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秋尾敏の俳句 2007年
三浦半島
黎明の海が乾いてくる寒さ
荒波の形に眠る岩がある
冬の洞門大切なものだけが見えて
半島の午後を翳らす冬の鳶
神無月頷けば海深くなる
軍楽隊という青春ありき冬怒濤
冬椿そこから海が荒れている
ころがせころがせ双子の風車寒がらず
(軸12月号)
紫煙
筋書きのない天守閣鵙猛る
水音をたくわえている夜の紅葉
脈搏を隠しきれない栗の毬
コスモスを壊さぬためにある怒り
鰯雲それでも棄てるものがある
踊り子の過去を鎮めている紫煙
口笛や路地の秋風やわらかい
(軸11月号)
芯がある
秋冷の墨痕となる杉と松
渡り来る人三日月を背負いけり
実相と仮相ほすすきに芯がある
雑談のそとで笑っている檸檬
蟷螂は星を見つめたままである
コオロギはこれから顔を作るという
霧深くなるダブルベースは夜汽車
(軸10月号)
森が猫背に
秋暑し森が猫背になっている
しゃがめばジャングル灼熱の空が冷たい
北軽井沢ジャズセッション(三句)
シンバルを星に散らして涼しき夜
模索しているクワガタとピアニスト
ブルースに月を歪ませ帰りゆく
「原人」60周年に(二句)
にんげんの根源を読む涼しさよ
原点となる白薔薇を点しおく
篠原元氏追悼
大陸の奥行きであり雲の峰
(軸9月号)
花辛夷
切株にひとりの鬼となる朧
囁きのざらつきにいて寒戻る
痕跡を消さねばならず春の水
料峭の星を称えている梢
変節の道でありしが花辛夷
卒業期翔べない鳥の眸が乾く
辺境の森に沈める春の星
往生を演じきったる鬼浅蜊
「軸」4月号
文庫再開
青木の実に守らせている仮の門
標目を手書きにまとめ年用意
配架寒し台車に風を運ばせて
曇天の一次資料を煤払い
数え日の書架置きなおす腰の張り
奥付に影持つ句集寒々と
冬の蠅子規全集を舐めている
虚子載せており小寒の大理石
冬雲やまだ見ぬ碧の「三千里」
戦中の脆き句集に悴む手
大戦の寒さが滲む秋桜子
亡き人の句集に触れたれば嚔
加藤楸邨冬将軍に読み聞かす
古書の冷え埃に縮みいる指紋
湯気立てておりただ一つの和室
飲食を細め冬日を豊かにす
虎落笛タンゴ小声で応えおり
臘梅に風の攻防古書届く
風邪と強がる子規の書簡を額装す
冬暖し閲覧室に椅子余る
形とは光ピアノに冬の蘭
牛鍋や配架の力たくわえて
俳論に冬の朝日を浴びせたる
暖かな冬で分類大雑把
暖房の風に叢書を馴らしおく
頑強な明治の和本虎落笛
読了や冬日に蘭の声白し
晩冬を好く窓秋を飾りおく
あいまいな家の境界春隣
石積んで冬の菫に招かせる
栃の木の豊かに枯れて笑む遺影
寒月の鳴弦文庫屋根二つ
文庫再開落葉小さく積まれけり
『俳壇』誌2月号リレー競作33句
風の放埒
月光を鞄に詰めて悴む掌
源流に風の放埒樹が凍る
木枯しに潜む焦燥紅茶を濃く
動くだけ動いて滲む寒の星
因習を遠ざけている室の花
死を生の証と思う冬の蝶
臘梅やはるけき雲の薫りたつ
飲食を細め冬日を豊かにす
『軸』2月号
初御空
国境を解き放ちたる初御空
獅子門に太き尾の影淑気満つ
広げたる文庫のことを初日記
黎明の鼓動に滲む冬の星
東京が掘り起こされていて冬日
出奔の確かさにクリスマスソング
抱かれて聖夜の樹間発光す
H女史の結婚を祝す
小春日の紅茶の湯気が手をつなぐ
『軸』1月号