K60.森林の開放空間「日だまり」の気温


著者:近藤 純正・菅原 広史
森林内に切り開かれた開放空間「日だまり」と、日陰の多い林内の2か所で気温を測 った。晴天日中の気温は林内に比べて0.2~0.9℃も高温になり、林内の気温も森林域外 の市街地に比べて高温になることもある。この高温は、森林域の樹木によって地上付近 の風速が弱められ、地上付近の熱が上空へ拡散され難い「日だまり効果」によるもので ある。

夜間は逆に、「日だまり」は放射冷却が強いのに対し、林内では放射冷却が弱く、 「日だまり」の気温が1℃前後も低くなる。

「日だまり」と林内の気温差の風速依存性については、風速が6m/s以下の範囲内に おいて日中ほとんど見られないが、夜間は風速が弱いほど「日だまり」の気温が低く なる傾向にある。 (完成:2012年4月27日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2012年4月27日:完成


  目次
        60.1 はしがき
        60.2 観測場所と方法
        60.3 観測4月5日
        60.4 観測4月8日

        60.5 気温差の風速依存性
          (a) 考察
          (b) 開放空間「日だまり」と林内の気温差
          (c) 北の丸露場と大手町露場の最高気温差・最低気温差
        60.6 アスマン通風乾湿計に及ぼす日射の影響
        60.7 まとめ
        文献


60.1 はしがき

森林内の気温は森林域外に比べて低いといわれているが、それは正しいのだろうか?
気象観測所の周辺に樹木が成長すると、観測露場の風が弱まり「日だまり」となり、 晴天日中の気温は高く、夜間は低くなる。平均すると、平均気温が高くなる。 これを「日だまり効果」による平均気温の上昇と呼ぶ。

防風林によって畑地の風を弱め平均気温を上昇させ、作物の生産性を高めることは 昔から行われてきた。また、都市化された大都市では、ビルなどの構造物が増え、 樹木が密集し過ぎて風通しが悪化すると気温の異常上昇が生じる。これらも 「日だまり効果」による平均気温の上昇である。

このシリーズ研究「日だまり効果の基礎研究」は、日だまり効果について正しく理解し、 重要な気候観測所の周辺環境を管理する指針づくりの目的で始めたものである。 前章までは、主に風について調べてきた。

本章からは、「日だまり効果」によって気温の観測値がどのような影響を受けるかに ついて、検討をはじめる。

まず、森林内の開けた開放空間、これを「日だまり」として東京の白金台にある自然 教育園内の旧事務棟跡を選び、晴天日中の気温を測ることにした。この「日だまり」 の半径は X=18m程度、周囲の平均樹高は h=14mである。前章までに定義した 記号で表せば、空間中心から周辺を見上げた高度角をαとすれば、無次元の広さは 次式で表される。

X/h=1/tanα=1.3

今回選んだ観測場所「日だまり」の無次元広さは1.3であり、狭い空間の代表である。 風通しのよい重要な気候観測所の広さは概略10以上であることが望ましい。

この観測は東京白金台にある自然教育園内の旧事務棟跡で行ったもので、観測に 際しては、国立科学博物館附属自然教育園特任研究員・萩原信介氏と副園長・石川 昇氏 にお世話になった。

60.2 観測場所と方法

開放空間「日だまり」と、そこから約50m北側の林内の2か所で晴天日中の気温を 観測する。観測は電気式モーター・ファン付きのアスマン通風乾湿計2台を用いる。 通常は、乾球とガーゼを巻いた湿球の2本の水銀温度計(最小目盛は0.2℃、検定付き) で乾球温度と湿球温度を測るが、観測精度を上げるために、今回は2本とも乾球として 気温を観測する。温度計の通風筒の吸気口の地上高度を1mとし、通風筒を斜めに 設置した。

快晴日として2012年の4月5日と4月8日の2日間を選んだ。4月5日は30秒ごと同時に2本の 水銀温度計の気温を読み取り、30分間を1シリーズ観測とした。アスマン通風乾湿計 の0.1℃以下の器差の影響を除くために、2台の通風乾湿計は「日だまり」と「林内」 で交互に交換し、観測者の2人も2地点を交互に変えた。なお、2台のアスマン通風 温度計の温度計(合計4本)の誤差(器差補正済み)は0.1℃以下であることは 確かめてある。

4月8日には、1台の通風温度計を「日だまり」に、他の1台を「林内」の定点に 設置する。朝から夕方までモーター・ファンを止めることなく連続動かした状態で 観測した。一地点での読み取りを10回(10回×2本の乾球温度)行うと、他の地点へ 移動して10回(10回×2本の乾球温度)の読み取りを行う。約5分ごとに移動を繰り 返した。

これを朝の9時前から16時40分頃まで行った。8時30分に入園、17時に出園した。

2日間の観測日はともに快晴で適当な風があった。表60.1は風向風速と最高気温に ついての概要である。参考のために、気象庁の大手町における値も表に掲げた。 4月5日は風速の強い日、4月8日は弱い風があった。

後でもわかるように、大手町の現露場に比べて、自然教育園内は風が弱く、 「日だまり」「林内」ともに気温は高めである。

表60.1 自然教育園と気象庁露場の気象条件、概要
タワー風向風速:自然教育園の高度20mにおける値
日だまり:自然教育園旧事務棟跡の開放空間(空間の無次元広さ:X/h=1/tanα=1.3)
空間半径:X=18m、平均樹高:h=14m)
林内:開放空間の「日だまり」から北に約50mの林内
北の丸:北の丸公園の気象庁の新露場
大手町:大手町の現露場
大手町風速:北の丸公園内の科学技術館屋上の高度35mの値

                4月5日             4月8日
観測時間         10~15時           9~16時
タワー風向・風速   SSW~SW,5.3m/s      NのちSSW、2.3m/s
大手町風向・風速   S~SSW,   6.8m/s  NNWのちSSE, 3.7m/s
日だまり最高気温   >20.6℃(13:36)   14.5℃(14:29)
林内最高気温     >20.2℃(14:21)   14.1℃(13:18)
北の丸最高気温     
大手町最高気温     20.8℃(15:35)   13.5℃(14:04)


注1:4月5日は4回の30分間連続観測のため、これら観測時間以外に最高気温 が生じた可能性があり、「日だまり」では>20.6℃、林内は>20.2℃と記してある。 4月8日は約5分間隔で2地点の気温を交互に読み取ったため、林内の観測中(または林外 の観測中)の約5分間に林外(または林内)で最高気温が起きていた可能性がある。 そのため、日だまりと林内の最高気温はほぼ正しいが0.2℃程度低めに出ている可能性 もある。

60.3 観測4月5日

4月5日の正午前に撮影した「日だまり」と「林内」の写真を図60.1と図60.2に示した。 林内の林床には木漏れ日が届いている。

日だまりの写真
図60.1 森林の開放空間「日だまり」の観測風景(東側から11時55分に撮影)。 写真の左よりの樹木はまだ着葉していない。この写真の右方50mに「林内」の定点 がある。

林内の写真
図60.2 「林内」の観測風景(東側から11時56分に撮影)。

連続30分間(1か所につき読み取り回数=60回×2本)を1シリーズとし、4シリーズ の観測結果を表60.2にまとめた。参考までに気象庁大手町露場における値も示した。

表60.2 観測時間30分間の平均気温の比較、2012年4月5日

シリーズ            Ⅰ      Ⅱ     Ⅲ      Ⅳ    平均
時刻            10:10~40 11:10~40 13:20~50 14:20~50   ―
気温(℃)
日だまり        17.74±0.35 18.59±0.28 19.98±0.36 19.67±0.15   19.00
林内           17.10±0.21 17.77±0.29 19.23±0.21 19.42±0.11   18.38
大手町              16.8     17.9     19.2     19.4    18.33
気温差(℃)
日だまり-林内       0.64      0.82    0.76     0.25     0.62
日だまり-大手町    0.9          0.7         0.8          0.3         0.67
林内-大手町     0.3        -0.1         0.0          0.0         0.1
気温上昇率(℃/hr)
日だまり           2.28     0.22   -0.34    -2.40     ―
林内               1.32     0.08     0.09    -2.32     ―


30分間平均気温を比較すると、「日だまり」は「林内」に比べて0.25~0.82℃ (平均0.62℃)高温である。大手町の気温は林内気温とほぼ同じである。

14時ころまでは、「日だまり」が「林内」に比べて0.6~0.8℃高温であったが、 シリーズⅢの頃から「日だまり」の気温が下降しはじめ、シリーズⅣ(14:20~) には急下降となった。そのためと思われるが、「日だまり」と「林内」の気温差は0.25℃と 小さくなった。

この原因として、2つのことが考えられる。その1は風速の影響、その2は熱的な 原因である。

図60.3は園内に設置されているタワー(高さ20m)における風向と風速の時間変化 である。14:30~15:00の風速が少し強くなっているが顕著な増加ではない。 そのため、シリーズⅣで気温差が小さくなったのは熱的な原因ではなかろうか。

風向4月5日
図60.3(a)タワー風向の時間変化(4月5日)。

風速4月5日
図60.3(b)タワー風速の時間変化(4月5日)。

つまり、朝方「日だまり」に日射が届くようになると、急に地温が、続いて気温の 上昇が始まり林内との気温差が増していく。

ところが、午後になると「日だまり」の地温・気温が下降しはじめても「林内」 の地温・気温の位相は遅れ、その結果として気温差が夕方に向かって小さくなって いく。

次節で示すように、5日の14時台(シリーズⅣ)の気温下降率が2.4℃/hr に対し、 8日の14時台はまだ気温下降とはなっておらず、気温差は0.6℃程度で続いている。

5日は気温が高く最高気温が20℃以上に達したぶんだけ気温下降率も大きいのに対し、 8日は朝から気温が低く最高気温は約14℃までしか上昇しなかった。これが2日間の 気温変化の違いとして現れたのであろう。

60.4 観測4月8日

3日後の4月8日も快晴となり、朝から夕方まで連続的な観測をおこなった。図60.4は プロットした時刻の前後20分~30分間の移動平均した日中の気温変化である。

「日だまり」と「林内」の気温差は、すでに9時頃から生じており、11時過ぎから 15時まで0.5℃以上の差である。その詳細は図60.5でよくわかる。

気温4月8日
図60.4 自然教育園の旧事務棟跡における気温日変化、2012年4月8日、移動平均値。
赤プロット:開放空間「日だまり」
黒プロット:林内

気温差4月8日
図60.5 林内外の気温差(日だまり-林内)。
4月8日は移動平均値(40分~60分間)
4月5日は30分間平均値

参考のために、図60.5には赤四角印で4月5日の気温差もプロットしてある。4月8日は 4月5日と違って、14時以後も林内外の気温差は大きいままで続き、約1時間の遅れで 15時過ぎから気温差が小さくなった。

表60.3は4月8日のまとめである。参考として大手町露場との比較も示した。JR目黒 駅の東方にある自然教育園では、「日だまり」「林内」ともに大手町に比べて風速 (高度1~2m)が弱く、平均気温が高くなったと考えられる。

表60.3 平均気温の比較、2012年4月8日
 時刻(時)     10~12   12~14  14~16   11~15   10~15
 気温(℃)
  日だまり     11.28   13.40   13.57   13.23   12.61
  林内       10.91   12.77   13.19   12.63      12.09
  大手町      11.05   12.48   12.71   12.34      11.91
 気温差(℃)
  日だまり-林内   0.37    0.63   0.38    0.60       0.52
  日だまり-大手町  0.23    0.92   0.86    0.89       0.70
  林内-大手町   -0.14    0.29   0.48    0.29       0.18


ちなみに、開放空間の広さを表す「露場の広さ1」=1/<tanα>と「露場の広さ2」 =<1/tanα>を比較すると(定義と意味は「K59. 露場の風速 と周辺環境の管理―指針」を参照のこと)、

  大手町露場: 「露場の広さ1」=1.8、「露場の広さ2」=3.96
  「日だまり」: 「露場の広さ1」≒「露場の広さ2」=1.3

「露場の広さ2」は露場への風の入り込みやすさを表すパラメータであり、近くに 高いビルがあっても、広い道路など風の道があれば大きい値となる。

60.5 気温差の風速依存性

4月5日と4月8日の日中は、ともに快晴であったが、園内の高さ20mのタワーでの 10~15時の平均風速は5.30m/sと2.22m/sで違っていた。この風速の違いがあったにも かかわらず、林内外の気温差に大きな違いはなかった(0.62℃と0.52℃)。

(a)考察
図60.6は4月8日の風向と風速の時間変化である。平均風速は4月5日に比べておおよそ 半分の大きさであるが、13時以後に風速に大きな変化は見られない。

風向4月8日
図60.6(a)タワー風向の時間変化(4月8日)。

風速4月8日
   図60.6(b)タワー風速の時間変化(4月8日)。

4月の5日と8日を比べてみても、林内外の気温差を決めるのは観測された風速の範囲内 (タワー風速<7m/s)ではないとみなされる。それならば、タワー風速が8 m/sを越 すような強風となれば林内外の気温差はどうなるか、考察してみよう。

「K57. 森林内の開放空間の風速」の表57.1に示したように、「日だまり」すなわち、 自然教育園の旧棟跡の高度2mの風速はタワー風速の23%(風速比=0.233)であるので、 タワー風速が8 m/sのとき「日だまり」の風速は1.8m/sである。

「身近な気象」の「M12.入門3:熱の流れと現象」 の図12.2と図12.3に示すように、 晴天日において、風速が8m/sの日の気温日較差(または地表面温度と気温の差)は 微風日の20~30%程度となる。これは前橋や中国敦煌における結果である。

気温日較差や地表面温度と気温の差が小さくなる日は、地表面に与えられた日射 エネルギーの大部分が強風によって顕熱・潜熱となり上空へ運ばれ、地温上昇に 費やす熱エネルギーが少なくなることを意味している。

前橋や敦煌の風速比(=露場風速 / 測風塔風速)は0.5前後と推定されるので、 これを今回の実験地の「日だまり」に応用すると、タワー風速が18m/s (=8m/s×0.5/0.23)程度の日に相当する。つまり、相当の強風時でなければ、 「日だまり」における林内外の気温差は小さくはならないことが推論される。

実験地の「日だまり」は露場の広さ=1.3であり、狭くて上空の風が入り難い露場の 代表として選んだものであり、日だまり効果による気温上昇は10~15m/s程度の強風日 まで起きることが予想される。

備考:夜間の安定気層の破壊
夜間になると、「日だまり」の気温は「林内」に比べて低温となる。これは「日だまり」 の地表面温度が夜間の放射冷却によって下降することによる。こうして夜間の 「日だまり」には下層ほど低温な安定層が形成される。

「日だまり」にできる安定層は、あたかも盆地にできる安定層「冷気湖」に似ている。 つまり夜間の空間「日だまり」の地表面は放射冷却によって温度が下がる。その周辺の 「日だまり」に面した樹木の葉面では放射冷却で冷気を生じ、その冷気が空間 「日だまり」に堆積する。これはあたかも盆地の斜面で冷気が形成されて盆地内に 堆積することに似ている。

盆地内に形成された安定気層「冷気湖」は上空の風速が臨界値を超えると破壊されて 消失する。つまり、放射冷却によって盆地内斜面で生成された冷たい重い空気が重力 にしたがって盆地の底に順番に堆積していく、すなわち位置のエネルギー (ポテンシャルエネルギー)の生成速度よりも安定層上端で風による機械的な仕事に よる破壊の速度が上まわるならば、安定層は上部層から順番に消失して盆地底に およぶ。

福島県吾妻小富士(直径450m、深さ70mの火山の噴火口)における観測では、 盆地の尾根の風速が5m/s 以上になると、冷気湖(深さ70mの気温差は約10℃)は 形成されなくなる(近藤ほか、1983、第5図と第6図)。

(b)開放空間「日だまり」と林内の気温差
林内外の気温差を正確に知るために、4月5日と8日は2台のアスマン通風乾湿計を用 いて観測したが、自然教育園内の旧事務棟跡「日だまり」の高度約1mと林内の高度 2.5mにおいて気温の自記記録を行っている。この記録から2012年3月の晴天が続いた 11日朝~16日朝までの5日間について日中(10~15時平均)と夜間(22~6時平均) の気温差(「日だまり」-林内)をもとめタワー風速との関係を調べ、上記の考察 を確かめた。

図60.7は日中と夜間の林内外の気温差(「日だまり」-林内)とタワー風速の関係で ある。日中のプロット(赤丸印)には4月5日と8日の分も含まれている。

日中の気温差については顕著な風速依存性は見られない(ただしプロット数が少ない ので次項でも確かめる)。これは前項で考察したように、「日だまり」の空間が狭く、 上空の風が入り難いことによると考えてよいだろう。

しかし、夜間は強風時ほど気温差(絶対値)が小さくなる傾向を示している。 すなわち、風速が1m/s以下のときの気温差は1℃以上に対し、風速3m/sのときの 気温差は0.5℃で2倍以上の開きがある。

開放空間「日だまり」の地表面温度及びそれに面する樹木の枝葉の温度を決める 正味放射量は、晴天日中の目安は500W/m2に対し、夜間の目安は -100W/m2であり、概略5倍も違う。

そのために、日中の「日だまり」に形成されている強不安定成層を壊す風による 機械的仕事は夜間の安定成層を壊す機械的仕事よりもはるかに大でなければならない。

気温差風速依存性
図60.7 自然教育園の旧事務棟跡「日だまり」と林内の気温差の風速依存性、 2012年3~4月の晴天日。

注2:気温の自記記録に用いる林内外の2つの温度計は、器差の影響を除く ために、4月中旬に両温度計を林内に数日間並べて比較観測を行い、補正してある。

注3:林内での自記記録した気温は高さ2.5mであり、アスマン通風乾湿計で 観測した高度1mと異なる。この高さの違いは結果に大きな影響を及ぼさないとみな してよい。なぜなら、林内では、放射による日中の加熱と夜間の冷却はおもに樹冠部 で行われ、気温の鉛直勾配は林外の「日だまり」に比べて小さくなっていると考えられ るからである。

(c)北の丸露場と大手町露場の最高気温差・最低気温差
図60.7で見られた気温差の風速依存性が他所でも見られるか、確かめるために気象庁 の新露場(北の丸公園の森林内の開放空間)と大手町の現露場の最高気温と最低気温の 差について風速依存性を調べた。なお、開放空間の広さ(無次元)は北の丸露場は 3.1であり、自然教育園内の旧事務棟跡の1.3よりは広い。

図60.8は晴天日(日照率>50%)について最高気温の差(北の丸-大手町)と最低気温 の差(北の丸-大手町)の風速依存性である。

最高差最低差の風速依存性
図60.8 晴天日(日照率>50%)における北の丸露場と大手町露場の最高気温差と 最低気温差の風速依存性、2011年8月~9月、2012年3月。

図中の実線は最小自乗法によって描いた直線関係であり、日平均風速が2~5m/sの 範囲内では、風速依存性は日中の最高気温差はほとんどないが、夜間の最低気温差は 風が弱いほど大きくなる傾向にある。

すなわち、自然教育園内の狭い開放空間で見られたように、北の丸露場でも夜間は 風が弱いほど放射冷却によって最低気温が下がりやすく、大手町露場の最低気温との 差(絶対値)が大きくなる傾向にある。ただし、プロットのばらつきが大きく、 自然教育園で見られたような顕著な風速依存性ではない。この風速範囲内では 風速依存性が明確でないのは、空間の広さが自然教育園に比べて広いことによるのかも 知れない。

60.6 アスマン通風乾湿計に及ぼす日射の影響

今回の観測(4月5日、8日)では、アスマン通風乾湿計を用いたので、気温観測に及 ぼす日射の影響を調べ、表60.4に示した。

温度計の通風筒が太陽直射光線と垂直になるように室内の窓際のスタンドに取り付け、 1台(2本の水銀温度計)の通風筒に直射光を当て、他方(2本の水銀温度計)はA4大 の厚紙をガラス窓に貼って直射を防いだ。直射と日陰を交互に繰り返して直射光の 影響を調べた。各温度計の読み取りを10回(10回×2本)行い、直射2本の平均温度と 日陰2本の平均温度の差を温度差(直射-日陰)とした。

2日間の午前中、延べ6シリーズの結果を表60.4にまとめた。ただし、この実験では、 人体からの放熱の影響が温度計に及ぶのを防ぐために、横方向から風速0.7m/sの風を 当てて行なった。


表60.4 アスマン通風乾湿計に及ぼす日射の影響。
 2台のアスマン通風乾湿計を交互に直射と日陰にして測定。湿球温度計のガーゼを外し、
 2本とも乾球として測定、人体からの放熱の影響を無くするために風速0.7m/sの風を
 絶えず当てて実験、各10回の読み取りの温度差は直射2本と日陰2本の平均温度の差で
 定義する(温度計の検定による器差も補正済み)。

       温度差(直射-日陰)
  シリーズ1    +0.01℃
 シリーズ2    -0.01
 シリーズ3    +0.01
 シリーズ4    -0.13
 シリーズ5    +0.13
 シリーズ6    ±0.00
 平 均     0.00±0.08℃


通風筒に直射光が当たったときと日陰にしたときの気温の差は0.00℃±0.08℃である。 すなわち、風速0.7m/sでは直射光の温度計に及ぼす影響は0.1℃以下である。ただし、 実際の野外における観測上の注意すべき次の4点がある。

観測上の注意1:モーター・ファンを回転させないで野外に放置したままの 状態から、モーター・ファンの回転を始めると、高温になった2重の通風筒からの 赤外放射の影響により気温が高めに表示される。正常になるまでに約15分間を要する。

観測上の注意2:人体が通風筒に近づくと、人体からの放熱の影響で指示温度 は0.2℃程度上昇する。それゆえ観測前は風下側数m離れた場所に待機していて、 観測時になると少し遠くから概略の指示温度を知り、温度計に近づいて最初に小数点 以下を素早く読み取り、そののち小数点以上の温度を読み取ること。

観測上の注意3:野外で微風のときは、0.7m/sの風速を当てた上記実験と異 なり気温測定に放射の影響が現れる可能性がある。そこで、アスマン通風乾湿計の 設置方法として、ファン・モーターの頭の部分を太陽の方向へ向け、吸気口は太陽と 逆の斜め下方向にして通風筒に直射が当たらないようにすること。放射の影響は風速が 弱いとき大きくなる(「大気境界層の科学」の表3.2、p.73-p.76)。

観測上の注意4:眼と水銀糸頭とを結ぶ線が温度計に直角になるように読み 取ること。

60.7 まとめ

快晴日の2日間、東京白金台にある自然教育園の森林内の開放空間「日だまり」と、 そこから約50m離れた「林内」の2か所において日中の気温の観測を行った。落葉樹の 新芽が出はじめる4月の5日と8日であり、広葉常緑樹も多く「林内」には、多少の 木漏れ日が差し込む条件である。なおこの「日だまり」の無次元広さは1.3である。

また自記記録による3月の晴天日5日間の日中と夜間について、「日だまり」と「林内」 の気温差も調べ、さらに、北の丸露場と大手町露場における最高・最低気温差の風速 依存性も調べた。

(1)快晴日の朝9時には、「日だまり」の気温は「林内」より高温になっており、 10~15時の気温差は0.5~0.8℃である(表60.5)。

(2)ほぼ連続的な観測を行った4月8日の11~15時の平均気温について、市街地に ある大手町の気象庁現露場と比べると、「林内」は0.29℃の高温、「日だまり」は 0.89℃の高温であった。

これは北の丸公園内の新露場における晴天日の最高気温が大手町の現露場に比べて 高くなることと矛盾していない(「研究の指針」の「K59. 露場 の風速と周辺環境の管理―指針」の表59.1を参照)。

(3)気温差の風速依存性については、日中は明瞭ではないが、夜間は風が弱いほど 開放空間「日だまり」の放射冷却が大きくなり、林内との気温差は大きくなる傾向 である。

(4)雲が多少存在する晴天日は日照時と日陰時の気温が複雑に変動するので、 快晴日のみを表60.5にまとめた。日中の開放空間「日だまり」は「林内」より 0.5~0.8℃高温となるが、夜間は逆に1℃前後も低温となる。

表60.5 快晴日のタワー風速(m/s)と気温(℃)のまとめ。
日中(10時~15時)
月 日  風速 日だまり 林内 大手町 日だまり-林内 日だまり-大手町 林内-大手町
3/13  3.19   9.55    8.76   9.07        0.79            0.48         -0.31
3/15  3.78  12.14   11.46  12.00        0.68            0.16         -0.52
4/05  5.30  19.00   18.38  18.33        0.62            0.67           0.05
4/08  2.22  12.61   12.09  11.91        0.52            0.70           0.18

夜間(22時~翌朝6時)
3/14  0.80   2.74    3.84   6.29      -1.10          -3.55         -2.45
3/15  2.57   2.80    3.66   4.63      -0.86          -1.84         -0.97


なお、自然教育園は北の丸公園内の気象庁新露場から南西方向に約6.7kmの距離 にある。

参考
一般に森林内は森林外に比べて日中の気温は低いとされている。体感では、気温の 低さよりも日陰による直射光の影響によって、より涼しく感じることがある。しかし、 気温も体感温度も地表面近くの風速に大きく依存し、森林内が必ずしも低温になるとは 限らない。

今回の観測を行った「林内」は多少の木漏れ日が差し込む状態にあり、森林内の開放 空間「日だまり」と「林内」の気温差は0.5~0.9℃程度であった。林内がうっそうと 茂ってくると、風速等にも依存するが、この気温差はより大きくなるだろう。

しかし注意すべきは、林内がうっそうと茂り木漏れ日がほとんど差し込まなくなると、 空気がよどみ市街地を通る車の排気ガスが滞留し、大気汚染となることがある。 仙台市定禅寺通のケヤキ並木が繁茂し、晴天日中は樹冠部の気温が地上に比べて 1.5℃の高温、つまり林内の大気安定度が日中でも安定となり、有害な車の排気ガスが 舗道に溜まるということが問題になった(「身近な気象」の 「M21.温暖化と都市緑化(Q&A)」の Q5.3を参照)。

快適な都市環境の設計には様々な問題について検討すべきことを教えている。

文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学,東京堂出版、pp.219.

近藤純正・森洋介・安田延壽・佐藤威・萩野谷成徳・三浦章・山沢弘美・川中敦子・ 庄司邦彦、1983:盆地内に形成される夜間の安定気層(冷気湖).天気、30、 327-334.



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