秋尾敏の俳句

Translated by Ai Wada, Kiyoko Aoyama, Bin Akio


2013年の作品
2012年の作品 2011年の作品
2010年の作品 2009年の作品
2008年の作品 2007年の作品
2006年の作品 2005の作品
2002〜2004年の作品 2001年以前の作品
 
第4句集『悪の種』 第3句集 「ア・ラ・カルト」
第2句集 「納まらぬ」  第1句集 「私の行方」

世界俳句紀行「地球の季節」


秋尾敏の俳句 2001年以前


沖より秋   『軸』2001年12月号掲載

              沖縄四句
岬からはじまる戦後秋燕

波音や汝れに流星我れに砂
三線(サンシン)を探る小春の薬指
伊江島の黒き城山(タッチュー)沖より秋

 11月の沖縄に行って来ました。
 修学旅行のシーズンですが、今年は行き先を変えた高校が多く、
また一般の観光客も少なくて、静かな沖縄を味わうことができまし
た。

 私は、復帰前の沖縄にも行っているので、摩文仁の岬に木々が
青々と茂っているだけで心が動かされます。戦火に灼かれた戦後
の摩文仁には緑はほとんどありませんでしたから。

 いろいろと物議を醸した沖縄県平和祈念資料館ですが、よくでき
た資料館ではないでしょうか。
 展示物の人形の姿が変えられたということですが、そのことも含
めて、国家とは何かということをいろいろと考えさせられます。

 沖縄に行くと、少しは頭が良くなる、そんな感じです。

 皆さん、沖縄に行きましょう。みんな待ってますよ。

シャンプーの向きがばらばら十二月
枯れ野から赤い自転車逃げてくる
凩や迫り出してくる若い足
新しい眠りの奥の虎落笛


 戦を知らぬ    『俳句四季』誌12月号掲載

ニュース見ながら林檎に刃向けている
囮なのかオサマ・ビン・ラディン
戦いを語れぬ南瓜転がりぬ
報復の朝どこまでも濃霧
踏切を越えて秋蝶逡巡す
秋の日の国民国家対個人
トンネルを抜け十月の闇に入る
星月夜散らばっている憤怒の芽
天の川橋梁に電波滞る
戦を知らぬ夜業の鋏ぎこちなく
橋渡っても水澄む日本であるか
秋燕や飛べるところまでは飛べ


 道細る   『軸』11月号掲載

道細る枯野の黒き筑波より
急げ蟷螂子どもらが攻めてくる
影持って蜜柑は多角形であり
終わってはいない刈田の夜が匂う


  大糸瓜   『軸』10月号掲載

秋空へ水族館を泳ぎ出る
御台場の秋幸せな人ばかり
鉦叩ただ闇の目で聞いている
子規庵に数える椿の実ふたつ
大糸瓜死を受け入れし人の庭
秋の日や子規に銀縁黒メガネ



 逃げぬなり 『軸』9月号掲載

秋の鷺都会の川に紛れ住む
終戦日ゆっくり溶けるチョコレート
商品券買います秋の雲流れ
霧の墓地白い女とすれ違う
秋灯や酒場の一枚板に猫
鬼貫忌河原に笑う石がある
背かれて女は秋の白猫に
逃げぬなり泰山木の蜩は


 背かれて  『俳句四季』誌10月号掲載

空が黒い川が黒い晩夏の首都
秋の鷺都会の川に紛れ住む
残暑かなインドのリズムつかめない
商品券売ります秋の雲流れ
霧の夜の墓地より続くビルの街
あれからずっと君をひとりにして夜霧
背かれて女は秋の白猫に
夜鴉のふところの闇虫が鳴く
霧の墓地白い女とすれ違う
攫われし子どもの墓や霧の風
名付けられ石はちちろを考える
ざわざわと葛深更の雑司ヶ谷


 まだらの午睡

木洩れ日にまだらの午睡溶けてゆく
遠ざかる日本の女半夏生
睡蓮の秘密に紛れ亀の首
水練や神楽のように手を返し
騒擾の雲呼び集め荒御輿
鼓膜回転電動ドリル灼けていて
夏の川囁きはすぐ過去になる
鶺鴒の小さな孤高沖より風


俳句四季9月号 小さな孤高

水追って燕の道に迷い込む
走り来て夏の河原にジャズ放つ
囚われて細波ばかり夏の水
ボサノバの風に押されて夏の鴨
海が近づく夏の愛は手探り
一粒の不安が落ちていく夜釣り
安堵する夜に寝息という記号
夏の川囁きはすぐ過去になる
停車して向日葵畑の黄に染まる


 すぐ醒める

たっぷりと水に抱かれて菱の花
ふたつめの星ゆらゆらと青嵐
すぐ醒めるビールの眠り星動く
海風に猫錆びてくる半夏生
豆ごはん学園都市に空戻る
想い出がべとついてくる今日の梅雨
青嵐座ってもらえないベンチ
網戸から寂しい月を呼んでみる


「俳句四季」8月号 夏の川
炎天を飢えて歩めば渇いた野火
あの空へ桂若葉は届きたい
五月雨や私のような背がひとつ
日曜画家よ紫陽花の葉を忘れるな
廊下が軋む蛞蝓はそのまま
万緑の窓に優しいガムテープ
蛇苺つまめばあいまいな指紋
夏の川人形は過去に旅立つ
ピーマンの輪切りの彼方まで夏野
おとといの苛立ち茗荷の子が乾く
滝の水沈みたいのか浮きたいのか
川は胸の高さに時は青葉を越え


口語で悟る

万緑や沼より生まる陽の滴
沼の水夏の出口を捜しおり
国道に地蔵の孤独夏の雲
竹の葉くるくる散るときに笑う
青葉闇口語で悟るために座す
青嵐銜え煙草はうざったい
右に左にバス傾いて走り梅雨
五月雨や井戸掘る人の影二つ
盤石の生涯水に押されたる
夏草や廃車は向き合って無言
梅雨止みぬ馬が来るまでシャッター待て


風の奥まで

春深し異国の僧の朱の衣
館山の海渡らんと蝶猛る
春眠へ傾いていく防風林
芽吹く街にて逸脱の日々買い戻す
春に棘残し白雲流れゆく
五月来る風の奥まで瞬いて
聖五月烏を使者として放つ
風受けて命を唄う花筏


カリフォルニア
               SF着
遠国の春の早さに産毛立つ
加州燦燦弥生の木陰すでに夏
聞き取れぬ囀り雲の彼方へと
         バークレーを歩く
十階の高さに椰子の風光る
ユーカリの古木よ少年は元気か
越冬の篠懸の実よりダウンタウン
屋根型にマットを積んで春のバン
街角に銃口椿咲き乱る
               SF
婉曲な春風金門橋が硬い
桑港の春の寒さに降りてゆく
春寒し児童販売機ありますか
おぼろ坂つい上を向いてしまうよ
駐車する隙間も異国春の闇
五月花酒家(メイフラワー)姦しボーイの影踊る
            ナパの谷
タルガ疾走紅いときめき異形の木々
オープンカー丘の形に春の風
春の鷲ポルシェ五速となるそのとき
春風やタルガが刺激する頭蓋
春の雲固まり始むナパの谷
          再びバークレーを歩く
教会のてっぺんきらり春の鐘
芽吹く街逸脱の日々買い戻す
春暑し2ドルのLPを抱え
赤ワイン注ぐ花冷えバークレー
日々冴返るカリフォルニア・サンセット
            オークランド
春の夜に路面列車は御法度だろう
春愁やゴドーが現れてしまう
ゴスペルや胸にバーボン沁みていく
暖かし名乗らぬ人と握手して
ナムル食う警邏の指が太すぎる
              SAYONARA
蔦若葉聞き耳音楽院の朝
花の宿新聞の束投げこまる
聞き取れぬ言葉の形春の雲
チャペルが背伸び春の鐘
西海岸SAYONARA今度は二人で来る


「吟遊」十号

雪風巻きガラスの箱で天に行く
鳥除けのか細い悪意冬ざるる
大朱欒ガード下より生まれ出る
ラーメンのカオスに町中が湯気
木枯へ東京ばなな売られゆく
極月の非行に走る高速路
オルゴールごときが新世紀を告げる
冬の雲はひとつ君のうしろに
春光やテレビアンテナの自尊
ものの芽は頭を下に考える
良い夫婦はカメラを持たず芽吹きの森
夢は貝よりぬくもりの家族は朧
春風のとらえどころになまけもの
春はアンパン国民国家にも隙間
菫が咲いているバルカンの放浪を想う


鎌倉吟行  

鳶春の呼子を交わす源氏山
芽吹きの静寂八幡宮の階に
もののふの椿に消ゆる切通し
春の水佐助隧道が好きらしい
鎌倉は抜け道であり藪椿
谷朧すべての道を逃げ道に
分からない道が分かれる春の山
山風に追われ木の芽に励まされ
栗鼠春に目覚めしなやか化粧坂
春の道違えるうちに黄昏れる


少し春 『俳句四季』4月号掲載

嚔して雲の定理を見いだしぬ
冬鴎落ちて真空となる港
東京に原野のちから雪また雪
つぎつぎに中也の雪と空也の雪
凪にいて最初の春風に出会う
鴎にも連れ波音が少し春


東京千年紀
         隅田川
極月の非行に走る高速路
鳥除けのか細い悪意冬ざるる
言うなれば権力または都鳥
山茶花の白いブルース朽ちてゆく
仏みな安山岩にて冬眠す
         電気街
本郷を下れば寒い灯が昇る
電脳が咳く東京千年紀
風水を歪めて乾く磁場の冬
ラーメンの行列寒い電気街
寒波来る街にアジアという国家
         神田明神
冬日受け日本を説く春満
憚りて角田竹冷ふところ手
電飾の明神下に雪が降る
駐車場探し続ける雪女郎
自販機に平次甘酒買うを見る
         神田川
大朱欒ガード下より生まれ出る
冬ざるる万世橋に鳩病んで
神田川残す世紀の冬芥
冬嬉しくるくるコインランドリー
千年の扉を開けて窓秋忌


神代植物園・深大寺吟行 紀元節

少年の芝屑まみれ紀元節
あいまいな春の雲へと筵道
黄水仙愛と興味を踏み分けて
金縷梅が黄色い風をつまんでいる
離れますと自動的に洗浄します春の水
ベコニアの安堵ほんとうの春が来て
虚子草田男なんじゃもんじゃに春眠す
蕎麦に迷う一休庵にする
冴返る笹はいつも笹だから偉い


マテリアル   『読売新聞』2001.2.24夕刊掲載

 木と紙と鉄と春日に溶けはじむ

 のどかなり車掌不在の錫の箱

 銀のレール春月までを遠い風

 朧月鉛の鍵を響かせる

 目刺し監禁のっぺらぼうのステンレス

 芋植えてブリキの暮らし捨てたもう

 都市おぼろわが隠沼(こもりぬ)のマテリアル


千年の扉 

千年の扉を開けて窓秋忌

仏みな安山岩にて冬眠す

格子戸が嘶く冬天なにもなし

白菜の寒さを一枚ずつ剥がす

池涸れており細胞膜痒し

葩(はなびら)という字が好きな冬の鳩

冬陽うれしくるくるコインランドリー

大地凍つ鉄路の響き空にあり


 秩父夜祭 『俳句朝日』三月号掲載

近づけば冬の秩父の街灯り
凍天に裸電球はずみだす
山車出れば秩父の杜の夜が揺らぐ
昂りが路地より寄せて火の祭
花火花火おでんにくもる眼鏡にも
冬の夜の山車曳く人が風となる
山鉾の冬の月へと戻りゆく


雪の弾力   秋 尾  敏

初日影石の階なお固く
杉山の雪の弾力初明り
初明り柚子一つだけ下向きに
初風の翼よ千年の旅へ
ある蛇の冬の眠りを拒みおり
オルゴールごときが新世紀を告げる
冬の雲はひとつ君のうしろに
鴨の尻いつも小さく揺れている


 冬の重さ  「吟遊」9号掲載
新都心とやらにどんぐりを投げる
秋の雲どれが崩れているというの
抽象をやめたい雲に楝の実
霧の中より空笑い 此処はどこだ
すぐしゃがむ十一月の空眩し
君に差し延べようとする手が無い 凍る
湯豆腐の未来が潰されているよ
秒針に冬の重さが少しずつ
日本に会えない鴨の千年紀


 甲斐の山
冬帽子翳せば甲斐の空丸し
小春日や富士見て育つ甲斐の子ら
富士見えて忍野忍草冬盆地
石菖藻揺れるを見せて寒の水
山峡に片側寒き鶉食う
飛行機雲長し鶉の皮堅し
嚔して甲斐の余燼を昂らす
水晶の眼が光り出す冬の夜
水晶に魔有り寒夜を語り出す
寒鴉寂しき人を訝りぬ
渓を抜けもうすぐ未来冬の川


 大洗
烏龍茶飲んでより冬光り出す
犇めいてヨットは海に枯れてゆく

白菜噛めば海ザクザクと揺れてくる
冬青し磯の鳥居の彼方まで

冬の宿より海が眠りゆく
浮標白く揺れて冬日を輝かす


 旧古川庭園
少年微笑めば冬紅葉の薄幸
木蓮の冬芽ぬくぬくと天へ

aの澪bの澪鴨の定理
冬の決断百日紅何もなくなる
万両や雪見灯籠いかにも重い


 鎌倉建長寺道
長寝してはや建長寺冬の雲
冬立ちぬ屈めば茶碗塚とあり
冬黒々金蓮盥嗽盤
革靴の建長寺道冷まじや
枯れ葎時政女代えてより
冬初め峠の茶屋に薪爆ぜる
冬の海茶屋の煙の彼方にあり
大釜に滾る湯うれし神無月
かとも言わず仏風化す九月尽
鎌倉やすべては浸食輪廻の中


蕎麦の花
秋暮れて帰心が眩し対向車
葡萄食み青いリズムを野に残す
蕎麦の花風に誘われても飛べぬ
秋天へのけぞりしまま消防士
白猫の狩の記憶が枯野を行く
行く秋の隘路を左折すれば旅
鴫飛んで雲の分度器を回す


世界俳句協会設立会議
イギリス
漱石の鬱が漂う霧の街
新涼のテームズ鐘の音に満ちる
脊髄を擽るヒースローの秋暑
スロベニア
糸杉が揺れる中世の鐘が鳴る
ラテンの風スラブの風に梨たわわ
ハンググライダー黄色い秋が降りてくる
岩燕明日のことは知らないよ
惜別へ青い蝋燭揺れる秋


千年の幹 角川書店「俳句」8月号掲載句

夏嵐鴉の尻が重くなる
まくなぎやひとつ命となるために
陽の風に蜥蜴は父の背を想う
守宮曰く近頃人の巣は冷える
オイラ蝙蝠日暮ニナルト可笑シクテ
蝦蟇の眼がコンビニの灯を受け入れる
蚰蜒の過剰防衛星一つ
千年の幹を揺らして兜虫

スペイン行
バルセロナ
夏燕時空を超えてバルセロナ
中世より夏風吹けり大聖堂
ガウディーのカーブが涼し石の塔
ガウディーの夢の続きの白い夏
横笛が広場を満たし晩夏光
風やさしブーゲンビレア陽を受けて
カタルニャの炎暑そこにも日本人
馬車を追うTシャツの子やピカソ館
サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)
炎える天へサグラダ・ファミリア登りゆく
闘牛
牛激昂炎暑の槍に抉られて
灼ける牛黄泉へ誘う赤マント
激闘の牛の血潮に西日射す
セビリャ
南へと向かえば夏野乾ききる
秋立つ日セビリャ四十数度の風
秋暑し街ひろやかに塔高し
辺境の町 アルコス・デ・ラ・フロンテラ
短夜や陽光突如背後より
辺境の夜明けは涼し丘の街
蝸牛群れて白く乾きぬ枝の先
涼やかに家鴨歩めり湖の風
白壁の街を遙かに葭の風
秋の雲迅し聖堂の鐘が鳴る
カルモナ
石壁を風曲がり行き夏果てぬ
漆喰の剥落石の街残暑
石の壁石の道どこまでも残暑
帰国
蟋蟀の鍋より覗く帰国の夜
迎え火を焚き日本の水掬う


睡蓮の命 

天井の広さが限度僕の夏
桐若葉 そうだ窓ガラスを拭こう
まくなぎをひとつの命と思って見る
自転車を闇より抜けば夏薊
桑の実を採るボンネット開け放ち
豌豆の竹を頼んでなお自在
睡蓮の命でありし水掬う
蝦蟇の眼を受け入れるため生きていく
指先をつつきに来たる蜥蜴の子
青蜥蜴双手に包み見せにくる
蚕豆を掌に受け野良の昼
夏燕二度羽ばたいてビルの陰
雀の子嘴開けてちかづきぬ
夏の雨箪笥眠ってしまいけり
雲の峰鴉の飛ばぬ街清し


 少年期

 枇杷剥けば果肉に潜む少年期
 利根撃って利根を奔らす夏の雨
 大網やホームの下を夏の川
 夏雀両足ジャンプずれており
 熊谷に楸咲いて蕎麦旨し
  ミソひとつ餃子も足して梅雨の街
 梅雨晴れや鶏卵割れば盛り上がる
 シャツ収め抽斗よりの夏の風


  雲に叫べば

 雲に叫べば麦一斉に曲がり出す
 不規則に雲雀沈んでいく夕べ
 麦の穂の蒼き幻想ランパル逝く
 打てば白球自意識となり青田風
 大利根を行きつ戻りつ夏の蝶
 夏蝶をただ追っており黒い川
 雲雀巣立ち禾放埒に唄い出す
 一日に刈られ麦藁匂い立つ


  墨淡く

 水の過去たどってゆきぬ戻り鴫
 啄木忌電線の影ぎくしゃくと
 垂直に螺子回しおり受難節
 囀の紆余曲折を屋根瓦
 海棠の花より風が無人駅
 苦情同情四月のコード絡んでくる
 猫の子の箱より覗く印刷機
 墨淡く零れ晩春滲みゆく


  蝶飛び立つ

 蝶飛び立つ人間の暗い隙間から
 泣きながら春の迷路を子が走る
 目覚めれば春の豪雨を走っている
 黄昏て花横雲を輝かす
 大利根の波の明滅舞巣立鳥
 それぞれの花弁確かに山桜桃
  追悼西池和巳氏
 武蔵野に花待つ風の過ぎゆけり
 初花の詩人の森に咲くころに


  うかうかと

 うかうかと飲んでしまえり春の闇
 春雷に覗かれている胸の奥
 蛇出でて市街の主となる気配
 自転車に乗れば梅の香の高さ
 春灯に鞄の闇が畏まる
 太ったと微笑む妻の雛祭
 俯いて女雛噂を耐えており
 啓蟄の明日を塞ぐものはなし


  ぬくぬくと

 ぬくと山月記読む自我の冬
 街灯へ小雪ひかりとなってゆく
 寒鯉の疑念水槽心理学
 缶珈琲猫に抱かせて見ておりぬ
 ちぎられて寒しフランスパンの影
 有限の冬ジャズバイオリン急ぐ
 凩へ駅名連呼されてゆく
 月逃れ風花街の灯に沈む


   初 空 を
  初空を竜の子太郎掴まんと
  風に川ふくらんできて初昔
  白壁の寒さ昭和が貼り付いて
  非常口の男駆け抜け寒に入る
  外は木枯杏仁豆腐の夜が更ける

      歳旦三つ物独吟
  千年を眺めて今朝の初筑波
      去年の嵐も泰平の丘
  映画館跳ねれば二人月冴えて

 「三つ物」というのは、発句と脇句と第三句だけで構成された連句をいう。
 江戸の宗匠たちが正月に必ず出した歳旦帳には、この「三つ物」を載せるのが
通例であった。最近は誰もやらなくなったようなので、往時を偲んでみた次第。本
来は三人で作る物であるが、今回は皆一人で作ってしまったので「独吟」なのであ
る。付け方を雑俳風にしたので、蕉風とは言えないものとなった。

 最初の「初空を」は、ちょっとした元旦の挨拶であって、大した句ではない。ただ
「竜の子太郎」という物語にちょっとした思い入れがあって、とりあえず主宰を継い
だ自分に重ねてみただけのことなのである。自分の年齢を考えれば、いささか幼
稚な発想であって、これではせいぜいアダルトチルドレンの脱出劇であろう。
 ところが、暮れに交通事故で小学生のお子さんを亡くされた知人から、予想もし
ないお手紙をいただいた。そこには「作者の意図とは別に、また励ましを得た思い
で味わいました」と書いてあったのである。
 なさけないことに、しばらくはその意味が分からなかった。が、しばらくして、おそ
らくはお亡くなりになったお子さんを竜の子に重ねられたのであろうと気づき、胸が
熱くなった。
 こうなると、この句はもはや私の句ではない。いや、理屈ではなく、とても自分の句
とは感じられなくなった。私は、そんな深い意味で「初空」と言ったわけではないし、
まして、そんな複雑な意味で「掴まんと」と書いたわけではないのだ。
 肉親の死を、そのようにポジティブに受け止めようとされているその方の精神が、
こんな凡庸な句に、おそろしいまでの深さを与えて下さったのである。
 思うに、このようなことは昔から幾度も繰り返されてきたに違いない。俳句とは、作
者ばかりが作るものではないのである。


 道東五十句

 群青の冬が降り立つ朝の湖
 阿寒湖の裸形の目覚め冬紅葉
 息白く立ち昇らせて湖唄う
 糸絡め毬藻は冬を繰り返す
 立ち枯の群れても孤独阿寒道
 猿麻@となって生きよと冬日差す
 呼び合うて湿原の枯山の枯
 枯樹海あの豊饒な雲海まで
 道東に防雪柵の虎落笛
 霜の道トーラサンペの唄揺れる
 岳カンバ左右に冬の釧路川
 九枚笹を熊居笹とも山眠る
 弟子屈に岩盤の音冬浅し
 道道行く冬ざれの野は限りなく
 透明な寒さを鳶が見つめている
 風渡る根釧原野笹眠る
 摩周湖の凍てに抗う碧い波
 湖冴えてハードロックの風起こる
 いつまでも休めとカムイヌプリの冬
 山眠るカムイヌプリの湖抱いて
 摩周湖のたちまち冬の霧となる
 冬めくや釧網本線越え行けば
 美しく枯れよと北の岳カンバ
 噴煙を射抜く冬日や硫黄岳
 枯紅葉昼餉のホッケほくほくと
 短日に北のアンテナ細くなる
 冬の霧胸に沈めて阿寒道
 小清水のトイレを閉ざし冬に入る
 初雪の頑なに次の雪を待つ
 稜線に沿いて落葉松黄に燃ゆる
 落葉松の黄葉の浮力鳶浮かす
 白樺の幹霞みゆく冬の入り
 寄り立ちて万の白樺冬迎う
 冬晴れの藻琴を抜けてオホーツク
 廃屋に昭和の冬が隠れている
 冬鴎胸の深さを行き交いぬ
 鳥群れて鳶の気後れ冬の湖
 獰猛に白鳥首を打ちあいぬ
 道産子の海に嚔をして育つ
 網走に三つ四つ灯り時雨月
 パラボナの内地へ寒気送るべく
 街灯り始めて海は冬隠す
 浜茄子に遅い実一つ枯野かな
 白樺の紅葉を残す天都山
 アンテナのワイヤー凛と寒の空
 短日の街にマッチを灯してみる
 肌寒い写真の列や獄舎の前
 連れ立てば冬の階段温もりぬ
 残像の郵便車行く枯野道
 月凍てて縞梟の夜となりぬ


  「愛危うし」

  贖罪の過去よみがえる花野かな

  野ぶどうのはみ出している垣根角

  月明に蛇行の昼を川匡す

  愛危うし十月の雨道を這う

  秋霖や流しきれないものばかり

  秋深むピアノの蓋を閉じたまま

  中華鍋伏して竈馬を追わんとす

  色鳥に夢盗まれし夢に醒む


 「百人の父」


 藍色の野分の闇の高笑い

 鍵穴が病みだす鵙の苛立ちに

 稲妻に千の眼を剥くピラカンサ

 虫鳴いて皆が弱者になりたがる

 風琴のモン・パリ秋の私鉄駅

 星流る街には風の辻楽師

 立売のキムチは無言月昇る

 百人の父に咲き継ぐムグンフア
                             ※ ムグンフアは、韓国の国花で、木槿のことです。
                               日本では一日で落ちるはかない花と見るのが普通ですが、
                               韓国の人々は、次々に咲き継ぐその生命力を見るのです。


 「水の輪廻」

  海へ海へと水輪廻する大西日

  衰弱の風を曳航夏燕

  蟷螂よ君も生きるか石の街

  落日を秋の淀みに利根運河

  地下道の狭まりやがて天の川

  群雲の螺旋の軸に月笑う

  舞い昇る夢の失踪明けの月

  昨日より狭霧の明日へ橋渡る


 「Standards」

  種蒔くや朝日のように穏やかに

  感傷や風船空に逃げた後

  昔日の二人にお茶を初菫

  つばくらめ煙が目にしみる明けに

  月朧愛と呼ばれるものは何

  [蛇足]
  Softly as in the morning sunrise
  In a sentimental mood
  Tea for two
  Smoke gets in your eyes
  What is this thing called love        


  「風に立つ」

  菜の花の四方を向いて風に立つ

 仕事が変わり、ちょっと月並ですが、新しい関係性の中での自立を目指しての挨拶句です。


  「 BS2 」

   綿棒の和毛に春の音がする (めんぼうの にこげにはるの おとがする)

   駆け昇る非常階段人来鳥   (かけのぼる ひじょうかいだん ひときどり)

   スタジオに木瓜の逆光BS2

   桃咲けば子規の乱声三津港


 「 Mr. J  」

   われこそは J 如月の風に住む

   Mr.J都会暮らしも飽きたれば

   J歩く離散の村の春の月

   枝引けば春ふりほどく月桂樹

   Mr.J未来を知って黙す春


「平成11年元旦詠」

   踞る兎に未来今朝の春


「口語の冬」(平成10年)

 冬? まだあったかいよね君を抱いていても

 落ち葉の自転車カサカサと汗ばむ

 口語の冬だね秋は文語だった

 また落ち葉少し世界を変えようと  


「秋暮れて」(平成10年)

 秋暮れて触れるに惑うドアのノブ

 換気扇からから回る蛇骨の忌

 老眼で覗くディテイル後の月

 行く秋や詩を左手で書いてみる


「幻想会議」 (平成10年)

 中指が霧のネス湖を渡っていく

 いなされてかわされてなお赤蜻蛉

 鈴虫の告発守宮は窓に怯え

 黄金虫罫線あれば書記となる

 窓暮れて幻想会議つづく秋


  「植物の逆襲」 (平成10年)

 昨日よりビルを埋めて風若葉

 アイビーのビルからめ取る暑さかな

 毛根に占領されて都市の梅雨

 ドクダミの逆襲庭も野も街も


  「春は蕪村」 (平成10年)

 春は蕪村猫は夜半に反り返る

 プリンタに狐しのんで春の夜

 歯磨きの呪縛蝕まれたのは知だというのに
           ゼロ
 春の空どこまでも零の悦楽に似て


平成十年年頭句 初空にわがトラウマの気を晒す

 「悲歌行」 (平成9年) 

 鳥渡る五弦のAのディミネンド 

 昇る月君も青い火を背負い

 人捜す風の河原の乾電池

 人類が大地に背く果ての地震

 それなのにティッシュつまんでしまう秋

 枯ばむや三尺の琴爪弾けば

 月蒼天六度のAのフェルマータ


  「蛍」(平成9年)

 蛍よ光の呼吸細くとも

 実在へ蛍は息を整える

 蛍の己れの闇をふりほどく

 存在と非在のあわい青蛍


  「囀りの街」(平成9年)

 囀りの街へと少女眉毛抜く

 ジーンズの由緒正しき花見かな

 バンジョーの響き懐かし仏生会

 花散るや水性塗料泡立てば

 電卓の液晶淡く猫の恋


 「 From MAKUHARI III 」(平成8年)

 初富士やリバーサイドに鼠住む

 初空に鼠跳ねれば風乾く

 埋立地枯れて鼠は振り返る


 「物質都市」(平成6年)

 アンテナの枝折れて落下する私は都市

 ビルに鍵盤接続すれば春の音

 海に建つビルに人影今朝の秋

 海臭い夕凪失語の車両

 駅までは寒冷蕁麻疹の闇

 月冴えて獅子のドグマぞなつかしき


 「 FROM MAKUHARI  II 」(平成6年)

 青い冬街は夜光虫となり

 月冴えて歩道は深海魚の復路

 冬枯れの街金属の椰子は光り

 地下水路冬を亜細亜へ転送する

 猫潜む中央分離帯は枯れ

 コーヒー缶立てる魚座の歩道橋

 星凍る海はインターフェイスである

 震源地示す液晶冬の旅

 ビルの間の海の沸騰冬花火

 木枯の帰宅列車にては無言


  「白い消失」(平成6年)

 犬橇の白い脈動北の道

 橇引けば五匹の影の重なりて

 犬橇の白い消失夕焼けて


 「極東地図」(平成6年)

 秋旱列島ラテンの気を吸えば

 ビル白く海を狭めて秋燃ゆる

 敷島の地殻のイドは大陸へ

 大陸に俯瞰されたる霊祭

 レール打つ音極東地図に霧

 一声の葭切土手に酸性霧

 草生うる田にこそ鷺は寄り添えり


 「風の鳥」(平成5年)

 風切って鳥の暖の放たるる

 風切の暖の記憶北の鳥

 風穿つもの携えて冬の鳥


 「 FROM MAKUHARI 」(平成5年)

 幕張や過去の海風今朝の波

 交易の街の潮騒花水木

 陽炎にコーヒー注ぐ北半球

 霞むビル何を今更中心などと

 忸怩たる平衡感覚タヘネバナラヌ

 石の絵に硬貨弾かれ春嵐


 「瓶世界」(平成5年)

 入口は出口されども瓶世界

 BB弾仕掛けて逃げし夏の瓶

 ニクロム線巻いて切断瓶の夏

 冷夏八月一・五リットルの十円玉をいかに

 黴の香やテレビてふ瓶に閉ざされて

 蟻一つガラスの底の星を這う


 「地球の季節」(平成5年)

  アカロア

 行く秋や虫鳴く果ての桜かな

 子羊や黄色い丘の自己相似

 鹿の目の視線収束排気音

 せせらぎやマオリの森の神の歌

 漁夫一人歩めり湾の落日へ

 突堤や覚束なくも十字星

  クライストチャーチ

 小舟行く少年脚を浸しつつ

 郷愁や水に読む過去流す過去

 追憶の水に幻なぞる街

 聖像はマオリの色に夏の蝶

 聖堂の烏一閃地球は初夏

  マグネティック・アイランド

 海渡るそのとき水は磁力線

 海の息森の息吸う夏の雨

 ユーカリのコアラは脱皮して眠る

 爪切るやコアラの月は三日月に

 黍畑のどこまで海のある限り


 「私の行方」(平成4年)

 幕張や風が重なる歩道橋

 それぞれの私が語る心太

 青嵐そこでだまれば私は消える

 アナログの昔を乞えば蛙かな


 「春の状況」(平成4年)

 桜咲く地球爆撃されし日に

 街を背に鳥の逃走影の逃走

 囀や日本というホームレス

 虚なり冬昔平和といふ神話ありて


 「第三病棟」(平成元年)

 まどろめば金盞花第三病棟無音

 目覚めればけだるき白衣春の椅子

 枇杷ひとつ浮かべて夜のステンレス

 夏の虚の揺れ液晶の天安門


 「時間軸の島」(昭和63年)  作者の言葉

 再会や緑の島に緑生う

 にがうりの畑の底の珊瑚虫

 時間軸捻る摩文仁の雲の嶺

 灰色に烏暴走本土は秋

 貪官となるや九谷の薯藷芋


ホームページに戻る