本名=清野平太郎(きよの・へいたろう)
昭和8年10月27日—平成14年3月4日
享年68歳
静岡県駿東郡小山町大御神888-2 冨士霊園文学者之墓
千葉県松戸市田中新田48–2 八柱霊園
小説家。東京府生。東京都立両国高校卒。バーテンダー、コピーライターなど多彩な職業に就く。昭和48年『産霊山秘録』で時代小説に伝記的SF的手法を導入し、泉鏡花賞受賞。市井もの、人情ものも得意とし、五〇年『雨やどり』で直木賞受賞、平成5年『かかし長屋』で柴田錬三郎賞受賞した。ほかに『戦国自衛隊』『妖星伝』などがある。


女と男。それはそうすっぱりと切れるものではない。仙田はその春、暗い表情でいることが多かった。邦子はバレてしまったあとも、仙田に未練たっぷりで、あやまったり泣いたりの騷ぎをくり返したが、五月のおわりに不意に姿を消してしまった。ヒモが出所したということであった。
なりゆきでそうなったのだが、どうやら仙田の指輪は彼女の無罪の証明に使われたらしか った。あとで聞けば、ヒモが逮捕されたのは、あの最初の雨の日であったようだ。邦子は危険な指輪を外して棄てるかどうかしたのだろう。そのあとへ、そっくりの仙田の指輪がおさまったというわけである。
道理で邦子は東光堂で自分に都合のいい品にさせようと、しつっこく頑張ったはずであっ た。
梅雨に入って、毎日雨が降りつづいた。雨を見るたび、仙田は邦子を思いだし、心の傷を うずかせるのであった。すべてはあの突然のどしゃ降りと、雨やどりからはじまっているこ とであった。
が、仙田はその梅雨に入った何日目かに、窓の外を見ながらふとつぶやいた。
「そうか。あいつ、俺に雨やどりしたんだ」
雨やどりなら、 いずれ出て行く。 ……仙田はなんとなく納得した。
(雨やどり)
事務員、工員、バーテンダー、コピーライターなど数十の職業を経て作家デビューした半村良。昭和46年に「伝記ロマン」というジャンルを拓いた伝記小説の金字塔『石の血脈』を刊行した頃から本格的な執筆活動を繰り広げ、矢継ぎ早に作品を発表した。SFの手法を取り入れた伝奇小説は人気を博し、また市井に生きる人々の目を通して人情ものが大いに評価されたが、次第に酒と女に溺れるようになっていったのが誠に残念至極というほか無い。自由奔放に生きた「物語の鬼才」半村良は平成14年3月4日午後3時55分、肺炎のため東海大学付属東京病院で死去し、昭和55年から全80巻の予定で執筆を始めたSF大河小説『太陽の世界』は18巻で中断されてしまった。
半村良の墓は松戸の八柱霊園にあるらしいのだが、墓所番地が不明なのをいいことにいまだ訪れたことはないのだけれど、毎年のように掃苔に訪れているこの冨士霊園にも墓がある。「日本桜名所百選」にも選ばれた桜並木が4月中旬頃になるとそれはもう見事な景観なのだが、6月の今はすっかり葉桜になってしまったのがまことに口惜しい。桜並木の急坂を上って辿り着いたのは見慣れた「文学碑公苑」、日本文藝家協会が谷口吉郎に委嘱して建設した約900名の文学者の墓である。1期から9期までの墓壁が幾重にも並び、それぞれの作家の代表作と没年月日、享年が刻されていて8期の墓壁に半村良の名も見える。代表作としては『妖星伝』が記されていた。遊歩道を少し歩いていると右前方に雪が残った富士の山がゆっくりと覗き始めた。
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