M66.講義:地表面の熱・水収支、地球温暖化と観測環境

著者:近藤純正
蒸発量や放射冷却、地温・気温の変化など身近な大気現象を理解するために地面付近 の風の吹き方や熱収支・水収支を学ぶ。また、気温や風速、放射量の測定原理を理解 する。長期的な気候資料には、観測所の周辺環境の影響が含まれていることに注意し、 地球温暖化・都市気候変化の解析を行う。(完成:2013年9月14日)

これは首都大学東京において2013年10月5日から行う集中講義(学部:地理環境科学 特殊講義Ⅴ、大学院:地球科学特論Ⅱ)(2単位)の概要である。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法、アイデアなど)の参考・利用に際し ては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。


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更新記録
2013年9月6日:第1~2章の作成
2013年9月8日:第3~5章の作成
2013年9月10日:第6章の作成
2013年9月11日:第7章の作成
2013年9月12日:第8章の作成
2013年10月2日:問題を追加



   目次
          はじめに(時代背景と研究)
          第1章 十和田湖物語
          第2章 海面バルク法物語
          第3章 温度と気圧と風の関係-小説「芙蓉の人」
          第4章 大気境界層の風
          第5章 放射冷却 
          第6章 地上気象観測
          第7章 地球温暖化と都市昇温
          第8章 気象観測所の環境-新しい視点・ヒートアイランドの解析


はじめに(時代背景と研究)

いまから200年ほど前、最初の天気図がドイツのブランデル(1820年)によって作られ た。定期的に天気図が作られるようになったのは、クリミヤ半島の海戦(1854年)で、 フランス軍艦アンリー4世が暴風雨で沈没し、暴風雨の予測の必要性がでてきて、 フランスで作られるようになった(1858年)。日本では1883(明治16)年に天気図が 発行されるようになった。

青空の色の説明をするレーリー散乱(1871)、黒体放射エネルギーのスペクトルを表す プランクの式(1900)が出され、ベナール対流の実験(1900)が行われた。北極海に浮かぶ 氷の流れが風の向きから右へ20°~40°ずれるという観測事実に対し、コリオリの力に よるものだと説明したのはナンセン(1902) であり、海中にできる流速の鉛直分布が スパイラル状に深さとともに変化することを理論的に導出したのはエクマン (1902) である。平板など境界面上の流れに対してプランドルの境界層理論 (1904)が確立され た。

G.I.テイラーは1915年の論文(Eddy motion in the atmosphere)で、夏の北米大陸の 気団が北大西洋の冷たい海上に流出して、下層から順番に冷やされていく変質過程につい て、凧による気温鉛直分布の観測を行い、高度1000mまでの大気境界層内の温度拡散 係数を求めている。 さらに、パリのエッフェル塔の気温データから温度拡散係数が季節によって変わること を見出している(具体的な数値は「大気境界層の科学」(1982)の表2.1~表2.2参照)。

こうして、いまから100年ほど前に、大気境界層研究がはじまっている。

日本では、1872年(明治5年)に函館で、1875年に東京で正式の気象観測がはじまる。 1895年10~12月に富士山頂で野中夫妻が気象観測を行う (第3章 温度と気圧と風の関係―小説「芙蓉の人」)。

それからしばらく経って、1932年7月に富士山頂観測所が設置され、通年観測が始まる。

太平洋戦争が終結し(1945年)、わが国では戦後復興にともない水資源・電力不足と なり、人工降雨・雲物理学研究が、また貯水池として使われていた湖面からの蒸発研究 が始まる(第1章 十和田湖物語)

原子力発電(1956年)が開始、高度経済成長にともない大気汚染が深刻化し、 日本でも大気拡散の研究が盛んになる。

戦後の社会がほぼ安定してきた1959年、社会要請から予報精度の向上を目指すために 気象庁に IBM 計算機が導入された。当時の日本では最高性能の計算機であり、数値予報 のテストが始まる.

予報精度向上の目的からも,1950年代には世界中で大気・地表面 間での運動量とエネルギーの交換量(フラックス)を定量的に評価する研究が始まる. とくに、1950~1980年代は大気境界層研究が盛んに行われ、基本的なことがら が確立した時代である(第4章 大気境界層の風)

気象庁にIBM 計算機が導入されたと同じ1959年、伊勢湾台風の高潮により死者5千人余が 出るという大災害が起きた。さらに、冬期の東シナ海低気圧の発達による首都圏の交通 麻痺や、大型タンカーの海難事件などがあった。

伊勢湾台風を契機として、高潮・高波による沿岸防災の基礎研究を推進すべく、相模湾 の平塚沖に海洋観測塔が建造された(1965)。これは、世界有数の海上気象観測・研究 施設であった。 同年、富士山頂にレーダーが設置された。この時代の社会要請が、 黒潮流域の東シナ海で国際協力研究「気団変質実験 AMTEX」(1974、75)につながる。

約10年間に渡り AMTEX の準備研究が行われたのち、実施された。この国際協力研究は、 わが国の気象学関係者が参加した、はじめての大型プロジェクトであった (第2章 海面バルク法物語)

今日の地球温暖化・気候問題の定量的な議論は1950年代に始まる.
Yamamoto(1955, Sci.Rep.Tohoku Univ.)は大気温度の放射平衡を論じている. 二酸化炭素の増加によって地球の地上気温がいくら上昇するか、具体的な数値を 求めた研究も出るようになった。

その後,温暖化問題について詳細に数値計算し対流圏から成層圏までの温度分布を 示したのがManabe and Strickler(1964, JAS)であり,今日の気候変動の議論に進展して いく. 1990年ころから気候変動と環境悪化が社会的にも問題化し、二酸化炭素など大気濃度の モニタリングと温暖化、気候予測が重要テーマとなる.

地球温暖化がどのように進んでいるか、その評価が行われるようになり、また、 温暖化によって最近の異常気象が多発するようになった、という話題も増えてきた。 地球規模で生じる地球温暖化のほか、都市化による都市の気候変化も顕著に なってきた(第7章 地球温暖化と都市気候;第8章 気象 観測所の環境-新しい視点・ヒートアイランドの解析)


第1章 十和田湖物語

参照:身近な気象の科学(11章、12章)
「M5.十和田湖物語」
「基礎3:地表面の熱収支と気象」

1950年代までの蒸発の研究史
蒸発計という皿(パン蒸発計)に水を入れて、1日間に減る水の量から蒸発量を知る 方法が世界中で用いられてきた。多くの国では現在でも観測が続けられている。 以前には、海洋研究船の船上に設置したパン蒸発計から海洋の蒸発量が、湖面近くに 設置したパン蒸発計から湖面蒸発量が推定されていた。

1930~1940年代の欧米において、地表面近くの大気層(接地境界層)内の風の鉛直分布 は、気温の鉛直勾配が小さい「中立安定度」のとき、高さを対数目盛で表すと直線分布 となる「対数則」が観測から知られていた。

対数則に基づき、蒸発量は2高度の風速と比湿から得られるという、ソーンスウエイト ・ホルツマンの式(Thornthwait & Holzman, 1939, Mon. Weather Rev.)があった (注1)。大気安定度が中立でない場合も含めて、乱流輸送理論に基づく方法は 一般に「空気力学的方法」という。


注1:ソーンスウエイト・ホルツマンの式
ρを空気密度、2つの高度 z1と z2における風速と比湿を それぞれ U1, q1 および U2, q2 としたとき、蒸発速度 E は次式で与えられる、ただし風速と比湿の高度分布が対数則 に従うときである(導出は「水環境の気象学」の5.3節の式5.33を参照)。

E /ρ=k×(U2-U1)×( q2-q1)/ ln[z2/z1]

ただしk=0.4 はカルマン定数である。

この式は、風速・気温・湿度の鉛直分布がいわゆる「対数則」である場合に適用 できる。通常、2高度の風速差と比湿差は小さいので、それらを正確に測る 必要がある。



十和田湖で蒸発量の観測をしているとき(1958年)、冬の寒波がきて湖面上の大気が 不安定状態になったときに,ソーンスウエイト・ホルツマンの式を適用すると湖面 蒸発は非常に小さくなり,直感的におかしいと思った.

なぜなら,湖水温度は気温より高く,湖面から湯気が立ち上るかのような状態なのに 蒸発が小さ過ぎると思ったからである.大気の安定度を考慮しなければならなく なった.

このことから、Yamamoto(1959, JMSJ)はキープス式を導出することになる(注2). いっぽうKondo(1962, Sci.Rep.Tohoku Univ.)は,キープス式が正しいかどうか, またその式に含まれる係数を決める必要から,自衛隊の飛行場で境界層の観測を行う ことになる.


注2:キープス式
旧ソビエトのモニンとオブコフは,1954年頃,理想化された境界層の最下部として 定常で水平方向に一様な大気層を考えて,相似則を提案した.相似則によれば, 風速の鉛直勾配は長さのスケールの関数で表される.この関数「シアー関数」の 内挿式をきめるキープス(KEYPS)式が5名の研究者によってほぼ同じ時代 (1956~1962年)に独立して導出された.Y は大気放射学の第一人者であった山本義一 のイニシャルを表している.K: Kazansky and Monin(1956, Akad.Nauk.SSSR, Izvestia, Sel.Geofiz., 1), E: Ellison(1957, J.Fluid.Mech., 2), Y: Yamamoto(1959, J.Met.Soc.Japan, 37), P: Panofsky(1961, QJMS, 87), S: Sellers(1962, JAS, 19)である。



キープス式を確かめ、修正シアー関数・分布関数をもとめるには、気温・湿度・風速 の鉛直分布を微風時から強風時まで正確に測らねばならぬ.温度計に及ぼす放射の 影響や,水蒸気量を測る細い乾湿計センサーについて乾湿計定数の風速とセンサー寸法 との関係について理論的および実験的な研究を行った. また微風でも動く風速計も作った. 当時は精密加工する町工場があった.ホト・トランジスターが出始めた時代であり, 光のオン・オフで回転数を測る回路を手製した.

温度計に及ぼす放射の影響を小さくするためにセンサーは可能な限り細くしたい. 東北大学の金属材料研究所で,熱電対用のコンスタンタン線を伸ばしてもらい極細線を 作ってもらった. 温度計に及ぼす放射の影響は理論的に求めた.院生時代に検討したこれらの結果は, 後年になって「大気境界層の科学」(1982)に掲載することになる.

観測の結果,キープス式は安定度が強いときには適用できないことがわかった. 風速の時間的な不規則な変動「乱流」が時々途絶える間欠乱流の状態となり,定常で 乱流状態を想定したモニン・オブコフの相似則は適用できないことがわかった (Kondo et al., 1978, JAS).

間欠乱流は,放射冷却が強い晴天夜間に現れやすく,大気放射による熱伝達 の効果が相対的に大きくなる.この超安定状態における流れを「層流」「乱流」と区別 して,間欠乱流を含む「静流」状態と名付けた.乱流によって鉛直方向に運ばれる熱や 水蒸気などの輸送量「乱流フラックス」は,高度により変化し,近似的に一定と見なさ れる「接地層(コンスタントフラックス・レイヤー)」 (通常は0~30m高度)は高度数m以下の範囲となる.


話を戻して,キープス式から得られる分布関数を修正して湖面蒸発を求めればよい のだが,現実問題として4高度で風速,気温,湿度を長期間にわたり正確に観測 することは難しい.そこで開発したのが「バルク法」である.安定度を考慮した バルク法では,水面上の1高度における風速・気温・湿度,及び水温を測れば各種 輸送量「乱流フラックス」が得られる.

御門石観測塔の結氷
図1 十和田湖中央の岩礁「御門石」の観測塔に波しぶきが氷結、北側から撮影。
観測塔に波しぶきが氷結、4高度で測る「傾度法」の適用が不可能となり、バルク法の 開発へとつながることになる。「身近な気象」の図5.8に同じ。

なお、「バルク法」や「傾度法」は「空気力学的方法」の一つであり、蒸発量や顕熱 輸送量は風速に比例する。したがって、風速の観測誤差が蒸発量や顕熱輸送量に そのまま反映される。


注3:顕熱
熱の伝わり方には3種あり、(1)伝導熱:熱せられた物体に手を触れれば熱くなる のは、直接触れることで熱が伝わってくるからである。伝導は分子運動による。 (2)放射熱:太陽光が真空中を通って地球にくるような伝わり方。大気中の水蒸気 などが出す赤外線(熱放射)は波長が長くて目に見えないが、これも放射熱である。 (3)対流熱:たとえばストーブが部屋にある場合、空気は暖められて軽くなり上昇し 部屋を循環する。つまり空気塊自身が動くことで熱が伝わる。これを顕熱輸送という。 乱流運動による熱輸送も対流の一種である。顕熱(あらわれる)は潜熱(ひそむ)に 対する意味からつくられた用語である。



十和田湖では当初、湖岸で観測していたが、湖岸の風速は湖のほぼ中心にある岩礁 「御門石」における風速の1/2であるので、最終的には「御門石」で観測した。 しかし、目的は湖面全体からの蒸発量を評価することであるので、観光客の少ない 季節に、船を縦横に走らせ湖面全域の風速分布を測り、御門石で得た蒸発量を補正する 作業もあった。

平均水深80mの十和田湖では、蒸発量は秋~冬に多く、春~夏に少ないという従来 の常識と異なる結果を得た。これは、十和田湖の水深が深く、気温に比べて水温が 秋~冬に高く、春~夏に低くなることがおもな理由だと考えた。

このことを確かめるために、今度は平均水深が20mの野尻湖で観測してみること にした。

「空気力学的方法」「バルク法」では風速観測の誤差が蒸発量の結果に敏感に 反映される。野尻湖では、風速にあまり敏感でない「熱収支法」(注4)も用いること にした。

野尻湖での蒸発量の観測の結果、水深の蒸発量に及ぼす影響が理解できた。さらに、 湖面の熱収支式と水中の光・熱輸送の式を用いた数値計算によって、日本全国の 湖面蒸発を知ることができた。



注4:熱収支法、水収支法、大気水収支法
長時間の平均蒸発量を求めるのに「熱収支法」がある。これは地表面(水面、陸面) に出入りする熱の収支を測り、熱収支式の残差量を蒸発に要したエネルギー「潜熱」 として蒸発量を知る方法である。地表面の熱収支式において、地表面下に出入りする 熱エネルギーは地中温度または水温の時間変化から知ることができる。海流がある 場合には普通には利用できない。

空気力学的方法と熱収支法の両方の「組み合わせ法」もある。あらかじめ求められた 実験式を用いれば、地表面温度は正確に測らなくてもよく、例えばペンマンの方法 がある(Penman, 1948, Proc.Roy. Soc.Lond.; 1956, Neth.J.Agric.Sci.)。

広い流域で用いられる「水収支法」は、降水量と河川による流出量を観測し、 水収支式の残差とし流域の蒸発散量を求めるものである。ただし地中水分の貯留量 の時間変化を知ることは難しいので、貯留量が小さい期間、例えば冬から翌年の冬までの 1年間の流域平均の蒸発散量を知る場合に利用できる。

大気中において、数100kmの空間スケール内に出入りする水蒸気量をラジオゾンデ 観測から求め、水分収支の残差量から蒸発量を知る「大気水収支法」がある。 北米大陸の年間蒸発散量を求めた例(Benton and Estoque, 1954, J.Met.)や 冬の日本海の蒸発量を求めた例(Manabe, 1957; 1958, JMSJ)がある。

問題1: 湖からの年蒸発量の緯度分布の図、または気温依存性の図(「研究の 指針」の「基礎3:地表面の熱収支と気象」の 図3.2、または付図3.1)を利用して、日本の代表4~6地点について、年間の流出量 を推定せよ。ただし、年流出量は次式で表される。

年流出量(利用可能な水資源量)=年降水量-年蒸発量





第2章 海面バルク法物語

参照: 身近な気象の科学(2章、12章)
「M16.海面バルク法物語」


1960年代は現在のように、数値天気予報の精度は高くはなかった。冬の東シナ海の 台湾近くで発生した低気圧が本州南岸に沿って進むとき、 急速に発達し、首都圏に 大雪を降らせ交通麻痺を起こした。さらに東方海上では台風並に発達し、漁船の遭難 や大型船の大破という事件もあった。海洋から大気へ供給される熱と水蒸気量を 考慮しなければ、数値予報もよくできないので、この方面の研究を推進すべきという 機運が高まってきた。こうした状況は北米のメキシコ湾流域でも同じであった。

大気安定度を考慮したバルク法は十和田湖の蒸発量を求める目的で開発したものだが、 1974・75年の国際協力研究「気団変質実験 AMTEX 」では高精度のバルク法が 必要となった。特別の観測船がほとんど配置されていない海洋上では、一般商船や 漁船から3時間ごとに通報されてくる海上気象データを利用するバルク法によって 評価せざるを得ない。

海面についての研究は1940年代から行われていた。しかし、1960年ころまでに 知られていたバルク係数は、ごく大まかであり、研究者によって数倍の開きがあった。 バルク係数とは、バルク法によって乱流輸送量を求める際に用いる比例係数のことであ る。

当時は、大気・海洋表層の構造についての知識が十分でなかった。 おもに海面摩擦に関する粗度z0(運動量輸送に対するバルク係数 CM) が知られており、それと顕熱や潜熱輸送(蒸発量に相当) に対するバルク係数との 区別は明確ではなく、多くの場合、同じバルク係数を用いて運動量、顕熱・潜熱輸送量 が計算されていた。

数々の基礎研究の結果、大気安定度を考慮したバルク法が完成し(Kondo 1975, Boundary-Layer Met.)、東シナ海の日々の広域海面熱収支分布を知ることができた。 さらに、AMTEX 終了後も、多くの追加確認研究から、このバルク法は十分な精度を もち、 他の海域や湖面へ利用できることがわかった。


カルマン定数にまつわるエピソード
地表面と大気間の運動量,顕熱・潜熱の交換量を求める方法として,空気力学的方法 (傾度法,バルク法)がある.この方法で必要なカルマン定数として0.4が用いられて きた.

1968年のカンザス観測(大気境界層についての総合的・基礎的観測)において, ブシンガーら(Businger et al. 1971:JAS)が カルマン定数は 0.35を出し,これが世界標準だという雰囲気の時代があった. 私が従来の0.4を使った論文をアメリカ誌に投稿すると,書き直しをすべきと指摘 するレフリーがいたほどである.ブシンガーらが観測に用いた観測塔の写真を見ると, カルマン定数を求める際に用いた測器「超音波風速計」の近くに大きな箱の障害物が あり,彼らの0.35は信用できないとして,私は論文の書き直しを拒否した (数年後にブシンガーらの0.35は0.41に修正される).

こうした世界の雰囲気を打ち払うべく,正確なカルマン定数を求める野外観測を延べ 4年間行い,カルマン定数=0.39,乱流自体の特性からその幅は±0.02であることを 発表した(Kondo & Sato, 1982:JMSJ).超音波風速計ごとに違う方向特性や, 微風速計の時定数などから生じる誤差も補正した精密観測であった.それ以後, 0.35の主張は消え去ってしまった.

この時代、1960~1980年は世界中で大気境界層の研究が盛んに行われた時代である。 前述したように、数値天気予報の実用化が開始・発展した時代である。



平塚沖観測塔
図2 相模湾の平塚沖1kmに1965年9月に建造された海洋観測塔、 高さは水面上25m、水深は20m。ここから陸上施設まで海底ケーブル が埋設されている。建造費は1億1千万円である。この観測塔を使って多くの 基礎的な研究を行うことができた。 「身近な気象」の「5.十和田湖物語」の図5.17に同じ.

大気安定度を考慮に入れた「バルク法」によって東シナ海の熱収支量の時間・空間分布 がわかった。熱収支分布図によると、大陸から寒波か来たときは、海面から最大 1,200W/m2、 平均1,000W/m2 の顕熱と蒸発の潜熱が大気へ 向けて放出されている。1,000W/m2 は地球の表面が吸収する日射量の 世界平均値(150W/m2)の約7倍に相当する。 この意味で、黒潮の流れる 海域は、世界でもっとも急激な気団変質が行なわれている所である。

この莫大なエネルギーの源はどこか?
大きな熱エネルギーが黒潮の流れ、海中の様々な渦によって 沖縄周辺の海域内 (東シナ海)へ運ばれている。

その大きさを熱収支の方法によって計算してみると、2×1014 W で ある。ちなみに、25°N付近の北半球全体の南から北方向へ運ばれる海洋熱輸送量の 年平均値は 2×1015W である。 世界の海洋の全面積に比べれば小さい東シナ海へ、この莫大な エネルギーが運ばれていることになる。

その源となる場所は、フィリッピン東方から低緯度の海面である。 低緯度の海面では 放出するエネルギーよりも太陽から受けるエネルギーが大きく、その余分の エネルギーが海洋の流れによって中・高緯度へ運ばれてくる。それが黒潮海域で 大気へ放出されている。こうした過程が定量的にわかったのである。

問題2: バルク式 (「基礎3:地表面の熱収支と気象」の式(3.7)、 (3.8))を用いて、水面における潜熱輸送量 (単位:J s-1m-2=W m-2)と、蒸発量 (単位:kg d-1m-2=mm d-1)を計算せよ。 ただし、条件として風速=10m/s、水温=気温=20℃、相対湿度=50%とする。

参考:バルク係数は 「M16. 海面バルク法物語」の図16.8に掲載されている。

また、20℃のときの値は次の通りである。
飽和水蒸気量:asat=0.0173 kg/m3
飽和比湿:qsat=0.0145 kg kg-1
空気の体積熱容量:cpρ=1.21×103 J K-1m-3
水の気化の潜熱:ι=2.45×106J kg-1




第3章 温度と気圧と風の関係―小説「芙蓉の人」

参照:身近な気象の科学(3章、4章)
「4. 富士山頂の冬の気圧―小説“芙蓉の人”」
「M10.入門1:境界層と風」
「M13.境界層の風、Q&A」
「基礎1:地表近くの風」


ある高さの気圧とは、それより上にある空気の重さのことである。

静岡における地上気圧を冬と夏について比較してみると、 2月は1015hPa(ヘクトパス カル)、8月は1010hPaで、冬のほうが 5hPa高い。冬の地上気圧が高い傾向は、日本 じゅう同じである。

ところが、富士山頂(気圧計の設置高度=3773m)では逆となり、 2月は627hPa、8月は648hPaで、夏の気圧が21hPaも高い

この章では、温度と気圧と風速の関係を学ぶ前に、新田次郎(本名:藤原寛人、 1912-1980)の小説「芙蓉の人」(文春文庫、112-6、1975)からの抜粋を読んで みよう。

「芙蓉の人」から2つのことを学びたい。
天気予報が当たるようにするためには上空の気象がわかる富士山頂で気象観測をしなけ ればならないという熱意に燃え、国の行う事業に先立ち自らそれを実行した 野中到・千代子夫妻に敬意を表したい。

厳冬期の気象観測ははじめてのことであり、予期せぬ事態に遭遇し、 気圧の観測、風速の観測ができなくなってしまったが、野中夫妻のような先人たちが 科学を発展させてきたし、今日の社会をつくってきた。

関係する主な年表は次の通りである。
1872(明治5)年 函館に気象観測所開設
1875(明治8)年 東京に気象観測所開設
1883年2月 日本で天気図の発行
1894~95年 日清戦争
1895年10月~12月 野中 到・千代子: 富士山頂で冬期気象観測
1896年9月 落合直文著「高嶺の雪」(野中夫妻の富士山頂冬期滞在記録)出版

1904~05年 日露戦争
1925年 日本でラジオによる天気予報開始
1948年 橋本栄吉著「富士山頂」(野中夫妻がモデル)出版
1950年 新田次郎は岡田武松から、野中到が「高嶺の雪」も「富士山頂」も気に召していないこと を聞く。

1953年 日本でテレビによる天気予報開始
1959年 気象庁に電子計算機が設置され、数値予報テスト開始
1965年-1999年 富士山頂剣ケ峰にレーダー設置
1971年 新田次郎著「芙蓉の人」出版


「芙蓉の人」から、もうひとつ学ぶべきことがある。
冬は夏に比べて地上の気圧が高くても、冬の富士山頂では気圧が低くなることは、 観測の計画書ができていれば、予想できたことである。フランスで学んできた 中央気象台技師・和田雄治(当時の観測関係の責任者)は気圧と温度の関係を式の上 では知りながら、その真の意味を理解していなかったのではなかろうか?

一般に、私たちは実験・観測を行なう際、観測準備として器械の準備と並行して、 どういう結果が得られるかの見積もりができた「実験・観測計画書」を作成しなければ ならない。 計画書と異なる結果が観測されれば、新発見につながるし、自然の素晴ら しさに気づくからである。 その意味で、器械があるからといって直ちに観測に 出かけるようではいけない。

気圧と高さの関係は「測高公式」で表される。簡単化のために気温 T が一定の場合、 高度 z の気圧 p は地上気圧を p0 とすれば、次式で表される。

 p=p0×exp(-gz/RT)

g(=9.8m/s2)は重力加速度、R(=287 m2s-2K-1) は乾燥空気の気体定数である。

気温 T(絶対温度) が低ければ、気圧は高度とともに急激に低くなることは、式からわかる。 物理的に考えると、地上気圧が同じ高温地点(東京)と低温地点(札幌)を比べると、 低温の札幌側では空気は縮んでいるので地表面近くに多くの空気が存在し、上空の 気圧は東京に比べて低くなる。

実験・観測計画書(文章化されていてもいなくても可)では、予想される結果は 概算値でよいので、計画書を作る習慣を身につけておきたい。

「芙蓉の人」の作者・新田次郎は富士山レーダーの建設当時の気象庁職員であった。 1999年に役目を終えた富士山レーダーは解体され、ふもとの山梨県富士吉田市に譲渡 された。復元されたレーダーとそれを覆うドームは2004年4月から「道の駅」 の敷地内に体験学習施設としてオープンされている。

復元富士山レーダードーム
図3 富士吉田市立富士山レーダードーム館(オープン前の工事中に撮影)。
新田次郎コーナーには、富士山レーダー建設当時の気象庁職員であった新田次郎の ゆかりの品や著書が展示されている。「身近な気象」の 「4.富士山頂の冬の気圧ー小説「芙蓉の人」ーの図4.3に同じ。

話をもとにもどそう。 南北に温度勾配があるとき、地上気圧が同じであっても、低温側(札幌)の気圧は 上空ほど低圧となり、等圧面は北が低い形となる。摩擦のない上空の風は、高さと ともに西風が強くなる。高度10km付近にできるジェット気流は気温の水平分布が 北ほど低温なことからできている。

気温と気圧と風速は密接な関係があり、それらの2つがわかれば他の1つがわかる ことになる。

地上付近では、摩擦の作用が加わるために風速と高さの関係は複雑になる。詳細は 次章で学ぶことにしよう。地面摩擦が影響する高度範囲を「大気境界層」 (概略、500~1000m)と呼ぶ。大気境界層内では気温、湿度、風速などが日変化する。




第4章 大気境界層の風

参照:身近な気象の科学(6章、14章、15章)
  地表面に近い大気の科学(3章)
「M56.境界層の風(安定度、粗度、温度風)」
「基礎1:地表近くの風」


1983年4月27日の正午ころのことであった。東北地方で同時多発の山火事が発生し、 大規模化した。テレビは特別番組に切り替えられ、長時間にわたり全国に放映された。 この山火事による消失した林野面積は全国で1年間の林野火災の総面積にほほ匹敵した。

この日は西からの深い気圧の谷が接近し気圧の傾きが大きくなる状態であったが、 地上は放射冷却により前夜から朝方にかけて微風であった。しかし27日正午頃、 不意打ちの突風に見舞われ、たき火が火事となり、火事が拡大化してしまった。

当時は、前夜または当日朝に突風状強風についての予報を出すことができなかった。 林野作業中の人たちが使っていた火が原因であり訴えられたが、起訴猶予となった。 しかし、今後同様のこと(予報の遅れも含む)は許されない。

この章では、当日の火災の実況写真と気象状況を知り、大気境界層内の風について 学ぶ。

久慈の航空写真
図4 大規模林野火災被災地(アジア航測提供、身近な気象の科学口絵4)。
岩手県久慈市長内町山林で発生した火災被災地を久慈市南部上空より撮影。左上方が 久慈市街域。火災は12時5分ころ写真の左端の少し左方で発生、15時すぎ強風で約 550m東方へ飛び火したのち、次々に谷を飛び越え小袖海岸まで約4kmの距離を約 2時間で延焼した。延焼速度の平均は時速2km、最大は6kmで、入り込んだ山中 では人間は逃げられない早さであった。

地上風を決めるパラメータ
定常状態の北半球を想定すると,地上風速は気圧の傾きの大きさ(気圧傾度)で 決まり,等圧線が平行なとき地衡風,曲率を持てば傾度風となる. 傾度風は曲率が高気圧性のとき地衡風より強く,低気圧性のときは弱くなる.また 地形によって大きな影響を受ける.

地上付近では,地表面の細かな起伏「空気力学的粗度(略して粗度)」に依存する. 粗度は目で見た幾何学的な粗度の1/10~1/100が目安であり,粗度物体の間隔が非常 に粗な時(田んぼに電柱1本)の影響はほとんどなく,逆に,同じ高さの粗度物体 が極端に密な分布でも,風はその上端面が地表面であるかのように吹き,見掛けの 地表面が粗度物体の上端付近にずれることになる.

見かけ上の地上高度を補正する量を 「ゼロ面変位」という.摩擦に及ぼす粗度の影響がもっとも効果的なのは, 粗度物体の間隔がそれら中間のとき(粗度物体の並び方が密でもなく疎でも ない)適当に並んでいるときである.

大気の安定度と風速の強弱、乱流の強さは密接な関係にある。晴天の陸面上では 気温の鉛直分布が日変化し,夜間は安定,日中は不安定になる.

地上の風速と変動成分(乱流)は夜間に弱く,日中に強くなる.一般風(気圧の傾き) が弱い晴天日の安定度は、強安定から強不安定まで日変化する.一般風が強く曇天日 (日射・大気放射の日変化が小さい日)には,下層大気の安定度は中立に近く, 弱安定から弱不安定の範囲で日変化する.

大気の安定度が安定時と不安定時の風速鉛直分布は大きく異なる.一般に大気境界層 は安定時に薄く,不安定時に厚くなる.不安定時に鉛直混合が盛んになったとき 「混合層」と呼ぶ.混合層内では風速・温位・比湿などが鉛直方向に一様化される.

地表面に近い層では,陸面上を想定すれば,風速は日中強く,夜間は弱くなる。また、 風速変動(乱流の3方向成分)も激しくなる.逆に、境界層の上部層内での風速は 日中弱く,夜間は強くなる.この夜間に強くなる風を「夜間ジェット」と呼ぶことが ある.極端な場合,夜間ジェットが高度20m付近に現れることもある。

海上では,海面水温の日変化幅は概略1℃以下なので,安定度の日変化は小さい. 海上の安定度は,大気が寒気か暖気か,水温気温差によって決まる.

水平方向の気温勾配がある場合,気圧の傾きは高度とともに変化し,地衡風 (または傾度風)の風向・風速は高度とともに変化する.これを温度風という. 例えば水平方向にみたとき北が低温,南が高温の場合,地衡風は高度とともに西風 成分が増加する.

非定常な条件の特殊な例として,慣性振動は中緯度の緯度30°付近で約24時間の周期を もつ。現実的には,大気安定度の日変化と重なって,十日間以上の統計を行えば観測 から見つけられる場合がある.

問題4: 上空の風速=20m/s のとき、地表面の粗度 z0=0.1m の 高度 z=2m における平均風速と最大瞬間風速を推定せよ。最大瞬間風速として、確率的に もっとも起きそうな値(γ=3を仮定)と起こりうるかも知れない最大値(γ=5を 仮定)を推定する。

参考:「研究の指針」の「基礎1:地表近くの風」 の図1.4と図1.9、及び式(3-1)、式(4)、式(5)または式(6)を利用する。




第5章 放射冷却

参照:身近な気象の科学(5章)
地表面に近い大気の科学(4.2節)
水環境の気象学(6.5節)
「2.放射冷却と盆地冷却」
「8.都市化と放射冷却」
「M12.入門3:熱の流れと現象」
「M55.放射冷却」


1945年に本州一の最低気温(-35.0℃)を記録した岩手県藪川を探訪し、また理想的 な盆地である吾妻小富士(火山噴火口)における観測を通じて、放射冷却についての 普遍的な関係が導き出された。

微風晴天夜の放射冷却の大きさは4つの要素によって決まり、さらに盆地では2つの 要素が加わり冷却を大きくする。

日没が近づくころ,日射量よりも地表面から失う放射量(=長波放射量:赤外放射量, あるいは熱放射量ともいう)が大きいので,地表面温度は下がる.冷気が流れてきても, 地表面で蒸発があっても,地表面温度は下がる.これら要因のうち,微風の晴天夜には 長波放射の役割が他に比べて大きく,“放射冷却で温度が下がった“という.

放射冷却は気温や地温の上昇・下降のうちで,もっとも単純な原理に基づく現象で あり,諸現象を理解する際の基礎となる.なお,夜間の地表面温度は地上気温よりも, 通常,1~3℃低温となる.

放射冷却を決める4要素
放射冷却による地表面温度の下降量は,「正味放射量」に比例し,また地表面 (積雪があるときは 積雪面) の「熱容量」と「熱伝導率」の積に 大きく依存する.さらに,ひと晩の冷却量は「放射最大可能冷却量」を超え ない.

(1)正味放射量は地表面が大気に失う長波放射量と,大気から地表面に入る 大気放射量の差のことである. 晴天夜間には,地表面が正味失う場合を正で表せば, 60~100Wm-2程度である.正味放射量は大気が乾燥していれば大きく, 湿っていれば小さくなる.薄曇りでは50 Wm-2 前後,下層雲では20 Wm -2前後である.

(2)地表層の熱容量は正確には体積熱容量(=比熱×密度)のことで, 1mの物質を1℃加熱するのに必要な,あるいは冷却するとき放出する 熱量である.したがって,熱容量が小さい土壌ほど冷却速度は大きい.

(3)地表層の熱伝導率は1mの厚さの板の両面に1℃の温度差があるとき, その板の面積1mを通して1秒間に流れる熱量で表す.それゆえ, 熱伝導率が小さい乾燥した土壌や積雪,特に新雪日は下層からの伝導熱が少なく, 地表面(積雪面)の冷却速度は大きくなる.

次に,熱容量と熱伝導率の両効果について考える.冷却が始まると同時に地表面直下 には温度勾配ができて地中から地表面へ伝導によって熱が伝わるようになり, 地表面の冷却を弱めるように働く.日没の少し前を冷却開始の時刻とすれば, その時刻からある時間が経過するまでに地表面が放射によって正味失った熱量は, 薄い地表層に含まれていた熱量(土壌が失った熱量)に等しい.この熱量は地表面の 冷却量と冷却が及んだ深さの積に比例する.

冷却が進むほど冷却の及ぶ深さも厚くなるので,冷却速度は夕方からの時間とともに 小さくなっていく.

熱容量と熱伝導率の積が小さい乾燥土壌や新雪日は冷却量が大きいことになる.

(4)放射最大可能冷却量は冷却量の限界値である.普通,夜間の長さは 10時間前後だが,仮に夜間が十分に長く続いたとして,地中からの熱伝導が無視できる 放射平衡(正味放射量がゼロ)の状態になるまでの温度下降量を放射最大可能冷却量 と呼ぶ.

快晴日の放射最大可能冷却量は,水蒸気量が少ない極寒の条件で30℃程度, 水蒸気の多い熱帯の条件で10℃程度,日本の秋~春では概略20℃前後である.

微風夜の実際の冷却量は,夜間の長さが10時間程度では,積雪量が概略0.5m以上の 新雪時は放射最大可能冷却量の90~100%,古い積雪や乾燥した土壌で50~70%, 湿った土壌で20~40%が目安である.

盆地の冷却を大きくする2要素
盆地では斜面で発生した冷気が盆地内に堆積し,いわゆる「冷気湖」が形成される. その結果, 下向きの大気放射量が小さくなることにより,冷却量は平地よりも 2~4℃ほど大きくなる. この余剰の冷却量を決める要素として,「盆地の深さ」 と「盆地の形状」がある.

多くの盆地で観測してみると,冷気湖の厚さは盆地の深さにほぼ比例している. 深さ100mの盆地では約100mの厚さ,1000mの盆地では約1000mの厚さの冷気湖が形成 される.冷気湖が厚いほど,盆地の底では下向きの大気放射量が少なく (正味放射量が大きく)なるので,深い盆地ほど放射冷却量は大きくなる.

一方,冷気湖全体の気温低下量は,冷気を生む斜面の総面積が広いほど大きく, また盆地大気の総容積が小さいほど大きくなる.つまり,V字形盆地はU字形盆地 (皿状盆地)に比べて冷えるべき大気の容積が小さく,盆地大気全体の気温低下量は 大きくなる.このように,盆地の形状も重要となる.ただし,前記の放射冷却量を 決める4要素に比べれば,盆地の深さと形状は2次的な2要素である.

都市では、都市化の影響によって朝の最低気温が下がり難くなってきている。 特に雪国では、その傾向が顕著である。除雪が行われるようになり、放射冷却に及ぼす 実質的な「熱容量」と「熱伝導率」の積が以前より大きくなったことの効果が大きい。

日本の気象官署の最低気温を記録した旭川では1902年に-41℃を記録したが、 最近の1991年以降、-26℃以下になったことはない。しかし、江丹別(現在は旭川市 江丹別町)では-35℃前後の最低気温が数年ごとに観測されている。

上川二等測候所の建物(復元)
図5 復元された上川二等測候所の建物(旭川大橋の西、旭川市神居町1条1丁目)。
「写真の記録」の「33.旭川の 都市化と気温上昇」の写真に同じ。

旭川地方気象台の前身は1888(明治21)年7月1日、上川二等測候所として創設された。 その建物は、北海道の内陸開発のため、囚人を使って岩見沢から忠別太(ちゅうべつぶと) まで道路を開くに際して、その樺戸監獄署 (かばと・かんごくしょ)出張所であった。 その一室で観測が開始された。

1889(明治22)年1月には-34.5℃の最低気温が観測され、当時の日本観測史上最低 の記録となった。上川測候所は1890(明治23)年に現在の旭川市神居町1条4丁目に 移転。 続いて1898(明治31)年には現在の旭川市6条10丁目(中央警察署の位置、 旭川東高等学校の西側、旧・旭川地方気象台のすぐ南西側)に移転。

ここで1902(明治35)年に、-41℃の最低気温が観測され記録は更新された。これが 現在の気象官署(気象台、旧測候所)における日本観測史上最低気温となっている。

この年は、対ロシア戦を想定し、青森県八甲田山において雪中行軍の訓練中に、 日本陸軍第88師団の青森歩兵第5連隊が遭難、参加210名中199名が死亡する事件が あった年でもある。

問題5: 夕方の地表面温度=20℃とし、快晴、薄曇、曇りの夜の放射 最大冷却量を推定せよ。ただし、ステファン‐ボルツマン定数 σ=5.67×10-8 W m-2K-4である。

参考:快晴、薄曇、曇りのときの夜間の放射量の例は 「2.放射冷却と盆地冷却」の図2.5に示されている。




第6章 地上気象観測

参照:大気境界層の科学(3章)
 「水環境の気象学」(4.8.1節)
「M60.地上観測」
「K16.気温の観測方法」
「K70.気温観測用の電池式通風筒」

私たちは自然を理解するための道具として計算機や観測機器を使う。計算機を動かす プログラムは人間がつくるため、計算機で得られる結果は人間の頭の中にあること 以上のことは出てこない。大自然は、人間よりはるかに大きいのである。 はしょって言えば、計算機は頭の中を整理するための道具である。

一方の観測では、未知の現象を掴む可能性を持つ。しかし観測機器も人間が作るので、 万能ではなく、狂いもある。新発見なのか、機器の狂いによる見かけ上の現象なのか、 区別し難いことがある。そうしたとき、機器の特性(製品に表示された性能を鵜呑み にしてはならない)や、自然科学の基礎・原理がよくわかっていなければ、 優れた観測者・研究者にはなれない。

基礎・原理をよく理解せずに、複雑な計算プログラムを動かしている者はいないか?  同様に、観測機器の特性、その他の基礎・原理も知らずに観測する、あるいは簡単に 入手した観測データを整理している者はいないか?

地上観測の意義
地上では人々の暮らしと食糧生産が行われている。現状の把握と将来予測のために、 過去から現在までの地上気象を知らねばならない。 衛星による地球観測やレーダ 観測でも、地上における実測をもとに正しい情報が得られる。高層気象観測では 気球放球時の地上の観測値が基準になる。

重要な代表地点
地上のあらゆる地点では観測できない。そのため代表地点で観測が行われており、 その資料をもとに経験則や理論にもとづき広域分布を知る必要がある。

観測値は正直
温度とは温度計の温度のこと、風速とは風速計の回転数のことであり、それらは正しい 大気状態を表しているわけではない。観測資料を上手に利用するには、示度が何を表す かを理解していなければならない。

観測誤差を少なくするために測器の開発と観測方法が工夫されてきたが、観測値には 誤差が含まれる。測器は多種類があり、時代によって変更されてきた。

函館の風速
図6 函館における1935年以降の70年間の風速の経年変化。図中の(1)、(2) は本文を参照。「身近な気象」の 「M60.地上観測」の図60.1に同じ。

まず、既存のデータから誤った結論を出した例を示しておこう。図6は函館における 過去70年間の年平均風速の経年変化である。この図から、ある人は、「風速は約50年の 周期変動をしている」と読み取るだろう。また他の観測所の例であるが、破線で囲む 期間(1)に示されるように風速が時代とともに減少することから、「風速減少は アジア域における大気循環場が近年変わってきていることを表し、温暖化の影響で アジア・モンスーンが弱くなったからである」というような発表が行われている。

一方、実線(2)で示す範囲に示されるように、近年風速が増加しているのは 「温暖化で台風が大型化する傾向になった」という発表もある。

真実はそうではない。図は風速の見かけ上の変動であり、時代によって観測所が 移転したこと(1940年)、風速計の検定定数が変更されたこと(1949年)、風速計の 種類が変更されたこと(1961年、1975年、1982年)、観測所の周辺に建物が多くなり 風速が弱まったこと(1960~1990年)、風速計の設置高度が高くなり(1992年以降) 風速が強く観測されるようになったことを表している。

―(以上は「天気、2012年、気象のABC(No.11)のはしがき」からの引用である)―

話題になった「パン蒸発計蒸発量の減少傾向」
蒸発計は一種の熱収支計であり、特に小型蒸発計は皿の側壁が日射を吸収し、無風時 でも大きな蒸発量を観測する。風速の増加とともに蒸発量は多くなる。

1990年代に「世界の多くの観測所で蒸発計蒸発量が減少傾向にある」ということが 世界の水文気象学分野で大きな話題になったことがある。これは広域の気候変化を 表すものだと主張するのである。この論文・話題が出たとき、私はこの問題は気象 観測所の露場の環境悪化による単なる局所的問題に過ぎないと考えた。

つまり観測所の周辺には建築物が増え、あるいは樹木の成長によって露場の風速が 弱まっている観測所が多い。露場の風速が弱まると、パン蒸発計蒸発量が減少する のである(「地表面に近い大気の科学」p.154-p.155)。

この章では、地上気象の観測機器の原理・特性について学ぶことにしよう。




第7章 地球温暖化と都市昇温

参照:身近な気象の科学(8章、9章、13章、17章、18章)
 気象研究ノート2012年224号
「3.気候変動と人々の暮らし」
「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」
「M19.温暖化と都市緑化」
「M41.日本のバックグラウンド温暖化量と都市昇温」
「M59.都市気候」
「M61.都市昇温の緩和策」


地球温暖化量が気象庁などから発表されている.その値に私は疑問を抱いた. 大学を定年退職後,全国の気象観測所の観測環境を見て回るうちに,日本の正しい 「地球温暖化量」と「都市化による気温上昇」を分けて評価すべきだと考えるように なった.

近年,地球温暖化が一般社会の大きな問題になってきた.地球規模で起きる地球温暖化 量は,100年につき0.7℃程度のわずかな気温の上昇量である(後述).それゆえ, データ処理の方法によっては過大に評価されたり,他方では過小に評価されたりする 可能性がある.0.7℃は野外における気温観測の誤差の桁であり,慎重な解析で なければ正しい結果は得られない.

この100年余の間には,気象観測の方法,統計の方法,測器も時代とともに変更されて おり,観測値は均質というわけではない.世界の観測資料についても同様である.

ほとんどの気象観測所は創設当時には町外れにあったが,時代とともに観測所周辺は 都市化されてきた.とくに1960年代以降の経済高度成長とともに,都市には高層ビル が建つなど大きく変化し,観測値に都市化の影響を含むようになった.したがって, 例えばインターネットで公表されている観測資料をグラフに描き,気温上昇率を計算 しても,それは真の地球温暖化量にはならない.

気温の観測値には次の要素を含んでいる.
(1) 地球温暖化と自然変動(バックグラウンド温暖化量)
(2) 都市化の影響(都市気候)
(3) 観測・統計方法の変更による誤差(ずれ)
(4) 観測所近傍100m程度以内の環境変化の影響

(1)をバックグラウンド温暖化量と呼ぶ.これには二酸化炭素など温室効果ガス の人為的増加にともなって生じる気温上昇のほか,火山噴火や大気・海洋の変動や 太陽放射量の変化,地球の惑星としての反射(アルベド)の自然的・人為的変化に よって生じる気温変動である.

(2)は(1)とまったく異なる原因によるものである.つまり緑地の減少,ビルの 高層化,人工廃熱の増加などによって起きる都市独特の気温上昇である.

気象庁が行う観測を大きく分けると,天気予報など「短期的な防災と都市気候の観測」 と,「地球温暖化など気候監視」がある.約840ヶ所のアメダスや都市に設置された 気象台は、前者を主な目的とし,気温の観測精度は0.5~1℃程度あればよいのだが, 後者では0.1℃の高精度を必要とする.

観測方法の変更による誤差
1.測器・装置の変更
観測時刻,器械,1日の区切り(日界)が時代によって変更されてきた.1970年代 半ば以前には,白塗りされた百葉箱の中に気温や湿度のセンサーが取り付けられて いた.晴天微風の日中には,百葉箱の中は高温の空気がよどみ,かつ百葉箱自体の 温度も高温になり,その内壁面からの放射の影響もあって,日最高気温は1℃ほども 高く観測される.この欠点を除くために,1970年代から強制的に空気を吸引する 通風筒(百葉箱の外に設置)が使用されるように変更された.

一方,気温センサーは水銀温度計から白金抵抗温度計に変更された.しかし気温の 観測精度は,白金抵抗温度計が水銀温度計よりも向上したわけではない.

2.観測時刻と観測回数の変更
現在の観測時刻は毎正時24回であり,24回平均値が日平均値とされているが, 時代によって観測時刻と観測回数は変更され,1日に3回,4回,6回,8回の時代が あり,観測所ごとに異なっている.たとえば3回観測(6時,14時,22時)による 日平均気温は24回観測に比べて0.1~0.3℃低めに観測され,4回観測(3時,9時, 15時,21時)では逆に高めに観測される.この違いを観測の誤差とすれば,いずれも 太陽の南中時刻の関数となり,観測所の経度によって補正値が異なる.

3.日界の変更
毎日の最低・最高気温を決める日界(1日の区切りの時刻)は現在では24時であるが, 9時,10時,22時の時代もあった.9時日界と現在の24時日界(1964年以降)の最低気温 の年平均値を比べると,全国平均で0.35℃ほど24時日界のほうが低温である. 地点により0.2~0.7℃の幅がある.

都市化の影響
都市では緑地の減少により蒸発散量が少なくなり昇温,降雨後の排水がよくなり 土壌水分は減少し蒸発散量が少なくなり昇温,人工廃熱の増加による直接的な昇温, ビルの高層化(天空率の減少)にともなう正味放射量の増加による昇温,森林など 植生地の黒さに比べて都市構造物で反射率が増加することによって逆に低温化, さらに地表面の構造物(積雪なども含む)の熱的性質が変化することで気温日変化 の振幅の変化や,夜間の放射冷却の弱化がある.

気象台が設置されている多くの都市では,これら要因を総合した結果として気温の 上昇が著しい.これを都市の熱汚染と呼ぶ.大中都市では,もはや地球温暖化の 正しい観測は不可能となった.しかし,都市には多くの人々が生活しているので, 生活環境(都市気候)を知る観点から気象観測は行わなければならない.その場合, 原則として,その都市を代表する広い場所(50~100m範囲が開けた場所)で観測 されなければならず,観測環境の維持・管理が重要となる.

日だまり効果
気象観測所の周辺に建物が建てられる,あるいは樹木が成長すると,観測露場における 空気の鉛直混合が弱まり,熱の拡散が少なくなり露場には「日だまり」ができて 日中の気温は上昇する.夜間は逆に放射冷却で低温になるのだが,日中の正味放射量 が500Wm-2の桁に対し,夜間のそれはマイナス50 Wm-2 程度と1桁小さく,平均すると日中の気温上昇が大きく,年平均気温は日だまり 効果によって上昇する.

日だまり効果による気温上昇の目安は,測風塔高度(10~20m)で観測された 風速10%の減少につき年平均気温の上昇は約0.1℃の割合である.

これらの誤差を補正することによって、正しい「日本のバックグラウンド温暖化量」 を知ることができた.それによると、1881年~2007年までの127年間の気温上昇率は, 100年間当たりにすると,

 0.67℃/100y

である.

このようにして得られた自然の気温変化(バックグラウンド温暖化量)をもとに, 日本の91観測所(気象台と旧測候所)における都市化による気温上昇(熱汚染) の経年変化を求めることができる.

都市化による気温上昇(熱汚染量)は,大正時代初期から戦前を基準のゼロとする ならば,大・中都市では2000年時点で1℃を超えており,1960~1980年の経済高度 成長時代の増加率は著しく,現在も増加傾向は続いている.なお,

実際に観測される気温=バックグラウンド温暖化量+都市化による気温上昇

である.

大・中都市では熱汚染量の増加とともに乾燥化が進み,相対湿度は2000年時点で 10%前後も低下している.この低下は,気温の上昇による直接的な効果のほか, 舗装やビルの面積の占める割合が増えて水蒸気の供給源が少なくなる効果の両方 によって生じている.

都市の熱汚染量
図7 都市人口(1995年)と熱汚染量(1990年)の関係.
赤破線:弱風速
緑実線:強風速の都市
「身近な気象」の「M59.都市気候」 の図59.2に同じ.

図7は都市人口と都市化による気温上昇の関係である。風速は風速計の地上高度と 「風に対する粗度」によって変化する.地上高度を統一した風速で比較するほうが よいので,各観測所周辺の「風に対する粗度」をもとに 高度50mに換算した風速を用いて,赤丸印は「風速の弱い都市」,黒丸印は 「中間の都市」,緑四角印は「風速の強い都市」として分類してある.

問題7: 気温=20℃、相対湿度=70%として、大気中の水蒸気量が仮に一定 とした場合、都市化によって気温のみ22℃になったとすれば、相対湿度はいくらに なるか?

参考:飽和水蒸気圧は23.37hPa(20℃)、26.43hPa(22℃)である。




第8章 気象観測所の環境―新しい視点・ヒートアイランドの解析

参照:
「M49. 気象観測所の周辺環境を守る―津山2」・・・・環境整備の経過
「M47. 気象観測所の周辺環境を守る―深浦1」・・・・環境整備の経過
「M51. 気象観測所の環境問題―気象庁が動き出した」・・・気象庁が動き出すまで

「K54. 日だまりの効果と気温:東京新露場」・・・・日だまり効果、本格研究の動機
「K60. 森林の開放空間”日だまり”の気温」・・・・日だまりの確認
「K77. 露場風速の解析―奥日光」・・・・・・・各地で観測

「K76. 日だまりの気温―理論的考察」・・・・・・・気温上昇の見積り
「K79. 都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」・・・新しい都市気候の考え方


気象観測所の環境改善
地球温暖化観測に適した田舎の観測所を探す目的で、2004年10月から日本各地を訪ね 歩く旅がはじまった。

伊豆半島先端の石廊崎観測所における風速が1965年頃から減少している。田舎であって も観測所の周辺に樹木が成長すると、風速が弱まり、露場は「日だまり」となり平均 気温が上昇する「日だまり効果」に気づいた(2006年8月)。

観測環境のよい観測所は、めったにみることができなかった。本州一の最低気温の 記録がある岩手県玉山村藪川(現在は盛岡市)を3回目に訪問した2006年7月11日, 藪川アメダスは雑草に覆われ気温観測用の通風筒は見えたが,雨量計は見えない状態 であった.この頃から,私は日本の観測所の実態を憂い,そのまま放置できないと 思うようになり、しだいに私のなすべき仕事となっていった。

藪川アメダス雑草写真
図6岩手県の藪川アメダスの環境(2006年7月11日)。
気象学会誌「天気」2011年6月号、p.556の第1図に同じ;  「身近な気象」の「M65. 放射冷却」の図55.1に同じ。

一見すると環境がよいように見える岡山県内陸の津山観測所や青森県の日本海沿岸の 深浦観測所でも、風速が年々減少している。昔からの周辺環境の変化について聞き取り 調査をしてみると、観測所周辺の樹木が成長していることがわかった。

こうした環境悪化を防ぎ、改善すべきと地元気象台はもちろんのこと、全国の気象台 職員に訴えたが効果はなく、市民講座などを通じて住民たちにも訴えた。いろいろな 経過をへて、多くの理解者・協力者の助けもあり、最近になって気象庁にようやく理解 していただけるようになった。

「日だまり効果」の本格的研究の動機
東京大手町に設置されている気象観測所の周辺環境が観測に適しなくなったという 理由で、皇居外苑北の丸公園に東京の新たな地上気象観測施設・露場(北の丸露場) が完成した。2011年8月1日より試験的な運用が開始され、現露場(大手町露場)と の比較観測が行われている。

北の丸公園の森林内ならば、長期にわたり周辺環境が変化しないと見なされたようだ。

しかし、各地の状況を見てきた私にとって、大きな心配ごとである。北の丸露場の 周辺は、第二次世界大戦終結までは皇居を守る近衛兵の兵営地であり、練兵場も あった。終戦後に緑地・森林公園として整備されてきた。森林は樹木が成長し、 それに囲まれた観測露場の風速が時代と共に変化し、それにともない気温も 「日だまり効果」の影響をうける可能性がある。

北の丸露場は一地方のアメダスではない。世界の大東京・都市気候を観測する代表的 な観測所である。環境省が管理する森林公園の変化をモニターするための 「森林測候所」ではない。国民のための東京の気象観測所である。

森林環境(樹木の成長や植生密度)の変化が観測値にどのように影響するかについて 調べておかなければ、観測データに現れる気象を正しく理解することができない。 都市化の変化なのか、森林環境の変化なのか、地球温暖化なのか分からなくなって しまう。

これが、「日だまり効果」について本格的な研究をはじめた動機である。

「日だまり効果」は、難しい研究課題である。順序よく系統的に調べていかねば ならない。日だまり効果による気温変化(日中は気温上昇)は露場周辺における 風速減少により起きる現象であるから、まず、防風林の防風効果―地上1~2m高度の 風速がどのような影響を受けるか―を知ることからはじめた。

現実の気象観測所はさまざまな環境にある。いろいろな所で風速を観測して、 普遍的な関係(無次元の風下距離X/hと風速の減少率)を見出した。ここに X は 樹木など障害物からの風下距離、h は障害物の高さである。

この関係から、周辺環境の変化が露場の風速と気温の観測値に及ぼす影響がわかる ことになってくる。

気象観測所の管理指針
長期的な気候変化の観測では、気温の精度は0.1℃が必要である。露場風速が10%減少 すると、年平均気温は0.1℃上昇するのが目安である。

具体的には、露場から周辺地物をみたとき、その仰角αの変化、すなわち1/tanα=X/h の 30%の変化と、風速の10%の変化が大きな環境変化であり、これ以上の変化が生じ ないように管理しなければならない。露場とその周辺に雑草が成長していないか、 観測所管理の指針が必要である。

日だまり効果の応用範囲
日だまり効果の研究は、気候変動の解析や観測所の維持管理のほか、農業気象や都市 気候の問題でも定量的に解明しておかねばならない課題である。

農作物の生育・生産量は日々の気象に影響される。特別な場合でなければ、田畑の 作物は周辺の気象観測所(アメダスなど)の観測値をもとに管理されている。 しかし気象観測値は、必ずしも周辺地域の気象を代表しているとは限らない。 このことに気づきはじめた農業関係者もいる。

都市内の気温分布は、舗装地や緑地など地表面の被覆状態に依存するほか、風通しに よって大きく変化する。森林緑地であっても風通しの悪い開放空間では市街地よりも 晴天日中の気温は1℃ほども高くなる。都市内でも、風通しの悪い狭い空間では、 日中の気温は1~2℃程度高温になる。「日だまり効果」による気温上昇は、野外作業 や運動公園におけるスポーツ活動における健康管理・熱中症対策でも解明しておかね ばならない課題である。

新しい視点:都市のヒートアイランド
地上気温は観測地点の周辺数m~100m程度のごく近傍の環境に依存し、 風通りが悪い地点では気温は異常に上昇する。これを 局所的な気温分布(複雑な高温・低温の混在した気温 分布)と呼ぶ。

いっぽう、広い場所において観測される気温は、都市域内の 地区広域的な気温分布(なめらかな気温分布)である。地区広域とは、 概略500m程度以上の空間スケールを指す。

従来の多くの研究では、「滑らかな気温分布」と「局所的な気温分布」の区別を しないで観測されてきた。さらに、移動観測や数分間の短時間観測による調査・研究 も行われてきたが、これらは2~3℃の誤差を含んでいる。なぜなら、晴天日中における 気温の時間変動の標準偏差は0.4~0.6℃、したがって気温の変動幅は3℃程度もあり、 短時間の観測値にはこの程度の誤差(代表性の誤差)が含まれるからである。少なく とも1時間以上の平均気温でなければ、高温・低温の比較はできない。

都市域内の気温分布は、地区広域的な「滑らかな気温分布」と局所的な「複雑な 高温・ 低温の混在した気温分布」が重なった構造である。こうした新しい視点に たち、都市域内の地上気温を観測・解析しよう。これまでに気づいていなかった 事実が明確になってくる。

問題8: 広い理想的な観測所で観測された晴天日中の気温=30℃、最高気温 =31℃とする。その近くにある狭い空間(空間広さ=5)の気温と最高気温はいくら になるか推定せよ。

参考:「研究の指針」の「K79. 都市の地上気温の分布 ー新しい視点・解析法」の図79.1と図79.5が参考になる。



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