秋尾敏の俳句


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第4句集『悪の種』 第3句集 「ア・ラ・カルト」
第2句集 「納まらぬ」  第1句集 「私の行方」

秋尾 敏の俳句 2021年


軸12月号
項からしぐれて青い処方箋
永劫の檜葉に枯れたる烏瓜
投票に冬の網戸という汚れ
雑貨屋が物件となる初時雨
寒鯛のアクアパッツァや宮参り
お愛想という名のホテル冬の月
Aランチ冬日に海老は尾を広げ
公園の婆みなママになる冬陽
露時雨はるかを父の名が歩む

軸11月号
父よりも湿っていたり秋の虹
血圧が嵩んで濃霧注意報
柿落ちて千葉銀行が殺気立つ
絞り出すような草笛休耕地
どんよりと秋速達が安くなる
イスラエルの詩人のけぞる七五三
踏切の遠音に匂う栗の飯
秋のくもりガラス心からくもりガラス
空調が不調鵙の贄湿る

東京原爆忌
たっぷりと垂れる水飴広島忌
市電発つ風の挽歌を肯えば
散骨の海を泳ぐか大陸まで
長崎忌ガラスに触るること怖る

軸10月号 鵙を呼ぶ
直線を生む人類に今日の月
月見バーガー高層ビルが吠えている
良夜かな膝のボルトを懐かしみ
退職の電波時計が鵙を呼ぶ
病院の窓に水冷式の秋
紫蘇の実を嗅いで邪神と許し合う
ささやかな逆転もあり雲の峰
       伊藤哲子さん追悼
蘂いくつ訪ねて空へ夏の蝶
       O君の死を悼む
秋天へトロンボーンを伸ばしきる

角川10月号 俳諧ミックス
 〈定型と自由律による連句仕立て〉
ワクチンの盆から先は深海魚
 抗体に秋思が灯る
桂男火を焚くことを許されて
 手を汚さずにものを喰うとは
猛禽の眼に冴る星の屑
 霜の轍は軍用ジープ
永遠の坂道噴煙の出口は開き
 昔男が舟を訪ねる
崩落の水に寄り添う春炬燵
 仮設テントに配る草餅
思想なら春闘の椅子に忘れてきた
 定年までを人に語らず
いかさまを指が覚えている麻雀
 誰が敵かとラップいいじゃん
俳諧ミックス浜のライブの花氷
 菅笠が来るパラソルも来る

現俳10句
文明の奥に水なきエンタシス
すぐ眠る星は寒さの破片となり
緊急出動帰り花には非ず
冬の星仮想の水を着重ねて
累々と深夜を喘ぐ石の枯れ
息短くて穭田の傷癒えず
LEDは黄昏のようポインセチア
愛犬教室おりこうになったのは木枯
低空飛行ていこうせいりょく低空飛行
紙ナフキンに収まるほどの冬木立

「俳壇」二月号10句
 湾岸ホテル     秋尾 敏
冬の波ホテルは闇を吸いつくす
寒月へエントランスの靴音を
派遣のプロらし冬物の袋
冬将軍紺のパンツにピンヒール
バーに来て飲まず足組むとき序章
鍔深き男に海鼠炒めらる
冬の海拗ねて桜というワイン
浴室はスマホのジャズの冬景色
暖房の寝言にうねるセミダブル
寒凪のホテル小ぶりのお茶が濃い

軸9月号 雲生まる
天の川切絵の馬は窓を駆け
洗顔の耳の硬さよ草雲雀
ワイパーは恐いぞ若い螽蟖
香港の詩人となってこの月を
祭笛気性激しき雲生まる
静けさの河原に秋を待つ巨木
下降する対旋律や夏の月
文明に結界があり夜の蝉
夏の雲深い笑窪を恥じている

軸8月号
桃色のゼムクリップや水見舞
山法師子どもら息を太くせよ
辻褄を切る刃なり薄荷飴
大粒の百合根小粒に開きけり
足音は緑の軽さ山の馬
間髪もなく対向車彦星よ
どのようであってもよいと牛蛙
線審の脚力梅雨雲を散らす
花火なき対岸闇が寂しがる

「俳句四季」7月号
 この街の残像はみな
   〈定型と自由律による連句仕立て〉
人影に止まる車のある立夏
 溺れた友の静かすぎる葬儀だった
ブルースの下駄は素足に昂ぶって
 ベーシストをひとり育てて崩れる納屋
屈折の影はユンボか梅雨の月
 警察のお便所が恐くて泣いた
子に陰をもたらすための夏帽子
 眼鏡の画家が飛べと呟く
兼業の植田を狭め街明り
 ホリドールの髑髏が蛍を探す
四つ辻は目立ての音か若葉寒
 黒テントの終焉リア王は汗を拭い
掘り起こす土手のトロッコ青葉闇
 帰省子はグラマンの磁石に怯え
進駐軍ねずみ花火はスカートに
 この街の残像はみな永遠の残暑

軸7月号 私道の罅
青田風雨の秩序を推し量る
振り返ることなく夜のかたつむり
いっせいに地表をつまむ蟻の列
草仮名のかぼそい迷路走り梅雨
山車が遠のき矢絣に急かされる
深井戸にまだ梅雨入とならぬ雲
梅雨の草私道の罅に茎深く
葦切の飛沫をすり抜ける羽音
明日を急がずピーマンにツナ詰めて

軸6月号
満面の笑みの割り込み青嵐
高圧洗浄蜂の巣を荒立てる
花街は市役所通り走り梅雨
洗われたことなどなくて夏帽子
樹下に蛇呼ぶ崩し字を誤読して
ビニールの隔てにゆがむ豆の飯
リモートに撮られて硬し山の繭
オンオフのマスクに替わる目借時
小綬鶏をコジッケと呼び悪たれる

俳句四季
子音のフーガ廃園の茂りから

軸5月号
夕暮の桜はカノン降りしきる
あきらめと違うひかりのある落花
見定めている黒土のチューリップ
遠山の含み笑いもマスクの街
自粛なき の交差点
生菓子の期限が乾く春の宵
春光の集合体として我ら
   全国俳句コンクール
学校の桜ひかりのありどころ
    飯田登志子さん追悼
陽炎に入る潮の香を慎ましく

軸4月号 樫そよぐ
雲梯の脇を支えて暖かし
浸み入るは白湯スープ春の雨
三月の燃えさし捨てるところなし
啓蟄の留守を探りに来る電話
白酒の明るさとなり樫そよぐ
雪の名残か烏の糞かヒューマニズム
眉と目のコミュニケーションマスクして
地震に耐えし土と思えり茄子を蒔く
濃い雲が来て薄氷を置いてゆく

軸3月号
夜に正す地震の冠桃の花
剪定を逃れし一樹雨を待つ
鳥になるための杖あり木の芽時
磔刑の大義を空に囀れる
野火激し雲は縁からほつれだす
心根の乾ききったる雨水かな
早暁の風出て幽い種袋
種物を売り狂乱の詩を愛す
人類癒えよ銀河に年の豆を打つ

軸2月号 細る街灯
小寒のいつかあけるという小筺
細る街灯無人の遠近法寒し
精密に結ぶ寒暮のスニーカー
情報は密閉されて鬼房忌
幕張にベトナムの椅子寒の汗
五人して雛買うビルや雪催
湯気立てて三密となる三箇日
邪気払うとや黒豆の炭治郎
初御空地上の星を搔き抱く

「顔」五十周年
早春の雲の寝顔を懐かしむ

俳句展望
水底にたしかな泡を吐く木の葉
千葉県現代俳句協会
春の海ゆがんだ椅子が泡を吐く
闇という光をまといずわい蟹
黒いシンバル囀を待ちわびる
深く語れば新雪がうねり出す
夕焼が真冬を告げて鳥乾く
ライフルの細い暗闇猪の鍋

「俳句界」節料理
刮ぐべき牛蒡の細身年の暮
一昼夜戻す椎茸雪便り
数の子に薄皮吾に黒マスク
半平を袋に潰し小晦日
気候変動慈姑の皮を縦に剝き
牛蒡乱切り豪雪にトラックの列
五万米焦がして蜜柑の樹に捧ぐ
年輪と見せてあざとい人参よ
無限とは有限数の子の土佐煮
ウイルスに節料物の数増やす
どの国も密閉容器八頭
千切りを力む男や大晦日
百合根煮含め極月を薄口に
寒夜の裏ごし三温糖に馴染ませる
年つまる早煮昆布の泡いくつ
寒月の出窓に冷ます酢蓮根
IHすでに冷静結昆布
絹莢の筋取りおれば除夜の鐘
核酸を怖れ男の節料理
ゆずの黄の床に零れて初日影
脚触れに来るおさな児よ屠蘇の酔

軸1月号
買初や真珠の過去を繙ける
青春をCDに焼き寝正月
丹田に淑気を満たし反芻す
月光の底辺に伏す冬の蠅
冬耕の星を砕かん光の弧
傷つけてすぐに忘れる冬の鳥
終電のポインセチアは待ちぼうけ
人類は枯れ渦潮となる銀河
字を正す人冬将軍の書庫を見よ