M61.都市昇温の緩和策

著者:近藤純正
都市昇温(熱汚染)は緑地の減少、人工廃熱の増加、高層ビルの増加などによって生じたもので、 100年間当りの地球温暖化量よりも大きい。都市昇温の緩和策としての風通し、散水、緑のカーテン の効果について検討した。緑のカーテンには、遮光(すだれの効果)と蒸散による低い温度による 放射冷却(体感温度を下げる効果)と冷気発生(気温を下げる効果)の3つがあり、冷気を発生させる には適当な工夫が要る。

都市全域のヒートアイランドの緩和策として緑地の配置、風下への悪影響などについても 考察した。都市の風下に及ぼす高温の悪影響を少なくするには、風上側の都市には必ず緑地や 水分を含む裸地が残されていなければならない。 (完成:2011年5月12日)

●本シリーズは、講演内容に、研究の背景などを加筆した要約である。

これは、2011年7月23日に筑波大学で開催の日本ヒートアイランド学会の基調講演「都市気候」の 後半部分の概要である。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。


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更新記録
2011年4月29日:ほぼ完成
2011年5月2日:所々を削除・加筆
2011年5月5日:所々に加筆、体感温度と黒球温度を区別
2011年5月12日:6節の(1)小規模緑地の項に、加筆




   目次
          61.1 はしがき
          61.2 風通しの効果
          61.3 蒸発散と反射の効果
          61.4 散水の効果
        黒球温度の定義、放射感度と壁温感度の定義
          61.5 緑のカーテンの効果
        すだれ(遮光の効果)、緑のカーテン(冷気発生と低温放射の効果)
          61.6 気候改変上の注意
        小規模緑地を多く、熱交換を大きく、悪影響を及ぼさない
          61.7 人体が感じる温度
     まとめ
          参考文献


61.1 はしがき

都市では、地球温暖化による気温上昇(約0.7℃/100年)とは別に、都市化による気温上昇(熱汚染) がある。日本の代表15都市の熱汚染量の平均値は、1950年~2000年の50年間に約1℃である。 特に夜間の気温が下がりにくくなり、日較差は13%も減少した。(「身近な気象」の 「都市気候」の59.1章を参照)

熱中症が1990年代から問題化し、猛暑の2010年には死者は約200人、重症は約2000人、病院に運ばれた 者は5万余になった。これは大きな社会問題であり、産経新聞論説委員・長辻象平氏は 「キラーヒート」とよんだ。都市化による熱汚染は進んでおり、熱中症は今後ますます増える と考えられる。

都市化による昇温の主な原因は、都市構造物の熱パラメータ(=熱容量×熱伝導率)が大きく なったこと、人工廃熱の増加、蒸発散量の減少、大気汚染、ビルの高層化(幾何的構造の複雑化に よる正味放射量の増加)などである。

都市設計や個人の工夫によって、都市の昇温(ヒートアイランド)を緩和することは可能である。 緑地を増やすこと、高さの異なる乱雑なビルでなく、高さ制限と無建築面積を増やし、建築物の 容積率の制限、エネルギー消費の抑制などがある。本論では、これら緩和策と関わる諸問題について 考察する。

61.2 風通しの効果

河川の水は大気を冷やすと考える人々は多いようだが、強風でない限り、水温は平均的に気温より 高くなっている。河川の効果は風通りを良くし、日中の涼しい海風を内陸まで効率よく運ぶことに ある。

図61.1 は仙台の廣瀬川に架かる宮沢橋の上とその両岸の約400mの距離にわたって観測した夏の 晴天日の気温分布図である。橋の上の気温は市街地よりも約3℃も低温である。橋の上の気温が27℃に 対し、河川の水温は30℃を超えており、川水が大気を冷却していないことが分かる。

この観測が行われた 1994年夏は猛暑の干ばつであり、水量が少なかったことも水温が高くした原因である。この図では、 岸から100mの範囲までの市街域が涼しくなっている。

宮沢橋横断の気温分布
図61.1 仙台の廣瀬川に架かる宮沢橋を横断する道路沿いに観測した気温分布、1994年7月26日 (菅原広史、1994)。「研究の指針」の 「6.気象学 夏の学校(2004年7月24日)」の付図6.2に同じ。

61.3 蒸発散と反射の効果

図61.2 は、蒸発効率(蒸発ゼロのとき 0、水面のとき 1)と日射に対する地表面の反射率を変えた ときの、地表面温度の日変化である。

函
図61.2 地表面温度の日変化(近藤 2000、図5.8より転載)。「研究の指針」 の 「基礎3.地表面の熱収支と気象」の図3.18に同じ。

黒いアスファルト道路と芝生地の反射率は同じだが、芝生地の蒸発効率は0.4だけ大きく、地表面 温度は昼夜にわたり低下し、日較差も小さくなっている。

黒いアスファルト道路と新しいコンクリートの地面はともに蒸発ゼロだが、新しいコンクリートは 白く反射率が0.4だけ大きく、芝生地とほぼ同じ温度変化を示している。

屋上緑化は都市昇温の緩和策として行われている。これと同じ効果は、太陽光をよく反射するように 屋上を白色塗装することで得られる。

図61.3 は東京白金台の自然教育園の森林とその外側の市街地で観測した晴天日の気温日変化である。 森林内の気温は、日中は2.5℃ほど、夜間は2℃ほど低温であり、森林内の気温日較差は小さい。

函
図61.3 東京白金台の自然教育園内と市街地の気温日変化の比較、2010年8~10月の晴天29日間平均 (清水ほか、2011:国立科学博物館附属自然教育園の許可を得て転載)。

森林の効果は日平均気温を低下させ日較差を減少させることである。日射の遮へい、蒸発散の増加、 熱交換速度の増加は、いずれも同じ効果をもつ。熱交換速度が大きいとは、樹冠部の重なる葉層が 熱交換を盛んにすることを意味し、風通しがよいことや風速が強いことと同じ効果をもつ。

蒸散のない森林状の天蓋構造でも、森林に匹敵する気温低下をもたらすことは可能である。つまり、 太陽光を遮光し、吸収した放射エネルギーは天蓋の温度を上昇させ、長波放射と顕熱に変換し、 上空へ運ぶことによって、天蓋下の下層の気温・地温を低く保つ。天蓋(canopy)は、平板よりも 熱交換が盛んな小葉から成る群落構造が有効である。さらに、反射率の大きい材質で天蓋をつくれば、 森林と同様な効果を生むことができる。

61.4 散水の効果

散水は気温を下げるよりは、体感温度を下げる効果がある。数年前のこと、各地で路面散水の イベントがあり、「散水によって気温が2℃下がった!」という報道があった。強い日射条件における 野外では気温変動は数℃もあり、気温観測は難しく、誤差が大きい。

イベント会場に筆者は同じ形式の温度計を持参し、日陰でセンサーを左右に振ることで風を当てて測ると、 彼らの気温より4℃も低かった。「研究の指針」 の「K13.打ち水の科学」の「13.1 はしがき」を参照。

熱暑環境を評価するために黒球温度を用いる温熱指数(暑熱指標)や湿球黒球温度が利用される。 黒球温度とは、野外の自然条件に置かれた黒色の球体の温度のことである。検討してみると、 これらを用いた暑熱を表す指標には曖昧さがある。「研究の指針」 の「K17.暑熱環境と黒球温度」の「17.1 はしがき」~ 「17.3 湿球黒球温度の問題点」を参照。

黒球温度の定義
それらの曖昧さをなくするために、ここでは直径0.15mの金属の黒球を想定する。金属の熱伝導はよく、 黒球内の温度は一様と見なし、環境条件を与えたときの湿った黒球温度を熱収支式によって計算する。 この計算で得られる湿った黒球の温度を黒球温度と定義する。ただし黒球表面の湿り具合 は蒸発効率βで表す(完全に乾いていればβ=0、完全にぬれていればβ=1)。

東京の夏の地方時16時、大気混濁係数=0.1を想定する。放射量の単位をW/m2で表し、 散水前の直達日射量=665、散乱光=66、大気放射量=412、地面反射光=89、地面長波放射量=619、 黒球(蒸発効率=0.3と0)の温度(黒球温度)を散水前と散水後について比較した(表61.1)。 ただし、散水後の地面反射光=45 W/m2、地面長波放射量=546 W/m2である。

注:散水前に比べて散水後の放射量の減少は117 W/m2 [=(89+619)- (45+546)]である。 直達日射量は球の断面積に入るためにその1/4が、それ以外の放射は半球面に入るのでその1/2が球面 平均の入射量となる。

一方、球面から出る長波放射量と顕熱・潜熱輸送量は全球面から放出される。 計算では球の周りの自然対流も考慮する。表61.1 では、球面の単位面積当たり58.5 W/m2 (=117/2)の入射量の変化により4列目に示す黒球温度の差ができる。

放射感度と壁温感度の定義
「放射感度」は球面の単位面積当たりに入る放射量が1 W/m2増加したときの黒球 温度の上昇率(℃/Wm-2)として定義する。

「壁温感度」は30℃の室内にある黒球を想定した場合、周囲 (壁・天井・床)の壁面温度の上昇に対する黒球温度の上昇率(=黒球温度上昇 / 壁面温度上昇) として定義する。

温度30℃のとき、1 Wm-2の増加は周囲の 温度が0.16℃上昇したときの黒体放射量に相当する。

表61.1 野外における黒球温度の計算。東京の夏の晴天日 [ 地方時=16時、 気温=30℃、 水蒸気圧=25hPa(相対湿度=59%)、大気混濁係数=0.1 ] を想定したときの湿った黒球温度 (直径=0.15m、蒸発効率=0.3および0)と風速の関係。散水前(路面温度=50℃、反射率=0.2) と散水後(路面温度=40℃、反射率=0.1)の黒球温度と、前後の黒球温度差。

風速 黒球温  黒球温  黒球     放射   壁温
     散水前 散水後  温度差   感度  感度
m/s     ℃   ℃    ℃  ℃/Wm-2  ℃/℃
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
β=0.3
0     43.8   41.2      2.6   0.044    0.28
0.3    40.7    38.3      2.4    0.041    0.26
0.6    38.3    36.2      2.1    0.035    0.22
1   36.5    34.7      1.8    0.031    0.19
3   33.1     31.8    1.3    0.022    0.14
5   31.8     30.7      1.1    0.019    0.12
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
β=0(蒸発なし黒球)
0     53.8   49.5      4.3   0.073    0.46
0.3    51.4    47.2      4.2    0.071    0.44
0.6    48.8    45.0      3.8    0.064    0.40
1   46.5    43.2      3.3    0.056    0.35
3   41.8     39.3    2.5    0.043    0.27
5   39.8     37.8      2.0    0.034    0.21


蒸発効率β=0.3の場合
表によれば、散水によって日射の反射が少なくなったことと地面温度が10℃下降したことで、 体感温度は1.1~2.6℃下がる。黒球温度の「放射感度」は、風速ゼロで0.044℃/Wm-2で ある。

一般に、放射量の変化は具体的に分かり難いので、例えば壁面からの放射量の変化を壁面温度の 変化に換算して表す「壁温感度」を定義した。つまり、仮想的に室内を想定した時(風速=0m/s)、 周囲(壁・床・天井)の温度の1℃の変化に対する黒球温度の「壁温感度」は0.28℃(=0.044/0.16)、 したがって周囲(壁・床・天井)の温度を3.6℃(=1/0.28)下げれば、黒球温度は1℃下がる。

なお、人体が感じとれる温度は1℃である。

風速=1m/sの場合は、風速ゼロに比べて壁温感度が0.19℃/℃と小さくなるのは、もともと 風速=1m/sでは、風速ゼロのときに比べて、黒球温度が低くなっているからである。

蒸発効率β=0(蒸発ゼロ)の場合
黒球温度の変化は、風速ゼロで4.3℃、風速1m/sで3.3℃となる。 放射感度は、それぞれ、0.073、0.056℃/Wm-2である。

風速ゼロでは放射感度は0.073℃/Wm-2であるので、室内では壁・床・天井の温度が 1℃下がれば黒球温度は0.46℃(=0.073/0.16)下がる、つまり壁温感度は0.46℃/℃である。

以上は、十分広い範囲に散水が行われた場合である。現実の散水は人体から路面側半球の立体角の 1/3~1/2範囲であろうから、散水の黒球温度に及ぼす効果は、風速=0~5m/s、β=0~0.3の範囲で、 (1.1~2.6℃)または(2.0~4.3℃)の1/3~1.2倍であり、0.4~2℃と見なされる。

人体の蒸発効率(発汗による体表面の湿り具合の程度)は状況によって変化すると考えられるが、 上記の結果は黒球の蒸発効率が0~0.3の間にあるとしての見積もりである。人体について、蒸発効率 の正しい値と、黒球温度と体感温度の関係を知ることは将来の課題である。

61.5 緑のカーテンの効果

つる性の植物で作った、いわゆる「緑のカーテン」は、遮光(すだれの効果)、蒸散によって できた低い温度からの放射冷却(黒球温度を低下させる効果)、冷気発生(気温を直接下げる効果) の3つをもつ。これらの効果を黒球温度の変化から調べることにする。

すだれ(遮光の効果)
すだれは散乱光を遮光する効果がある。すだれの効果のみを見るために、ここでは直達光=0と設定する。 また、周囲からの長波放射については、気温に等しい黒体放射量があり、気温=30℃の場合には 大気放射量=地面放射量=479.2W/m2と設定する。

前記のように、夏の天空散乱光=66W/m2、 地面反射光=89 W/m2であり、窓に近い室内では、これら合計の1/3程度(50 W/m2) が入るとすれば、黒球表面の単位面積当たりでは25 W/m2となる。50 W/m2 の散乱光が部屋に入ったときと、遮光したときの黒球温度を表61.2 に示した。

表によれば、室内の風速=0.6m/sのとき、β=0.3~0での黒球温度の直接的な変化は1.1~1.8℃である。

表61.2 室内における黒球温度の計算。夏の晴天条件で [ 地方時=16時、気温=30℃、 水蒸気圧=25hPa(相対湿度=59%)] 、室内に入る散乱光=天空+地面=50 W/m2の ときと、完全に遮光したときの黒球温度(直径=0.15m、蒸発効率=0.3および0) と風速の関係。

風速  黒 球 温 度   黒球     放射    壁温
    散乱光 遮光  温度差   感度   感度
m/s     ℃   ℃    ℃  ℃/Wm-2  ℃/℃
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
β=0.3
0     30.69   28.16    2.5   0.101    0.63
0.3    28.80    27.40    1.4    0.056    0.35
0.6    28.24    27.12    1.1    0.044    0.28
1.0   27.87   26.73    0.9    0.038    0.24
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
β=0(蒸発なし黒球)
0     32.71   30.00    2.7   0.109    0.68
0.3    32.07    30.00    2.1    0.083    0.52
0.6    31.76    30.00    1.8    0.070    0.44
1.0   31.53   30.00    1.5    0.061    0.38


この直接的な効果のほか、すだれは床・壁・天井が吸収する散乱光も遮光し、室内の床面温度を 下げる効果もある。床(平板)面は、熱交換係数が球より小さく、かつ蒸発がないので(β=0)、 前記の黒球温度の低下より大きく低下し、遮光によって床面温度は3~4℃低下する。室内の風速 =0.6m/sのとき、この床面温度の低下が黒球温度をさらに(3~4)×(0.28~0.44)=0.8~1.8℃ 低下させる。

前記の直接的影響を加えると、遮光の効果として黒球温度の低下=(1.1~1.8)+(0.8+1.8) =1.9~3.6℃となる。

昔から利用されてきた「すだれ」は細くて熱伝導率が小さい自然素材でできている。 細い素材は熱交換係数が大きく太陽に面する表側の温度を高温にしない効果があり、熱伝導係数が 小さいことは裏側(部屋側)の温度を低くする効果がある。わが家で使っているのは、 直径2~3mmの細い中空円柱状の自然素材(ヨシ)で作られている。

本論で検討した結果、昔の人たちは素晴らしい物を利用してきたことに感心させられる。

次に示す緑のカーテンの蒸散による冷気は、日射のもとで葉温を気温より低くする工夫がなければ 発生しないので、緑のカーテンにこだわる必要性は小さい。

緑のカーテン(冷気発生と低温放射の効果)
緑のカーテンは遮光の効果をもつが、ここでは、それ以外の効果を考える。日向の壁や窓をつる性 の植物で覆い、暑さを緩和することが試みられている。

ここでは、気温と黒球温度を区別して取り扱っている。

黒球温度の定義で用いた直径d の黒球を葉面にも代用する。葉面は裏面で蒸散が生じるのに対し、 湿った黒球は全表面で蒸発する違いはあるが、同じ寸法(直径)では、円板と球の熱交換はほぼ 同等とみなしてよく、熱交換係数(ヌッセル数)は直径の1/3~1/2乗に比例し、寸法への依存性は 大きくない。そのため、直径 d の葉面は直径 d の球と見なしても大きな違いは生じなく、 緑のカーテンの効果の見積りに代用する。

函
図61.4 夏の晴天日午後の葉面・気温差と風速の関係、パラメータは葉面の蒸発効率、条件として 直達日射量=665W/m2、気温=30℃、水蒸気圧=25hPa。左図:直径=0.15m、右図: 直径=0.01m。

図61.4(左)は直径0.15mの葉面・気温差と風速の関係であり、パラメータは蒸発効率β=0(乾燥面)、 0.3(半湿り)、1(全面が蒸発面)である。条件は前節と同じ東京の夏の晴天日午後を想定している。

強い日射の条件では、風速>1m/s、β=1の条件でなければ、葉温は気温より高く、緑のカーテンを 通過して室内へ入る風は気温より高くなり冷気は発生しない。

そこで、大きい葉面よりも熱交換が盛んな直径=0.01mの小葉とした場合を右図に示した。 風速>1m/sならβ=0.3でも葉温は気温より低くなるが、微風ではいずれの場合も葉温は気温より 高温となり、室内に冷気を送ることはできない。

それゆえ、緑のカーテンは1重でなく、多層とし、最も外側では遮光の役目をさせて、それからの 木漏れ日で 2~3 列目の葉面の蒸散作用で冷却させる。

次に示す図61.5(左)は木漏れ日の条件(直達日射量=100W/m2、簡単化のために散乱光=0) における葉面・気温差と風速の関係である。蒸発ゼロ(蒸発効率=0)でなく、蒸散があれば、 葉温は気温より低くなる。

図61.5(右)は葉面(黒球)の単位面積当たりの顕熱輸送量である。マイナスは葉面が顕熱を空気 から奪い、そこを通過する風の温度を下げることを意味する。風速<1m/sの微風条件では、 葉温・気温差=-3~-6℃、顕熱輸送量は-80~-250W/m2である (風速=0.3~1m/s、β=0.3~1の範囲)。

緑のカーテンは風が通り抜けなければ冷気の効果はでない。室内から緑のカーテンを見たときの 葉面積指数=1m2/m2とする(風に垂直な緑のカーテンの単位面積1m に存在する葉面の合計面積が1m)。

ちなみに日本の密な森林の葉面積指数は 6 m2/m2程度である。

函
図61.5 夏の木漏れ日にある葉面・気温差と風速の関係(左図)、葉面からの顕熱輸送量と風速の 関係(右図)、パラメータは個葉の蒸発効率(直達日射量=100W/m2、気温=30℃、水蒸気圧=25hPa)。

葉面積指数=1m2/m2とすれば、カーテンの1m2当たりで失う 顕熱輸送量も単葉の単位面積当たりの顕熱輸送量と同じで、-80~-250W/m2である。

図61.6 は以上の設計による緑のカーテンの模式図である。太陽が照射するカーテン外側は日除けの 役目の葉、2~3列目の葉は木漏れ日で蒸散して冷気を室内に送る役目である。β=0.3とβ=1に ついて気温の低下量 DT を計算した。図中に示すように、β=0.3では 気温低下量 DT=0.12~0.22℃ となる。

函
図61.6 緑のカーテンを通り抜けた空気の気温低下量DT。図中の DT は、最外側の日除けの役目の葉 による暖気を含まず、木漏れ日で蒸散する葉による気温低下量のみを表す。

第1列目で暖気発生、2~3列目で冷気発生、両者は相殺されて残りの冷気はわずかで、4列目から 有効な正味の冷気が発生することになる。つまり緑のカーテンは多層構造でなければ冷気が発生 しない。

次に、室内における黒球温度の低下量を見積もってみよう。簡単化のために、まず、緑のカーテン が非常に広く、黒球は全立体角の1/3が-3℃低い緑のカーテンに面している場合、表61.2 に示した 壁面感度を用いると(0.28/3)×3=0.28℃(風速=0.6m/s)、(0.24/3)×3=0.24℃(風速=1m/s) となる(β=0.3の場合)。

気温低下と黒球温度の低下の合計は0.16+0.28=0.44℃(風速=0.6m/s、β=0.3)、 0.12+0.24=0.36℃(風速=1m/s、β=0.3)となる。

前記のすだれの効果(遮光の効果)より温度の低下量が小さい。

蒸発が最大になるように蒸発効率β=1の人造葉面でカーテンを作った場合、葉温・気温差は約2倍と なり黒球温度の低下の合計は約2倍の1℃弱となる。すなわち、

0.28+0.28×(6/3)=0.84℃(風速=0.6m/s, β=1)
0.21+0.24×(6/3)=0.69℃(風速=1m/s, β=1)

備考:
放射感度と壁温感度は表61.1と表61.2で違いがあるように、放射条件や気温、βの値によって変化 する。 両表では直達光が「ある」、「なし」の大きな違いにより、感度が2倍ほど変化している。 しかし、この「緑のカーテン(冷気発生と低温放射の効果)」の項では、直達光=0の条件内での β=0.3と1の両者に対して、同じ放射感度と壁温感度を用いても誤差は微小である。

以上は、気温=30℃、水蒸気圧=25hPa(相対湿度=59%)、葉面積指数=1m2/m2 の条件における結果である。葉面に当たる日射量が微弱な場合には、葉温・気温差は飽差 (=飽和水蒸気圧-水蒸気圧)に比例するので、大気が乾燥しているほど、黒球温度は低下する。

さらに、葉面積指数を2倍にすれば、気温低下は2倍となる。ただし、風通しを悪化させない程度の 葉面積指数としなければならない。これらの工夫がなければ、蒸散による冷気は十分に発生しない。

さらなる工夫として、直射が注ぐ外壁は気温より10~20℃も高温になるので、外壁にも緑のカーテン を張り、遮光・断熱し、部屋の内壁温度を下げれば、室内の気温と黒球温度を合わせて数℃低下させる ことは可能である。これらの工夫がなければ、緑のカーテンの優位性はなく、すだれで十分である。

窓辺に植えた朝顔の葉数は少なく、葉面積指数は1前後または1以下なのに、人々はなぜ好んで 大事にするか? 人々は気温や体感温度だけを目的に暮らしているのではなく、朝ごとに咲く朝顔の 数輪を見て清々しい気分を味わい、快適な暮らしに活かしている。

61.6 気候改変上の注意

(1)小規模緑地を多く
都市全域のヒートアイランドを緩和するために緑地を増やす方法がある。その場合、緑地の総面積 が同じだとすれば、大きな緑地よりは小規模緑地を多数箇所に作るがよい。図61.7はその模式図である。

左方から風が吹くとして、蒸発散は緑地の風上側で最大となり、風下ほど少なくなる。上図に 示すように緑地が大規模であれば、平均の蒸発散量は少なくなる。その風下の蒸発散ゼロの地表面上 では、蒸発散で得た水蒸気は上空へ拡散され風はやや乾燥する。そのやや乾燥した空気が次の緑地へ くると、再び緑地から水蒸気の供給を受ける。

一方、下図に示すように小規模緑地なら、平均の蒸発散量は大きくなり、その分だけ気温・地温 上昇に費やされるエネルギーが少なくなる。

函
図61.7 緑地など蒸発散域の総面積が同じ場合、小面積の緑地が多くあるほうが都市域全体として 総蒸発散量が多くなる模式図。

これはオアシス効果または移流効果ともよばれる。植物葉面の小さな気孔の総面積は葉面積の1%程度 である。このわずかな面積からの蒸散量は、葉面すべてがぬれているときの蒸発量の10%程度である。 人体の皮膚の汗腺も同じ効果をもっている。

注意:小規模緑地
上記は都市全域あるいは小地域を想定した日中の気温上昇を緩和する場合である。
ビルの谷間が多い地域では、夜間は放射冷却で地面温度・気温を下げるほうがよい。そのため、空が 見える天空率を確保しなければならない。小規模緑地を多くつくる際にこのことに注意すべきである。
緑地の幅 w と建物高さ h の比(h/w)と天空率ψとの関係は(中川、1996)、
 ψ=cos[arctan(2×h/w)]
である。 h/w が大きいときは、ψのh/w 依存性が弱くなる。h/w=1でψ=0.45、 ゆえに放射冷却を考えれば緑地は最低でも h/w=1 程度の広さが必要となろう(菅原広史博士私信)。

(2)熱交換を大きく
地表面付近の気温と地温の上昇量を少なくするには、地表面の熱交換速度を大きくすればよい。 建築物などを密集させず、路面付近の風速が強ければ、熱交換速度は大きくなる。風の通り抜けを よくすることと同じである。しかし、次に述べるように、熱交換を大きくすると風下へは悪影響を 及ぼすことになる。

(3)悪影響を及ぼさない
地面付近にたまった熱エネルギー(高温空気)を拡散させれば気温は下降するが、その熱エネルギー は風下に運ばれ、風下の気温を上昇させる。

蒸発散量を増やすことによって昇温を抑制すれば、発生した水蒸気は風下側に運ばれ、風下の住民 の体感温度を上げることになる。

広範囲を植樹などで遮光すればその下層の気温・地温は低下する。図61.8 は仙台市の定禅寺通りで 観測された気温の鉛直断面である。幅員45mの道路にケヤキ並木が4列植えられており、12m幅の 中央分離帯と両側に7mの歩道がある。ケヤキは1958年に植樹され、当時は周辺の建物も低かったが、 樹高が伸びた最近では、高いビルも増えた。そのため、風の通り抜けと鉛直混合が弱まり、樹冠内は 自動車の排気ガスによる汚染で問題になった。

函
図61.8 仙台市の定禅寺通りで観測した晴天日気温の断面図、樹冠部は破線の楕円で示す。 左図:6月、右図:9月(菊地ほか、1993)。「身近な気象」の 「M21. 温暖化と都市緑化(Q&A)」の図21.3に同じ。

6月(左図)には樹冠上部層と路面上の気温差は1℃以上、9月(右図)には2℃以上あり、日中で ありながら気温の逆転層が形成されている。逆転層を弱めるために、密集した枝の剪定を行い 日射の透過と風の鉛直混合を良くしなければならない。

61.7 人体が感じる温度

不快指数は、気温と湿度だけを考慮した指数である。β=0の黒球温度は、湿度以外の要素が考慮された ものである。湿球黒球温度は全要素を含む指標ではあるが、実際に野外で計測する際に数℃の 曖昧さがある。

本論では人体の蒸発効率を未知としながらも、蒸発効率β=0~0.3を想定して 黒球温度を定義し、散水、すだれ・緑のカーテンの効果について考察した。黒球温度は、気温のみ ならず、湿度、風速、日射、路面やビルからの反射光、大気放射、地面温度やビル壁温度から放射 される長波放射の熱収支によって決まる。そのほか、人体が感じる温度・快適さには目で見える 景観・色彩も影響する。図61.9にその模式図を示した。

函
図61.9 野外での体感温度と環境の模式図。「研究の指針」の 「K13. 打ち水の科学」の図13.7に同じ。

昔のソウル市内には清渓川(チェオンギェチョン)が流れていたが、この川を暗きょにして、 その上に高架の高速道路を通した。この高架道路を撤去して清渓川を復元すれば、ヒートアイランド の緩和、そのほかに役立つという公約を掲げた市長候補者(現在の韓国大統領・李明博氏)が当選 した。

その公約実現の工事が行われていた2005年に筆者はソウルで集中講義を行った。研究者たちの目的は、 川の復元によって気温がどれだけ下がるか、観測で確かめたい。そのための基礎知識を得たいという ものであった。

図61.9 はその集中講義用に作成した模式図である。研究者たちは気温ばかりに関心をもっていたので、 筆者は気温以外の環境も重要であることを指摘した。そして、清渓川の復元前と後に住民にアンケート することを勧めた。復元後に心地よい環境になったと感じる人が多ければ、この改変は成功したので あり、気温観測だけを重視すべきではないと伝えた。

しかし、アンケートが行われたかどうかは不明である。

まとめ

本章では、湿った黒球の黒球温度を計算した。黒球温度は気温のほか、放射量、湿度、風速に依存 する環境パラメータである。人体の蒸発効率と、黒球温度と体感温度の関係を知ることが将来の課題 である。

  (1)夏の都市気温の上昇を抑制し体感温度を下げるには、風通しと遮光が重要である。最近の住宅 はのき(軒)が短く、ひさしも無くなってきたので、なぜなのかを特定非営利活動法人・緑の家 学校理事長の一級建築士・芝静代氏に尋ねると、敷地が狭くなり 長い軒を出せなくなったこと、軒の短い(無い)デザインが好まれるようになったこと、20~30年で 建て替えるので風雨から外壁を長期に守らなくてもよい、という理由によるという。長期間の経済性 を考えれば、日本の気候では幅の広い軒やひさしのある家を造り、100年以上使うほうがよいのに 残念なことである。

(2)散水は気温を下げるよりも、湿った黒球温度を0.4~2℃下げる効果がある (表61.1 に示す値の1/3~1/2)。

(3)維持管理の面から、緑のカーテンは建物の外壁に施し外壁温度を下げるのに利用する。 窓に緑のカーテンを作る場合は、正味の冷気が発生するよう多層に作り、しかも通風を妨げない 工夫が要る。取り扱いが簡単なすだれで遮光するのも良い方法である。

(4)都市全体のヒートアイランドの緩和策としての緑化は、小規模な緑地を多数つくることである。

(5)都市全体としての風通しが重要であり、風の道を多くつくることである。また、日射が多重 反射を繰り返す複雑な幾何構造の都市では都市全体としての反射率が小さくなり、高温化する。

(6)密集した高層ビル群の都市においては、夜間はビルの谷間では天空(低温)の見える範囲が狭く 下向き大気放射量が多いために放射冷却が弱まり、熱帯夜が多くなる。同時に地面に接する空間内に 占めるビル構造物が多いことから、地表層の熱的パラメータ(熱容量と熱伝導率の積)も大きくなり、 夜間の気温が一層下がり難くなる。

(7)図61.8に例示したように、気候改変を行った場合、他方では悪い結果をもたらすことがあるので、 注意が必要である。

(8)熱収支的観点からすると、地表面温度と地表近くの気温を下げるには、風速(熱交換速度) を大きくすればよい。しかし蒸発散がない条件では顕熱輸送量は風速とともに増加し、その結果、 風下の気温を上昇させる。 風下にこうした悪影響を及ぼさないためには、風上側で必ず蒸発散がなくてはならず、蒸発効率が1 に近いほど効率的であり、植生地や水分を含む裸地が必要となる。

こうして、風上の都市で蒸発散量を増やすと、風下では水蒸気量が増えるという影響を及ぼすことに なる。風下住民の体感温度が上がるか下がるかは、気温と水蒸気量(湿度)の兼ね合いで決まる ので、それには詳しい検討が必要となる。

備考
この(8)に関する理論的な内容は、「水環境の気象学」の図6.3に示されている。同じ図は 「身近な気象」の「M21. 温暖化と都市緑化(Q&A)」の図21.2 にも示されている。

参考文献

菊地 立、山口勝三、石川勲、境田清隆、1993:定禅寺通りケヤキ並木の気温鉛直分布 (未発表、菊地立教授による私信).

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、219 pp.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー.朝倉書店、350 pp.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、324 pp.

中川清隆、1996:都市地表面アルベドの表面形状依存性に関する数値実験.地理学評論、69A-6、 415-435.

清水昭吾、菅原広史、成田健一、三上岳彦、萩原信介、2011:自然教育園における冷気のにじみ 出し現象。自然教育園報告、第42号、39-47.

菅原広史、1994:都市気候システムにおける地表面状態の役割.東北大学修士論文 (1994年度).



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