●1996年7月30日、法務省は「日本人の実子を養育する外国人親に定住者資格を与える」旨の通達を出しました。これによりFさんはじめ、超過滞在を続けながら日本人との間にもうけた子どもを養育する母親、父親たちに在留資格が保証されたことになります。もちろん、この通達はダイちゃん事件だけがきっかけになったのではなく、それまでの数多くの外国人人権擁護運動の結実だということは言うまでもありません。


平成8年7月30日
法務省入国管理局

日本人の実子を扶養する外国人親の取扱について

1 現行取扱い及び本通達発出の背景

 日本人の実子を扶養する外国人親については、法務大臣が諸般の事情を考慮して「定住者」と認めることが相当と判断したときには、ケースバイケースで当該外国人親の在留を認めてきたところ、最近、この種の事案が増加し、統一的な取扱いを定める必要性が生じていた。

2 趣旨及び目的

 日本人の実子としての身分を有する未成年者が、我が国で安定した生活を営むことができるようにするため、その扶養者たる外国人親の在留についても、なお一層の配慮が必要であるとの観点から、入国在留審査の取扱いを定めたものである。

3 今後の取扱い

(1)日本人の実子を扶養する外国人親の在留資格について                      未成年かつ未婚の実子を扶養するため本邦在留を希望する外国人親については、その親子関係、当該外国人が当該実子の親権者であること、現に当該実子を養育、監護していることが確認できれば、「定住者」(1年)への在留資格の変更を許可する。
 なお、日本人の実子とは、嫡出、非嫡出を問わず、子の出生時点においてその父または母が日本国籍を有しているものをいう。実子の日本国籍の有無は問わないが、日本人父から認知されていることが必要である。

(2)在留資格変更後の在留期間更新の取扱い
 実子が未だ養育、監護者を必要とする時期において、在留期間の更新申請時に実子の養育、監護の事実が認められない場合は、原則として同更新を許可しない。

(3)提出書類

(ア)身分関係を証明する資料
(イ)親権を行うものであることを証する書類
(ウ)日本人実子の養育状況に関する書類
(エ)扶養者の職業および収入に関する書類
(オ)本邦に居住する身元保証人の身元保証書

以上


上記通達についての私的評価

ダイちゃんを支える会事務局長・崎阪 治

 ダイちゃん事件の成果の一つが、1996年7月30日に入国管理局が出した通達であった。もちろん、これはダイちゃん事件だけではなく、同様の外国人の人権擁護と在留資格取得のための訴訟が積み重ねられた結果である。しかし、この通達はダイちゃん事件が終盤をむかえた頃にタイミングよく出されたものなので、ダイちゃんも通達発出の後押しに加わることができたのではないかと思っている。
 この通達により、日本人との間の子を扶養する外国人に在留資格が付与されることが明文化されたことになる。以下に、この通達を大阪入管の見解と法務省在留課の見解、そして過去の外国人の在留資格取得にかかわる事例を思い出しながら読み解いてみよう。

●大阪入管審査課

 審査課としては、今までにもすでにケースバイケースで認めていた離婚後の外国人の在留に関し、一定の指針が出たものと理解している。不法滞在者については警備課が窓口になるのでわからないが、一定の基準になるのではないか。(すでに現場で認めていたことを本省が公式に追認しただけというニュアンス。1996年7月31日、崎阪による電話での聞き取りから。)

●法務省入国在留課

 基本的には今まで曖昧であった離婚後に子どもを養育しているケースに一定の条件下に在留を認めていこうとする趣旨。子どもの国籍を日本国籍に限定するものではなく、日本人から認知を受けた子であればその国籍や居住を問題にするものではない。従って、フィリピンにいるJFC(ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン)にも認められることはありうる。但し、一律に認めるものではなく、種々の事情を考慮して総合的に判断するものである。

問:過去の超過滞在や犯罪などがある場合などを除き、一般の在留資格審査と同様、特段の事情がない限り許可されるのか。

答:個別の事情を考慮して定住で受け入れるもので、必ずしも同様の扱いにはならない。

問:事実上、「日本人の親」という在留資格ができたのか。

答:(きっぱりと)そうではない。在留資格として認めるわけではない。事情を考慮して定住者として認める場合があるということだ(恩恵と言いたげ)。

問:定住者の適用範囲を広げたということか。

答:そういう言い方もできる。(1996年7月31日、崎阪による電話での聞き取りから。)

●コメント

 基本的には、現場ですでに認められていたことの追認である。しかし、日本国籍の子の親に限らず、子どもの国籍を問わないとした点と、嫡出、非嫡出の区別をなくした点は大いに評価できる。
 従来は、外国籍の子の場合はヨランダさん事件が限界であったようで、子どもが日本で義務教育が始まるまでの居住実績がなければならなかった。また、非嫡出子で日本国籍を取得している場合は胎児認知に限られるが、この場合の前例は私の知るところではない。また、大阪入管と話をした時には、例え子どもが日本国籍を取得していてもおそらくは外国籍も取得しているだろうから、日本人親との同居がないならば外国人親とともに国外へ帰しても即権利侵害にならないどころか子どもにとって有益であるとの見解があった。
 この通達は、「日本人(日本人の子)の親」という在留資格を設けたり、「日本人の配偶者等」の在留資格の適用範囲を広げたものではなく「定住者」で受け入れるということであり、在留資格付与は恩恵的かつ暫定的な印象がある。確定的ではない点で、今後の運用の監視が必要であろう。
 子どもの権利条約やダイちゃん事件での日弁連の警告、ヨランダさん事件の結果などを尊重して運用を改めたものなら一定の評価はできる。また、子どもの権利条約の解釈宣言の事実上の撤回かとも思われる。
 外国籍の子どもの場合、その親であることで単独で在留資格が得られるのではなく、子の「日本人の配偶者等」の在留資格と連動することになると思われる。しかし、果たしてその子の在留資格は日本人親の招へいや身元保証なくして出るまでに緩和されるのだろうか。子の在留資格が従来通りの扱いならば、今回の通達も有名無実となる。                   今回の通達によると、実際に大阪であった殺人罪で有罪判決(確定)を受けたケースの子も該当することになるが、現実の運用ではどうなるのだろうか。個別の事情を総合的に判断し、日本人の配偶者など確定的な在留資格よりは厳しいようなニュアンスがあった。もっとも、このケースは子どもがすでに帰国しており、日本で暮らすことはないかもしれないが…。反面、売春斡旋などで何度も有罪判決を受けた女性の場合、以前に日本人と結婚して離婚しており、日本国籍の子の母として在留資格を得ており、起訴され、有罪判決を受けても何度も強制退去を免れている。

 この文章は、全体的にこの通達を好意的に受け止める機運があったので、それに沿う形で書きましたが、言わんとするところは今回の通達は全く意味を持たないということです。在留資格のある日本国籍の子の親の場合、少し前まではそれでも帰ることが子の権利擁護になるなどという見解もありましたが、現在では事実上ほとんど認められています。また、日本国籍を持たない子の場合というのは、おそらくは婚外子か外国で出生したことによる国籍喪失者しかなかったと思いますが、外国居住者に対しては今回の通達は触れておらず、また、外国公館まで拘束するものではないことや提出書類から日本での職業と収入を条件にしていると読みとれることから全く効果がありません。日本国内にいる婚外子の場合でも、ほとんどの場合は超過滞在者であろうと思われ、妊娠期間を越えて在留できる資格で滞在している人のケースは聞いたことがありません。超過滞在者に関してもこの通達では具体的に触れておらず、依然従来の曖昧な現場裁量の域を出ていません。
 こうして考えると、今回の通達は全く無意味なもので評価に値するものではありません。では、なぜそんな通達を出したのか、考えられるのはダイちゃん事件に限っての一定の落としどころを作るためか子どもの権利条約の解釈宣言の不当性をごまかすためのゼスチャーなどと考えるのが妥当ではないかと思います。我々としては、こんなくだらない茶番に踊らされてはならず、評価も期待もせずに無視するのが一番よいと思います。
 しかし、そうは言ってもせっかくの通達ですからもう少し相手の真意を見て、我々として有効に使うことの検討はしてよいと思います。すなわち、今後「日本人の親」という在留資格にどう結びついていくのか、超過滞在者の権利がどう明確化されていくのか、JFCのような外国居住者へのビザ発給がどう変わるのか、などを具体的に監視し求めていかなければ本当に単なる紙切れにしかすぎないものとなると思います。この通達だけで驚いたり喜んだり評価したりするのは早急すぎると強く思っています。

以上



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