秋尾敏の俳句

W, ,


2013年の作品
2012年の作品 2011年の作品
2010年の作品 2009年の作品
2008年の作品 2007年の作品
2006年の作品 2005の作品
2002〜2004年の作品 2001年以前の作品
 
第4句集『悪の種』 第3句集    「ア・ラ・カルト」
第2句集    「納まらぬ」  第1句集    「私の行方」

世界俳句紀行   「地球の季節」



秋尾敏の俳句 2002年〜2004年


阿蘇の冬   「軸」平成16年12月
狛犬の尻が冷たい水源地
冬霧の火口に落ちていく笑い
野太き馬千里の枯れを食いつくす
水の色少し重くて草紅葉
険しさの源流へ霧攻め上る
民族を重ねて深む阿蘇の冬
永遠へ小春の雲が流れゆく
凍星に届きしラジオ深夜便

青瓢   「軸」平成16年11月
水招く刈田もありて暮れる橋
新藁の一杷ばかりを残しおく
遠吠えにざらつく木肌露時雨
晩秋を呼んで鏡をくもらせる
這い出してみせようではないか青瓢
隠し持つ個人情報鳳仙花
タイピンも眼鏡ケースも夜寒にて
蓑虫の飛び立つものをやり過ごす

爛爛と   「軸」平成16年10月
東京は山脈であり野分雲
新宿を霧の墓標と大鴉
生き急ぐものあり霧の観覧車
爛爛と猫濡れて来る十六夜
荒れている北半球のくつわ虫
現れし女帝の秘録そぞろ寒
流木に記憶の果てのいわし雲
銀婚の早さに光る秋の雲

天の川   「軸」平成16年9月
万象の影動かざり魂迎え
新涼の一塵立ちて山河あり
天の川原野の石をさざめかす
ファウルボ-ル拾えば土の冷えており
熟年の扉が軋む夜の秋
塩分糖分奔放になる残暑
季承晩ラインあたりに秋の潮
人間の現を笑い星流る

秋冷    「俳句研究」8月号
卓球の打音に生まる朝の冷え
竹割って何か忘れている初涼
秋涼の硬い電波で来るニュース
秋冷や枝に濡れたる登山帽
秋涼しテレフォンカードまだ残る
夕冷えの公衆電話やっとある
遠回りして新涼のカプチーノ
新涼の人つぎつぎに立ちあがる

       「軸」平成16年8月号
青田見ており権力の高さより
東京にとり残されて夏の雲
垂直に届く雷鳴摩天楼
少年の釣り竿流れ夏の雲
雲形は冤罪であり雲母虫
本質は皮の張力さくらんぼ
蛍火の遠目を避けておりしかな

蝸牛   「軸」平成16年7月
おおかたの道は歩いた蝸牛
黒揚羽風の隙間に納まらぬ
BSの向きを探っているツツジ
粗塩をにぎればかゆし麦の秋
,若竹の丈の違いをまぶしめり
鬼百合に甘やかされている不安
祭り笛くぐり抜ければ江戸の風
出所を探れば笑い出す泉

      「俳句」6月号
夏服にしてあの世からこの世から

奇書珍書   「軸」平成16年6月
母の日や関東平野生みし川
炎昼の奥に信濃の奇書珍書
牡丹の渡来の過去を幾重にも
火を忘れ地縁の夏に生きており
後方のビルが俯く花あやめ
見られねば深井の闇に山ぼうし
木耳に海を想う子詩を唄え
言葉かくあるべしと散る桜かな

歩み去る   「俳句四季」平成16年5月号
力なきものより浮いて春の雲
革表紙おぼろの知恵を蓄える
流氷やヴィオラの弦の軋む音
シタールの音がけむりに春の宵
春陰や印度の壺に棲む魔法
窯変の作為をうらむ春の山
春愁をしゃきんと閉じしハイハット
結末は奴隷啓蟄を二十日経て
花冷えの湿ったソナタ弾き捨てる
春月の表面積にある油断
日永にも自爆の報せ水の星
春塵やあらびあ文字に示す邪気
逝春の鳥は人のために墜ち
葬送の春野にコンガ遠ざかる
霾に負けてシャンプー空っぽに
無防備な風を騙せぬしゃぼん玉
空耳に海市と聞いて沖を見る
藤壺の不満は愛を言えぬこと
まぼろしの惑星となり豆の花
春昼を笙篳篥の歩み去る

脆い木はない   「軸」平成16年5月
力なきものより浮いて春の雲
革表紙おぼろの知恵を蓄える
シタールの音がけむりに春の宵
脆い木はない蒼天に虻もどる
駆け抜ける夢の遅速に花筏
納得はいつも遅れて鳥雲に
晩春へ木乃伊の夢が屈み込む
夏服にしてあの世からこの世から

受け入れて   「軸」平成16年4月
啓蟄の明日の夢を掘り起こす
人間を見渡す塔にある余寒
春泥の一歩は演歌二歩はジャズ
種蒔くやバイエル二十番あたり
,無防備な風を騙せぬしゃぼん玉
'春月の表面積にある油断
葬送の春野にコンガ遠ざかる
受け入れてその日を待っている桜

叱られて  「吟遊」
ちりちりとみぞれあなたに叱られて
菜の花の黄色いくしゃみ伝染す
増えすぎたものにはたらく春の闇
三月を見わたす塔の青ざめる
お迎えに出ましたという朧月
春月に諭されている烏骨鶏
地球にも水の痕跡陽炎える
啓蟄や風の湿りに残す夢
鳥よ人のために死ぬな

誘えば   「軸」平成16年3月
将門の首寒からん銀座の灯
電気街はずれて点る白椿
駆け抜けて平成におり春の馬
,梅東風に小さくなっているゴリラ
大小の本のひしめき春隣
誘えばこきと軋めり春障子
愛は陽炎言葉ばかりが美しく
陽炎に触れる指から陽炎に

出兵や   「軸」平成16年2月
出兵や乾いて寒い屋根瓦
談笑のやがて乾いてゆく蜜柑
まめバスを乗り継いでゆく福寿草
冬の沼見えぬ所に風起こる
透明なうわさ漂う冬の町
派兵とや壁に守られていて嚔
寒月をクジラが呼んでいる青さ
寒林の何かを待っている寡黙

        角川「俳句」平成16年2月号
木枯の言葉をさがす上野駅
底深い空にあふれて冬の羽
水鳥の乾き街に作られた言葉
水鳥の静かな言葉ビルの影
枯れ蓮の水に沈んでいく言葉

        角「俳句」川2月号
水鳥の静かな言葉明日を待つ

        「吟遊」
歳晩の何があっても鉄仮面
金輪際落ちぬと決めて冬紅葉
昂って触れあう食器寒の水
冬の月小皿一枚見あたらぬ
脇役が食ってしまえりふぐと汁
湯豆腐を食い尽くしたるメディア論
木枯しや夢吊されし冷凍庫
北風を二本の足で行くけもの
新玉の青い夢から食い始む

青い夢   「軸」平成16年1月
新玉の青い夢から食い始む
初風や氷河に猿の二本足
'昂って触れあう食器寒の水
方形の空に生まれし冬の羽
踏み出して原点となる霜柱
脇役が喰ってしまえりふぐと汁
木枯らしの言葉を探し上野駅
枯すすききっと目をつむっている

いろは坂  「軸」平成15年12月
逃げ切る霧奔流いくら急いでも
,桜しだれて紅葉の冬に墜ちてゆく
いろは坂かの世に続く霧の道
明智平もっとも深き霧と会う
繊細な裸木であり鳥の影
冬山の一歩で変わる滝の音
行く秋の猿しみじみとバスを見る
写らないひとりを待てり冬の森

遅れぎみ   「軸」平成15年11月
夢吐いて眠らぬ男螽?
'頭とは違うところにある秋思
日本の入り口に棲む鶏頭花
三度目の汽笛が霧になっている
秋薔薇妖しい雲の集まり来
秋の日や言葉にぎわう神の森
望郷や秋刀魚は青き水平線
晩秋のビオラは更に遅れぎみ

明日の重さを  「吟遊」
月明の風に開いてゆく扉
日本の無月を灯す覗き窓
十六夜に崩れ始めし土の壁
寝待月まだ自惚れている柱
野鼠の天井見たか星月夜
炎帝の床となりたる天の川
三日月の明日の重さを考える
月天心嫉妬の足を洗う猿
人間の屑かもしれず流れ星

三日月の重さ'   「軸」平成15年10月
満月の風に開いてゆく扉
月明に爪磨きおり整体師
指圧師の残暑の指が突き刺さる
鶺鴒や河口に影をふりほどく
列島の肩胛骨に鳥兜
人間の屑かもしれず流れ星
三日月の明日の重さを考える
         島田房生さん追悼
秋蝶は逢いたい人のいる空へ

まいあがる時間  「軸」平成15年9月号
秋空や家の抱えしものあまた
まいあがる家屋の時間いわし雲
崩されし壁の静けさ虫の夜
往き戻る武蔵下総草ひばり
鳥影や目玉案山子に風起こる
ねばりつく残暑火星がちかづいて
日本に迫り来る船稲光
朝顔の軽さ今日だけを考える

あぶないよ   「軸」平成15年8月号
羽ばたくに足りぬ電力夏の雲
草刈りの痒さを水に流し去る
街の灯に沈みたくない黄金虫
'七月の湿度濃くして私小説
箱庭に家族切なく向かい合う
子を毟る気配炎暑の六本木
短夜のジャズ生臭し池袋
雨蛙曰く人間はあぶないよ
,

私小説   「吟遊」19号
花菖蒲いつも隠れている私
あめんぼう毀す力が欠けている
一日を笑えば寂し麦の秋
禁煙が追いかけているサングラス
六月の湿度濃くして私小説
青嵐わからなくなる万国旗
ぷるるんと枠を逃げ出す水羊羹
街角に夢が冷たい夏の月
短夜の背中に迫る銀の爪

麦の秋  「軸」平成15年7月号
あめんぼう毀す力が欠けている
一日を笑えば寂し麦の秋
,花菖蒲いつも隠れている私
'黄菖蒲や太く優しい介護の手
街角の夢が冷たい沙羅の花
夏至の日の塩煎餅を真っ二つ
夏の風園児が転ぶまた転ぶ
犇めいて風の末路の布袋草

木下闇  「軸」平成15年6月号
夏空や高く諫う象の鼻
青嵐天にキリンの瞳がうるむ
好奇心中途に失せし雲母虫
猫の死をすり抜けてゆく木下闇
葛煉の賞味期限を懐かしむ
青葉づく事故車の夜が点滅す
すぐなまる五月の刃遠い雲
泉渾渾気まぐれに盛り上がる

銭洗う   「軸」平成15年5月号
朝寝して皮こんがりとソーセージ
山椒の芽食にこだわる人ばかり
銭洗う子ども恐ろし春の暮れ
紫雲英田や遅れし一人下を向く
ドロー系フェード系忙しい雪柳
ふらここのコンビニ弁当風まかせ
行く春のみやあと振り向く壁の染み
薄暑光女は女装して街へ

花の屑     角川「俳句」平成15年4月号
天平の鐘のおぼろに玄米茶
花冷やイラクに似たる壁の染み
免許更新落花の夢を重ねたる
花筏捨てられたのか捨てたのか
春の夜の薬物の意志消えるまで
花大根男の背すじ鍛えねば
Uターンして陽炎を見失う
瀝青の道を遙かに花の屑

紐       「吟遊」18号
肩紐の危うく見えし朧月
春嵐あなたを繋ぐ紐がない
春雷を束ねる紐が朽ちている
懐かしい未来に絡む赤い紐
煉獄に季節はずれの紐育つ
呪われて紐国境となる決意
国境は火薬庫までの導火線
燐寸擦る罪に怯えて春の闇
華鬘草盛れば頓挫する未来

卒業す   「軸」平成15年4月号
フルーレの一突き甘し春の昼
春嵐あなたを繋ぐ紐がない
春光のピアスを波に潜らせて
腕太き人に抱かれて花蘇芳
夕雲雀雲のほつれを縫い合わす
肩紐の危うく見えし朧月
春の夜の布は素直に畳まれて
燐寸擦る罪を密かに卒業す

羊雲     「軸」平成15年3月号
春光やワックスの床笑い出す
複雑に生きてのどかな大銀杏
春服にしてマネキンの深呼吸
重きもの浚渫させて春の海
春の夜の布から生まれ出る羞恥
風船の好意に遠き羊雲
ころんと春来て一気にアロエジュース
夕闇の蛇行している梅の里
春光やワックスの床笑い出す

こども公園  「軸」平成15年2月号
軸二月号 こども公園
大寒や空でも重い乾電池
左手の秘密となりて冬の蝿
しくじってばかりの地球冬茜
道標の雪におぼれし分かれ道
冬の日や子ども公園ひとりずつ
青木の実おやゆび姫の自我で蹴る
鉛筆の今を転がす大試験
         境土ノ子さん追悼
冬の雲すべて分かっていて笑う

冬座敷   「軸」平成15年1月号
年流るあまたの書物眠らせて
極月の生クリームを絞り出す
匿名の木に覗かれている焚火
一月の木はあたらしい風探す
木枯や固く閉ざしている封書
石蹴って寒林の風目覚めさす
冬苺受けとめている燭の揺れ
冬座敷夢の花野に続いている

月明に   「軸」平成14年12月号
東京のとば口にいてお茶の花
神無月みんな小さくなってゆく
霜月の速さ曇天に雀散る
駅寒しあまたの命詰め込まれ
人参に負けし歯を見す母笑う
咳をしてもひとりと教えくれしは母
月明に醒めたるも夢十二月

秋の雲   「軸」平成14年11月号
高層のすべての秋をガラス越し
見えている街を疑う鰯雲
強がりがいる泣き虫がいる秋の雲
全山蔦紅葉ひつじ雲満腹
薄く削ぐバターナイフに草雲雀
行く秋の紙の炎を懐かしむ
街中がカメラの視線そぞろ寒
透明になりたい蜜柑眠らない

月の底   「軸」平成14年10月号
国家とは月下に荒れし川の面
うねりだす関東平野鳥渡る
猫跳んで俄に朱む月の底
対岸の声滑り来る秋の暮れ
蟋蟀の空に瞬く夜行便
ケータイが切れて虚ろな草雲雀
長針に抜かれぬように秋の午後
葛の花渡れぬ橋が暮れてゆく

白秋夢幻   「軸」平成14年9月号
柳川の舟は揺りかご合歓の花
氷屋も舟の上なり水車
待ちぼうけ晩夏の川の揺蕩うて
競い合うソーラーボート雲の峰
白壁に風の重さの透き通る
ビワの花路地を桟留まがりゆく
炎昼や積まれて太きビール樽
すぐ乾く二人の言葉夏燕
夏座敷ランプのホヤに寂しい眼
夏の果顎より覗くデスマスク
『邪宗門』手に押し黙るサングラス
黒船の加比丹を食む雲母虫
波羅葦僧の空をも覗く蟇
夏の月珍陀の酒の透きとおる
よみがえる邪宗の言葉晩夏光
秋近し柱時計がこつと鳴る

おろおろと   「俳壇」平成14年8月号
デジタルの虚無より零れなめくじり
不揃いの麦に遙かな排気音
藍色の涙を湛え蟇
狡猾な灯に狙われて夜の新樹
遠雷や難民増えているという
晩夏光シャープの芯が出てこない
片蔭に飲み残されしジャスミン茶
老い先を考えすぎて夏の蝶
螢火やこの世のことをおろおろと
蛞蝓自分のことは分からない
開け放つ寂しさ青い風ばかり
北天の龍の在処へ夜の滝

未完の街   「俳句界」平成14年7月号
まっすぐなセロリの仕組み夏の雲
藤棚に続く悔恨湿りだす
ペルソナを薄暑の街に捜す猫
夏空に丘の住人透きとおる
黴匂いだすトランプの魔法陣
虹を背に未完の街のモノレール
空を見る蟇ののんどに古き夢

ニュータウン   「俳句研究」平成14年7月号
靴音が淀む晩夏のニュータウン
夏川に蝋人形の顔がある
蟇傘置き去りにして闇へ
灼熱の記憶を溜めて熱い風呂
ほつれたる父の日記や夏の果て
リルケより手紙が届く夜の秋
夏の月詩人の恋がまた灯る
薄明や橋の向こうに秋の雲

暗黙知   『吟遊』14号
柔らかい自我を浮かべて夏の川
麦の穂の黒くなりゆく暗黙知
油照鼠の車回らない
草刈機ヒバリつぎつぎ刈られゆく
雲雀の子言葉に目覚めれば孤独
遠雷や西の空より鳩の羽
不揃いの麦彗星が攻めてくる
からっぽが嫌いでトマト赤くなる
深更や機械仕掛けの竹夫人

未完の街   「軸」平成14年6月号
星星にグラスを掲げ黒麦酒
おおどかな南風の波動を胸に受く
解き放つキャベツの力み風の朝
夏の風丘の住人透きとおる
まっすぐなセロリの仕組み夏の雲
アンテナが受け止めている夏だより
夏の日やまぶたの裏にある願い
虹を背に未完の街のモノレール

それでも夢を  「俳句四季」平成14年6月号
卒業期握りのゆるい鮨回る
茎立に腹見せて行くモノレール
鳥帰る広場の少女は愛を唄い
イスラエル侵攻と蕨を包む新聞紙
発光性ヴァーチャルポリス春の闇
思春期の蝶また戻るまた進む
霾や死ねと書かれしボンネット
辞任の噂雲雀は雲に操られ
したたかな韮の記憶を切り刻む
春の星戦争と平和は繋がっている
行く春や魚の背後にある淀み
蟾蜍それでも夢を待っている

春の尻尾   「軸」平成14年5月号
行く春の魚の背後にある淀み
鳥帰る広場の少女は愛を唄い
春昼やおつりを悩む販売機
辞任の噂雲雀は雲に操られ
思春期の蝶また戻るまた進む
怪しんで見る右左春の果て
三輪車春の尻尾に追いすがる

革表紙   「俳句四季」平成14年5月号
みちのくの雲のまだらに桜の芽
空の色少しいただく枯木山
啓蟄の時計の螺子をきつく巻く
酸っぱさよ谷に昔の苺あり
初花や主水の口説流れくる
花曇離れのランプ燻りだす
鳥帰る残りし一羽密告者
春潮のかすかな軋み楽しめり

捨てられる   「吟遊」平成14年4月号
クレーンの頷きあっている春野
電源を切る囀がやってくる
虫の目に巨大な土筆威嚇説
初蝶や海の深さに深呼吸
箸袋春になっても捨てられる
チェス盤の珈琲カップ熱くなる
ふらんとの影攫いゆく春疾風
春の街角もの拾う人ゆたか
花虻よ良く働くなあ風が出てきた

春の尻尾   「軸」平成14年4月号
山ざくら牛やわらかくふり返る
初花やいつまで怒っている仁王
嘘ひとつ昨日とちがう雛の瞳
筆無精草餅少し固くなる
月朧自分があるようなないような
春なかばやたら分厚い本ばかり
戒厳令の報せ週末に帰る雁
蝶海へ地球をひとつ提げてゆく

かもめB   「俳句四季」平成14年4月号より
風吹いて誰かが戦っている枯野
枯野道地雷を買えば踏まれない
枯野を耐えてついに水源に至る
湿原の前屈あと五センチが寒い
路上凍結行方不明のかもめB
浴室に乱れる器久女の忌
喉少し太くなりたる寒の明け

革表紙   「軸」平成14年3月号
料峭や掠れてきたる革表紙
ハンガーの肩肘張っている二月
滑り出す言葉の速さ冴返る
春にふたり濃いクリームの渦巻いて
亀鳴くや他人の顔で港町
春の雪他人のことに背が燃える
波の羨望砂丘に春の雪積もる
春寒し人間嫌いの自動ドア

バベルの空   「俳句四季」平成14年3月号
初御空バベルの塔の銀の粉
空っぽの未来を屠蘇で埋めてゆく
千両の空が傾く国税庁
鍵捜すことから仕事始めかな
寒の星クラリネットの初音降る
人日のたましいを待つ濯ぎもの
松とれて鼻腔の奥が太くなる
むささびや窓から忍び込む少女
雲低し今日もおどけている枯木
身動げず氷の楔地に満ちて
木枯やバベルの空へ古タイヤ
西方の海に埋火眠るという

街を出る   「軸」平成14年2月号
素粒子の硬さで冬の雨光る
街を出る男は牡蠣の口曲げて
冬の月濡れた鉄路の湾曲より
いくたびも重たき影を冬の蝶
小賢しい川鵜枯野が長すぎる
豆打の豆喰うばかりネオンの灯
柚子切って鼻腔の闇に灯をともす

浅草ゴジラ  「俳句四季」平成14年2月号
橋の名を順に覚えて都鳥
焼鳥の炎滴る路地抜ける
黙阿弥碑ここだけ寒い風の道
冬安吾金龍山にゴジラ棲む
冬めくやゴジラに編んだ大草鞋
黄落や浅草ゴジラ火を吐けり
仲見世にゴジラの爪が入らない
歳晩や黙っていない花やしき
ぼろぼろにしてぼろぼろになるゴジラ
ふるさとの雪を見ているゴジラの瞳
一枚のゴジラ破かれ除夜の鐘

初烏    「軸」平成14年1月号
冬の嶺列車斜めに暮れ残る
トンネルへ汽車が縮んでゆく時雨
粉雪を纏いこの世を捨てし山毛欅(ブナ)
雪しまき汽笛は谷に沈みゆく
海に出て除夜の汽笛が遠ざかる
ここよりは新玉の闇汽車走る
年明けているしらじらと駅見えて
初烏雪より出でて青き空

食うために   『俳句四季』平成14年1月号
届かない柿のまんだら入り組んで
たおやかな鳶の旋回食うために
足下が脆い柿の実風受けて
葡萄棚脚の短い犬二匹
風吹いて夢の果てまで曼珠沙華
秋天は銀幕ガス灯が語り出す
跳ね上がる小さい靴に小さな秋
萩揺れる小さなマウンテンバイク過ぎ
私から紅葉始めますと櫟
秋空へ未読の句集積み上がる
ど忘れを悩まぬ老婆冬支度
日本曇天沼の出口は崩れ梁

 秋尾敏の俳句 2001年以前 

ホームページに戻る