M19.温暖化と都市緑化(講演)
	著者:近藤純正
		19.1 日本における温暖化と都市昇温の実態
		19.2 地球の温度の決まり方
		19.3 温室効果
		19.4 都市が昇温する原因
		19.5 都市昇温の緩和策
		19.6 人体が感じる温度
		参考文献
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日本における、都市化の影響を含まない、気温の長期変動を再解析した。 気温は上昇する時代と下降する時代、また変化がほとんどない 時代があるが、長期的には少しずつ上昇しているように見える。 この日本におけるバックグラウンド温暖化量を基準にして、都市化による 都市昇温を求めると、戦後から現在まで、中都市では0.7℃ほど、大都市では 1~2℃ほどの上昇がある。

都市化による昇温の原因は、二酸化炭素など温室効果ガスの増加によるもので はなく、①植生地の減少による蒸発散量の減少、②消費エネルギーの増加、 ③天空率の減少による都市全体としての日射吸収量の増加と、夜間の放射冷却 の弱化、④降雨後の早い排水による土壌水分量の減少、などが考えられる。 都市構造物の熱伝導率や熱容量の違いは、平均気温をほとんど変えないが、 気温日変化の振幅を変える。これらについて、具体的に説明する。

都市昇温の緩和策として、風通りをよくすること、表面の熱拡散を盛んに すること、蒸発散量を大きくすること(緑化)などがあるが、これらはいずれ も副作用を伴うことに注意すべきである。

人体が感じる温度は、気温のみではない。風速や湿度、日射や路面・ビル壁面 からの照り返し、大気放射や地面放射、ビルの壁面などからの赤外放射などに よって快適さ・不快さが決まる。(完成:2007年10月5日、追加:2008年9月 20日―アルベドと地球の温度の関係)

これは2007年10月19日、(財)都市緑化技術開発機構 主催「屋上・壁面・特殊緑化技術コンクール表彰式」において行った記念講演 「気象学から見た地球温暖化ー熱の流れから考えるー」、および11月21日、 NPO法人・緑の家学校における講義「温暖化と都市緑化」の内容である。

本章についての質問とその回答は「M21. 温暖化と 都市緑化(Q&A)」に示されている。


地球温暖化と都市昇温について、基本的な内容の話をしたいと思います。

19.1 日本における温暖化と都市昇温の実態

平均温暖化5地点平均
図19.1 5地点平均(室戸岬・津山・寿都・宮古・深浦)の気温経年 変化、緑の四角印は5年移動平均、青印プロットは毎年の値、緑の線は長期 変化の傾向を示す (本ホームページの「研究の指針」の「K35.基準5地点の 温暖化量と都市昇温(2)」の図35.2に同じ)

図19.1は1890年代から100年余りの期間について示した、日本における年平均 気温の経年変化です。縦軸の目盛は0.5℃ごと、横軸の目盛は10年ごとに 入れてあります。

気温は上昇する時代と下降する時代、また変化がほとんどない時代があり ますが、少しずつ上昇しているように見えます。全体の気温上昇率は100年間 当たり、0.5℃程度です。大きな特徴は、1988年に全国的に0.6℃程度の ジャンプがありました。

近い将来、また0.6℃程度の気温ジャンプが起きれば、大きな気候変化であり、 たいへんなことになりそうです。


中都市10点平均昇温
図19.2 中都市10地点平均(秋田・山形・石巻・水戸・長野・飯田・ 彦根・高知・那覇・石垣島)の都市昇温の経年変化、赤四角印は5年移動平均、 赤線は長期変化の傾向を示す(「研究の指針」の 「K35.基準5地点の温暖化量と都市昇温(2)」の図35.3に同じ)

図19.2は10の中都市(秋田、山形、石巻、水戸、長野、飯田、彦根、 高知、那覇、石垣島)を平均した都市昇温量の経年変化です。年平均気温の 観測値から、先ほど示した日本のバックグラウンド温暖化量を差し引いて 得られる気温差を縦軸に示しました。

縦軸の目盛は0.2℃ごとですので、戦前を基準にすると、最近は0.7℃ほど 気温が上昇したことになります。

1960年代から1980年代にかけて、気温上昇の傾斜が大きくなっています。 1960年代は、田中角栄の列島改造論が出て、東海道新幹線の開通、 東京オリンピックが開催されるなど、全国的に日本の現代化が始まった 時代です。

この図は中都市について示したものであり、東京など大都市では戦後の 都市昇温は1~2℃ほどになります。

私は、こうした温暖化の実態を知る目的で、各地の気象観測所の周辺環境を 見て周り、気象が正しく観測されているかどうかを調べています。 その結果わかったことですが、観測所の周辺環境は悪化しており、近くに 樹木が生長し、以前に観測できていた強風がほとんど観測できなくなった 所もでてきています。


その例を写真(図19.3)が示しており、これは岡山県内陸の旧津山測候所の 庁舎跡から西方向を見た写真です。

津山西方向
図19.3 津山観測所露場の北側から撮影した西方向の写真、 写真2枚を横に合成したため多少の歪みがある。左端に新測風塔が写っている。 正面に写っている桜の10本余が卓越風(西~北西の風)を弱めていると 考えられる(本ホームページの「写真の記録」の 「66.岡山県の津山測候所」の図66.3に同じ)

津山の風を調べたところ、1970年ころ以前は西寄りの強風が頻繁に吹いて いたのですが、時代とともにその頻度は減少し、最近は西寄りの強風が ほとんど観測できなくなりました。私は、測候所の西側に樹木が生長して 邪魔になっているのではないか、と想像し、岡山地方気象台に風のグラフを 送り、問合せたのですが、樹木の影響はないという返事でした。

そこで、私は去る5月14日に現地に行って見ると、今から40年ほど前に市民が植えた 桜並木が生長し、西寄りの風が遮られ、観測できなくなっていることが 判明しました。

写真の左方に見えるフェンスの中で気温が観測されています。風が弱くなると どうなるか?

ここで、気温の決まり方を考えてみましょう。太陽から地面に 熱エネルギーが注がれ、地面温度は上昇します。風が吹いて地面から 上空へ熱が拡散されるのですが、風が弱くなると、熱は地面付近に溜まり 地上の気温は上昇します。


津山6アメダス気温差
図19.4 津山と周辺6アメダス(千屋、新見、福渡、和気、虫明、 笠岡)との気温差の経年変化

図19.4は津山と周辺6アメダスの気温差の経年変化です。津山は風通しの 悪化とともに、平均気温が上昇しています。周辺と比べて、津山では最近 の20年間余に約0.5℃も年平均気温が高くなりました。

善意から生じた予期せぬ現象:
津山の観測所の周辺に、40年ほど前の1963~1965年のころ、津山市民の 町内会の人たちが山をきれいにしようという善意から桜並木を植樹しました。 桜花の時期には花を楽しみ、初夏から秋にはこの山を散歩・ハイキングする 人びとに日陰をつくります。
その桜が樹高5mほどまでの時代は大きな障害を与えなかったのですが、 いま10m以上の高さまで生長し、観測所の風を弱め気温を上昇させ ることになりました。西寄りの強風がほとんど観測されなくなったことは、 防災上からも問題です。

上で示した岡山県津山は1例であり、多くの気象観測所の周辺環境は悪化に 向かっています。

そのほか、時代による観測方法や観測器械の変更による補正が必要であり、 バックグラウンド温暖化量を知ることは簡単な仕事ではありません。

最近、田舎にある測候所は無人化され、敷地は器械を置く一部分を残し、 大部分が財務省に返還され、売りに出されています。これは、目先のわずか な利益を求める今日的な間違った考えだと思います。気象は近くに マンションが建つとか、樹木が生長すると、敏感に反応するので、気候変動の 監視には広い敷地が必要です。気象観測所約1,300ヵ所のうち、温暖化など 気候変動を監視する田舎の20数ヵ所の敷地は、そのまま残すべきです。

気候変動の正しい監視ができなくなることは国家・世界にとって大きな損失 です。敷地の売却は、国民世論で中止するしか方法がないと私は考えています。

以上が、地球温暖化とその監視の実態であります。


19.2 地球の温度の決まり方

地球の温度、つまり惑星としての温度はどのように決まるのでしょうか?

地球へ入力する太陽放射量=地球から宇宙へ放出される目に見えない赤外放射(地球放射)

が成立するように地球の温度が決まります。

太陽エネルギーと地球放射の関係
図19.5 太陽放射と地球から出る赤外放射の釣り合い (「身近な気象」の「1.地球温暖化と都市気候」の図1.1に同じ)

図19.5に示すように、太陽放射は1平方m当たり1,360ワットで地球の半球面 に入射します。これは断面積に垂直に入る量に等しく、地球の反射率(アルベド) を30%とすれば、全球表面の単位面積当たり(球の表面積は断面積の4倍で あることを考慮すれば)、

1360×0.7×(1/4)=238ワット

が入ります。そうして、地球の温度は上昇していきますが、地球はその温度に 応じて、目に見えない赤外放射を四方八方へ出すことで熱バランス をとります。

つまり238ワットの地球放射を出せば、バランスします。 地球の平均温度が摂氏-18.7℃であれば、238ワットが放出されます。 このようにして、地球の温度が決まります。

-18.7℃という意味は、大気と地表面を含む平均温度のことです。

地球の表面付近は15℃程度、上空では-50℃程度ですので、 平均すれば、ちょうど-18.7℃となり、計算通りになっています。

もし、地球の反射が変わり、地球に取り込まれ る日射量が1%だけ小さくなった場合、地球の温度は0.6℃低くなります。 0.6℃は100年間当たりの地球温暖化の割合に匹敵する大きさです。

砂漠の緑化、森林伐採、海洋汚染、雲量の変化は地球の反射率(アルベド)を 変える大きなファクターです。


(注)アルベドと地球の温度の関係:
地球の反射が変わり、地球に取り込まれる 日射量が1%だけ小さくなったときの地球の温度 (地球の平均温度、地上の気温、地表面温度など)がどうなるかについて、 詳しい説明は章末に掲げた参考書「身近な気象の科学」のp.8を参照のこと。 なお、その要点は次の「アルベドと地球の温度」を参照のこと。

クリックして次の 「アルベドと地球の温度」を参照し、プラウザの「戻る」を 押してもどってください。
アルベドと地球の温度


19.3 温室効果

先ほどの計算では、地球の平均温度は-18.7℃となりましたが、 地球の表面付近ではそれよりも高温になっています。なぜでしょうか?

それは温室効果によるものです。温室効果はビニールハウスなど温室と 同じような原理で地上付近の気温が高くなることから付けられた呼び名です。

ところで温室が高温になる理由は、何でしょうか?
温室効果の原理は図19.6に示しました。
温室効果の説明文
図19.6 温室効果、上:温室、下:大気についての説明 (「研究の指針」の「K14.温暖化問題」の付録図36/42に同じ)

地球の場合、ビニールやガラス板を水蒸気や二酸化炭素に置き換えれば、 原理はまったく同じです。ただし、地球の場合には、④はありません。

地球に当てはめると、地球の平均温度は-18.7℃ですが、温室効果の 作用で、高層大気は低温に、地表面付近は高温になるのです。


温室効果を起こす気体のことを温室効果ガスと呼んでいます。
大気は、大部分が窒素と酸素とアルゴンからなります。水蒸気は0.5%、 二酸化炭素は0.03~0.04%程度、そのほか図示できないほどの微量のオゾン、 メタン、フロン、亜酸化窒素なども温室効果ガスです。

大気組成
図19.7 大気の成分の割合。主に窒素と酸素であり少量の温室効果気体を含む (「身近な気象」の「1.地球温暖化と都市気候」の 図1.4に同じ)

これら温室効果ガスが大気に含まれているおかげで、私たちは適度な温度の 地球で暮らしているのです。二酸化炭素などは悪者のように言われています が、適当に無くてはならない成分なのです。これは人体に例えると、 ビタミンや薬に相当します。

薬でも、飲みすぎると体調が狂うように、温室効果ガスが増え過ぎると 地球の気候が変わります。地球の気候が何万年、何十万年の時間スケールで 変化してきたのは自然です。ところが、問題なのは、50年、100年程度の 短期間に大気中の温室効果ガスが人間の活動によって急激に増えている ことです。

50年、100年の短期間に気候が変わり、海面が上がったり、地域によっては 食料生産ができなくなると、その対応が間に合わないことが問題です。


温室効果ガスが増えるとどうなるか?
先ほど説明した温室効果によって、地上付近の気温はより上昇します。 これが地球温暖化です。一方、高層大気の温度は、逆に、より低下します。

温室ガスが増えると
図19.8 温室効果ガスが増えた場合の下層と高層の温度変化の模式図。

地球へ入るエネルギーが一定である限り、出て行く放射エネルギーと バランスしなければならないので、下層大気の温度が上昇すれば高層大気の 温度は低くならねばなりません。


19.4 都市が昇温する原因

都市化による都市昇温は、先ほど説明した温室効果ガスの増加とはまったく 別の原因によって起きる現象です。

1.植生地の減少により蒸発散量が減少します。
2.消費エネルギーが増加します。
3.見上げたとき空がどれだけ見えるか、天空率の減少により、都市全体 として受ける日射量が増加し、また夜間の放射冷却が弱くなって平均気温が 高くなります。
4.道路が舗装されると、降雨後の排水がよくなり、土壌水分量が減少し、 蒸発散が少なくなり気温が上昇します。

5.ビルなどが建つと風に対する粗度(摩擦)が大きくなり、地上風速が 減少・混合作用の強化が生じます。この結果、全体としての気温が上がるか 下がるかは、条件によります。

そのほか、都市構造物の反射率によって気温は下がる場合と、上がる場合 があります。また、都市構造物の熱的性質が変わると、平均温度はほとんど 同じですが、温度の日変化振幅が変わります。

以下の図で、具体的に説明しましょう。

大気上下端の熱バランス
図19.9 大気の上端と地表面における熱バランスの模式図。

図19.9は熱バランスを示しており、大気の上端では、入ってくる放射量と出て 行く放射量は等しくなっています。

地表面では、入力放射量=赤外放射+顕熱輸送量+蒸発の潜熱
となるように、地表面温度が決まります。

地表面での顕熱と潜熱の配分比、つまり入力した放射量が顕熱と潜熱に 分配される割合は、地表面の蒸発効率(湿り具合)、のほか、気温、風速、 湿度によって変わります。

注:
顕熱輸送量:大気中の乱流(上下左右に動く不規則な流れ)によって運ばれる 熱エネルギーのこと。気温に比べて地表面温度が高いときには地表面から上に 向かって、逆に地表面温度が低いときには大気から地表面に向かって顕熱が 運ばれる。
潜熱輸送量:水蒸気も同じように、乱流によって運ばれる。ごく地表 面に近い高度では、単位面積単位時間当たりの鉛直方向の水蒸気輸送量は 蒸発量 E に等しい。水蒸気輸送量と顕熱輸送量は同じ内容のことを指して いるが、他の熱輸送量と単位をそろえる必要があり、蒸発量 E に気化の 潜熱 l を掛け算したものを潜熱輸送量 lE と呼んでいる (地表面に近い大気の科学、p.26より)


蒸発がない場合と、十分にある場合の地表面温度の日変化の比較例を次の図に 示しました。

乾・湿地表面温度日変化
図19.10 蒸発がある場合(点線)とない場合(実線)の地表面温度の日変化 の例(「研究の指針」の「基礎3:地表面の熱収支と気象」 の図3.9に同じ;水環境の気象学、図6.6、より転載)

図19.10 は晴天日を想定したものです。蒸発がない場合に比べると、蒸発が あれば日中は13℃も低温に、夜間は4℃も低温となります。

なお、たびたび出てくる「蒸発散」とは地面からの蒸発と、植物の気孔から 出る「蒸散」の両方を含めた用語のことです。


次に、熱エネルギーの目安を示しておきましょう。

晴天の正午前後、地表面には1平方m当たり約1kWの太陽エネルギーが 注がれます。

(1)大気上端で、太陽光に垂直な面に入るエネルギーを太陽定数と呼び、 1平方m当たり1,360ワットです。
(2)日本の地上における年平均値は、夜もあり、くもりの日もあり、 1平方m当たり130~160ワットです。

(3)大気中の水蒸気や二酸化炭素など温室効果ガスから地表面に入る 大気放射量の年平均値は1平方m当たり280~370ワット程度です。

人工熱(東京都心部)では100ワットの桁、
住宅地では10ワット程度です。

このことから、都市中心部平均の人工熱は太陽放射量に匹敵する大きさである ことがわかります。


ビル空間の冷却説明図
図19.11 都市ビルの空間における放射冷却の説明図 (「身近な気象」の「8.都市化と放射冷却」の参照:放射冷却に及ぼす要因 の図に同じ)

図19.11に示すように、ビルができると、都市全体が吸収する日射量が増えること になります。それは、ビルの壁面や地面のもつ本来の反射率が同じとした場合、 ビルに入射した太陽光線は何回も反射するたびにエネルギーが吸収されて、 都市全体が受け取る日射量が増えることになり、気温が上昇します。

夜間は、天空の一部しか見えず、天空からの赤外放射量より大きい赤外放射 がビルの壁面から地面にきます。その結果、都市では夜間の放射冷却が 弱められ、平均気温が上昇します。

注: 晴天日の天空からの赤外放射は、気温より20~30℃も低い温度からくる放射量 (黒体放射量)に相当し、ビル壁面からの赤外放射は地上付近の気温に 相当する温度からくる放射量(黒体放射量)に相当する。


次に、夜間に起きる放射冷却に及ぼす、都市化の影響を見てみましょう。

旭川の年最低気温の経年変化
図19.12 旭川における年最低気温の経年変化。青の実線は長期的傾向、 青の破線は数十年に1回の頻度で発生する極低温の出現傾向を示す (「身近な気象」の「8.都市化と放射冷却」の図8.1 に同じ)

図19.12は、北海道旭川における年最低気温の経年変化です。100年ほど前の 1902年(明治35年)1月25日には-41℃を記録しており、これは日本に おける最低気温であり、それ以後この記録は破られていません。

年最低気温は時代とともに上昇し、この100年間に約10℃も上昇しました。 都市の冬は暖かになったので、私たちの生活は楽になったのですが、悪い 影響もでているのかも知れません。本来は冬に死んでしまう病害虫が越冬 するようになったかも知れません。

最低気温の上昇は、特に雪国で顕著です。年最低気温は「新雪が 積った風の弱い晴天夜」に放射冷却によって起こるのですが、雪国では、近年、 道路除雪を行うようになり、極端な放射冷却が起き難くなっているのです。 積雪は断熱効果が大きく、地中からの熱を遮断し、放射冷却を大きくする のですが、除雪すると地中からの熱が上がってきて冷えにくくなります。

除雪しなければ放射冷却が大きいことの証拠として、旭川の隣の田舎にある 江丹別アメダスのデータを調べてみると、江丹別では今でも昔と同様に、 -36℃~-38℃の最低気温が観測されています。

:旭川で-41℃の最低気温が観測された2日前、1月23日に 八甲田山において行軍隊が雪のために凍死するという事件があった。


19.5 都市昇温の緩和策

次の話題、都市昇温の緩和策として、
1.風通しをよくすること
2.表面の熱拡散を盛んにすること
3.蒸発散量を大きくする、つまり緑化すること
が考えられます。

注意として、いずれも、副作用があることを忘れてはなりません。

次の図19.13は、仙台市広瀬川に架かる富沢橋を横断する道路沿いに観測した気温 分布、1994年7月26日晴天日、川は渇水のときです。

宮沢橋横断による気温観測
図19.13 仙台市広瀬川に架かる宮沢橋を横断する道路沿いに観測した 気温分布、1994年7月26日の晴天日午後 (「研究の指針」の「6.気象学 夏の学校(2004年)」 の付図6.2に同じ;菅原広史、1994、修士論文より転載)

川の両岸の幅は150m程度であり、橋の上の気温は27℃で、周辺より 3℃も低くなっています。この27℃の低温は川の水(水温=30℃)によって 冷やされたのではなく、風通りがよく、海からの涼しい風が吹くためです。 仙台市街部は海から約10kmの内陸にあります。


図19.14は東北大学の庭や道路で測った、4種類の地表面温度の日変化です。 ただし太い実線は気温の日変化です。

4種類の地表の地表面温度の日変化
図19.14 4種類の地表面温度の日変化、ただし太い実線は気温 の日変化である(「身近な気象」の「M11.入門2:境界 層の日変化」の図11.3に同じ; 杉本・近藤、1994、天気; 近藤、2000、 地表面に近い大気の科学、図4.6、より転載)

日中はアスファルト舗装道路がもっとも高温、次いで、コンクリート面、 裸地、芝生面の順序で温度が低くなっています。

地表面温度は蒸散の有無、反射(アルベド)の大きさ、地中の 熱伝導と熱容量の組み合わせによって変わります。それぞれの効果は、 計算で調べることができます。


次の図19.15は蒸発効率と反射率の効果を調べた計算結果です。その他の条件 は同じとしました。正午前から翌日の正午過ぎまでの地表面温度の日変化を 示しました。

地表面温度日変化
図19.15 各種地表面温度の日変化、小さい白丸印は与えた気温日変化 (「研究の指針」の「基礎3.」の図3.18に同じ; 地表面に近い大気の科学、図5.8、より転載)

黒いアスファルト面は蒸発がないので、日中も夜間も気温より高温のまま 経過します。蒸発効率0.4の草地では夜間は気温より低くなります。 蒸発効率0.4というのは、半湿りの状態のことです。反射率0.5の 白いコンクリートでは、芝生地とほぼ同じような日変化をします。

このことから、地表面温度は蒸発散と同程度に、アルベドによって大きく 変わります。


次に、蒸発や熱交換の基本的なことを3つばかり説明しておきましょう。

熱収支の特徴その1(小面積が効率的)を次の 図19.16に示しました。

大小の蒸発面
図19.16 蒸発面の大きさと平均蒸発量の説明図(「研究の 指針」の「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.1に同じ)

小面積の湿った面と、大面積の湿った面を想定します。左から、それぞれ 乾燥した空気が流れてきたとします。すると、風上側で最大の蒸発が起こり、 風下に行くにしたがって、地表面付近の空気は湿ってくるので、蒸発量は だんだん小さくなっていきます。

小面積からの平均蒸発量と、大面積からの平均蒸発量を比べてみると、 大面積のほうが少ないことがわかります。

したがって、蒸発の総面積が同じならば、蒸発する小面積を多く作れば 総蒸発量は多くなります。つまり、都市に大きな植生公園を一つ作るよりは、 小さな植生公園をたくさん作るほうが、都市は全体として低温になります。

植物の葉っぱの表面を考えると、気孔面積の葉面に占める割合は1%程度で すが、蒸散量は全面が濡れているときの10%程度となります。 人間の皮膚の汗腺も同様です。


こんどは、熱収支の特徴その2(顕熱が極大の風速)を 説明します。

図19.17の左は、横軸に交換速度つまり風速をとり、縦軸に顕熱輸送量を 表した関係です。晴天日中、半湿りの草地を想定した関係です。 この図では、地表面温度と気温の差のグラフは省略してあります。

交換速度と潜熱顕熱
図19.17 交換速度 CHU と潜熱 H(左)と顕熱輸送量 lE(右) の関係、ただし晴天の日中の草地を想定(有効エネルギー= 700W/m2、気温=20℃、相対湿度=50%、蒸発効率=0.5) (「研究の指針」の「3.基礎3:地表面の熱収支と 気象」の図3.13に同じ;地表面に近い大気の科学、図5.6より転載)

この図は、気温と地表面に入る入力放射量が与えられたとき、地表面温度と 顕熱輸送量と潜熱輸送量(蒸発量)がどのようになるかについて計算した 結果です。

左図(a)によると,顕熱輸送量 H は,初め CU 、つまり風速と ともに増加しますが,CU=0.006m/s(C= 0.003m/sの草地の場合,風速2m/s)付近で極大値になったのち, CU=0.026m/s(風速で9m/s)付近で 0 となり, 以後マイナスの値で増加します。

こうなる理由は,風速が弱いとき地表面は気温より高温になりますが, 風速が9m/s以上では地表面は蒸発による冷却作用が強くなり 気温より低温になるからです。

この図から、いろいろな現象を説明できるのですが(地表面に近い大気の 科学、p.150参照)、葉面温度を中心にまとめてみます。

①葉面温度は微風時、つまり横軸がゼロに近いところで、最高温度になる。
②弱風時、葉面は気温より高温となり顕熱 H はプラスで大気を温めます。
③強風時、葉面は気温より低温となり顕熱 H はマイナスとなり大気は冷却 されます。
④図の右端の条件における性質として、葉面温度は交換速度つまり風速が 大きくなるにしたがって単調に低下し、一定値に収束します。 どこまでも低温になるわけではないということです。

⑤右図に示すように、潜熱輸送量 lE(蒸発散量)は交換速度つまり風速と ともに単調に増加します。
⑥この図は蒸発効率が0.5の場合の関係ですが、地面の蒸発効率が小さい とき、つまり乾燥気味のときは、顕熱輸送量 H はいつでもプラスで、大気の 加熱量は風速とともに増加します(水環境の気象学、図6.3参照)。


熱収支の特徴その3(ボーエン比の気温依存性) を次の図19.18が示します。

太陽放射と大気からの目に見えない赤外放射の入力量(R↓)が地表面に入り、 それが顕熱 H や蒸発の潜熱 lE 及び地面からの赤外放射 σT に変換されて、大気へ運ばれるのですが、 その場合、エネルギーの配分は物理法則にしたがって行われるのです。

エネルギー配分則
図19.18 エネルギー配分則、高温時と低温時の違い (「研究の指針」の「3.基礎3:地表面の熱収支と気象」 の図3.16に同じ)

左図は低温時の関係、右図は高温時の関係です。

要約すると、低温時には、地温は気温に比べて高くなり、顕熱の役割が大 きくなり、大気は加熱されます。一方、高温時には、地温と気温差はあまり 大きくなれず、蒸発の役割が大きくなり、大気は加湿されます。

したがって、気温があまり高くない比較的低温時に、地表面温度を低く したい場合は、表面が滑らかであるよりは、でこぼこがあり、熱交換が 盛んになるような表面構造であれば効果的となります。


気候緩和策としての緑化や風の道の場合、注意点はありますか?
外壁温度を下げるには、蒸発散・顕熱拡散を大きくし、日射の反射、断熱を すればよいのです。

蒸発散や顕熱による熱放出を大きくするには、植物などの物体を密に並べるのでは なく、適当な間隔が効果的です。 適当な間隔(樹高による)の場合には、その隙間に風が入り、熱や水蒸気の 交換が盛んに行われるからです。

人間は、色に惑わされることもありますが、目は精密な機械であり、 見た目でも熱交換が盛んかどうか判断できます。

人間の頭の毛を見たとき、ぼうぼうだと暑苦しいが、さっぱりとした髪型 なら涼しくみえます。これは、熱交換がよいと見えるからです。

私が以前に住んでいた仙台市では、街のシンボル定禅寺通りは幅員46mで、 約700mにわたりケヤキ並木が続いています。春から夏にかけて緑のトンネル をつくり、人びとに安らぎを与えています。
しかし、このケヤキが生長すると共に、並木の両側には高いビルが建つ ようになり、定禅寺通りの風を弱めることになりました。日中、並木の 梢付近は高温になるのに対し路上は低温となるため、大気は鉛直混合が弱い 安定状態になります。
車道や歩道には自動車の排気ガスが充満し、大気汚染となってしまいます。 これは並木が繁茂し、間隔が密になりすぎて、上空の風が路上にほとんど 入らなくなったからです。

(注) 定禅寺通りのケヤキ並木については、 「M21. 温暖化と都市緑化(Q&A)」のQ5.3、A5.3において詳しく 説明する。

次の注意点として、どこを快適にしたいか、それが 他に悪影響しないか、に注意しなければなりません。 わたしたちは夏に家の中を快適にするために、エアコンで冷房しますが、 それに費やしたエネルギーが都市を暖め、今日の都市昇温の一つになって いるのです。

風上にある都市の気温を低くするために、風通りをよくして顕熱交換を 盛んにすれば、その顕熱は内陸に運ばれ風下大気を昇温させることになり ます。同様に風上で蒸発散を盛んにすると風下の大気を加湿して不快にする こともあります。

上で述べたように、岡山県の津山観測所の周辺に植えられた桜並木や、 仙台市の定禅寺通りのケヤキ並木が、当初はだれも予想しなかったことが 数十年後に現れるように、私たちが行う気候改変は慎重でなければなりません。


19.6 人体が感じる温度

人体が感じる温度は、気温ばかりでなく、湿度、風速、日射や大気 放射など、さらに景観にもよります。

そうした人体の快適さを温度計だけで測ろうとする人たちが最近は多いよう に思います。しかし、野外での気温観測はたいへん難しいのです。

2年前のこと、NGO(非政府組織)の人たちが東京やパリで打ち水をして、 打ち水によって気温が3℃も下がったということを、新聞、テレビが 面白がって報道していました。

そんなに下がるはずがない、ということは熱の流れから考えられます。 私は彼らの気温観測に疑問を抱き、彼らと同じようなデジタル温度計を 持って見学に行きました。彼らが測った気温が36℃に対し、私の気温測定 では4℃も低い32℃でした(「研究の指針」の 「K13. 打ち水の科学」の「はしがき」)。

野外の日中の場合、0.5~1℃以内の精度で気温を測ることはとても難しい のです。温度計も人体と同じように、風速や周辺の放射環境によって感じる 温度が変わるのです。

それと別にして、人体が感じる温度について、最後の話題として説明して おきましょう。

人体の1日平均の発熱量は約100ワットであり、寝ているときは小さく、 運動しているときは大きくなります。馬力のある人なら、瞬間的には最大 1,000ワットほどは出せるでしょう。

人体の表面においても熱収支が成り立ち、平均的には、次の関係式が 成り立ちます。

(入力放射量)+(人体発熱量)=(外部へ放出される赤外放射量)+(顕熱) +(発汗に伴う潜熱)

簡単化するために、発汗がないとした場合、人体の感じる温度は大まかに、 黒球の温度で表すことができます。

そこで、夏の日中に路面温度=50℃のとき、散水して路面温度=40℃に 下げたとき、黒球温度が何℃になるかを計算してみました。黒球温度は 気温のほか、風速や放射環境により、熱収支的に決まります。

黒球の温度上昇
図19.19 黒球の温度上昇と風速の関係(打ち水による地表面温度の 下降=10℃の場合)。(左)打ち水前(赤丸)と打ち水後(青四角)の比較、 (右)打ち水前と打ち水後の温度上昇の差。右図は、黒球に入る放射量の 差=117 W/m2(黒球に対する有効入力放射量の差= 280-222=58 W/m2)のときの差である。 (「研究の指針」の「K13.打ち水の科学」の図13.6に同じ)

図19.19の左図によれば、風速が1m/sのとき、黒球温度はそれぞれ44℃、41℃となり 気温30℃よりも14℃、11℃高くなります。風速が9m/sの場合には、 それぞれ36.5℃、35.2℃となり、気温よりも6.5℃、5.2℃高くなります。 この温度は、日射や地面からの反射、大気放射、地面からの赤外放射に よって決まるもので、気温とは違うことがわかります。

この計算は、大まかな目安を知るために、汗が出ない場合についてのもの です。発汗がある場合については複雑になりますが、私のホームページに 「定常時の熱収支計算プログラム」として示してあります (「研究の指針」の「K13. 打ち水の科学」 を参照)。

上記の例によって、人体の感じる温度は気温以外のファクターが重要である ことを理解していただけたと思います。


まとめとして、野外で人体の感じる快適さ・不快さを絵に描いてみました。

都市景観
図19.20 夏の心地よい景観・環境の模式図。
日射で熱せられた高層ビルや路面からは高温の赤外放射がくるので、これは 少ないほうがよい。日陰や緑地、水辺があれば涼しい赤外放射がくる。 目に見える青空や良い景観、風は心地よく感じる (「研究の指針」の「K13.打ち水の科学」の図13.7に同じ)

野外にいる人にとって、太陽からの直射光、ビルからの照り返し、高温と なったビル壁面からの暑い赤外放射、涼しい水面があれば涼しい赤外放射、 樹木からの涼しい赤外放射、日陰からの赤外放射が入ってきます。 これらの熱と人体から放出される熱がバランスするのですが、心地よい川風、 さらに美しく感じる景観があれば、私たちは心地よいのです。 こうした快適さ・不快さは温度計だけでは測れません。

なお、図19.20は2003年の秋、韓国ソウルの気象庁気象研究所で集中講義 したときの図を元にしたものです。

参考:
昔、ソウル市内に清渓川(チェオンギェチョン)が流れていたが、 この川を暗渠にして、その上に高架の高速道路を通してしまった。 2003年の市長選挙で、この高架道路を撤去して清渓川を復元すれば、 夏にできるヒートアイランドの緩和、そのほかのことに役立つという公約 を掲げた候補者・李 明博(イ ミョンバク)氏が当選した。その公約実現の 工事が行われ、2005年の秋までに工事は終了した。

市民が選択した川の復元によって気温がどれだけ下がるか、観測で確かめたい のだが、そのための基礎知識を得たいという要望で、2003年秋に、 私はソウルへ招かれ集中講義を行った。

そのとき、すでにソウルではその川の周辺に観測網が展開され気温が 観測されていた。工事前後の気温変化は僅かであり、それを観測から 確かめるのは難しいし、気温だけでは復元工事によって得られる快適さは 測れないと思った。そこで、私はこの図を示し、周辺に住む市民から、 「川の復元によって快適になったか?」をアンケートすることがもっともよい 方法だと、提案しておいた。

実際には、研究者は私の提案にしたがって、アンケートしたかどうかは 聞いていない。

参考文献

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.348.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用-.東京大学出版会、 pp.324.

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