基礎1: 地表近くの風

著者:近藤純正
	研究課題
	1.1 大気境界層とは
	1.2 乱流の働き
	1.3 地表面の粗度と風速鉛直分布
	1.4 大気の安定度と風速
	1.5 乱流の強さ

	1.6 風速の日変化
	1.7 風のスパイラル
	1.8 温度風の関係(温度の水平勾配と風速の鉛直勾配)
	Q&A
	文献
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われわれが地上に立つとき,風は強くなったり弱くなったり、 あたかも息をしているかのように感じる。風の息(乱れ,乱流) は地表面に近いところで大きく,上空ほど小さくなっている。経験的には, 陸上での平均風速は日中大きいが,夜間は小さい。海上と比べたとき, 陸上では平均風速は小さいが,風の息の平均風速に対する比(乱流強度、 突風率)は大きい。 風の乱れは熱エネルギーや水蒸気など、物理量を運ぶ重要な働きをしている。
この章では,地表面に近い大気層「大気境界層」内での平均風速や 最大瞬間風速が,地表面の種類,高度,その他の条件によってどのように 変わるのかを学びたい。



研究課題

(1)気象台における風速データから、強風日の突風率 (=最大瞬間風速/平均風速)を求める。
(2)上空の風速(地衡風速または傾度風速)=50m/s と予想されるとき、 高度(統一高度、基準高度)=50m において期待される 最大瞬間風速(係数γ=3の仮定)、および 希に起きるかもしれない最大瞬間風速(係数γ=5の仮定)を推定する。 ここに係数γは、乱流成分の最大瞬間値がその標準偏差の何倍かを 表わす値である。(式4を参照)。

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研究課題に対するヒント


1.1 大気境界層とは

 陸面や海面=これらは総称して地表面という=から概略500m~2kmまでの 大気層は「大気境界層」と呼ばれ,地表面の摩擦や熱的な影響が強く, その上空の「自由大気」とは区別される。図1.1 は大気境界層の説明図 ある。

大気境界層模式図
図1.1 大気境界層

大気境界層は、一般に海上で薄く、陸面上で厚い。大気が不安定な状態の とき、鉛直方向の混合が盛んで、境界層は厚くなる。

地表面から概略10~50mまでの接地境界層 (略して接地層)内では,風速や気温の鉛直勾配 が特に大きい。 現実の地表面は,草地,森林,都市ビル群落(都市キャノピー)など から成り立つ。植生群落内や都市ビル群落内の気層は キャノピー層と呼ばれ,ここでは地物の直接的 な影響により,風速は局所ごと大きく違い複雑になっている。 したがって,地上の代表風速は,「キャノピー層」より高い高度で観測 されなければならない。

大気境界層は地表面の直接的な影響を受けるので,地表面の種類 (森林,都市,砂漠,海面など)によってその構造は違ってくる。

風が或る地表面(例えば平坦な裸地)から他の地表面(例えば畑地) に向かって吹くとき,裸地上では裸地面上の境界層ができているが, 新しい境界層は畑地の始まりから形成され始め,その厚さはしだいに 増していく。風の流れる水平距離に対してその概略1/100~1/10程度の 高度までが畑地上でつくられた新しい境界層となる。

続く節では次のことを学ぶ。
(1)乱流の働きについて。
(2)平均風速と乱流の強さは地表面の凹凸「粗度」、大気の安定度、 温度風(気温の水平方向の勾配)の影響を受ける。
(3)最大瞬間風速は「粗度」と風速計設置高度から推定できる。
(4)「摩擦速度」は大気境界層の重要なパラメータであり、「粗度」と 1高度の風速の観測値から求められる。
(5)大気境界層の上部、中部、下部では風速の日変化が異なる。その 原因の一つとして「慣性振動」による日変化がある。

1.2 乱流の働き

図1.2 は日中の平坦地の地表面近くで観測された風の平均流方向の成分 u と 鉛直成分 w(+が上昇流,-が下降流),および気温 T の記録例である。

乱流変動記録例
図1.2 乱流変動記録の例、平均風向の成分 u, 鉛直上下成分 w, 気温変動 T、 横軸は時間(秒)である。 (Ibbetson, 1978; 近藤, 2000, 地表面に近い大気の科学、図3.2、より転載)

このような記録は,0.1秒の速い変動にも追従できるような観測装置に よって得られる。気温なら,細い白金線をむき出したままの温度計や 細い熱電対,あるいは微細なサーミスタ温度計(電気抵抗の温度変化を 利用した温度計),風速なら熱線風速計や超音波風速計 (ただし発信・受信センサー間の距離が約0.2m以下)で観測できる。

図1.2 において、横軸の32秒や38秒付近を見ると,0.3秒間に気温が2℃も 変化している。 このように気温は激しく変動している。地表面付近では,温かい空気塊と 冷たい空気塊が混在し,上下・左右・前後に乱れながら流れている。

温かい空気塊が上昇すると,元の場所を埋めるかの如く,他の空気塊が 入ってくる。風速が秒速約4mだとすると,空気塊は0.3秒間で1.2mの 距離を流れるので,ある瞬間には,わずか1.2m離れた2点間で2℃も違う ことになる。温・冷空気塊はこのように乱れながら,混じり合い,やがて 消滅する。他方では,新しい温・冷空気塊がたえずやってくる。

つまり,高温の地表面付近から上ってくる空気塊は温かいものが多く, 低温の上層から降りてくる空気塊は冷たいものが多い。この過程で, 空気塊同士は熱や水蒸気量を交換し合っている。この特徴は,自由大気中 ではほとんど見られない。ただし,積乱雲などの中では激しい乱流が生じて いることは言うまでもない。

変動記録を注意深くみると次のことに気づく。

(1)変動はランダムではない。
細かな速い変動のほかに, 10~20秒ぐらいの周期をもつ変動も含まれる。

(2)w と T の間には正の相関関係がある。
つまり,T が大きくなったとき w は正(上向きの風),T が小さくなった とき w は負(下向きの風)の傾向がある。すなわち,温かい空気は上昇し, 冷たい空気は下降している。それゆえ,温・冷気塊が上下に交換する ことによって地表面から上空へ熱(これを顕熱輸送 という)が運ばれていることになる。

図示していないが,夜間はこの図とは逆に w と T の間には負の相関関係 がある。つまり上昇流のとき T は低くなり下降流のとき T は高くなる 確率が大きい。これは下向きに顕熱が運ばれていることを意味する.

(3) u と w の間には負の相関関係がある。
上昇流のとき風速 u は小さく,下降流のとき風速 u は大きい傾向がある。 これは,上層の速い風が下降し,下層の遅い風が上昇している。物理的に言え ば,風がもっている運動量(=空気密度×風速)が上から下へ運ばれている ことになる。これを運動量輸送という。 運動量の地表面への輸送は,地表面を平均風の方向へ 引きずろうとする力になる。

逆にみると,地表面は風に対して摩擦の 役目をはたしている。したがって,もし風を維持する機構が働いていない 場合には,風は自身の運動量を地表面へ失い,しだいに弱まってくる ことになる。

地表面は,太陽からの放射量(日射量)と大気中の水蒸気・二酸化炭素 など温室効果気体や、雲からの目に見えない赤外放射量(大気放射量) の時間変化によって,昇温・冷却する。また,地表面では水が蒸発し, 水蒸気となって上空へ運ばれていく。この水蒸気輸送 のことを潜熱輸送ともいう。地表面の 昇温・冷却に伴って顕熱や潜熱の 輸送量が変化し,大気の温度や水蒸気量も変化する。大気境界層の中では, 風速・気温・水蒸気量や風の運動量・顕熱・潜熱の輸送量の日変化が大きい。

1.3 地表面の粗度と風速鉛直分布

風速は風速計の設置高度と,地表面の細かな凹凸「幾何学的粗度」 によって大きく変わる。

風速の高度分布の変化割合は地表面に 近いところで急激であり,高さと共にしだいに小さくなっているわけだが, この変化割合の度合いは地表面の「幾何学的粗度」によって変わる。

風速の変化割合が急激なところを詳しく見るために,高さを対数目盛りの グラフで見ると分かりやすい。図1.3 は稲の収穫後の田圃で観測された 風速の鉛直分布の3例(a:弱風時, b:並みの風速時, c:強風時)で, 丸印は観測値である。

風速対数分布
図1.3 風速の鉛直分布。縦軸は対数目盛の高度、横軸は風速である。 (地表面に近い大気の科学、図3.6、より転載)

観測値を直線で結んで,地面のほうに延長すると,1.2cmの高度で 風速はゼロになる。

この高度のことを空気力学的粗度,略して 粗度という。 「粗度z」の意味は,実際の風速が高度zで ゼロになるのではなく,接地境界層内で成立する風速分布(実線)を 下方に点線で示すように延長してU=0の座標軸を切る高さのことである。 以下で述べるように,zが大きい地表面の上ほど乱流が強く, 熱や水蒸気量の輸送が盛んに行われる。

この図のような風速分布が観測されるのは,大気安定度が 中立に近い場合である。中立に近いとは,上下の気温差に比較して 風速が強い場合である。中立に近い条件の目安は,U(m/s)とT(℃)を 高度z(m)の風速と気温,TS(℃)を地表面温度として, (T-TS)×z×ln(z/z)/U2の絶対値が概略0.3 以下のときである。

図に示されたような風速分布は次式の対数則 で表される。

U=A×ln(z/z0)=2.3026A×log10(z/z0)  ・・・(式1-1)
A=u*/κ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・(式1-2)

ただしAはグラフに示す傾き,κ=0.4(カルマン定数)である。 u*は風速の次元をもち摩擦速度と呼ばれ, 求め方はあとで示されるように,乱流の強さの目安やその他を表す重要な パラメータである.

 「空気力学的粗度z」は地表面の「幾何学的粗度高h」 (風を遮る地物の平均的な高さ)とその分布密度に関係し, 概略z/h=1/50~1/5である。

この比は,地物の分布がまばらの 場合と非常に密な場合で小さく,適当な配列密度のとき大きくなる。

適当な配列密度とは,風がキャノピー層の中へ入りやすく, その物体表面と頻繁に接触できるような場合である。植生地における 顕熱交換やCO交換の場合も同様で,植生の配列が適当な とき交換がもっとも盛んになる。

次に示す図1.4 はいろいろな粗度の場合の風速の鉛直分布である。ただし, 地衡風速(上空約1~1.5kmの風速)が20m/sのときである。 粗度 z0の目安は, 大都市で1~3m,森林で0.3~1m,畑や草地で0.1~0.3m,湖や海面で 10-5~10-3m(風速に依存する)である。

各種粗度上の風速分布
図1.4 各種地表面上の風速鉛直分布。(地表面に近い 大気の科学、図3.7、より転載)

粗度が大きい地表面ほど, 風速の高さに対する増加割合が大きいことがわかる。図から読み取ると, 例えば,z0=1m の大都市と,z0=10―4 m の海面上の高度20mと10mの風速の差(と比)を比較すると, 前者では6.8-5.2=1.6m/s(6.8/5.2=1.31), 後者では14.7-13.9=0.8m/s(14.7/13.9=1.06)となる。

背丈の高い草地,森林や都市ビル群落のように幾何学的粗度が高い 場合には,風に対する地表面の基準面が不明瞭となる。そのような場合 にはゼロ面変位(d)を導入して対数則は つぎのように表す。

U=A×ln[(z-d)/z0]=2.3026A×log10 [(z-d)/z0],
A=u*/κ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・ (式2)

地物がまばらに分布するような場合はd=0であるが,多くの畑作地では d=0.7h程度である。地物が非常に密に並んだ場合はd=hに漸近する。 つまり並んだ地物の上端面が風に対する実質的な地表面となる。

上記の図1.4 に示す鉛直分布は(z-d)を高度zとし,その対数目盛りを 縦軸に選んで描いてある。

傾きA=u*/κ(図1.2 参照)の式中の摩擦速度u*は乱流の強さのスケール を表す。図1.4 を参照すると,z0が大きいほどAも大きく なるので乱流も強い。

参考:
大気の安定度が中立時の関係、すなわち図1.4に示す地衡風速(上空の風速) と地表面近くの風速との関係は、厳密には緯度の関数 であり、 緯度20°~60°の範囲では数%の違いがある。この違いはわずかである ので、日本付近に応用する場合は緯度の違いを無視してもよい。具体的には 「大気境界層の科学」(近藤、1982)の図4.9に示してある。

1.4 大気の安定度と風速

気温の鉛直分布と風速の鉛直分布の関係を図1.5 に示した。 上空の風速が同じであっても大気境界層内の風速は大きく変わる。

気温と風速鉛直分布の関係
図1.5 気温と風速の鉛直分布の関係、縦軸の高さは直線目盛(下層の 対数分布に重点をおいた模式図)。

前節で述べたように、気温の鉛直勾配が、高度100mにつき約1℃の割合で 低くなる(安定度が中立に近い)場合、風速は対数分布(縦軸が対数目盛で 直線、図1.3や図1.4)となる。これを直線目盛の図1.5では黒い線で示した。

陸面上の日中のように、地表面に近いほど気温が高くなる「大気が不安定な 状態」では、鉛直方向の混合が激しく風速は赤線で示すように、地表面近く でも強くなる。

逆に「大気が安定な状態」では、鉛直方向の混合が弱く、風速の 上下差は大きくなり、青線で示すような分布となる。

注意:
図1.5は下層の対数分布に重点を置いた模式図である。境界層の上部層では 日中の風速は夜間より一般に弱くなる。このことについては、後掲の図1.10 や「慣性振動」の説明を参照のこと。

地表面付近を詳しくみるために,縦軸の 高度を対数目盛りで表すと風速鉛直分布は図1.6 のようになる。

安定度ごとの風速分布
図1.6 接地層内における、安定度ごとの風速鉛直分布模式図。 ただし粗度z0=1cmの場合である。 (地表面に近い 大気の科学、図3.10、より転載)

地面冷却時つまり大気安定度が非常に「安定」なときは曲線(1)に, 加熱時つまり非常に「不安定」なときは曲線(7)のようになる。 前節で述べた大気安定度が中立に近いときは直線(4)の分布になる。

曲線(7)は鉛直方向に混合されて一様風速に近づいたような分布形, 曲線(1)はその逆のような分布形であることが分かる。 しかし,いずれの場合も,地表面ごく近くに限れば, 鉛直分布は高さの対数目盛りでほぼ直線になる(図1.6 では概略高度 1m以下の範囲)。

安定、あるいは不安定な状態とは、具体的にどういうときかを見てみよう。 図1.7 に、陸面上における地表面温度と気温の日変化を示した。

安定・不安定の時間
図1.7 安定・不安定の時間の説明図。

一般に、陸面の地表面温度の日変化の振幅は気温のそれに比べて大きい。 地表面温度が気温より高温のときが不安定であり、逆のときが安定である。 図1.7 の例の場合、7時~18時過ぎまでの日中が不安定となっている。

(注)不安定(安定)となる時間は風速や日射量などの気象条件のほか、 地表面の湿りと粗度などの条件による。この問題は「基礎3」で詳しく 述べる。

1.5 乱流の強さ

図1.8 は風速変動の模式図であり,大気安定度がほぼ中立のとき(左図)と, 不安定な場合(右図)の比較である。

瞬間最大風速説明図
図1.8 瞬間最大風速説明図。身近な気象の科学、 図6.6、より転載)

不安定な場合には,水平成分,鉛直成分 ともに変動が激しく,顕熱,潜熱,汚染物資などの輸送が盛んになる。 そのため,安定なときに比べて,温位や比湿,汚染物質の濃度などが 鉛直方向にほぼ等しくなる。

乱流の大きさは,各瞬間の風速と平均風速の差で表される。
各瞬間の風速のうち、最大値を最大瞬間風速 という。 図1.8 の右図(不安定)の場合、最大瞬間風速は24.5m/s であり、 平均風速11m/s の2.2 倍である。この比を突風率 という。

突風率は大気の安定度によるほか、風速計の設置高度と地表面の粗度 に依存する。その関係は図1.9 に示されている。

突風率
図1.9 全国気象官署における突風率(=最大瞬間風速/最大風速)と 地表面粗度との関係、ただしzAは風速計地上高度である。 なお、風速計地上高度が6m、20m、60m の場合について、粗度の目盛は 横軸の下に付けてある。 (桑形・近藤、1992;近藤、2000、地表面に近い 大気の科学、図3.9、より転載)

図中の緑色の水平な横線は突風率=1.5を示しており、従来、いわれて いた関係である。しかし、この周辺にプロットされるデータは少ない。

粗度が小さな水田地帯などでは突風率は、従来いわれていた値に近く、 1.5程度であるが,大きな都市や森林域などでは突風率は2以上になる。 図に描かれた2本の破線の間に,大部分のデータが入っている。

この破線について考察しよう。
乱流の大きさの標準偏差(風向方向成分σU,それに直角な水平 方向成分σV,鉛直成分σW)は次式で表される。 u* を「摩擦速度」(式1-1)とすれば、

σU/u*≒2.7 ・・・・・・・・・・(式3-1)
σV/u*≒2.0 ・・・・・・・・・・ (式3-2)
σW/u*≒1.2 ・・・・・・・・・・(式3-3)

ただし,乱流の大きさの標準偏差は風を測る観測時間が長くなるほど 大きくなるが,上式は観測時間が10~30分間の場合である。

ここで、最大瞬間風速Umax と平均風速 U の差を

UmaxーU=γσU ・・・・・・・・・・(式4)

とおけば、平均的にγ=3と仮定できる。図1.9 の破線はγ=2とγ=4 とした場合の理論的な関係である。

同一地点において,最大瞬間風速は 台風ごとに異なるけれども,それを平均風速で割り算した値(突風率) で表せば,風速によらずほぼ一定値が得られる。

近年,各観測所における風速計地上高度や周辺の地表面粗度が変化 しており,突風率も時代とともに変わることになる.

摩擦速度を求める式:
摩擦速度u*は重要なパラメータであり,図1.3 で説明したように風速の 鉛直分布から求めることができる。しかし,一般には風速の鉛直分布は 観測されていない。そこで,あらかじめ各地で粗度z0を求めて おき、中立条件下でのu*を算出する方法がある。それは,風速の観測値 UA(ある高度zA:6.5mとか60m)のデータがあれば,次式からu* を計算する. 以下では「d:ゼロ面変位」は除外して記述する。

u*=0.4UA/[2.3026×log10(zA/ z0)] ・・・・・ (式5)

または, u*=0.4UA/ln(zA/ z0) ・・・・・・・・・ (式6)

1.6 風速の日変化

陸面上の大気境界層は通常,日中は不安定,夜間は安定となる。 したがって,図1.6 から理解できるように,上空の風速(地衡風速) が昼夜で変化しなくても,接地層の風速は日中強く,夜間に弱くなる。 また,高度が増すにしたがって,風速の日変化は少なくなる。 さらに高い高度では慣性振動によって, 風は日中弱く,夜間に強くなることがある。

図1.10 は各高度の風速の日変化例である。地上付近の高度8mでは, われわれが経験するような日変化をしているが,高度50mでは日変化は 少なく,高度100m~500mでは地上付近とは逆の日変化をしている。

風速日変化
図1.10 各高度における風速の日変化。 (Mart,1981; 近藤、2000、「地表面に近い大気 の科学」、図3.14、より転載)

慣性振動の説明:
気圧分布が一定の状態を仮定 すると,風の大きさと向きは,気圧傾度力とコリオリ力と摩擦力の3つの 力のバランスによって決まっている。しかし,気圧分布が変わらないと しても,大気境界層の中では気温の鉛直分布の日変化(不安定・安定) により,摩擦力が大きくなったり小さくなる。そのため,数時間以上に わたる定常状態は実現され難い。すなわち,3つの力のバランスはくずれる。 仮に日中,3つの力のバランスによって風がある方向に吹いていたとする。 夕方,風速の乱れが小さくなり摩擦力が突然なくなったとすると, 気圧傾度力とコリオリ力の合力の方向へ引っ張られて風速は大きくなる。 風速が大きくなるとコリオリ力(北半球では風に直角右向き)も大きくなり, 風向は少し右向きに転向する。これが慣性振動の生じる原理である。

慣性振動の周期は緯度によって変わる。緯度が30°とすれば, 慣性振動の周期は0.862×10秒(ほとんど24時間)となる。

わが国のように地形が複雑で,海陸風や山谷風が卓越するような地域では, それらの効果に隠れて境界層の中層付近で顕著な慣性振動は見いだし難いが, 筑波山(標高869m)や伊吹山(標高1316m)のような孤立峰では,統計をとって みると風速は日中弱く,夜間に強くなる傾向が見られる。

それは,孤立峰では,ほぼ同じ高度の大気の流れの中にあり,同一高度の 大気現象(風速,気温)が現れやすいからである。しかし,孤立峰で あっても,富士山頂(標高3776m)は標高が高すぎて,広範囲に広がる 下層の大気境界層の上に位置し,上述のような顕著な風速日変化は みられない。

海陸風や斜面風の影響のある地域では,慣性振動とはべつの理由で 風の日変化が顕著に現れる。ここでは,風と地形との関係は割愛する。

1.7 風のスパイラル

風向と気圧傾度の関係
図1.11 定常状態における風向と気圧傾度の関係。 左図は自由大気中、右図は大気境界層内。

図1.11 の右図に示すように、大気境界層内の風は等圧線を高気圧側から 低気圧側に横切って吹く。等圧線を横切る角度は、高度が高くなり 自由大気に近づくにつれてゼロに収束する。

各高度における風ベクトルの先端を結んだ曲線をスパイラルという。 粗度(正確な呼び名:地表面の空気力学的粗度)がz= 1.06m(大都市や森林地帯に相当)と、 z=2.1×10-4m(海面や広い平らな雪原 などに相当)の場合について図1.12 に示した。

風のスパイラル
図1.12 風のスパイラル。各曲線につけた数字は地表面からの高度(m)。 (Blackadar,A.K.,1962; 近藤編著、1994、 水環境の気象学、図5.6、より転載)

例えばz=1.06mの場合、高度54mでの風は図の ゼロ点「O」から数値「54」を結ぶ向きに吹く。この風速は青線で表わす 地衡風速の約50%の大きさであり、等圧線を横切る角度は30°である。

この風速の大きさと角度は高度とともに地衡風速に漸近する。

粗度が小さいz=2.1×10-4mの場合 をみると、高度34mでの風の強さは地衡風速の約80%の大きさであり、 角度は約15°である。

1.8 温度風の関係(温度の水平勾配と風速の鉛直 勾配)

これまで説明してきたように、風は地表面の粗度,大気安定度のほか, 温度風(気温の水平方向の勾配)の影響も受ける。日本の冬期のように, 南北の温度勾配が大きく,例えば3℃/100kmのとき,地衡風速は 高度1kmにつき約10m/sの割合で増加しており,大気境界層の風も かなりの影響を受けることになる。一言でいえば,境界層の下部層の 風速は上空の風ベクトルの方向に引きずられ,上部層の風は下層の 風ベクトルの方向に引きずられる。

これを気温の水平勾配があるとき、等圧面の傾きは高度とともに変化する ことから説明しよう。図1.13 は例として、北のA地点の上空の気温が 南のB地点の上空の気温より低温だとした場合、等圧面の傾きが高度 とともに大きくなることを示している。

気温による気圧の高度変化
図1.13 気温による気圧の高度変化。 身近な気象の科学、図4.5、より転載)

したがって、上空ほど西風(偏西風)が強くなることになる。この例では、 気温が南北方向に存在した場合であるが、一般に北半球では、温度勾配 (図1.13 の場合の温度勾配は北から南向き)と直角左方向 (図1.13 の場合は西風成分)の風速が高度とともに増加する。 この関係を温度風の関係という。

ジェット気流風速分布
図1.14 風速の鉛直分布。仙台の上空では風速が100m/sを越す 強いジェット流が見られる。身近な気象の科学、 図4.6、より転載)

図1.14 は地上から高度20kmまでの風速の高度変化観測例である。 特に仙台では高度0~9kmの範囲で風速の増加割合が大きい。その理由は 仙台付近で南北の温度勾配が大きくなっていたからである。

しかし高度9km以上の上空では、風速は高度とともに減少している。 この理由は高度9km以上の上空(成層圏)で温度勾配は逆になり、南で 低温、北で高温となっていたからである。

このように、温度の水平分布と風速の高度分布は密接な関係がある。 そのため、一方がわかれば他方は計算によって知ることができるわけだ。

東シナ海の風、上空と海上
図1.15 東シナ海における冬期季節風時の風、上空風と海上風の模式図。 (身近な気象の科学、図12.7、より転載)

図1.15 は東シナ海の冬期、大陸の強い高気圧からの季節風が吹きだす ときの風の立体構造模式図である。海上では北よりの風が吹いている。 本州付近では一般に地上は北西風であるが、南西諸島の地上では北風 であるが、上空では偏西風が強い。

この季節には南北の気温勾配が大きく、温度風の関係によって 上空ほど西風成分が増加し、高度3,000m付近ではほとんど西風となる。

図1.16 は海面上、850hPa 面(約1,500m高度)、700hPa 面(約3,000m 高度)について地衡風速G(細い矢印)と実測風V(太い矢印)の関係を 図示したものである。

等圧面上の風
図1.16 海面と850hPa等圧面、700hPa等圧面上の風、東シナ海の2月の 状態、定点観測船で観測した3日間の平均値を示す。 (地表面に近い大気の科学、図3.17、より転載)

海面上では地衡風速は19.9m/s、風向は27°(北から右回りの角度、 北北東~北東風)である。実測の海上風は353°(北~北北西風)で 地衡風から34°も左向きにずれている。普通、海上では、このずれは15° 前後であることを考慮すると、それより約20°も大きいずれである。

しかし、850hPa 面では実測風は地衡風よりわずかに大きく、しかも風向は 地衡風から逆方向に28°もずれている。つまり、実測風は低気圧から高気圧 の側へ吹いている。海上風と850hPa 面の実測風はほぼ等しくなっている。

このときの海面水温は13℃、海上気温は7℃で水温気温差は6℃、風速も 強く大気の鉛直方向の混合は激しかった。そのため、海面から高度1,700m まで発達した大気混合層(鉛直方向によく混合 された状態の大気境界層) の中では風向・風速は近似的に一様になっていたのである。

700hPa 面より上空では地衡風速と実測風速はほぼ同じ値となっていた。 要約すると、境界層の下部層の風速は上空の地衡風ベクトルの方向へ 引きずられ、上部層の風は下層の地衡風ベクトルの方向に引きずられる。

(注)大気の安定度は、陸上では、普通、日中不安定に、夜間は安定になる。 海上では水温の日変化が小さく(1℃以下)、安定度は昼夜でほとんど 変わらない。しかし、海上では下層雲が境界層の上部にあるような場合、 雲層が日中は日射で加熱され大気は安定化するが、夜間は大気放射で雲層 は冷却し不安定化する。

Q & A

以下の質問は気象予報士向けに行なった講習会で出されたものである。

Q1.1: 幾何学的粗度hの決め方は?

A1.1: 幾何学的粗度とは地表面の凹凸の大きさであり,長さの単位で表す。 水田の場合はイネの平均の背丈,森林では樹冠の見える樹木についての 平均の高さである(林床に生えている背丈の低い草木は除く)。

積雪面の幾何学的粗度は,例えば,写真撮影して測る方法がある。 その際,積雪面に垂直な薄い黒色の平板を立てて積雪の表面の凹凸を測り, その凹凸の標準偏差をhとする。小石などからなる河原では,河原の上の 2点間に真っすぐ糸を張り,糸までの高さを測り,凹凸の標準偏差をhとする。

この方法では,下の地表面が起伏している場合,hは測定する距離によって 変化するので,測定距離を明記しておかなければならない。 普通,hの100~1000倍程度の距離を測定すればよい。

さらに,村落や都市について,その地域の代表的な風速を知る目的の 場合には,各風向について対象地点を基準として風上測線を中心とする 中心角45°,半径が風速計の設置高度(6mとか,25m)の約100倍の 距離(600mとか,2.5km)の範囲について幾何学的粗度を求める。 幾何学的粗度と空気力学的粗度の関係は文献を参照されたい (近藤・山澤,1983;Kondo and Yamazawa, 1986; 近藤,1994,p.123~p.124)。

Q1.2:気象官署やアメダス地点の粗度の数値はどこに示されているか?

A1.2:全国各地の観測所周辺の状況図は各管区気象台に保管されており, また,国土数値情報から調べることができる。土地利用状況と粗度の関係 (近藤・山澤,1983;Kondo and Yamazawa, 1986; 近藤,1994,p.123-p.124)を利用して求まる風向別の粗度については, 北海道から東北地方北部までのアメダス241地点は近藤ほか(1991)に, 東北地方南部から中部地方までのアメダス281地点は桑形・近藤(1990)に, 沖縄を含む西日本のアメダス316地点は桑形・近藤(1991)に,さらに 全国気象官署155地点の粗度と,統一高度50mの風速(地域代表風速) を算出する際に必要な係数は近藤ほか(1991)に示されている。

ただし,将来,観測所の周辺状況が大きく変わるようなことがあれば, 粗度の計算はやり直さなければならない。

Q1.3:関西空港で予想される台風時の最大瞬間風速(突風率×平均風速) はどのように見積もればよいか?

A1.3:①アメダス以外の地点についても,土地利用状況と粗度の関係を 利用して粗度を求めることができる。しかし,関西空港の場合, 海からの風が吹く場合には,海面の粗度(暴風時を想定すれば, z0=0.001 m)を(式5)または(式6)に応用しu*を求め, (式3-1)と(式4)から突風率を推定する。

②関西空港では実際に風速が観測されているから,そのデータを 利用するのが最善である。すなわち,普段の強風時(風速10m/s以上) の風速観測データを利用して,突風率(縦軸)と風向(横軸)との関係を 事前に調べておく。この場合,海水温度と気温の差,つまり大気の安定度が 季節によって変わるので,風向別の突風率は季節ごとに求めておくのがよい。

強風時の突風率は風速にほとんど依存しないと予想されるので, この事前調査が役立つ。

Q1.4:係数は,いつもγ=3と考えてよいか?
平均風速Uのデータがあるとき,最大瞬間風速Umaxを推定する際の 式:
Umax-U=γσU=2.7γu* (γ=3)のγである。

A1.4:強風のときの各瞬間の風速値が近似的に正規分布をもつもの とすると,平均風速より標準偏差の2倍以上の強風,すなわち2σ以上の 値をもつ確率は0.02275,3σ以上は0.00135,4σ以上は0.00003である。

この確率から,通常,平均的にγ=3程度を見込んでおけばよいが, もし安全性を考える場合には,γ=4~5を見込むがよいであろう。 実際には,遠方の地形の影響も含まれ,風速は複雑な様相を示すので, 遠方の地形にも注意しよう。

推定方法のもう一つは,大気が不安定なとき,地上での最大瞬間風速は 地衡風速または傾度風速(つまり上空の風速)の0.8~1.2倍程度になり 得ることも記憶にとどめておこう(近藤・桑形,1984)。

Q1.5: 統一高度の風速を推定する方法は?
気象台やアメダス地点では風速計の設置高度が不統一である。 風の解析を行う場合に統一高度の値を知りたい。

A1.5: 地表面の粗度z0は,各地点ごとに既知とし, 風速計高度をzA(6.5m~60m),その高度における 風速の観測値をUAとする。

(式1)より統一高度zB(たとえば50m)の風速UBは 次式で推定できる。

  UB=UA×[ln(zB/z0)]/ [ln(zA/z0)] ・・・・・(式7)

これは風速が比較的強く,大気の安定度が中立に近いときに近似はよいが, そうでない場合には安定度の影響を考慮する必要がある。

文献

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Ibbetson, A.,1978: Topics in dynamical meteorology. 6. Some aspects of the  description of atmospheric turbulence. Weather, 33, 369-382.

桑形恒男・近藤純正,1990:東北南部から中部地方ま でのアメダス地点における地表面粗度の推定.天気, 37,197-201.

桑形恒男・近藤純正,1991:西日本アメダス地点にお ける地表面粗度の推定.天気,38,491-494.

近藤純正,1982:大気境界層の科学.東京堂出版, pp.219.

近藤純正,1987:身近な気象の科学.東京大学出版会, pp.189.

近藤純正(編著),1994:水環境の気象学-地表面の 水収支・熱収支-.朝倉書店,pp.348.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー. 東京大学出版会、pp.324.

近藤純正・桑形恒男,1984:東北地方多地点一斉大規 模山林火災を誘発した1983年4月27日の異常乾燥強 風(2).天気,31,37-45.

近藤純正・桑形恒男・中園 信,1991:地域代表風速の 推定法.自然災害科学,10,171-185.

近藤純正・山澤弘実,1983:局地風速と現実複雑地 表面の粗度.天気,30,553-561.

Kondo,J. and H. Yamazawa, 1986: Aerodynamic roughness over an inhomogeneous ground surface. Boundary-Layer Meteor.,35, 331-348.

桑形恒男・近藤純正,1992:風速計高度や粗度の違 いを考慮した1991年台風19号の強風解析.自然災 害科学,11,87-96.

Mart, L., 1981: The early evening boundary layer transition. Quart. J.Roy. Meteor. Soc., 101, 147-161.

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