急ぐなよ
伊豆吟行三句 水源に水の温もり烏瓜 源流のその先を見る冬の鮎 プラタナス眠ったままでいて落葉 秋の婚二句 急ぐなよ葡萄は一粒ずつ青い 幸せの胡桃乾いたころに割る 江戸川散策三句 まっすぐに雲を育てる冬の川 川砂の粗さに乾く鵙の声 渡るべき橋見えており年の暮れ 軸12月号 寡黙の嘴 詩人は猫カシミアの夢に喘いで 詩人は虎オンドルの愛を嘯く 詩人は馬天山を越える嘶き 詩人は鷹寡黙の嘴が天を刺す 詩人は蛇知恵のうろこを軋ませる 詩人は龍おのれの影にほくそえむ 詩人は猿冷めた文末をかきむしる 詩人は犬雪原に嗅覚薄れ 詩人は牛ただ枯草に口ごもる 吟遊29号 かまどうま 幼年の傷を唄って十三夜 裏町のネオンが霧に裏返る 酔いつぶれた葡萄が待っている深夜 中指にささくれ桃がなつかない 亀甲に五角もあって秋黴雨 敗荷の愛を虚構として語る ベテランが芋喰っている門球場 かまどうま袋小路を世界とす 軸11月号 鷹柱 いわし雲だれに呼ばれて集まった その中の何を見ている赤とんぼ 面長の生き方もあり小鳥来る 「半島」十五周年を祝す五句 半島の要となりぬ鷹柱 下総を上総に連ね鳥渡る 渓谷の土潤えり稲雀 椋鳥を十五数えて海を見る かりがねや明日の空にのこすもの 軸10月号 伊豆稲取 生臭き野分のなごり岩哮る 岬の灯沖の野分を忘却す 野分波沖に納めて朝の雲 朝霧の波音白く匂いだす 唇の高さに出会う椿の実 初恋の風に崩れて秋の雲 遠雷やしぼりきれないマヨネーズ 秋元大吉郎氏発起のつくばエクスプレス開通す 天高し筑波を海に引きよせて 軸9月号 いつか必ず -ブルガリアにて- バルカンに火渡りはあり夏の月 天道虫国のどこかに雨が降る 微笑の王よ小袋の土は湿っているか 夏草や都市のリフォーム間に合わぬ 世界バスが揺れる霧の山々に沿って タンポポの夢きっと少しのお金 永遠の夕映えいつか必ず手を組む舞踏 おおバルカン向日葵は月に首伸ばす マロニエの雨に日暮れて実が尖る 吟遊28号 軸8月号 眠らない 真夜中の祭始まるおもちゃ箱 木下闇一重まぶたは眠らない 駆引きはなし薫風の占い師 緑陰へ過去を捨てるという葉書 橋が足りない薫風がひしめいて 七夕を待たずに橋を渡るかな はらからという危うさを夏椿 松戸戸定邸 幕末を細身に生きて五月雨るる 軸7月号 すくいだす 木下闇一重まぶたは眠らない 駆け引きはなし薫風の占師 橋が足りない薫風がひしめいて 切り株の思索万緑は敵か 青嵐自分を追い込んでしまう 索引に漏れたる句あり青葉寒 薄れゆく滝の時間をすくいだす 引き際を楽しんでいる蟇 緑陰へ過去を捨てるという葉書 吟遊27号 糸抜いておぼろの紙を解き放つ ドリブルという啓蟄の敵味方 花冷の花の話が滞る 揚州に帰る人あり花杏 春の月どこにも行かせてもらえない 国籍のかげろうている砂被り 現俳25周年 ア・ラ・カルト 忘却に流れ着くもの鳥曇 川べりに生まれ桜に連なりぬ 軍歌来て芥寄り添う春の川 談合を叱る演説麦青む 桜背に置き合併の道普請 対岸を一気に咲かせ入学す 春潮や島の分断謀られて あの人の春愁となり夜の汽笛 春暑しアヒルの尻が懐かない 神の世が告げられており花吹雪 百円のベルトが硬い花辛夷 危機も快楽も夜桜のア・ラ・カルト 角川「俳句」5月号 放浪の 合併の風がふくらむ雪柳 閘門の落差を急ぐ春の水 春愁が闇の汽笛になっている 神の世を告げるミニバン花の昼 花の冷え生きている手が柔らかい 放浪の女が眠る桜蘂 菜の花の影に来し方うずくまる 鈴木美千代さん追悼 西へ吹く風淋しくて梅の花 軸5月号 敵味方 私には売るものがない苗木市 回天の言葉を怖れ黄砂降る 味方から敵が生まれて雪解川 寝返れば追いかけてくる朧月 春寒し死のある家に灯が点り 鉄打って闇を育てる目借時 春愁の視野から消えてチョモランマ もう少し軽くなったら桜貝 春泥に抜ける指輪の一人旅 吟遊26号 和紙の艶 和紙綴じており朧夜の抜衣紋 糸締めておぼろの紙を従わす 麗日に撓垂れている和紙の艶 料峭の水含ませて糊剥がす 装丁は棟方志功春の雪 味方から敵が生まれて雪解川 抜き打ちとなる春塵のラジオ局 黄砂降るメディアを攻めているメディア 軸4月号 立ち上がらんと 動く水眠る水あり梅の花 スナップの隅に切られて梅薫る 水溜める石の自若や梅の庭 ぽんと開く茶筒に弾む雛用意 ひょうと朝東風モノレールより雫 倒木の立ち上がらんと朧の夜 料峭や硝子の鴛鴦の瞳がくもる 東塔が少し高かり桜の芽 トラピスト 銀翼の降下に光る冬の濤 着陸に雪の静けさ海見えて 恩顔のロビーに立たる雪催い 雪道に雪の戒律修道士 雪の道未だ慣れずと励まさる 風花の海峡にありトラピスト 半日を神父と語る雪つもる 図書館に知恵の静けさ冬灯 軒氷柱シリアの文字に誘わる ラテン語に母音の力冬の夜 聖堂に隣りて夢の雪祭 罪業の火かも雪鬼の踊りかも 玄冬の鳥は鎖に捉えられ 裸木に罪育ちたり咆哮す 倒木や冬日密かに差し掛かる 雪雲の光に変わりたる目覚め 雪晴れのこの暖かき別れの掌 まどろみの風にならんと風花は 東方の理性にすがる雪の蜘蛛 寒の水 飾り窓に年越しており稀覯本 手に掬うべきものあまた寒の水 水仙や月の鏡のまだ暗く 曇天の夜明けが凍る地震の星 風を噛む波のたてがみ冬銀河 海原や寒の北斗のヴィブラート 大寒の重さに曲がる傘の骨 木枯らしの窓に十年後の私 つばさ ホームページに戻る |