弁護士 上原康夫
皆様のご支援で、ダイちゃん事件がダイちゃんの国籍取得、Fさんの在留資格取得という全面勝利の和解で解決しましたことに感謝いたしております。
私たちは、具体的な事件での勝利とともに、「国際化」を標榜する日本社会に、若干の問題提起もできたかなとも思っています。
この裁判を通じて私たちが訴えてきたものは、1つには、国際婚外子は胎児認知を受けないと国籍取得ができないとする現行国籍法解釈の不合理性であり、さらには、母親に在留資格がないとの理由だけで「日本人の子」でありながら、母子ともども父親と切り離され、退去強制を受けるという入管行政の非人道性です。
ともに共通する国の姿勢は、国際婚外子(とりわけ母が外国人の場合)は、正常な家族関係における子ではなく、国としては何ら保護に値しないというものです。生まれてきた子どもにも何の罪もないのに、父親に抱かれる機会さえをも、国家が奪い取ってしまおうというものです。
しかし私たちの訴えは、マスコミ等を通じ、多くの市民の共感を得、学者の先生や、弁護士、日本弁護士連合会等の各種団体の協力を得ることもできました。
入管行政の問題点については、日本弁護士連合会が法務大臣宛の警告書を出し、(これがきっかけかどうかは分かりませんが)法務省も「日本人との間に生まれて認知された子どもを養育する外国人親に対し、日本への定住を認める。」との通達を1996年7月に出すに至りました。
また、国籍法の問題点についても奥田先生や二宮先生に、憲法や国際人権条約等に沿う新たな解釈を展開していただくとともに、国籍法そのものを改定していこうではないかとの学者、市民団体等の運動が大きな流れとなりつつあります。
ダイちゃん弁護団は右も左も分からずとりあえずやるしかないということで始めた頼りない弁護団でしたが、皆様のお力、お知恵を拝借し、ここまでの成果を勝ちとることができました。裁判における資料も、特に学者の先生方から寄せられたものは貴重なものと思います。
本資料集ではその集大成を掲載し、ご支援いただきました方々へのお礼としますとともに、国際婚外子に対する差別をなくすあらゆる闘いの一助なれればと思います。
弁護士 野曽原悦子
ダイちゃんは、日本で生まれた。父親は日本人、母親のFさんはフィリピン人である。
ダイちゃんの父親も母親も、ダイちゃんを二人でずっと見守りながら協力しあって、日本で育てていきたいと考えた。ごく自然で当り前の、親としての願いである。
しかし、この自然な当り前の願いが晴れて実現するまでに、ずいぶんと長い年月がかかってしまった。今、ようやくダイちゃんは日本国籍を取得し、Fさんには在留許可が出て、日本で正々堂々と生活できることとなった。
ダイちゃん事件との関わりの中で、私たちは実にいろいろなことを考えたり、気付いたりすることができた。あれこれ、思いつくままに振り返ってみる。
1.無責任な男の逃げ得許す日本の入国管理制度
日本の入管は、ダイちゃんとFさんに、日本からの退去強制を命じた。父親が、日本で、自分の手元でダイちゃんを責任もって育てたいと言っているにも関わらず、である。
今、日本人男性とフィリピン人女性との間に生まれたが、父からは全く見捨てられ、養育の援助を受けられない、JFCと呼ばれる多くの子どもたちがいる。ダイちゃんの父親のように、子どもを手元でしっかり育てたいと言っている場合でさえ、母子は国外へ出ていけという日本の入国管理制度は、子どもを見捨ててしまう多くの日本人男性の逃げ得を助長するようなものだ。
ダイちゃん事件の終盤近く、昨年7月に法務省が日本人夫との間に生まれた子どもの母の定住を認める内容の通達を出した。ダイちゃん事件の教訓や、こうした通達などが、無責任な日本人の逃げ得の歯止めになってほしいと思う。
2.お金にかえられない親子のふれあいの大切さ
裁判の中で、国が提出した書面の中に、次のようなくだりがあった。「…本邦で申立人ダイスケを養育するよりもフィリピンへの生活資金援助の方法を採るほうがA(ダイスケの父親)にとってはるかに容易と思料され、現環境下で申立人ダイスケの在留を認め、Aのもとで生活させることが直ちに婚外子である同人の幸福に連なるとは到底言えない…」
一方、Fさんは、生活費のことばかり質問する国側代理人に、涙ながらに「お金の話をしているわけではありません。私が求めているのはダイちゃんがAさんの目の届くところで、
Aさんに見られながら成長してほしいということなんです。Aさんとダイちゃんの心と心が近づいていくということを願っています」と訴えた。
こうした親の子に対する気持ちを理解しようとせず、父親は金さえ送ればよいじゃないかという、「金持ニッポン」の貧しい発想が、この裁判でもくっきり浮かび上がってしまった。
3.納得できない国籍法
ダイちゃんが初めからスムーズに日本国籍を取得できていたなら、国外退去などと言われることもなくてすんだのだが、そうはいかなかったために随分もめた。
そもそも、外国人母と日本人父との間に生まれた婚外子は、父から「胎児認知」受けていない限り日本国籍を取得できないと解釈される日本の国籍はどうしても納得できない。
父と母が婚姻届を出したかどうかで子どもの国籍が左右されるなんて、国籍においても明らかに婚外子差別が存在している。また、また、子どもは必ずしも予定日通りに生まれるとは限らないのに、出生前か、出生後か、認知の時期がちょっとずれただけで子どもの国籍が左右されてしまうのはどう考えてもおかしい。
こうした国籍法に翻弄されて、ダイちゃんは、日本で、日本人を父として生まれたにも関わらず、生まれながらの外国人として国から出ていけと言われてしまったのである。
4.不親切で、責任回避のお役所仕事
実はダイちゃんの父親は、胎児認知をしようとしてダイちゃんの出生前に役所に行っていた。しかし、役所は書類不備を理由に受け付けようとしなかった。これは役所の落度である。さらに役所は、裁判になってからも、しばらくの間は「父親が来たことはない」と自分たちの落度を隠蔽し続けた。
こうした役所の対応が、問題を生み、また裁判を長期化させてしまったことは否めない。
5.最後に、たくさんの応援団への感謝
最初からずっと見守ってくださった崎阪治さんをはじめ、実に多くのひとたちがダイちゃん親子に力を貸してくださった。法的側面でも、アンデレ事件弁護団の中川明弁護士、山田由紀子弁護士、北海道大学の奥田安弘教授、立命館大学の二宮周平教授、その他にも上げればきりがないほど、たくさんの方々からアドバイスをいただいた。
長い道程の中で、ダイちゃん親子も弁護団も途方にくれたことが一度ならずあったけれど、多くの人々の応援でなんとか解決までこぎつけることができた。
応援して下さったみなさんに、心からお礼を申し上げたい。