秋尾敏の俳句



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秋尾敏の俳句 2006年


 初御空

国境を解き放ちたる初御空
獅子門に太き尾の影淑気満つ
広げたる文庫のことを初日記
黎明の鼓動に滲む冬の星
東京が掘り起こされていて冬日
出奔の確かさにクリスマスソング
抱かれて聖夜の樹間発光す
              
H女史の結婚を祝す
小春日の紅茶の湯気が手をつなぐ


 しぐれて晴れて おくのほそ道を行く

高舘の裾に構えて曲り葱
みちのくのしぐれて晴れて土匂う
川冷えており丈六のみ仏も
位置取りに勝ち負けはなし冬の雲
冬日濃し寄り添う人の野にふえて
冬ざれの川を満たして滝いくつ
初霜に青く沈んでいる記憶
冬ざれのガレのランプに守られる

                               「軸」12月号掲載


 港町2 常陸

朝寒の船は光を漲らす
川尻を出る白子漁秋の雲
波の昂揚秋の白子に網引かれ
貪欲な速度が漁る秋日差
船去って浜に構える牛膝
澄む秋の網は大津に巻きとらる
毬一つ忘れてうねる秋の海
鳩吹くや灯台の肌滑らかに
野分晴朽ち木は波を振り返る
波音に背後を突かれ蔦紅葉
木の実落ち礒の隘路が透きとおる
鵙鳴いて昼は静かな漁師町
サーファーは引退漁師芋煮会
たばこ屋の名は風祭花すすき
沖に光彩浜の芒が首伸ばす
街並を逃れ根釣の竿二本
釣人の気位ほどに秋の波
岩礁に銀の泡立ち秋闌ける
行く秋の常陸に太き二八蕎麦
爽涼の渚に返す靴の砂
秋晴れて罹災の船に緊迫なし
竜骨の螺子を緩めにくる蜻蛉
鵙高音雲の孤高を怖るるか
横顔を吠えられており秋の暮
松毬の芯まで暗し暮の秋
潮風の花野の果てに思索の灯
雑貨屋の軒も日暮れて花カンナ
秋夕焼地層は海へ傾れ込む
雲秋意砂に揉み消す苛虐の火
断崖に掛かるいざよい砂が泣く
流木は貝を棲まわせ星月夜
沖までを静寂が埋めて流れ星
月光を襤褸の網に封じこむ
                           (『俳壇』11月号)


 秋の暮れ

人形の薄目に探る秋日差
秋冷の雲は連山連れ戻す
盛り場に霧を満たして白い指
空席を恃む林檎の傷いくつ
烏瓜引いて少女は振り向かず
論争の夜長に乾く筆硯
                           (『軸』11月号)


 貧しさに
少年に秘めし直球鰯雲
くつわ虫地より見上げているばかり
晩秋の親子に離れやすき腕
半日を秋日の石に語る児よ
幼年を月の光の貧しさに
少年に鋼の鎧十三夜
露草の斜めに伸びていく勇気
守るものなし永訣の星月夜
見えているのか露草の旅立ちを

                              (「吟遊」32号)


  港町

すれ違う澪の泡立ち雲の峰
朝の虹封印の帆を解き放つ
ロシア船らし五月雨を蛇行して
船長の不在を満たす花茨
夏つばめ双曲線をうら返す
鉄塊を浮かせて滾る夏の波
直線に受け止められて夏の波
過剰なり虹の巨船を排斥す
はすっぱな羅もあり港町
英語だろうか薄暑の沖に遠ざかる
大陸の船炎天を戻りゆく
突堤や演歌になびく水母の手
帆船の寄港にとよむ柚子の花
巨船入港鰺の干物は向き合って
潮風の坂に迷って金魚玉
胸中に秘めたる頭突き楸邨忌
戒律の暑さを泳ぎ無傷の船
短夜の外交という弥次郎兵衛
戦えぬ国の戦い落し文
歳月をあたためてきた夏燕
開発の角地に残す麦畑
百台に尻突き出され大青田
滝しぶき空に羽毛をとどめたり
遁走す夏うぐいすの配偶者
荒磯に山の万緑なだれこむ
黄昏の曳航となり夾竹桃
送別のレモンジュースに西日の泡
船室が船尾に重い大西日
闇は沖より浜木綿が身を反らす
接岸を怖れ鴎が鳴く日暮れ
喫水に晩夏沖までは見えず
タラップを最後に降りてくる秋風

                  (「俳壇」9月号)


いくつ崩れて

断罪のためのクレーン夏燕
陳述のほろほろ崩れ凌霄花
少年の夏野にビラが降っている
雲の峰いくつ崩れて批准なる
梅雨晴れの明日へ歩むバスドラム
紫陽花の今日を受け止めている指輪
混声合唱守宮は腹で聴いている
夏蝶は森の磁力に従えり
                           (軸8月号)


 遠い港に

大陸の言葉で啼いて青葉木菟
どこまでを領土と思う蟇
夜遊びに出てこいという木葉木菟
ほんとうの夜を探している夜鷹
蚊喰鳥とぎれとぎれの夜をつなぐ
狙われることなき夜の熱帯魚
領海の幅員にあり夜の海月
一日を笑って終わる水鶏かな
青葉木菟遠い港に棲んでいた

                     (「吟遊」31号)


 青葉木菟

紫陽花の青が揃っている受難
墓守よ谷中の森の夏に出よ

                       (軸七月号)


腐鳥(くちどり)

はつ夏のヒバリは雲を抱かんと
急峻の山彦となる岩躑躅
黒南風や先へ進まぬ山羊の列
潮騒の薄暑に手足包ませる
人里に萬緑はあり猿急ぐ
初夏の暗渠を辿る犬の舌
腐鳥や子を蒼天へ巣立たせて
                  (俳句朝日七月号)


 ヨコハマ

岸壁の明日を知らぬ蟻の飢餓
湿ってはいても涼風待ち合わす
極太の鎖が繋ぐ船と虹
波音が薔薇に近寄る散歩道
夏の雲桟橋に人すれ違う
黒南風や捩れて戻る縄梯子
ハマに梅雨雲やっぱり別れます
夏の風遅いデビューの歌手が啼く

                       (「軸」6月号)


 つばくらめ

つばくらめ取水事務所に赴任せり
雲から買いとるいちめんの苜蓿(うまごやし)
奔放なのに白梅などに生まれ
紅梅の甘やかされたわけでなく
同月同日土筆の村へ出向す
大空へとんがっているつばくらめ
食うことを戦っている若い虻
春の雲つなぐところを探り合う
                      (角川「俳句」5月号)


 黒潮に
 阿波徳島
北寄りの強東風であり出航す
春怒濤違う流れが待っている
春光を貪りあって渦潮は
一瞬の渦を斜めに春の潮
春潮の隘路につなぎ黒瀬川
曇天を押し上げている芽吹山
アラカシの坂黒々と春の雨
揚げひばり雲が明るく口開ける
うぐいすが呼んでいるのはきっと海
戦前を文庫に消して春の雨
焼失の履歴数えている春野
囀の雲から落ちてくる涙
料峭の山が覚えている和音
春泥や大麻彦の息荒く
淡泊な潮風に逢う白木蓮
行く春の悲恋は阿波の箱廻し
忘れても雲はすぐ来る遍路道

 安房勝浦
校庭は岬の高さ雲雀東風
花冷えの沖に昂る黒瀬川
春潮や風のベンチのむつまじく
突堤へ曲がる気のない春の波
対岸はかなり遠いぞうぐいすよ
逃走の崖に桜の哀悼歌
強東風の雲は岬に棲むつもり
黒潮に運ばれてくる朧月
 安房館
おぼろ夜のホテルに並ぶ木賃宿

素泊りの煙草が匂う風ぐるま
春風に働く女よく笑う
岬より遠目に選挙聴いている
南国の掻揚げ饂飩百千鳥
たじろがぬ眼光安房のつばくらめ
半島に桜のうねり虚ろな船
腹も喉も太き灯台桜散る
                      (俳壇六月号)


 春の雲

春暁や不在の森の道しるべ
つまさきに鳩を集めて復活祭
剪定のただごとにある陰日向
花冷えの水ほそぼそと造成地
街暮れて鎧の色のつばくらめ
曇天や黙って乾く桜貝
ため息が集まっている春の雲
花吹雪蘇生のために忘れさる
                      (「軸」4月号)


 掌に

森青し寒し走らぬ馬が棲み
湖の一つは寒い眼持つ
余ったら余ったでいい冬木の芽
冬木の芽なり忿怒にはあらず
迷うからそのままにしろ蕗の薹
大鋸屑の混じる囀り掌に
春の湿りだみんなそろっている
                      (軸3月号)


 愛と信じて
深海の街となりけり雪明かり
冬ざれの沖より押してくる怒り
裸木の風を背負うている粘り
寒林の言葉だろうか月昇る
狐火や愛と信じて渡る橋
                   (軸2月号)


 薄氷
龍神の沼に薄氷日が翳る
薄氷が受けとめている地蔵堂
薄氷にひびく鰐口さざなみす
薄氷の村ゆるやかに生きている
薄氷の沼に踏み込む測量士
薄氷のかなたにゆがむ近未来
薄氷を小指でつつく別れの日
蛟竜の目覚めに流れ春氷
                  (俳句研究2月号)

 白い船
狛犬の鼻むずがゆき初日の出
初空や鳥居が抱く白い船
初暦気楽な風に煽られる
冬晴のいよいよ白き波頭
漆黒の巨船寒さを昇りくる
湾という温もりに棲むゆりかもめ
冬ざれの遠い戦につづく涛
冬雲の底から暮れてゆく涸沼
                    (軸1月号)

国土交通省江戸川河川事務所 月刊WEB広報誌 E−na 年越しは俳句で

横縞に土手は刈られて冬日和
まっすぐに雲を育てる冬の川
江戸川の声みな遠し小六月
冬の川小さな森をひとつ生む
白髪のジョギング速し小春の日
ランナーを追い込んでいる冬の土手
ぬくぬくとジャケット対岸の根が強い
川砂の粗さに乾く鵙の声
湾曲が芥を呼んでいる寒さ
日だまりの砂の大根動かない
冬の川雲生み捨てて振り向かず


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