M10.入門1:境界層と風
著者:近藤純正
	10.1 実例1:海上風と陸上風の比較
	10.2 実例2:環境変化に伴なう風速変化
	10.3 実例3:日本各地の山頂における風速
	10.4 大気境界層の特徴、風はどこで測るか

	10.5 風速の対数分布
	10.6 風のスパイラル
	10.7 大気安定度と風
	10.8 気圧と温度と風の関係、富士山頂の冬の気圧

	10.9 温度傾度があるときの風速鉛直分布
	10.10 慣性振動
	10.11 演習:風速の対数分布の作図
	要約
	参考書
この章についてのQ&A 「M13. 境界層と風(Q&A)」の章に掲載してあります。

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近年、さまざまな分野で気象学の基礎的知識が必要となってきた。この章と 続く2つの章は、気象学のうち「境界層の気象」を初めて学ぼうとする 方々を対象としたものである。 これらの章の目的は、大気境界層(地表面から概略1kmまでの大気最下層) についての基本的な知識を身に付けることである。
この大気層は、われわれの生活に密接な空間であり、大気と地表面(海面、 陸面)間では熱や水蒸気の交換が盛んに行われ、気温や風の変動が激しい ところである。
地球上のさまざまな現象は、地球に注がれる太陽エネルギーが源である。 このエネルギーの大部分は地表面に到達し、地球の表面を加熱し、海面や 土壌の水分を蒸発させたり、直接大気を加熱したりしている。蒸発や加熱の 度合いに地域的な違いがあると、気圧の分布が生じ、風が吹き雨や雪を降ら せる。こうした現象を引き起こす源に近いところの、地表面付近の大気 (大気境界層)についての理解を深めよう。

本文中の問10.1~問10.5に対しては、これまで各自がもっている知識をもとに 考察して回答するものとし、各問ごとに200~1,000字程度にまとめよ。 (完成:2005年7月16日)


10.1 実例1:海上風と陸上風の比較

神奈川県平塚市の海岸に防災科学技術研究所平塚実験場がある。その 沖合い1kmには海洋観測塔(図10.1)がある。この観測塔では風速、海流、 海水温度、波浪、潮位などが観測されている。
平塚沖観測塔
図10.1 相模湾の平塚沖1kmに1965年9月に建造された海洋観測塔、 高さは水面上25m、水深は20m。ここから陸上施設まで海底ケーブル が埋設されている。

2004年10月9日、台風22号がこの沖合い20kmを東北東へ向かった。 この台風が伊豆半島から相模湾、三浦半島、東京湾へと進んだときの 風速記録を調べてみよう。

図10.2は海洋観測塔と海岸の陸上観測塔で観測された風速の記録である。 上段は風向を示し、270°は西風、360°は北風、405°は北東の風を表す。 下段の白丸印は海上風速、黒丸印は陸上風速である。

[問10.1] 海上と陸上で風速が違うのはなぜか?

平塚の海上陸上風速
図10.2 沖合い1kmの海上(風速計高度は海面上21m)と陸上(風速計 高度は21m)における風速の比較、上段は風向、台風0422号が沖合いを 通過した2004年10月9日の記録。風速は1分間平均値を示す(「研究の指針」の 「9.風で環境を観る」の図9.8に同じ)。 (防災科学研究所平塚実験場における 観測データに基づく)

風速の比較を表10.1に示した。風速計高度は海面上21m(海洋観測塔)、 陸面上21m(陸上観測塔)でともに同じである。
       表10.1 台風0422号通過に伴なう海上風速と陸上風速の比較

                   海上風速   陸上風速   海上風速 / 陸上風速
    10分間最大風速    37m/s          20m/s       1.85
    1分間最大風速        38.4m/s        22.7m/s      1.69

10.2 実例2:環境変化に伴なう風速変化

図10.3は瀬戸内海の沿岸、香川県の多度津測候所(現在は無人の多度津特別 地域気象観測所)で観測された年平均風速の経年変化である。

多度津測候所は明治時代、交通の要衝として香川県では最初に開設された 気象観測所である。この測候所は当初、海岸にあった。1964年3月1日、 同じ敷地内の新庁舎への移転に伴い風速計地上高度は10.4mから 12.7mに変更された(現在は地上高12.1mである)。
1964年に測候所の北側の海水浴場などが埋めたてられ、その後、 住宅がしだいに建てられ、日の出町となり、現在の観測所は海岸から 約1kmとなった。

多度津の風速経年変化
図10.3 香川県多度津における風速の経年変化。赤の線は現在使用されている プロペラ型パルス式風速計が以前から継続して使用されてきたと仮定した ときの風速経年変化の傾向、ただし、緑の線は風速計地上高が10.4mの 時代(旧庁舎)の経年変化の傾向である(「研究の指針」の 「9. 風で環境を観る」の図9.6に同じ)。 赤と緑の線を描くに際して、4杯式風速計は回転部の慣性能率が大きく 実際の野外風速に対して強めに観測し、また風車型(プロペラ式)発電式 風速計は微風で回転し難く実際の平均風速よりも弱めに観測することを 考慮してある。

[問10.2] 多度津測候所における年平均風速は1965年から 1985年にかけて、 3.9m/s から 2.4m/s に弱くなった。 風速が弱くなったことから、どういうことがわかるか?

10.3 実例3:日本各地の山頂における風速

平地の地面付近の風速は地表面の種類・状態にもよるが、地面摩擦がないとき の風速(近似的に地衡風速)の20~50%である。たとえば、上空1~2km の自由大気中の風速が20m/s のとき、平坦地での地上風速は10m/s程度である。 しかし、山頂や尾根などではこれよりも強く、山かげや窪地では弱い (図10.4)。

山頂の風模式図
図10.4 平坦地、山頂、山かげにおける平均風速の高度分布模式図、数値は 地上5mの地上風速、破線は粗度の小さい平坦地面上の分布。 (身近な気象の科学、図15.1、より転載)

一般に、大気の成層(気温の鉛直分布)が安定な場合、つまり温位が下層ほど 低い場合、風が山に向かって吹くときは下層の空気は重くて山を 登ることが難しく、水平方向の迂回流となる。いっぽう大気の成層 が中立や不安定状態のときは山越えの風が吹きやすい。したがって、山頂での 風速は、自由大気中の風速が同じであっても、大気の成層状態その他によって 違ってくる。
なお、「おろし風」や「だし」などについての解説は山岸米二郎 (2003:風の基礎知識)のp.50-p.58、p.178-p.185を参照のこと。

図10.5は山で測った風速と地形突起度との関係である。地形突起度とは、 地形の凹凸を表す簡単なパラメータであり、観測点の標高とその周囲1km の円内の平均標高との差で定義する。地形突起度が正なら凸地形、負なら 凹地形、ゼロなら平坦地に相当する。

山の風速と地形突起度
図10.5 山の風速と地形突起度との関係、ただし、山の標高と同じレベルの 自由大気中の風速が20m/s のとき。白丸印は周囲が開けた観測地点、黒丸印は 窪地や風上側に岩や建物があったり周囲に樹木がある観測地点、×印は風向が 一般風とずれる観測地点を表す (身近な気象の科学、図15.2、より転載)。

[問10.3] 地形突起度が増すにしたがって山頂での風速は 大きくなり、自由大気中の風速(20m/s)に近づく傾向にある。 図10.5からわかることを要約せよ。

10.4 大気境界層の特徴、風はどこで測るか

地表面からの概略1km(陸上であるか海上であるか、その他の条件により 変わる)までの大気は「大気境界層」と呼ばれ、地面摩擦の影響を強く受ける 気層である(図10.6)。 大気境界層模式図
図10.6 大気境界層の模式図。図では大気境界層の厚さに比べて接地気層は 拡大してあることに注意のこと (身近な気象の科学、図6.7、より転載)。

高度が概略100m以下の層は、「接地気層」、略して「接地層」と呼ばれる。 さらに地面にごく近い層「キャノピー層」では、地面に存在する樹木や 都市構造物などによって風速や気温などの分布は複雑になっている。

いろいろな目的で地域の地上気象を知りたい場合、少なくとも水平スケールで 半径1km以上、可能ならば10kmの範囲の代表風速を観測することが 望ましい。

[問10.4] 各地域における地上の代表風速はどのような 場所・高度で観測すべきか?

[問10.5] 上空の自由大気と比べたとき、大気境界層の 特徴は何だろうか。風速や気温に見られる特徴としてどのようなことが 考えられるか?

10.5 風速の対数分布


グラフの表し方の復習
グラフによる気象要素の表現方法について学んでおこう。
対数曲線説明図
図10.7 対数曲線の説明図。縦軸をy、横軸をxとしたとき、3本の対数曲線 [ 破線:①y=log(x)、一点鎖線:②y=log(10x)、丸印付の線:③y =1.3×log(x/0.012)] を描いてある。ただし log は自然対数を表す。

通常、学校の授業では x(高さ)の関数としての y(風速)を表す場合、 x を横軸に、y を縦軸にとることになっている。

log(1)=0, log(10)=2.303, log(100)=4.605, ・・・・であるので、 曲線①に付けた赤矢印の先端は y=2.303 、曲線②に付けた青矢印の 先端も y=2.303 である。地表面付近の風速は図10.7に示す曲線①②③に似た 鉛直分布をしている。


気象学分野では、地上からの高さ方向を y 軸としたほうが感覚的にわかり やすいので、習慣的に x と y を逆にとり高さを縦軸に、風速を横軸に表す ことがある。

図10.7の曲線:③y=1.3×log(x/0.012) について縦軸と横軸を入れ替えた グラフを図10.8の左図に示した。

風速の鉛直分布
図10.8 風速の鉛直分布。(左)直線目盛の高さのグラフに描いた場合、 (右)対数目盛の高さのグラフに描いた場合。

風速は地表面に近いほど急激に変化している。この急激な範囲を詳しく 見たい。そこで、高さの対数目盛のグラフ(片対数方眼紙)に プロットすると下層ほど拡大されることになり、風速分布の詳細がわかる。 図10.8右図は左図と同じ風速データをプロットしたものである。

風速が片対数方眼紙のグラフで直線になるとき、この分布を 対数分布という。図10.8の丸印は高度0.2、0.4、0.8、1.6、・・・・ 12.8mの7高度で観測した風速である。高度0.2m以下では観測 していないが、実際の風速は複雑になっている。

0.2m以上の高度で観測した鉛直分布の直線をそのまま下方へ延長し外挿 してみると、高度=0.012mで風速がゼロとなる。この高度(図10.8の場合には 0.012m)を風速分布に対する粗度、あるいは空気力学的 粗度,略して粗度という。

風速分布に対する粗度は、地表面の細かな凹凸「幾何学的粗度」と密接に 関係する。同じ場所では粗度は変わらないので、風速の強弱に かかわらず、鉛直分布の直線を下方へ延長してみると、いつも 同じ粗度の高さで風速はゼロとなる。

図10.9 は稲の収穫後の田圃で観測された風速の鉛直分布の3例 である(a:弱風時, b:並みの風速時, c:強風時)。

風速対数分布
図10.9 風速の鉛直分布。縦軸は対数目盛の高度、横軸は風速である。 (身近な気象の科学、図6.9、より転載)

図10.9の図中に示す A は対数式の勾配である。Uを風速、zを高さ、 z0を粗度とすれば、対数分布の式は次のように表される。

U = A×log(z/z0) = 2.3026A×log10(z/z0)

代表的な粗度を表10.2に示した。なお、logは自然対数、log10 は常用対数を意味する。

      表10.2 代表的な地表面の地表面粗度の概略値

	      地面状態           地表面粗度(m)
	    大 都 市         1~3
    	森   林         0.3~1
    	田園集落          0.2~0.5
    	畑や草地(草丈1m)    0.1~0.3
    	 同上 (草丈0.1m)   0.01~0.03
        	平坦な積雪地       0.001~0.01
    	海面や湖面        0.00001~0.001

勾配 A は重要なパラメータである。風の乱れ(乱流)は A に比例して強く なる。したがって、粗度zが大きい地表面の上ほど、また風速 が強いほど乱流が強く,熱や水蒸気量の鉛直輸送が盛んに行われるようになる。

風速の対数分布が観測されるのは,大気安定度が中立に近い場合である。 中立に近いとは,上下の気温差に比較して風速が強い場合である。 具体的には高度10mと1mの温度差が1℃で、風速が10 m/s であれば高度10m 以下の大気層は近似的に中立状態とみなしてよい。

10.6 風のスパイラル

等圧線と風の関係を見ておこう。摩擦力がほとんど作用しない上空の 自由大気中では、風は等圧線にほぼ平行に吹く。台風や低気圧などに近い ところを除外し、等圧線が平行で時間的に変わらない「定常」の条件では 地衡風の関係が成立する。

地衡風は図10.10(左)に示すように、北半球では定圧部を左にみるように 等圧線に平行に吹く。

風向と気圧傾度の関係
図10.10 定常状態における風向と気圧傾度の関係。風は赤矢印で示してある。 左図は自由大気中での地衡風の関係、右図は大気境界層内での関係である。

図10.10(右)に示すように、大気境界層の中では風は高気圧側から 低気圧側へ等圧線を横切って吹く。等圧線を横切る角度は、高度が高くなる につれてゼロに収束する。

各高度における風ベクトルの先端を結んだ曲線を風のスパイラルという。 粗度がz=1.06m(大都市や森林地帯に相当)と、 z=2.1×10-4m(海面や広い平らな雪原 などに相当)の上における風のスパイラルを図10.11 に示した。

風のスパイラル
図10.11 風のスパイラル。各曲線につけた数字は地表面からの高度(m)。 (Blackadar,A.K.,1962; 近藤編著、1994、 水環境の気象学、図5.6、より転載)

z=1.06mの場合、高度54mでの風は図の ゼロ点「O」から数値「54」を結ぶ向きに吹く。この風速は青線で表わす 地衡風速の約50%の大きさであり、等圧線を横切る角度は30°である。
粗度が小さいz=2.1×10-4mの場合 をみると、高度34mでの風の強さは地衡風速の約80%の大きさであり、 角度は約15°である。

図10.11は例として示したものであり、一般的な特徴を表10.3にまとめた。

       表10.3 粗度による風速風向の大小関係

               風 速       風向と等圧線との角度
  粗度の大きな地表面上   弱い        大
  粗度の小さな地表面上   強い        小

10.7 大気安定度と風

気温の鉛直分布と風速の鉛直分布の関係を図10.12 に示した。 上空の風速が同じであっても大気境界層内の風速は大気の安定度によって 変わる。

気温と風速鉛直分布の関係
図10.12 気温と風速の鉛直分布の関係、縦軸の高さは直線目盛。

気温の鉛直勾配が、高度100mにつき約1℃の割合で低くなる(安定度が中立 に近い)場合、風速は対数分布(図10.9)となる。 これを直線目盛の図10.12では黒い線で示した。

陸面上の日中のように、地表面に近いほど気温が高いとき、つまり 「大気が不安定な状態」では、鉛直方向の混合が激しく風速は赤線で示す ように、地表面近くでも強くなる。

逆に「大気が安定な状態」では、鉛直方向の混合が弱く、風速の 上下差は大きくなり、青線で示すような分布となる。

図10.13 は風速変動の模式図であり,大気安定度がほぼ中立のとき(左図)と, 不安定なとき(右図)を比較したものである。

瞬間最大風速説明図
図10.13 瞬間最大風速説明図。(身近な気象の科学、 図6.6、より転載)

各瞬間の風速のうち、最大値を最大瞬間風速 という。 図10.13 の右図(不安定)の場合、最大瞬間風速は24.5m/s であり、 平均風速11m/s の2.2 倍である。この比を突風率 という。

  表10.4 大気の安定度による地上における風速・乱流・風向の変化

   大気の安定度   風速    乱流や突風率  風向と等圧線との角度
    安定な時    弱い    小        大
    不安定時    強い    大        小

気圧傾度が同じ(上空の風速が同じ)場合、境界層大気が不安定なときは 乱流が活発化し、上下方向の混合が盛んになる。そのため風と等圧線と のなす角度(風向)は小さくなると理解すればよい。

以上は大気境界層内における風の基本的な関係である。 現実の大気中では、例えば北ほど低温で南ほど高温となるなど 温度傾度が存在したりして、風はさらに複雑な振る舞いをすることになる。 次節以下では、それらについて考えることにしよう。

10.8 気圧と温度と風の関係、富士山頂の冬の気圧:小説 「芙蓉の人」

日本の冬期のように,南北の温度傾度が大きく,例えば3℃/100kmのとき, 地衡風速は高度1kmにつき約10m/sの割合で増加する。

温度傾度があるとき、等圧面の傾きは高度とともに変化する ことを説明しよう。図10.14は、北の A 地点の上空の気温が 南の B 地点の上空の気温より低温だとした場合、等圧面の傾きが高度 とともに大きくなることを示している。

気温による気圧の高度変化
図10.14 気温による気圧の高度変化。 (身近な気象の科学、図4.5、より転載)

したがって、上空ほど西風(偏西風)が強くなることになる。この例では、 気温が南北方向に存在した場合であるが、一般に北半球では、温度傾度 (図10.14 の場合の温度傾度は北から南向き)と直角左方向への風速 (図10.14 の場合は西風成分)が高度とともに増加する。 この関係を温度風の関係という。

気圧と温度と風の関係を理解したうえで、新田次郎の小説「芙蓉の人」抜粋文 を読むことにしよう。「芙蓉の人」では、野中到・千代子夫妻が 1895(明治28)年、寒さと病気と戦いながら冬の富士山頂で気象観測を したことが書かれている。

「芙蓉の人」抜粋文が、このホームページの 「身近な気象」の中の「4. 富士山頂の冬の気圧」の 4.1 節に掲載して あります。
「芙蓉の人」抜粋文へは、次をクリックして行くこともできます。 戻るにはプラウザ左上の「戻る」をクリックしてください。
「芙蓉の人」抜粋文へ

日本平から眺めた富士山
図10.15 静岡県日本平からの富士山(望遠写真)。

図10.15は静岡県日本平から撮影した富士の山頂部の写真である。 一番高く見えるのは剣が峰である。あそこで、野中夫妻が冬の厳寒期に 日本ではじめて気象観測をしたのである。

彼らの観測のしばらく後、富士山頂の剣が峰で正式な気象観測がはじまる ことになる。そうして、1965年から1999年まで剣が峰に30年余りレーダーが 設置されていた。

富士山レーダードーム
図10.16 復元された富士山レーダー・ドーム。

富士吉田市の道の駅に、富士山レーダーの資料館がある。ここには、 剣が峰に設置されていたレーダードームを富士吉田市が譲り受けて、 一般の学習見学の施設として復元している。

10.9 温度傾度があるときの風速鉛直分布

温度風の関係によってできる風速鉛直分布の具体例を見てみよう。 図10.17 は地上から高度20kmまでの風速の高度変化である。 特に仙台では高度5~9kmの範囲で風速の増加割合が大きい。その理由は 仙台付近のこのレベルで南北の温度傾度が大きくなっていたからである。

ジェット気流風速分布
図10.17 風速の鉛直分布。仙台の上空では風速が100m/sを越す 強いジェット流が見られる。(身近な気象の科学、 図4.6、より転載)

しかし高度9km以上の上空では、風速は高度とともに減少している。 この理由は高度9km以上の上空(成層圏)で温度傾度は逆になり、南で 低温、北で高温となっていたからである。

このように、温度の水平分布と風速の高度分布は密接な関係がある。 そのため、温度の水平分布と風速の鉛直分布の一方がわかれば、 他方は計算によって知ることができるわけだ。

10.10 慣性振動

図10.18は米国中央部のテキサス州で7~8月に観測された高層風の ベクトルの日変化である。長い直線矢印 o→a は日平均風のベクトルである。

風の慣性振動観測
図10.18 米国テキサス州で観測された風の慣性振動。(左図)地上からの高度 =820m、(右図)高度=320m。矢印 o→a は日平均風のベクトル、この 先端を中心とする円の上に並んだ黒印は3時間ごとの風ベクトルの先端を 意味し、それにつけた数値は地方時、細線同心円の数値1と2は日平均風速 からのずれで単位はm/sである。(Bonner and Paegle, 1970; 近藤純正、1987:身近な気象の科学、図15.7、より転載)

3時間ごとの風ベクトルの先端を小黒丸印で示し、それにつけた 数値は地方時である。夕刻18時の風向は日平均風向より左へずれており、 風は時間経過とともに強まり時計の回転方向に変化している。 風速は夜半に最強で、12~15時ごろ弱くなっている。

地球上で空気が摩擦を受けないで運動をしている場合、運動方向と直角方向に 作用するコリオリ力のために空気塊は円を描く。この自由振動のことを 慣性振動という。慣性振動を生み出すきっかけは 地衡風からのずれた風が最初にある場合である。

地衡風の説明図(図10.10(右))で説明したように、大気境界層内では、 風向・風速は気圧傾度力と摩擦力およびコリオリ力の3つの力のバランスに よって決まる。慣性振動が起きる原理を図10.19によって説明しよう。

慣性振動模式図
図10.19 風の慣性振動の説明図。 (地表面に近い大気の科学、 図3.15、より転載)

慣性振動の説明:
気圧分布が時間的に変わらないとしても、大気境界層の中では気温の鉛直 分布の日変化(不安定、安定)により、摩擦力が大きくなったり小さく なったりする。そのため、数時間以上にわたる定常状態は実現され難い。 すなわち、3つの力のバランスはくずれる。仮に日中、3つの力のバランスに よって風がある方向に吹いていたとする。図10.19(左)において、夕方に なって風の乱れが小さくなり摩擦力 F がなくなったとすると、気圧 傾度力 P とコリオリ力 C の合力の方向(bからdの方向)へ加速され風速は 大きくなる。
風速が大きくなるとコリオリ力(北半球では風に直角右方向に作用する) も大きくなり、風速は大きくなりながら、やがて右向きに転向する。 時間が経過し朝方には、図10.19(右)のようになり、気圧傾度力 P (これ は不変)とコリオリ力 C の合力は風速を減速させる方向(bからeの方向) に働く。これが慣性振動の生じる原理である。

慣性振動の周期は地球自転の角速度ω=7.29×10-5rad/s (=2π/t, t=23時間56分4秒)と関係し、次式で表される。

慣性振動の周期=π/(ω sinφ)

ここにφは緯度である。φ=30°とすればsinφ=0.5より、慣性振動の周期=86,200秒(約24時間) となる。コリオリ力はたえず風向に直角方向に作用することから、風ベクトル の先端は円を描くように変化する。

わが国のように地形が複雑で、海陸風や山谷風が卓越するような地域では、 それらの効果に隠れて境界層の中層付近で顕著な慣性振動は見出し難いが、 筑波山(標高869m)や伊吹山(標高1316m)のような孤立峰では、統計を とってみると風速は日中弱く、夜間に強くなる傾向が見られる。 それは、孤立峰では、ほぼ同じ高度の大気の流れの中にあり、同一高度 の大気現象(風速、気温)が現れやすいからである。しかし、孤立峰であって も、富士山頂(標高3776m)は高すぎて、広範囲に広がる下層の大気境界層 より上に位置し、上述のような慣性振動による風速日変化は見られない。
海陸風や山谷風の影響のある地域では、慣性振動とは別の理由で風の 日変化が顕著となる。

10.11 演習:風速の対数分布の作図

片対数方眼紙を用いて、高さを対数目盛の縦軸に、風速を横軸にとって 次に示すデータをプロットし、地表面の粗度(精度は1桁でよい) を求めよ。

            表10.5 接地層で観測した風速データ

               高さ(m)    風速(m/s)
                 0.55              2.05
		    	1.35              3.10
	    		2.55              3.85
				5.55              4.80
		    	     11.55              5.65        

要約

地表面から高度概略1kmまでの大気層の中では、地表面に存在する地物 によって摩擦力が働き、また、大気が不安定な状態のときには熱的な対流 混合が盛んになる。

風速は、地表面近くでは弱いが、高度とともに増加し上空の自由大気中の 風速(近似的に地衡風速、ただし等圧線の曲率半径が小さいときは傾度風速) に近づく。大気境界層の下部の「接地層」の中では、大気安定度が中立に 近いとき「対数分布」になる。 対数分布では、風速の鉛直勾配は高さの逆数に比例するので、高さが低い ほど風速は急激に変化している。

風と等圧線とのなす角度(風向)は粗度が大きい地表面上で大きく、粗度 が小さい地表面上で小さい。さらに、風向・風向は大気安定度によって も変わる。

現実の大気中では、水平方向の温度傾度があり、風速の鉛直分布は「温度風」 の関係にしたがって変化する。

本章によって風のことが理解できたならば、次の段階として本ホームページの 「研究の指針」の
「基礎1:地表近くの風」および 「9.風で環境を観る」に進み、
大気境界層の風について詳細を学ぶことができる。


参考書

初 級
近藤純正、1987:身近な気象の科学ー熱エネルギーの流れー、東京大学出版会、pp.189.
(風については4章、6章、14章、15章が参考になる。)

中 級
近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、東京大学出版会、pp.324.

竹内清秀、1997:風の気象学、東京大学出版会、pp.172.

山岸米二郎、2003:気象予報のための風の基礎知識、オーム社、pp.193.

上 級
近藤純正、1982:大気境界層の科学ー理解と応用ー、東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー、 朝倉書店、pp.350

竹内清秀・近藤純正、1981:大気科学講座Ⅰ:地表に近い大気、 東京大学出版会、pp.226.

この章についてのQ&A 「M13. 境界層と風(Q&A)」の章に掲載してあります。

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