秋尾 敏の俳句 2022年
軸12月号 越境を学ぶ遊具か霧時雨 神の旅百年後には暴かれる 青い木枯夕暮を撓る路地 冬紅葉虚脱の窓を塗りつぶす 行く宛てのない最後尾冬の星 楽焼の歪(いびつ)に霧を満たしおく 自転車でバスを待つ人秋の雨 齋藤隆三展 冬麗や自分に生きた男たち 天保調追想 冬しばし雲に別るる峰の鳶 軸11月号 引用符 透明な雲刈田の夢は湾曲し 霧の迷いに宗匠の莨盆 雲にカリオン晩秋の引用符 秋の川濁るは人を渡さぬため ひとひらに明日が滲む草の花 晩秋や除菌は夜の木目にも 独裁も個性であろう秋の空 麦とろの混ざり具合よ隅田川 静謐な星から冬のメッセージ 「現代俳句千葉」5句 残暑のバリトン国に戻れと 六角レンチ囮は微動だにせず 秋の川濁るは人を渡さぬため 雲にカリヨン晩秋の引用符 夕暮に似て冬麗の淡路坂 軸10月号 絶対値 三年を隠す口許虫選び 国芳の猫秋冷の灯が暗い 秋灯に面相筆の生む涙 曲がらずに来る塩の舟十三夜 流星や地上の水に増す渋み 路上ライブゆるめの靴に夜の冷え 誘うのは苦手ロックな小鳥来る 永遠に流れる星か君主国 秋風という国葬の絶対値 「俳壇」9月号 諦念の静かに暮れる雨の梨 巨大倉庫やわらわらと柿が泣く 二台分の門の奥行き烏瓜 さくらんぼ知らない人を追っていく 終電車小振りの桃が掌に沈む 「現代俳句」9月号 爽籟は神の併走汐を踏む 軸9月号 誰か繋がれ 残暑また残暑焙烙割れている 誰か繋がれ新涼の鳥滲む 野ぶどうの蔓の先なる帰還兵 ひぐらしが近くて明日が遠ざかる 冷蔵の桃が乾いた日の悲報 野分雲とどまる人に逢いに行く 滴りは人に尽くした浄水器 西日濃し五キロの米は袋のまま 山頂に児を立たせんと草払う 軸8月号 いつの間の深き呟き草蜻蛉 崩し字に馴染む少年月涼し 夾竹桃遠い戦を透かし見る 図書館に太き雨音夏の果 日陰から暴れ出す風街は死なず 明日を測ればアンテナに巣立鳥 冷奴どうでもいいことにはしない 冷房の風にひとりの台所 膝下に沈む決め球夏終わる 軸7月号 歳時記に撥ねる黒蜜梅雨晴間 乾いてはならぬ晩夏のビブラフォン 夏草に風の鈴生り遠い海 谺して真夏の鉄を柔らかく ローラーボード風の西日に包まれて 冷製パスタ赤道行きの船が出る 調停を斜めに急ぐ梅雨の雲 戦争に差額があって麦を刈る ぶ厚い梅雨雲負けたとは言わず 軸6月号 星座 夏風を鳴かせて青い瓶の口 冷やされて湖の深さとなる新茶 深煎に目覚め易きは夏の月 文字は声なり幼年の甘い麦秋 ペンつまむとき古傷は夏の星座に 喘ぐ気管支滝の暗さに撃たれてより 梅雨兆す甲社乙社を取り違え 量販店台車の音も夏めいて ゴキブリが家庭を破壊して星座 軸5月号 春の鳥 昨日より翳る鶏卵花の冷 風船を泣かせて街が燃えている 春塵や兄は故国に残りしと 春泥や騎馬は川筋より引かず どんよりときてくっきりと春の鳥 若干名募集燕の巣が深い 筍は宇宙のかたち眠り込む 返信の一つが暗む竹の秋 春宵や南無と阿弥陀の吐き出さる 軸4月号 雲ひとつ摑み損ねて欅の芽 春愁がふくらむ付点四分音符 雲に弾道いっせいに芽木翳る 春寒の洋館白き鉄格子 海峡に鉄の臭いの春の風 鉛筆の落ちたる音か赤彦忌 クロッカスわが青春に一途の根 司書老いて今朝春泥の路地に伏す 菊地京子さん追悼 遍歴の運河記憶が暖かい 軸3月号 青い前衛 越境の雲に傾く桜の芽 青い前衛黒い後衛春塵に 百代の過客にまぎれ春の雲 囀のきいいと伸びて井戸の底 草青む重機は土手を戻りゆく 青空に何も足さない草団子 まず路地を灯して店の雛用意 料峭の誤字は手遅れ日の暮るる 永き日の雲が時間に溶けてゆく 「俳壇」2月号句 湾岸ホテル 冬の波ホテルは闇を吸いつくす 寒月へエントランスの靴音を 派遣のプロらし冬物の袋 冬将軍紺のパンツにピンヒール バーに来て飲まず足組むとき序章 鍔深き男に海鼠炒めらる 冬の海拗ねて桜というワイン 浴室はスマホのジャズの冬景色 暖房の寝言にうねるセミダブル 寒凪のホテル小ぶりのお茶が濃い 現俳10句 文明の奥に水なきエンタシス すぐ眠る星は寒さの破片となり 緊急出動帰り花には非ず 冬の星仮想の水を着重ねて 累々と深夜を喘ぐ石の枯れ 息短くて穭田の傷癒えず LEDは黄昏のようポインセチア 愛犬教室おりこうになったのは木枯 低空飛行ていこうせいりょく低空飛行 紙ナフキンに収まるほどの冬木立 軸2月号 高波は空を忘れた鯨から 冬の陽に重さがあって黄昏れる 和声とは違う旋律冬の川 冬すみれ若い家族が越して来て 湯気見えている縦長の白い窓 俳席は舟のかたちに冬の雨 肩凝りの音が聞こえる雪催い 守りから崩れ六日のノーサイド 初空へ海の匂いのする扉 軸1月号 知るということの静けさ初だより 我が干支を襖に睨む三が日 月光が甍を滑る千葉笑 和声的短音階に息冴える 柊の花禁煙と繰り返す 黎明の空に皺寄る初氷 冬の雲魚となって反転す 三枚に下ろす雪雲募らせて 夢を語ろう水源は大枯野 西日本新聞 元旦 我が干支を襖に睨む三が日 竹林を抜けて今年の風太く 項からしぐれて青い処方箋 |