K16.気温の観測方法
著者:近藤純正
16.1 はしがき
16.2 小物体に及ぼす放射の影響
16.3 気温測定の方法(放射の影響を防ぐ方法)
16.4 アスマン通風乾湿計の取り扱い上の注意
16.5 悪い気温観測の例
まとめ
参考文献
野外における気温の観測は一般に難しく、直射日光があるとき
観測精度1℃以内で、あるいは夜間の放射冷却が大きいとき観測
精度0.1℃以内で測ることは容易なことではない。この章では温度センサーに
及ぼす放射(日中の日射、夜間の大気放射)の影響について考え、それを
防ぐ方法について説明する。
これは、すでに「K13. 打ち水の科学」で説明してあった内容を単独の章とし、
さらに注意すべきことがらも加筆したものである。(「打ち水の科学」の章
では詳細を省き要点のみを説明することにした。)
(2006年4月10日完成)
16.1 はしがき
1980年代以前には、野外における気象観測は気象台や大気境界層科学などの
研究者に限られていたが、最近は広い環境科学分野や一般市民の間でも
行われるようになってきた。
デジタル式温度計など便利な測器が市販されるようになり、安価に入手
できることもあり、測器に対する十分な知識がない人々まで気温観測が
できるようになった。
気温に数℃以上の誤差があることに気づかずに、観測が行われている例も
多い。しかし、温度センサーに及ぼす放射の影響の原理を理解すれば大きな
予算がなくても気温観測ができるようになる。よい観測データの採取と
予算とは殆んど無関係である。
この章では放射の影響の原理、放射の影響を小さくする具体的な方法、
及び注意すべきことがらを説明し、また、実際に見かける気温観測の悪い例を
紹介する。
16.2 小物体に及ぼす放射の影響
温度計は気温を測るときに利用するばかりではない。
温度計受感部の周辺の構造によって、放射計にも、風速計にもなりうること
を簡単な実例で示しておこう。
図16.1 は手製の簡易直達日射計である。直達光入口を太陽光線の方向に向け
たまま温度計の目盛が時間とともに上昇する割合を測定する。最初に直達光
入口に蓋をした状態の温度を基準とする。図16.2 では、その基準温度からの
上昇量を縦軸に選んである。
図16.1 簡易直達日射計。
本体はヨーグルトケースの底と洋生菓子ケース2個の組み合わせ。
外側は白ビニールテープ、内側は黒マジックインクで塗装、棒状温度計は
長い透明プラスチック管に入った乳児浴槽用温度計。温度計受感部(球部
の直径=3.5mm、長さ=14mm)は直達光入口の真下にくるようにセット
してある。
温度上昇の図16.2 を見ると、時間が1分以内では温度は近似的に直線的に
上昇する。この範囲では、温度計とその近傍の放射計内壁の温度差は小さい
ので、直達日射量に比例した温度上昇が生じる。
図16.2 簡易直達日射計の温度上昇。
時間が経過すると、温度計の温度は高くなり周囲へ放熱するようになり、
温度上昇の割合は小さくなる。十分時間が経ち、10分ほどになると、温度計
が受ける直達光と、温度計から周囲へ放散される熱(対流と熱伝導)が
バランスするようになり、温度上昇がほぼ20℃で平衡状態になる。
直達日射量は最初の直線の勾配から求めることができる。これは、ある種の
直達日射計の測定原理である。
この例は温度計の温度を測って直達日射量を知ることを示したもので、
温度計を無風状態に置くと、日射(夜間は大気放射)の影響を大きく受ける
ことが理解できる。
日射が注がれている状態で、いっぽうの温度計を風の吹く大気中に置き
その目盛を読み、他方の風除けの中にある温度計の温度との差を測れば、
風速を知ることができる。このようにして、温度計を用いて風速を知る
こともできる。熱線風速計は、細線に一定の電流を流して温めておき、
その熱線に風が当たったときの温度下降量を測るのが原理である。
以上のように、温度計は放射計にも風速計にもなりうる。それを知らずに
温度計の目盛を読んで、「気温が何度だ!」というのは間違いである。
次の図16.3は直達光のみ防いだ場合の温度上昇と温度計周辺の風速との
関係である。パラメータは受感部の大きさ(大きい部分の外径)である。
一般に多用されている温度計の大きさは2mm~2cm程度あり、
誤差1℃以内の精度で観測することは難しいことがわかる。
温度計センサーは通風筒の中に入れ、かなり大きい通風速度によって
放射の影響を小さくしなければならない。
図16.3 球(実線)と円柱(破線)の温度上昇(縦軸)と
風速(横軸)の関係。
ただし、R↓-σT4=70 W/m2の場合で、
R↓ は外部から物体の単位表面積当たりに供給されるエネルギー、
σT4は気温 T(絶対温度)に対する黒体放射量。
日中なら直達光を防いだ場合、夜間なら天空放射を防がず温度計を露出
した場合に相当する。(大気境界層の科学、図3.4より
転載)
16.3 気温測定の方法(放射の影響を防ぐ方法)
理想的な通風装置の例を図16.4に示した。直達光は防ぎ、温度計センサーは
2重の通風筒内にセットする。
図16.4 気温測定用の2重通風装置。
赤丸印が気温受感部、通風装置の上側は直達光除けのカバー。
(大気境界層の科学、図3.5より転載)
直射光除けの温度がもっとも上昇し、これからの赤外放射が外側の第二通風
筒に当たり温度上昇⊿T2 (≒2℃程度、通風速度が3m/s のとき)
を生じる。そのため第二通風筒からの赤外放射によって、内側の第一通風筒も
温度上昇⊿T1(≒0.4℃程度、通風速度が3m/s のとき)する。
真の気温より0.4℃程度高温の第一通風塔からの赤外放射によって、温度
センサーもわずかではあるが高めの温度となる。
次の表16.1には上記の2重通風筒の場合の温度計の昇温量を示した。
表16.1 温度計の昇温量の計算例、温度受感部が円柱の場合。
ただし太陽の直射を防いで外側の第二通風筒の受ける放射量を
R↓-σT4=70 W/m2としたとき。
赤色数値の範囲では測定誤算(温度上昇)が0.01℃
以下となるので直射除けの覆いがなくてもよいことがわかる。直射除けの覆い
がなく2重通風筒のままなら、誤差は表の数値より大よそ1桁大きくなる。
なお、野外の風速が無風のときの昇温量はこの表の値の約2倍になる。
(「大気境界層の科学」、表3.2の一部より転載)
通風速度(m/s) 1 3 10
受感部の直径
d=1cm 0.24℃ 0.046℃ 0.0079℃
d=1mm 0.068 0.014 0.0023
d=100μm 0.018 0.0038 0.00069
d=10μm 0.004 0.0009 0.00018
上記の温度上昇の計算は、通風筒が金属で作られていて、外壁・内壁ともほぼ
同じ温度になる場合である。放射の影響を少なくするためには、通風筒は
断熱材で加工するがよい。ただし、風に触れる外壁部分は熱伝導のよい薄い
金属板でつくり、熱放散をよくするように円筒の全周囲に熱を広げる。
放射除けと通風筒の外壁は白色塗装して太陽光を反射させる。内壁
は乱反射しないように、黒色塗装する。
参考:野外で簡易観測するときの一つの方法
家庭台所用のアルミホイルに使われている円筒形の紙製の芯(直径4cm、
長さ約30cm)の端から縦7cmほど半分を切り落とし、残りの半円筒部分
を直射除けとして利用し、その下に温度センサーがくるようにセットする。
円筒芯の他端は手に持って左右に激しく振ること
でセンサーに風を当てる(相対的な風速>5m/s)。
この方法だと、直射光のみ防ぐことができており、細い温度センサーを左右
に激しく2~3分間動かした直後、温度目盛をすばやく読み取る。
円柱形の温度センサーの直径が1~2mm以下ならば、晴天日中において
観測誤差は0.5℃以下となる。
16.4 アスマン通風乾湿計の取り扱い上の注意
アスマン通風乾湿計は、水銀温度計の受感部(水銀球部)が金属の2重通
風筒の中にセットされている。ぜんまい仕掛け、または乾電池で小型モータ・
ファンを回転することで通風されるようになっている。
通常、水銀球部が下に、温度目盛の刻まれたガラス棒の部分が鉛直になる
ようにして、空気を下から吸い込みながら観測する。
アスマン通風乾湿計は野外の気温・湿度を観測するときの準標準的な測器で
あり、他の測器の現場検定に用いることもできる。
地表面近くの高度0.5m程度以下の気温を測る場合には、アスマン通風乾湿計
をほぼ水平にして、同じレベルの空気を吸引するのだが、水銀糸は切れる
ことがあるので、観測ごとに切れていないことを確認すること。切れることを
防ぐために、モーター・ファンの部分が水銀球部よりも若干高くなるように
すること。
直射光が心配されるような場合には、直射除けは、通風に邪魔にならぬ
ように、またそれを置くことで下層の自然状態を乱さないように、
なるべく離れた位置から空気吸引部にかざすようにしよう。
16.5 悪い気温観測の例
(例1)
太陽の直射は防いでも、散乱光(直達光の10~20%程度)や地面からの
反射、及び高温となった地面からの赤外放射は大きく、気温は高く観測される。
夜間は逆に低く観測される。
(例2)
直射光防止のために、温度計受感部のすぐ上に円筒形、あるいは、
どんぶりのような形の覆いをつけると、日中はその放射除けが日射で昇温し
高温空気が溜まり気温が高めに観測される。同時にその覆いからの強い
赤外放射も受ける。
直射光防止用の覆いは温度計受感部から離れた位置に置き、溜まった高温空気
が自然に排出されるように穴など開けて隙間を作っておくこと。
(例3)
放射の影響を小さくするためには、温度計の受感部は小さいものがよい。
この場合、温度計の受感部そのものは小さいが、保護ケースに入れられた
温度計(例えば市販のデジタル温度計、温度計受感部は内蔵)に日傘を
かざして観測している例がある。この場合は保護ケースそのものが温度
受感部となり、放射の影響は大きい。
(例4)
放射の影響を小さくするために、温度計受感部は通風筒に入れなければ
ならない。この場合、通風筒内に風の障害物があると通風速度が弱くなり、
通風による冷却効果が弱められる。
(例5)
通風筒の入口が広く、散乱光防止の目的で入口に多数の穴の開いた障害物を
通風方向と直角に被せた通風筒がある。これでは、障害物で温まった空気が
吸い込まれて気温が高く観測される。この例では穴の開いた障害物
は付けず、通風筒を長くして散乱光の入るのを少なくすること。
まとめ
上で述べた以外のことも含めて、気温観測について要約する。
(1)温度計センサーなど物体の温度は放射の影響を受けて、日中は日射に
より気温より高温に、夜間は大気放射(通常、気温に対する黒体放射量より
30~80 W/m2 ほど小さい)により低温になる。
この温度計温度と気温の差が放射の影響であり、これが観測誤差となる。
放射の影響を少なくするために、温度センサーとして非常に小さいものを
用いればよいのだが、小さすぎると追従性がよく、示度は大きく変動する
(地表面に近い大気の科学、図3.2を参照)。
(2)平均気温の測定では、機械的な丈夫さも考慮すればセンサーの大きさは
1~3mm程度が望ましいが、放射の影響を少なくするために、通風筒に
入れる必要がある。
早い気温変動とは別に、1分間以上のゆっくりした変動も1℃程度の大きさ
がある(地表面に近い大気の科学、図1.6を参照)。気温変動の標準偏差を
σ としたとき、N 回の読み取りを行えば、時間平均値の観測誤差は次式で
表される。
⊿=σ / N1/2
従って、例えば気温変動の大きさ σ=1℃のとき、誤差 ⊿<0.1℃で
観測したければ、読み取りは N>100回が必要となる(地表面に近い
大気の科学、p. 21)。
(3)以上のことを考慮せずに気温観測が行われた場合、観測誤差は日中なら
数℃以上に達することもある。夜間は1℃以上となることが多い。
参考文献
近藤純正、1982:大気境界層の科学、東京堂出版、pp.216.
近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、東京大学出版会、pp.324.