローツェ(2003) 水彩画519: ネパール カトマンズ市街(2003)

 今回の水彩画は、初めてネパールを訪れたときの写真をもとに描いたものです。左は、エベレスト街道を歩いて世界最高峰のエヴェレスト(チョモランマ、8848m)と第3峰のローツェ(8516m)を遠望した時のものです。右は、カトマンズの市街地旧王宮の賑わいを描いたものです。絵を描いていて懐かしくなりました。もう遠い昔となってしまいました。私にとっては終活に最も相応しい絵です。ツアーに興味のある方は「わんだふる ネパールヒマラヤ(1)」を読んでみてください。

 1月18日の朝日新聞に、”ソ連があった、あのとき 史上初の社会主義国家・ソビエト連邦が崩壊してから30年がたった。貧困、そして格差、資本主義の問題が顕在する今、ソ連が生まれ、消えたことの意味を再考したい。”ということで、3つの短い論文が掲載されていました。そのうちの佐藤優の”消滅が呼んだ新自由主義”という論文が少し気になったので一部紹介してみます。
 *佐藤優氏の著作については、2021年12月19日の”たわごと”で、「復権するマルクス 戦争と恐慌の時代 的場昭弘、佐藤優共著」を取り上げています。
私自身は、ソ連関係の本は、2021年8月31日の”たわごと”で取り上げた2冊の本、”ロシア革命運動の曙 荒畑寒村”と”レーニンとロシア革命クリストファーヒル著、岡稔訳”くらいしか読んでいないので、ソ連社会についてはほぼ無知同然です。ただ”反スターリン主義”のスローガン?と”ブレジネフ時代の何とも言えない重苦しい雰囲気”、”ゴルバチョフの改革”などはよく覚えています。現在はソ連の社会主義”実験”は、欧米資本主義の圧力によって崩壊させられましたが、歴史にとって非常に貴重なものだったと思っています。


 「ソ連が崩壊する直前の1991年8月20日。私は、モスクワにあるマルクス像の前に立っていました。社会主義にとって、最も神聖であるはずの経済学者の像が、わいせつな落書きで汚されていました。”ソ連は終わったのだ”と実感した瞬間でした。ソビエト連邦が誕生し、消滅した。その意味を考えることは重要です。資本主義を変容させた事件だからです。ソ連という国家が存在したことの世界史的意味は、資本主義に軌道修正をもたらしたことにあります。階級的な抑圧のない社会が実現されたという美しい”ソ連イメージ”が流布されたことで、先進資本主義諸国には”革命の勃発を防がなければならない”という警戒感が高まりました。利潤の追求一辺倒では貧困が広がり民衆の不満が高まってしまう。だから国家による再分配機能を高めよう。そんな平等主義的な軌道修正として確立されたのが福祉国家でした。もしソ連がなければ、資本主義の体制は、より早く不安定化していたでしょう。」

 「ソ連が消滅したことも、資本主義を再度変質させました。もう革命を恐れなくても大丈夫だと感じた資本主義諸国が、福祉国家的な配慮をする必要性を感じなくなり、資本主義を純化させる方向に進んだのです。新自由主義と呼ばれる流れがそれです。一握りの人々が莫大な富を握り、貧困が広がる。マルクス主義が力を失った現代の世界では、その悲劇を”格差社会”といったあいまいな言葉でしか捉えられません。実際に進んだのは、人間の労働力の徹底的な商品化です。」

 「そもそもソ連はなぜ生まれたのでしょう。1917年のロシア革命が持つ世界史的な意義は、民衆の力で世界戦争を終わらせることができたことだったと私は思います。革命前夜、ロシア民衆は命の危険に直面させられていました。苛烈な第1次世界大戦が勃発し、”国のために死ね”と求められていたのです。この戦争は資本家たちの戦争であるとするレーニンらの批判と民衆の平和への希求が結びついたことで、大戦終結への道が開かれました。民衆が求めたのは何よりも、一人一人の人間が大切にされる社会の実現だったのです。」
 
 「ソニー製のラジカセにカシオの腕時計・・・。私が実際にソ連で見た共産党幹部は、ほかの国民がもっていないモノを欲しがる人たちでした。平等を目指す”共産主義的な人間”を作り出すことにソ連は失敗したのでしょう。平等や自由、共産主義や資本主義・・・。失敗とは、そんな抽象的な言葉に気を取られて一人一人の具体的な人間の姿に無関心になったことです。それはソ連の失敗であると同時に、今の我々の姿でもあるのではないのでしょうか。」

 佐藤優の本小論に乾杯!いいねー!!


☆ 2022年01月16日 : 戦前の共産党員伊藤千代子のこと

薄雪化粧のガーデン 庭からの富士山 近所で竣工した豪華別荘?

 山中湖の道路には雪がなく、車の通行には支障がありませんでした。ただし、家に到着しすると庭は薄っすらと白くなっていました。日中も温度があまり上がらないので、東京に戻るときも残雪が残っていました。明け方の気温はマイナス5〜7℃程度なので、そんなに寒くは感じませんでした(最近は東京でもマイナス4℃位まで下がりますよね)。

 今年は、日本共産党創立100年とのことですが、”しんぶん赤旗1月2日、9日合併号”に、戦前獄中死した共産党員伊藤千代子の話が掲載されていました。私は彼女の名前を今まで知りませんでした。彼女のプロフィールを以下に転載します。

 「党員として不屈に生きた女性: 伊藤千代子は、1905年、現在の長野県諏訪市で農家の長女として生まれた。優秀な成績だった千代子は諏訪高等女学校に入学。同校の教頭に着任した土屋文明と出会い、英語を熱心に学ぶ。卒業後も文明は東京で英語を学びたいという千代子を支えた。 東京女子大学では社会科学研究会に参加し、マルクス主義を学んだ。共産党員だった浅野晃と結婚。1928年の第1回普通選挙(25歳以上の男性のみ)の時、非合法化に置かれていた共産党は合法的な労働農民党(労農等)から候補者を立ててたたかった。千代子も選挙活動に参加。28年2月に、22歳で共産党に入党。当時天皇制政府は創立間もない共産党を標的にした治安維持法を制定し、激しい弾圧を加えていた。千代子は28年の弾圧(3・15事件)で特高警察に検挙され、未決のまま市ケ谷刑務所の病舎独房に収監される。急性肺炎で死亡。24歳だった。」

 当日の新聞には、ワタナベ・コウさんという、”漫画 伊藤千代子の青春”(新日本出版社)を書いた女性作家のインタビュー記事も載っていました。私は、恥ずかしいことに彼女のことも知りませんでした。インタビューの一部を以下に掲載します。

 「−刑務所の女子房での千代子たちの連帯に驚きました。 : 逮捕されて終わりではなく、めいっぱい獄中闘争もしました。即時の配膳、運動時間を利用して仲間と連絡を取り、励まし合いました。夫や男性党員が変節したことを知らされても、同調することを拒否しました。学習と連帯の力があったからこそだと思います。」  「−今、改めて感じていることは? : 戦争反対、男女平等、主権在民など、千代子たち共産党員が命をかけてたたかったことが今の憲法に実りました。岸田政権の下でその憲法が破壊されようとしています。歴史を後戻りさせないためにも、堂々と活動できる権利を生かして一緒に頑張りたい。」

 こういう女性がいたということを学校で教えてほしいものですね。でもあり得ないことですが・・・


☆ 2022年01月09日 : ”半導体不足”が身近に迫っているようです

油彩画834:ブドウとリンゴ 水彩画516: NZ Mt.クック(2002) 水彩画517: NZ ミルフォード・トラック(2002)

 東京も雪で寒いですね。久しぶりに雪かきをしました。第6波のコロナッチ軍団オミクロンが押し寄せていますので、皆さんも気を付けてください。

 昨年末は、災難続きでした。まずスノータイヤがパンクしました。タイヤのパンクは珍しいですね。原因はホイールに亀裂が入って、ホイールとタイヤの接合部分から空気が漏れたとのことでした。ホイールも交換のため、およそ10万円の出費となりました。トホホホ!

 更に、PCプリンターの給紙が不調となり、電源も入らなくなってしまいました。すぐに電気店へ行ってプリンターを購入しようとしたのですが、電気店では”半導体不足”で2万円以下の安いプリンターの在庫はないとのことでした。納品は3か月後ということで困ってしまいました。長男にネットで購入できないか頼んだのですが、こちらも在庫がなくて納入は3か月後とのことでした。やむを得ず、とりあえずネットで注文しましたが、驚いたことに、注文後2日で配達されてきました。これはびっくりでした!!こちらは2万円の出費でした。今年はこんなことがありませんように!!

 今年初の終活著書は、ローマ時代の著書である@カエサルの「ガリア戦記」と Aタキトゥスの「ゲルマーニア」の2冊です。どちらも若い時に西洋文明の起源を知ろうと思って買った本だと思いますが、紀元前後のガリア(今のフランスの地)やゲルマン(今のドイツの地)の話は、西洋史の基礎がない私にとってはほとんど理解不能でした。そのため、途中で読むのを断念しました。以下に、本の紹介として、カバーに記された文章を掲載しておきます。

@「ガリア戦記 カエサル著、近山金次訳 岩波文庫、1942」 ・・・ カエサル(前102頃−前44)の率いるローマ軍のガリア(今のフランス)遠征の記録。現地から彼が送る戦闘の記録はローマ全市を熱狂のるつぼに化したという。7年にわたる激闘を描いたこの書物こそ、文章家カエサルの名を不朽にし、モンテーニュをして”最も明晰な、最も雄弁な、最も真摯な歴史家”と賞賛せしめたものである。

A「ゲルマーニア タキトゥス著、泉井久之助訳註 岩波文庫、1979」 ・・・ 民族移動以前の古代ゲルマン民族について誌された最古の記録。古代ローマの歴史家タキトゥス(55年頃−120?)は、開花爛熟のはてに退廃しつつある帝政ローマと対照させながら、いま勃興し、帝国の北辺をおびやかす若い民族の質朴雄健な姿を描き出す。簡潔な筆致のなかに警世の気概があふれる。積年の研究成果を盛った訳書。


☆ 2022年01月03日 : 明けましておめでとうございます

富士山とハクチョウ シャクナゲの花芽 ダンコウバイ トサミズキ

明けましておめでとうございます。つたないホームページですが、本年もお付き合いよろしくお願いします。

 今週は、2日(日)、3日(月)と山中湖に行ってきました。さすがに寒いですが、天気は快晴で、青空を背景にした富士山をくっきりと仰ぎ見ることができました。今年こそは、旅行ができますようお願いしたい気分になりました。庭には、春に向けて木々がつぼみを膨らませてきています。もう春が待ち遠しいですね。


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