秋尾 敏の俳句 2024年
軸12月号 雲細る 児が泣いて廊下が光る十三夜 立冬の喫煙空爆は如何に 遠くソプラノはつ冬の雲細る 七回裏の落球冬に入る 階段が雲まで続く七五三 逃走犯か茶の花を散らす 短日の蜂蜜どんよりと曇る 生き死にへ冬満月の絶対値 二十日必着木枯に届けさす 軸11月号 片結び 虫鳴くや多摩丘陵に根を深く 陽を返す栗の重さの片結び 暮の秋パズルのように切手貼る 関節を固しとあおぐ秋扇 赤とんぼ言葉にすれば消えていく 秋の蟬今朝は英語を聞き分ける 全国俳誌協会吟行会 大川や江戸の秋陽を腹に溜め 海抜は四十センチ運動会 関谷ひろ子さん追悼 真実を歩き続けている花野 軸10月号 巨木のごとく 芋の露巨木のごとく少女立つ 稲妻を眼に飼えり別れより 影のない町に干されて唐辛子 秋の雲肋を薄くたなびける 秋冷やショパンの闇の給湯機 手掛かりは長い黒髪小鳥来る 終わりなき残暑長針垂れ下がる 成田山吟行 筆魂を留め秋風湿りだす 河口俊江さん追悼 渾身に空を求めている桔梗 軸9月号 打ち寄せる 私へ一人漕ぎゆく天の川 深海は嫌いわれから打ち寄せる 初めて涼し勝浦に糸垂れて 贋作というジャンルに挑む豊の秋 雲は弾頭怒りの夏は去らず 日日草ばかり育てて締切日 箱庭に指を丸めて猫を足す 正体は耳のかたちに肝試し 歪んだ国境にタックルの汗 軸8月号 街中華 鉄橋は川に直交昼寝覚め トスカーナ岩塩を振る夏休み 湾岸工業地帯蟬の声黒し 頂点は百合のソプラノ街中華 核実験からの雨傘額の花 蝸牛となりの星にたどり着く 金沢にて ベランダは舳先の剛さ大南風 鈴木貫太郎記念館 水茄子太し戦争を終わらせる 玉山政美さんを偲ぶ 地の底を謳う向日葵たじろがず 軸7月号 愴然と泡立つ大河栗の花 麦藁を折って都会に馴染ませる 思春期のツンと漂うエシャレット 抱え込む夏の嵐の無洗米 羽撃きは完治の兆し麦の秋 短夜を支えて軽き頭蓋骨 鋼の猛暑フラメンコが刺さる コーヒーの雫の闇を水中花 葉桜の闇に昔を積む眠り 軸6月号「青葉の虚心」 七色にオイルは漏れて夏の風 さわさわと青葉の虚心移ろわず 飛距離伸ぶ一日おきに夏が来て 風五月ポストの前に人が立つ 砲弾の物量問われいる立夏 虚子見よと言う梧桐の風立ちぬ 給油所が灯り鯛飯甘くなる 熱風は野音の緑より肝へ 小島裕子さん追悼 大空は涙を湛え春惜しむ 軸5月号「花の息」 どんよりと野焼のけむりビルが建つ 見送りのなき卒業や雲遠く 夜の桜闇の破片を鏤める 絶壁の靄をまさぐる花の息 新しい気泡がふたつ蝌蚪の紐 草餅を刺して生涯爪楊枝 けやき句会吟行二句 それでも桜びしょ濡れのボールペン 雨天決行だって桜が耐えている 千葉現俳動物公園吟行 ハイエナ無職幻影の夏野 軸4月号「舌下錠」 蒲公英の空に吸われていく眠り 脱衣所にいちごのパイを追い詰める 春眠の小さく残る舌下錠 涅槃西風プランターから根が伸びる 竜天に登る山菜歯に残る コロナ十波しばらく蛙とも会わず 山繋ぐ送電線に雪残る 梅寂て通用門の雨雫 陽炎としばらく夢を語り合う 軸3月号「令和蕉風」 春の雨重し昭和の観覧車 春昼の大河に滲む雲の鰭 令和蕉風下萌を踏んでいる よみがえる足音睦月の古墳群 春暁の煙に侵略者の臭い 仁右衛門島立春本当はギタリスト 爪先が見えて明るい春障子 裾を刈り上げてっぺんに春日 加倉井允子さん追悼 冬晴のタクト豊かに振り治む 軸2月号 「月と舟」 四方の春銀の折鶴立ち上がる 負け独楽を笑いの渦の外に置く 松明けの夢占いに月と舟 海凍る人類は希望に耐える 日本海まではパラレル深雪晴 ジプシーとして百代の冬銀河 机上整頓正月中の誤字五つ のっぽのサリー雪道を歌う 大関休場俳人は庭を枯野に 軸1月号 仮住まい 竜の吐く雲か三筋に淑気満つ 細き道なれば万歳ひとりずつ 初夢に来て大黒の仮住い アルメニアの笛深々と冬の底 冬の雲湖水の隅にわだかまる 黄落の指に崩れる塩にぎり 壁の色暗め時雨を待っている 初霜のいずこに墓を忘れたる 霜の夜のお狐さまを説き伏せる |