K127.気温と周辺環境ー観測所の環境管理と高精度気温計


著者:近藤純正
「日だまり効果」、「森林の気温・熱収支」、「高精度気温観測用通風筒」の 総まとめである。
日だまり効果による日中の気温の上昇量と夜間の下降量は、周辺がおもに樹木の場合と そうでない場合で2倍の違いがあり、樹木の影響が大きい。「日だまり効果」の研究は、 地球温暖化などの気候変動データの正しい評価に活用できる。
森林内の開空間では日中の気温は市街域よりも高温になり、夜間は逆に低温で 気温日較差は大きい。林内気温は、見通しの良否、林床の木漏れ日率、雨後の経過 日数、季節による気温の違い(ボーエン比の気温依存性)、一般風速の強さの関数となる。 森林の顕熱輸送量は3~4月に最大となる。有効入力放射量が一定とした場合、 潜熱輸送量(蒸発散量)は気温が高いほど大きくなるが、顕熱輸送量(大気の加熱 効果)は逆に気温が高いほど小さくなる。「森林の気温・熱収支」の研究は、北の丸 露場の観測データなどの理解に役立つ。 (完成:2016年3月27日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2016年3月15日:素案の作成
2016年3月16日:部分的な訂正、「まとめ」を追加
2016年3月17日:図127.15、図127.29を別図に取換える。図127.8bを追加
2016年3月27日:引用文献の追加

  目次
      127.1 はじめに
      127.2 日だまり効果
      127.3 東京都心部を代表する観測地点
      127.4 森林環境と林内気温

      127.5 連続観測による林内気温と熱収支(自然教育園)
      127.6 森林の熱収支(理論的な関係)
      127.7 高精度の気温観測用通風筒
   なとめ
      参考文献



気象庁資料:気象庁大手町露場の気温データは気象庁から提供されたものである。
研究協力者:本研究は多くの方々のご協力により行われたものである。


127.1 はじめに

地球温暖化を正しく評価する目的で、2004年秋から全国の気象観測所を巡回・調査して きた。その結果、観測所の周辺環境の変化が気温の観測値に影響すること、および現在 使われている気温観測装置(通風筒)には放射影響による誤差0.3℃~0.4℃が含まれていることが わかった。

観測所の周辺環境を表す適切な幾何学的パラメータを提案した。このパラメータと 露場風速および気温との関係、それらの基礎となることがらについて調べた。 この幾何学的パラメータを記録していけば、観測所の周辺環境が変わったときの気温 観測値を補正することができる。

現在の気温観測用の各種通風筒について、放射影響をしらべた。それらの欠点を改良 し、従来品に比べて安価で高精度の気温観測装置が市販化されることになった。

本研究の結果は、気象観測所の管理指針のみならず、森林公園の管理や都市環境を 改善する際の基礎として役立てることができる。

127.2 日だまり効果

気候変動データの解析では、日だまり効果による観測誤差を補正する必要がある。
日本の地球温暖化量は100年間当たり1.1℃/100y の上昇と言われているが、この補正と観測法の 時代による変更を考慮して長期データを補正すると、日本における正しい地球温暖化量は 100年間当たり0.67℃/100y となり、1.1℃/100y は1.6倍の過大評価である (近藤、2012);「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」

日中の日だまり効果による気温上昇と、夜間の放射冷却による気温低下についての まとめは、「K121.空間広さと気温―「日だまり効果」のまとめ」 に掲載してあり、この節では要点を述べる。

日だまり効果の発見と定量的評価
伊豆半島の石廊崎観測所は周辺環境が自然に近く、気候変動の監視に適した所だと 思っていた。しかし、石廊崎では、時代による測器や観測方法の変更による補正を 行っても、風速の年々の弱化にともなって年平均気温が上昇し、気温日較差が大きく 最高気温が高くなってきている。

その原因を探るために、石廊崎へ何度も行くことになる。
2006年のこと、1986年に撮影された航空写真を見ると(図127.1)、 当時の測候所の東西方向(卓越風向)には高木が無く開けていた。石廊崎測候所に 1968年から延べ23年間勤務され、最後の所長となられた小林達雄氏によると、 以前には測候所の窓から眼下の石廊崎港口に設置された波浪観測標柱が見えたと言う。

石廊崎測候所1986年
図127.1 石廊崎測候所、1986年(ヘリコプターより南方向から北方向を撮影)
(「写真の記録」「62.石廊崎測候所」の写真7に 同じ)
石廊崎測候所提供、小林ほか(2003)による「石廊崎の気象」より転載

測候所の周辺は里山であり、周辺の樹木は周期的に伐採されて家庭用の薪・木炭として 利用されていた。ところが、いわゆる燃料革命により灯油の時代に入ると、周辺の 樹木は伐採されなくなった。その結果、樹木が成長し観測所の風速はしだいに減少し、 日中の観測露場は日だまりとなり気温は高めに観測されるようになった。

これを「日だまり効果」による気温上昇とよぶことにした。

各地のデータを調べて図127.2が得られた。年平均風速が減少すると年平均気温が 上昇する傾向にある。この平均気温の上昇は地球温暖化量を除く「日だまり効果」に よる昇温量である。

風速と日だまり効果
図127.2 年平均風速の変化と日だまり効果による年平均気温の上昇の関係。
(近藤(2010;2011)あるいは「研究の指針」の 「K121.空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」の図121.1に同じ)

これを契機に、日だまり効果の研究を行った結果、図127.2が定量的に説明されること になる(「K121.空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」 )。

すなわち、図127.2において、ある期間に風速が40%減少すると(横軸=-0.4)、 年平均気温は約0.3℃上昇する。いっぽう、「日だまり効果」の研究で得られたのは 1日単位の晴天・快晴日における日中の気温上昇と夜間の気温下降であり、その差 は0.5℃となる。図127.2の0.3℃は、雨天・曇天・晴天日を含む日中の日だまり効果 による気温上昇と夜間の放射冷却による気温下降の差の年平均値であり、日単位で 得られた晴天・快晴日の結果0.5℃と比べて量的にも矛盾しない。結論として、図127.2の 説明がついたのである。

日だまり効果の研究経過
風速の弱化と気温上昇を表す適切なパラメータを決める目的で、各地で試みた。

標識
図127.3 測量の風景(気象研究所露場にて)。
「K64.観測露場内の地物の仰角測定」の図64.14に同じ)
観測地点の周辺の方位360°を5°間隔で地物の仰角αを測定する。仰角は方位2°範 囲の平均値を読み取る。

観測点の空間広さを表すパラメータとして、風速の弱化と気温変化がよく表現でき、 しかも簡単に測量できる<X/h>を用いる。

 X:観測点から周辺の障害物までの水平距離
 h:建物や樹木など障害物の高さ
 X/h=1/tanα:各方位の空間広さ(無次元)
 α:周辺を見たときの地表面から見上げた仰角(方位2°範囲の平均値)
 <X/h>:方位5°間隔で測量して求めた全方位360°についての平均値

空間広さの模式図
図127.4 空間広さの説明図
「K121.空間広さと気温―日だまり効果のまとめ」 の図121.2に同じ)。


次の順序で「日だまり効果」の研究を行った。
(1)露場風速と空間広さ(風下距離)の関係
 防風林や植木畑の風下、各地気象観測露場での観測
(2)気温と空間広さの関係について理論的考察
(3)空間広さを考慮した日中・夜間の気温の観測
 各種地表面、建物・樹木の環境について気温上昇・下降の観測
(4)結論として上述の図127.2が定量的に説明されることになる。

まず、防風林や植木畑の風下において、風速の減少率と風下距離の関係を求めた (図127.5)。横軸を対数目盛で表せば、風速の減少率と空間広さの関係は、X/h>3の 範囲で直線となる。

風速比と空間広さ
図127.5 風速比(風下風速 / 風上風速)と空間広さ X/h(無次元風下距離)の関係。
(プロットと実線は「K121.空間広さと気温ー”日だまり効果” のまとめ」の図121.3に同じ)
 破線は風が通り抜けるような並木や疎な林の風下での関係、
 赤破線の楕円形は参考のために描いたもので、山脈の風下の数km~20km範囲に おける関係(Yamazawa&Kondo, 1989)である。

ついで、各地の気象観測露場において同様の観測を行なった(図127.6)。
観測の結果、前図と同じ結果が得られた(図127.7)。

露場
図127.6 津山観測所における観測
「K72.露場風速の解析―津山2」の図72.3に同じ)
露場風速計は中央の左寄りに設置(地上高度=1.64m)、南東側から 北西方向を撮影 (2013年1月21日)。

露場通風率、各観測所
図127.7 露場通風率と空間広さの関係
「K121. 空間広さと気温ー”日だまり効果”のまとめ」 の図74.12下に同じ)。
 上:横軸を直線目盛で表した関係
 下:横軸を対数目盛で表した同じ関係


気象観測所の露場が狭い場合、露場内の風は風向不定となる。図127.8a は北の丸露場と 大手町露場の例である。

図127.8b は静岡地方気象台の露場における風向のずれを 示したもので、測風塔の風向によらず露場での風向は東西方向に限られる。

風向のずれ
図127.8a 測風塔風向(高度35m)と露場風向の差の風向依存性
「K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町」の図63.4に 同じ)。
 緑:北の丸露場
 赤:大手町露場

風向ずれ静岡
図127.8b 測風塔風向(高度16.3m)と露場風向の差の風向依存性
「K61.露場風速の解析ー静岡」の図64.1の上に同じ)。



静岡地方気象台では、露場(空間広さ=4.8)の北側に2階建て庁舎が、南側に 住宅が東西に並んでいる。そのため、東西方向に吹く「風みち」があり風通りは比較的 によい。

周辺の地物の高さの平均値が同じでも、「風みち」があれば空間広さは大きくなる。
空間広さ<X/h>=<1/tanα>には、こうした「風みち」の効果も含まれている。


備考1:観測環境の維持管理についての指針
気象観測所は地域を代表する気象を観測する目的で設置されている。観測所では、 樹木の成長速度などを考慮して、5年に1回の頻度で X/h と <X/h>、その他の 周辺環境の事項を記録していく。観測環境が悪化した場合、風みちをつくるような 改善が望ましい。


前記の図127.5と図127.7によれば、露場風速の減少率は露場の空間広さの対数軸上で直線 分布になる。この対数則から、日だまり効果による日中の気温上昇は空間広さの 対数差にほぼ比例することが推論される。

この推論を確かめるために各地で観測を行い図127.9の関係を得た。縦軸の 気温差は、広い空間と狭い空間の気温差である。図の左ほど気温差が大きいのは、 狭い空間ほど風が弱く「日だまり効果」による気温上昇が大きいことを示している。

キッズファーム
図127.9 気温差と空間広さの対数差との関係(日中)。
「K121. 空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」 の図121.14に同じ)
赤印は生垣内や森林内開空間(北の丸露場)での観測。
首都大のプロットは和田ほか(2016)による観測。
プロットのばらつきは、主に風速依存性による(図127.8)。
 小印:1回の観測
 中印:2回観測の平均
 大印:5~8回観測の平均


プロットは大別して2つに分類される。
 (a)周辺がおもに樹木からなる観測点
 (b)周辺がおもに建物からなる観測点

遠方に樹木があっても樹木・観測点間の距離が大きい場合(概略30m以上)は、(b)に 分類される。
それは、葉面による大気加熱量が風下距離とともに拡散され、樹木による 加熱効果が無視できるからである。この場合は風速の弱化(鉛直拡散の弱化)によって 生じる「日だまり効果」である。

図127.9において、周辺樹木の影響が大きい空間(丸印)では、そうでない空間の約2倍 の気温上昇がある。樹木の葉面群は熱交換効率がよく、葉面で放射エネルギーが吸収 されると顕熱に変換されて大気を直接加熱する。その結果、周辺環境(a)の場合には気温 上昇が大きくなる。


備考2:樹木の風下における気温上昇
5月の晴天日中に観測した結果によれば、樹冠層の水平幅1~2mほどの樹木の風下で、 樹冠層高度における気温上昇は0.5~1℃である。この気温上昇量は風下距離とともに 拡散されて小さくなり、風下距離>30mでは樹木による大気の加熱効果よりも、 地面から直接放出される顕熱による加熱効果が大きくなる (「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果―実測」)。



図127.10は夜間についての関係である。樹木の影響が大きい場合(丸印)は、そうで ない場合の約2倍の気温低下(冷却量)がある。丸印プロットのばらつきが大きいのは 風速依存性によるもので、風が弱い夜ほど放射冷却は大きく、図の下方にプロット されている。

気温差、夜間
図127.10 気温差と観測点の空間広さの対数差との関係(夜間)、丸印は生垣内
「K121. 空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」 図121.15に同じ)
 首都大(首都大学東京のグラウンド)における観測(四角印)は和田ほか(2016)による
 小印:1回の観測
 中印:3回観測の平均
 大印:7回観測の平均

日中の気温上昇と夜間の気温下降について、風速依存性が図127.11に示されている。 風が弱い日ほど、日だまり効果も夜間の放射冷却も大きくなる。夜間の気温低下は 日中の気温上昇の約1/2である。

この図では、降雨による地中水分量(熱慣性)の影響がわかるように、降雨直後の 晴天日の観測値もプロットされている。地中水分量の影響については、あとの林内 気温の観測でも示される。

気温差風速依存性、花菜
図127.11 平塚の花菜ガーデン内における生垣内の気温差と風速の関係
「K121. 空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」 の図121.16に同じ)。
プロットは空間広さの対数差=-0.50~-0.55の範囲の観測値。
 風速は海老名アメダスと辻堂アメダスの平均値
 青塗り大印:雨後の晴天日2015年11月3日(前日の11月2日の雨量=28mm)
 青塗り小印:その翌日2015年11月4日と翌翌日11月5日


127.3 東京都心部を代表する観測地点

一連の観測は、つくば市内と平塚市内のほか、東京都心部の森林公園で行なった。 東京都心部で観測する場合、広い芝地の気温を基準とした。ほかに大手町露場の気温 を基準とする場合もある。それゆえ、大手町の代表性について調べる必要があった。

表127.1は、都心部にある広い芝地(新宿御苑のイギリス風景庭園の芝地、代々木 公園中央広場、北の丸公園の池の北側の広い芝地、明治神宮の宝物殿前の広い芝地)、 および気象庁の南方のお濠端(中央気象台跡地)で晴天日に観測した気温と大手町 露場の気温差をまとめたものである。

広い芝地上で観測した気温は広域を代表する基準値となる。大手町露場は周辺がビル街 であり、南寄り以外の風向のとき風通りは若干わるい。

表127.1によれば、南寄りの風向のとき気温は広域代表の基準値よりも0.3℃ほど高温、 北~北東の風向のときは0.5℃ほど高温である。つまり、晴天日中に卓越する南寄りの 風のとき、大手町露場の気温は0.3℃の差で都心部を代表する。もし、広場基準点の気温 として、新宿御苑などの広い芝地で観測されたときは、その気温を都心部代表の基準値 として用いる。


表127.1 東京都心部にある広い芝地と大手町の気温差(各広場を基準)
 プラスは大手町が高温(すべて大手町が高温)
「K116.東京都心部の代表気温―大手町露場の代表性(完結報)」 の表116.4の抜粋)
    大手町露場の気温は放射影響の誤差を補正した値を用いてある。
    2015年4月~9月の晴天日中(10~15時内の2~3時間)の観測
    風向は北の丸公園科学技術館屋上、地上高度35mの風向(気象庁観測風向)

        全広場 新宿御苑 代々木公園 明治神宮  北の丸公園  お濠端 
観測回数         35        7        7      7          10          4
平均℃)       0.35      0.29       0.36     0.35        0.32       0.47
標準偏差(℃)   0.23      0.24       0.20     0.37        0.13       0.18

      快晴時と晴天時の区別         風向による区別
       快晴日  晴天日       南寄り風 北~北東風
 観測回数    11    24          26     9
平均(℃)   0.37   0.34         0.30    0.52             
標準偏差(℃) 0.22   0.23         0.16    0.23



127.4 森林環境と林内気温

世界を代表する大都市・東京の観測露場が大手町から森林内の北の丸露場に移転した。 気温は森林環境に依存するゆえ、森林環境と気温の関係について研究しておかねば ならない。

露場の移転に際し、比較観測が2011年8月から開始された。比較観測の1年目の データを調べると図127.12に示すように、晴天日の最高気温は大手町より1℃前後高く、 夜の最低気温は逆に1.5~2℃ほど低く、気温日較差が大きい。大手町露場では、 東京都心部を代表する気象が観測されていたが、北の丸露場(空間広さ=3.2)では、 日変化のパターンが都心のビル街と違ったものになった。

全天候日の月平均と快晴日の月平均
図127.12 気温差(=北の丸気温-大手町気温)の季節変化(2011年8月からの1年間)。
「K101.森林公園内の気温―北の丸公園と自然教育園」 の図101.3に同じ)
 上:月平均
 下:快晴日(日照率>90%)


つまり、日変化のパターンは東京が都市化される以前の状態に部分的に戻った傾向 となった。一般に都市化されると、植生面積が減少し舗装道路やコンクリートの 建築物が増えることで (1)蒸発量が減少し、(2)地表層の熱的パラメータ (熱容量と熱伝導率)が大きくなる。

(1)の効果は地表面温度・気温の平均値を 高くし、(2)の効果は日変化の振幅を小さくする。特に、夜の最低気温が下がり にくくなる(近藤、1994、「水環境の気象学」の敏感度を示す表6.12; 「M59.都市気候」の図59.3と表59.1)。

北の丸公園は、戦前は練兵場であったが、戦後は市民公園となり、植生状態も時代と ともに変化してきた。北の丸露場の気温は、地球温暖化や都市化のほか、森林環境の 変化にともなって変わっていくことになる。

つくば市内や平塚市内の森林や、東京都心部の森林公園において観測し、森林環境の 違いと気温の関係を調べた。

以下では、林内の環境を表す「見通し」と林床の「木漏れ日率」を用いる。
見通しの定義として、目の高さ≒気温観測用の通風筒吸気口の地上高=1.5mで林内 を水平に見たとき、方位の50%以上の範囲の見通しが、おおむね30~50m以下の場合 を 「見通し不良」、おおよそ50m以上まで見える場合を「見通し良好」としている。

次の「林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)」 をクリックして参照してください。その後、プラウザの「戻る」を押してもどってください。

林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)


(A)北の丸公園
北の丸露場が設置されている北の丸公園内の気温水平分布を観測した。池の北側の芝地 広場の気温を基準としたときの気温差を図127.13に示した。気温差がプラスは広場 基準点より林内気温が高いことを意味する。

公園内の気温分布はまだら模様である。林内気温は「見通し」と林床の「木漏れ日率」 の関数となる。また、林床下の土壌水分量、つまり雨後の経過日数の関数であり、 さらに風速にも依存する。

北の丸公園の気温分布
図127.13 北の丸公園の気温差の分布、図の上方向が方位の北、赤四角印は北の丸 露場(2015年)。
「K111. 北の丸公園の日中の気温分布(2)」の 図111.1に同じ)
プラス:基準点より高温(℃)、マイナス:基準点より低温(℃)
 上:8月4、6、15日に観測した気温の水平分布、 赤丸印は日向、青四角印:林内、 赤二重丸印:広場基準点
 下:大雨後の6月20日に観測した気温差の水平分布、 赤二重丸印は見通し良好な 林内および広い芝地。


図127.13の上・下を比べると、大雨後の林内気温(下図)は全体として低温側にずれる。 雨後の土壌水分が大きくなると、林内は林外に比べて日射量が少なく風も弱く、 乾燥するのに時間を要し、日中の地温・気温の上昇が遅れ、結果として気温差は 低温側にずれる。

とくに、見通し不良(風通し不良)の林内では、この傾向が顕著である。それを示した のが図127.14である。見通し良好の林内では、林内気温への降雨の影響はほとんど 現れていないが、見通し不良の林内では0.2~1℃程度の気温差の低下が起きている。

晴天日と大雨後の気温差の違い
図127.14 北の丸公園における晴天継続日と大雨直後の晴天日の気温差の違い(2015年)。
「K111.北の丸公園の日中の気温分布(2)」の図111.2 に同じ)
 赤丸塗つぶし印:晴天日(見通し不良林内)の気温差(8月4,6,15日)
 大きい赤丸印:晴天日(見通し良好林内)の気温差(8月4,6,15日)
 青塗つぶし印:大雨後の晴天日の気温差(6月20日))


雨後の数日間を除き、日照時間>10時間の晴天日について、北の丸と大手町の気温差の 風速依存性を調べた。 図127.15は気温差(北の丸-大手町)の風速依存性を表している。気温差は2時間移動平均値 のうち日中の最大値を赤丸印で、夜間の最小値(マイナスの値で最大値)を黒四角印で 示した。

この図の全プロットの平均値は、
日平均風速=3.6m/s±1.1m/s、
日中の気温差=0.77℃±0.36℃、
夜間の気温差=-1.66℃±0.52℃、
である。

破線は、風速の逆数に比例する関係(理論的関係)を表し、観測値はほぼこの曲線の 周辺にプロットされており、他の森林でも同様の関係が得られている。

快晴日気温差風速依存性
図127.15 晴天日(日照時間>10時間)の気温差(北の丸-大手町)の風速依存性、 風速は高度35mの風速。
「K122.北の丸露場の気温ー降雨・日照との関係まとめ」 の図122.14に同じ)
赤丸:日中の気温差の2時間移動平均値の最大値
黒四角:夜間の気温差の2時間移動平均値の最小値(マイナスの最大値)
赤と黒の破線:理論的な関係(近似的に風速の逆数に比例する)



備考3:北の丸露場周辺の環境整備
図127.13(上)において露場周辺の破線で囲んだ範囲は見通し不良の区域である。
北の丸露場は東京都心部の気象を観測するためのものであるので、周辺樹木に影響 されないよう環境整備・管理を行なうことが望ましい。その目的のために、見通しを 良くすれば、犯罪防止にも役立ち、現在頻繁に行なわれている巡回警備も 目が届くようになる。

さらに良いことは、夏の森林公園を快適な憩いの場とすることができる。風通しが 悪いと森林内はとても暑い。風通しが良くなれば体感温度が下がり、猛暑日でも 木陰では涼しさを体験できる。実際に、猛暑日の7月26日、8月4日、8月6日も気温 観測を行なったが、風通し良好な林内で休んでいると、扇風機による風とは違う 自然の風が吹き心地よさを感じた。

観測露場について、具体的に林内の風通しを良くし、上空からの風が入り易く するには、
(1)樹木の植栽密度を小さくする。
(2)林床から高度2m以下の層内に枝・葉が無いように下枝を切り落とす。
(3)低木や生垣状の植栽を無くする。
(4)露場近くの樹高の高い部分を切り、周辺を見たときの最大の仰角を15度以下にする。
(5)露場の盛り土の下端の四方に植えられた生垣を無くする。

仰角<15度とすれば空間広さ>3.7となり、仰角<10度とすれば空間広さ>5.7 と なる。北の丸露場の風通しを悪くしている最大の障害物は
 ・空間広さの範囲内、特に露場の南東側に植えられた植栽密度の高い低木、
 ・露場の東~北~西側のすぐ近くの密な樹木、
である。



(B)新宿御苑
新宿御苑の航空写真
図127.16 新宿御苑の航空写真(カシミール、電子国土空中写真より)。
「K102.新宿御苑の気温水平分布」の図109.2に同じ)
中央の右下、広い芝地の気温を広域代表の基準点とした(図127.17(上)の赤二重丸)。


晴天日における新宿御苑の気温水平分布を図127.17に示した。この公園でも気温分布は まだら模様であり、各観測地点の樹木の疎密、風通しによって気温差が決ってくる。

新宿御苑の気温分布
図127.17 新宿御苑の気温差の分布(2015年)。
「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」の図115.2に 同じ)
プラス:基準点より高温(℃)、マイナス:基準点より低温(℃)
 上:気温の水平分布、赤二重丸は基準点、赤丸印は木漏れ日率>80%の芝地、青四角印:木漏れ日率<20%の林内
(方位の北は地図の右下に、1000mのスケールは地図の下に記入してある)
 下:気温と風下距離の関係


(C)明治神宮・代々木公園
明治神宮境内は自然に近い森林で占められている(図127.18)。隣接する代々木公園 はサイクリングコースもあるほどで、100m以上の遠方まで見通すことのできる林内 が多い(図127.19)。

神宮の森の写真
図127.18 神宮の森、見通し不良。
「K103.林内気温-新宿御苑、神宮の森、北の丸公園」 の図103.8に同じ)
 左:社務所の北、
 右:神宮御苑(2015年4月18日撮影)。

中央広場東の落葉樹林
図127.19 代々木公園中央広場の東側、落葉樹林、見通し良好(2015年4月19日撮影)
「K103.林内気温-新宿御苑、神宮の森、北の丸公園」 の図103.7に同じ)


明治神宮境内・代々木公園における気温観測も同様に、林内気温は見通しと木漏れ 日率、および林外風速の関数として表される(図は割愛)。


(D)林内の木漏れ日率と気温差の関係
林内の気温を決めるおもな要因は次の5つである。

(1)林床の放射環境(日射量がいかほど届くか)
(2)林内の熱拡散(風通しがよいかどうか)
(3)林床面下の貯熱効果(雨後の土壌水分が多いとき地温・気温の上昇は遅れる)
(4)ボーエン比の気温依存性(気温の異なる春と夏で樹木による加熱効果が異なる)
(5)森林上の一般風速(強風時は気温が一様化される)

林内気温を決める主な要因(詳細)
(1)についての林内日射量の測定は非常に難しい。本研究では「木漏れ日率」を 用いる。(2)の測定も難しいので、目測による見通しの良・否で分類する。いずれも 観測点の周辺30m×30mの範囲を目測すれば、これらのパラメータは代表性がある。 目測には、多少の熟練が必要であるが、雲量の目測よりも熟練時間は少なくてすむ、 多数人について確かめてある。

木漏れ日率は葉面群のピンホールによる拡大された弱い照度ではなく、強い直射光など が当たっている面積比である。見通しの良・否は方位360度の半分以上の範囲が目の 高さで見通しできるか否かである。

図127.20は小型太陽光パネルを利用した林内日射計で測定している写真である。 林床の放射強度は10 W/m2から1000W/m2の広い範囲に分布して いる。そのため、 受感部の面積が数平方cmしかない通常の日射計で測るには難しい。この林内日射計 は樹感部が12cm×13cm=156平方cmの広い面積がある (「K112.太陽光パネルを利用した林内日射計」)。

30m×30m範囲、状況によっては20m×20m範囲を4回以上繰り返し歩いて 測定する。これを1観測とする。

測定方法
図127.20 林内日射計の持ち方の2例。
パネル面は目の高さにして遠方を見ながら水平に保つ。
「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」の 図113.2に同じ)


図127.21は木漏れ日率と林内日射量の関係である。2次式で近似され、木漏れ日率が 50%前後では「日射量比/木漏れ日率」≒0.8、木漏れ日率が100%に近づくと 「日射量比/木漏れ日率」は1に近づく。

日射比と木漏れ日率の関係
図127.21 木漏れ日率 x(%) と日射量比 y(%) の関係。図中の曲線は、 測定値を近似した2次式
「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」の図113.5 に同じ)。

北の丸公園、新宿御苑、明治神宮・代々木公園のほか、つくば市内と平塚市内の森林 で観測した林内の気温差を見通しの良・否で大別し、林床の木漏れ日率の関数として まとめた。図127.22の上図は4~5月、下図は6~9月の関係である。

木漏れ日率と気温差(快晴)
図127.22 木漏れ日率と気温差の関係(快晴または日射の強い薄曇り日)。
「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」の図115.3に 同じ)
黒丸:見通し良好林、赤四角:見通し不良林
 上図:4~5月、赤と黒の塗つぶし印は前日が雨
 下図:6~9月、赤塗つぶし印は大雨後の晴天日(7/19)、 緑と黒塗つぶし印は雨後の晴天日(6/20)


気温差は見通し良好林では木漏れ日率>20%ではゼロに近い。しかし、見通し不良林 ではプラスであり、その度合いは季節によって大きく異なる。比較的に低温の4~5月 には気温差は +0.8℃前後で大きい。3月の観測はないが、観測が行われたとすれば、 3月も同様に大きくなるとしてよい。一方、高温期の6~9月には+0.4℃前後で小さい。

見通し不良林について4~5月と6~9月で異なるのは次の2つの理由によるものである。

(1)6~9月の高温時はボーエン比(=顕熱 / 潜熱)が小さい
樹木の葉面に強い日射が当たると、そのエネルギーの一部は蒸散に使われ、残りは 葉面温度を 上昇させ、顕熱が放出されて大気は加熱される。よほどの強風でない限り、 葉面温度は気温より1~2℃程度高くなり、晴天日中の森林は大気を加熱し、冷却する ことはない(後掲の図127.31)。

密な森林で林内気温が低いのは、日陰の効果によるものである。樹冠部は日射 エネルギー を吸収し、林床上の気温よりも高温になる。昼夜ともに、林内気温は 樹冠層で高温、林床で低温の安定成層の鉛直分布である。

放射エネルギーの顕熱と潜熱への配分比(ボーエン比=顕熱/潜熱)は気温に大きく 依存する。これをボーエン比の気温依存性という。高温時(夏)は、たとえ同じ 放射量の条件でも、森林が大気を加熱する顕熱輸送量は相対的に小さくなる。

(2)6~9月は着葉が多く、観測点周辺一帯は林床の日射量が少なく相対的に 低温である
木漏れ日率は、観測点の周辺約20~30m範囲内ごとに定義している。

見通し不良林では、気温差は観測点の周辺約20m内の環境(放射条件や風通しの条件) によっておおよそ決るが、その範囲外の条件にも影響される。6~9月の繁茂期には 林床に届く日射量が少なく、観測点周辺約20mの範囲外の林内気温が相対的に低温 である。つまり、森林全域が相対的に低温で、それに影響される。

雲の多い日(晴/曇)の木漏れ日率と気温差の関係について(図は割愛)、図127.22の 下図(6~9月)と比較すると、見通し良好林については季節による違いは認められ ない。しかし、 見通し不良林については全体として低温側にずれる。特に、木漏れ 日率<20%の範囲、つまり林床の日射量が少ない林では、快晴条件に比べて林内の 気温上昇が遅れ、 結果として低温側にずれる。


127.5 連続観測による林内気温と熱収支(自然教育園)

前節では、おもに晴天日中についてみてきた。本節では長期間の連続観測から、 昼夜の熱収支を含む観測データを解析し、より定量的な確認を行う。

東京白金台(JR山手線目黒駅東500m)の国立科学博物館附属自然教育園において、 公園内の林内気温と、公園のほぼ中央に建てられた高さ20mの観測塔で熱収支量を 観測した。

図127.23は晴天の日中10~15時平均の顕熱・潜熱輸送量(上図)とボーエン比(下図) の季節変化(2年間)である。上図からわかるように、おもに森林の葉面から放出 される顕熱輸送量は3~5月に多い。

フラックスとボーエン比
図127.23 晴天日中(10時~15時、日照率=100%)の樹冠上の高度20mにおける観測
「K125.自然教育園の林内気温、3月~10月」の図6に同じ)。
 上:熱フラックス
 下:ボーエン比


図127.24は月平均の熱収支量の季節変化であり、顕熱輸送量が3~5月に多いことは 晴天日中(図127.23)と同じである。

潜熱の季節変化
図127.24 森林における潜熱輸送量(上)と顕熱輸送量(下)の季節変化。
「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」 の図123.1に同じ)
黒実線(東京地域)と黒破線(甲府地域)はモデル森林に対する熱収支計算値、 1986年~1990年の 平均(近藤・中園・渡辺・桑形、1992)。
プロットは自然教育園の樹冠上における乱流変動の観測による直接測定値 (2009年7月~2015年12月)。 1か月間の観測日数<15日はプロットせず、 観測日数<20日は小印のプロット、20日以上は大印のプロットで示す。
上図(潜熱輸送量)
 緑四角印:観測値
 黒実線:計算値(東京地域)
 黒破線:計算値(甲府地域)
 緑実線:観測値の平均値
 黒丸印:観測値(渡辺(2001)による川越1996年の観測値)
下図(顕熱輸送量)
 赤丸印:観測値
 黒実線:計算値(東京地域)
 黒破線:計算値(甲府地域)
 赤実線:観測値の平均値


森林の熱収支で特に注目すべきは、新緑の季節である。ほぼ1か月間の期間、まぶしく 感じる新緑の季節に森林のアルベドが急上昇し、着葉によって蒸発効率が急上昇 する。

図127.25はアルベドの季節変化、図127.26は蒸発効率の季節変化を示している。

アルベド
図127.25 アルベドの季節変化(日照時間>6時間の日).
「K125. 自然教育園の林内気温、3月~10月」の図6に同じ)。

蒸発効率の季節変化
図127.26 蒸発効率と気温の関係(上)、および季節変化(下)。
「K123. 東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」 の図123.15に同じ)
上図の記号
 数字1、2、・・:1月、2月、・・を表し、順番に緑線で結合
 赤丸印:2010-2015年の晴天日の計算(図123.10と付図2に基づく)
 大きい四角印:着葉前(白抜き)と着葉後(黒塗つぶし)
 小さい四角印:2015年の8月と10月の連続晴天日(表123.3)
下図の記号
 破線:「1988年計算値」に用いた蒸発効率
 横赤線:気温がほぼ揃った条件について求めた蒸発効率(上図の赤丸)
 四角印:着葉前と着葉後


短期間に生じる森林状態の変化が林内気温に影響を与える。図127.27は晴天日 における林内開空間と大手町の気温差の季節変化である。夜間(2時~5時)は晴天 日数が少なく、気温差の季節変化は不明確であるが、日中(12時~15時)については 明らかである。

3月~6月開空間の気温差
図127.27 晴天時における開空間の気温差、大手町の気温を基準。
「K107.林内気温の日変化・季節変化、春~入梅期」 の図107.5に同じ)
 上:2時~5時の平均
 中:12時~15時の平均


この林内開空間の中ほどに近い場所には「カラスザンショウ」の大木があり、落葉期 の木漏れ日率は大きいが着葉期の木漏れ日率は小さくなり、開空間というよりは林内 に近い環境となる。落葉期から着葉期までの約1か月間に晴天日中の気温差は2℃ ほども低下している。

図127.28は落葉樹の多い林内(塔の南)と常緑樹の林内(塔の北)の気温差の季節変化 である。3月下旬から落葉樹の着葉が進むにしたがって気温差は1か月余の短期間に 約1℃も低下している。

塔の南北気温差
図127.28 晴天日の高度1.4mにおける気温差(=落葉樹林の気温-常緑樹林の気温)。
「K125.自然教育園の林内気温、3月~10月」の図7に同じ)


この1℃の変化は、自然林に近い見通し不良の林内において(図127.22)、 木漏れ日率が40%と10%のときの気温差1.0℃(6月~9月)~1.5℃(4月~5月)と ほぼ同じである。

降雨の林内気温に及ぼす影響は、図127.11、127.14、127.15で示したが、自然教育園 における連続観測から確認しよう。

図127.29は林内1m高度の気温と樹冠上の19m高度の気温の差(12時~15時平均)が 大雨後の経過日数とともに変化することを示している。 ここに、19m高度の気温は林外を代表する気温とみなしてよい。7月11日は連続降雨日後 の快晴日であり、林床面下の土壌水分量は多くなっているはずで、その後は日ごとに乾燥 して貯熱効果が小さくなり、林内1m高度の気温が日ごとに上昇している。

風が弱く日射量が少ない林内および林内の開空間では、土壌水分の乾燥化に時間を要し、 地中の熱慣性の影響が気温の振舞いに大きく影響することがわかる。

1mと19mの気温差
図127.29 自然教育園における林内1m高度の気温と19m高度の気温差(12時~15時平均)。
「K117.自然教育園の林内気温、6月~10月」の図117.8の一部。
赤塗印:日照時間>10時間
黄塗印:日照時間=9.1時間
黒四角印:日照時間=0の日
6月30日~7月10日は毎日雨が降り、この11日間の合計雨量=145mmである。


以上のように、自然教育園における連続観測のデータから、新緑の季節に着葉・繁茂 が進み、短期間に林内の気温差が急激に変化することがわかった。そうして、前節で 示した各地森林における観測結果が熱収支の面からも説明された。


127.6 森林の熱収支(理論的な関係)

日本の気象観測所の多くは、周辺に樹林がありその影響を受けやすい。ここでは森林を 想定したときの顕熱・潜熱輸送量について、年平均条件と日中の条件について 考察する。これは観測環境の維持管理を行うときの基礎となる。また、前節までの 観測結果の理解に役立つ。

熱収支の支配要因の1つは、有効入力放射量(R↓-σT)である。ただし、

入力放射量:R↓=(1-ref)S↓+L↓
S↓:日射量
L↓:大気放射量
ref:日射に対する地表面アルベド
ここでは簡単化のために、地表面は長波放射に対して黒体とみなす(ε≒1)
T:日平均気温
σ:ステファン・ボルツマン定数(=5.67×10-8W m-2K-4

年平均条件を想定し、相対湿度 rh=0.8(つまり80%)、森林の熱交換速度 ChU=0.03m/sとし、日本での年平均有効入力放射量≒60W/mを用いる (「K124.各種地表面の蒸発量と熱収支特性」の図124.5)。

図127.30は年平均条件を想定したときの気温と顕熱H・潜熱輸送量lEの関係である。 前掲の図127.26を参照し、夏の蒸発効率=0.3、冬はβ=0.1とみなして図から読み 取ればよい。年平均気温については、北海道~東北地方では気温=10℃前後、 関東~西日本では気温=15℃前後、南西諸島では気温=22℃前後を読み取ればよい。

森林の熱収支
図127.30 森林(ChU=0.03m/s)を想定した場合の熱収支量と気温の関係、 パラメータは蒸発効率β。
「K124.各種地表面の蒸発量と熱収支特性」の 図124.9に同じ)
 上:顕熱輸送量
 下:潜熱輸送量


顕熱輸送量Hの気温依存性と潜熱輸送量lEの気温依存性は逆の関係にあり、いずれも 近似的に気温と直線関係にある。ただし、蒸発のない地表面(β=0)では、気温に ほとんど依存せず、H≒50 W/m2、lE=0である。

横軸=15℃において、β=0.1では顕熱は31W/m2であり大気を加熱するが、 β=0.3になると1 W/m2のほぼゼロで大気加熱効果はゼロとなる。

蒸発の潜熱輸送量は
β=0.1のとき25 W/m2(蒸発量E=0.88mm/d=26.5mm/month=322mm/y)、
β=0.3のときは59 W/m2(蒸発量E=2.08mm/d=62.5mm/month=759mm/y)。

次に、図127.31は日中を想定したときの関係である。蒸発効率β=0.3、相対湿度 rh=0.6としたときの、有効入力放射量をパラメータとして描いてあり、 曇天~快晴の場合に対応している。

森林、rh=0.6
図124.31 森林を想定したときの熱収支量と気温の関係、rh=0.6のとき。 パラメータは有効入力放射量。
「K124.各種地表面の蒸発量と熱収支特性」の図124.16 に同じ)
 上:顕熱輸送量
 下:潜熱輸送量


顕熱輸送量H、潜熱輸送量lEとも、有効入力放射量の増加分に比例して大きくなる。 気温が高くなるほどHは減少するのに対し、lEは増加する。


127.7 高精度の気温観測用通風筒

気温観測で使われている放射除けの通風筒として、自然通風式(非通風式)と強制 通風式がある。自然通風式について調べてみると、晴天の無風時(微風時)には最大 5~8℃の放射影響の誤差があり、0.5℃の精度が要求される一般観測用には向いて いない。(「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差」

以下では、強制通風式に用いられている放射除けの通風装置を「通風筒」と呼ぶこと にする。

公式観測が行われている気象庁ほかで使われている通風筒では、晴天日中の放射による 誤差は0.3~0.4℃ほど高めに、夜間は0.1℃ほど低めに観測される。 (「K84.観測露場内の気温分布-熊谷」, 「K99.通風筒の放射誤差(気象庁95型、農環研09S型)」)。

露場北西から
図127.32 ルーチン用通風式気温計(中心の矢印)を挟んで左右に高精度の通風式 気温計(K1,K2)を設置し、相対的な器差を調べる比較観測。気温は観測地点が 少しずれるだけで異なるので、ルーチン用通風式気温計による気温とK1とK2の 平均気温との差を放射影響とする。
「K84.観測露場内の気温分布―熊谷」の図84.3に同じ)


日常生活上の天気予報では、0.3~0.4℃程度の誤差があっても差し支えない。 ±0.5℃の誤差(代表性誤差も含む)が許容範囲とされている。

しかし、地球温暖化量を正しく監視していく場合は0.1℃の高精度の観測が必要となる。 また、都市気候、農業気象など微気象研究でも高精度の観測が必要となる。

筆者は高精度観測用の通風筒を作り、その作り方を具体的に示した。
「K92.省電力通風筒」 「K100.気温観測用の次世代通風筒」)。

長時間の試験を繰り返して改良を重ねた結果が、高精度の新しい通風式気温計 (総合的誤差=0.03℃)に反映されている。

しかし、これまでに数名が独立に真似て作ったのだが、本人なりに微少な変更をした ため、いずれの場合も0.1~0.2℃の誤差があり高精度が得られていない。

気象観測の歴史を振り返ってみると、誤差3℃から1℃、そして1970年代から0.3℃と なってきた。放射影響の誤差を1/3にするのに数十年の時間がかかっている。

こうした歴史を考えると、現在の誤差0.3℃を0.03℃に1桁桁小さくすることは容易 なことではない。そこで定型の通風筒をメーカに製作・商品化していただくことに した。

今回、プリード社が製作してくださることになり、センサーも記録装置も含めた一式 で15万円の品ができ上がった。この精度と価格ならば、安価な外国製品と競争できる。 精度の高い観測を行えば、これまで見えなかった興味ある現象にも気づく。

他の通風筒と区別するために、名称を”近藤式精密通風気温計”とした。

高精度通風筒の製作上の注意点
日中は太陽光により通風筒は加熱され、加熱された通風筒からの長波放射(熱放射) が気温センサーに影響し、気温は高く観測される。夜間は地上気温より低温の上空 大気からの大気放射の影響により気温は低く観測される。

放射影響による気温観測の誤差はセンサーの大きさと通風速度に依存する (近藤、1982、の「大気境界層の科学」の3章;「K16.気温の 観測方法」)。

現在使われている数種類の通風筒について放射影響を調べた結果、構造上にそれぞれ 欠点がある。

センサーに及ぼす放射影響の3要因:
 (a) 通風筒吸気口の部材により加熱(夜間は冷却)された空気の吸引
 (b) 通風筒内壁面からの放射影響
 (c) 地表面からの放射の直接的影響

95型通風部
図127.33 気象庁95型の通風部の写真。
「K99.通風筒の放射誤差(気象庁95型、農環研09S型」 の図99.2に同じ)
 左:上から見た写真、真ん中の2重円筒の中に温度センサーが挿入される。 左の大きな穴は湿度センサーが入る。他の3つの小穴は通気口である。
 右:下の吸気側から見た写真、大小2つの漏斗構造で加熱された空気が円筒の 真ん中へ吸引されて温度センサーへ向かう。


精度0.03℃の通風筒の設計:
 通風筒の部材が薄い場合・・・・・・3~4重の通風構造が必要
 部材が断熱材の場合(塩ビ管)・・・2重でよい

注意すべき次項
良好な通風
(1)排気の再循環防止(再循環により気温は高めに観測)
(2)気温計・湿度計の通風筒は分離(複雑流れを無くす)
(3)外筒・内筒間の通風速度は弱くしない(吸気口の加熱空気をセンサー側に吸引 しない)
(4)通風速度は過大にしない(特に降雨時)
(5)吸気口はラッパ構造の流線型に

放射影響は小さく
(6)吸気口部材の断面積は小さく、風上に部材なし
(7)吸気口に直射光を入れない(地面からの長波放射と反射光は必ず入る)
(8)通風筒は透過光ゼロの部材
(9)センサー取り付け部への内壁からの長波放射の防止
(10)センサーから見える地面の立体角は小さく

保守管理を容易に
(11)経年変化の小さいPt1000オームのA級センサーを用いる
(12)分解掃除を容易に

注意点についての詳しい説明は「K126.高精度通風式気温計 の市販化」を参照のこと。

高精度通風筒(標準仕様)
今回、完成したプリード社製の”近藤式精密通風気温計”は、上記の注意点が考慮された 構造である。

通風筒のうち、もっとも重要な部分は通風部であり、その模式図は 「K100.気温観測用の次世代通風筒」の図100.1に 示された内容の構造である。ただし、吸気入口のガイドはその後の試験で不要と なった。

図127.34はポールに取り付けられたときの写真である。
通風筒の全長(高さ)=381mm
通風排気口の下部に付けた下降流防止円板の直径=204mm
通風筒の重さ=1.6kg(ケーブル、取り付け具を除外)
Uボルトなど取り付け具を含む通風筒の重さ=2.1kg(ケーブルを除外)

外筒と内筒の2重構造の通風部は断熱をよくするためにプラスチック材からなる。 その上部は天蓋までアルミ材を用い軽量化してある。

通風筒ポール設置
図127.34 ポールに取り付けられた通風筒の写真
「K126.高精度通風式気温計の市販化」の図125.1bに 同じ)


通風筒に及ぼす放射影響は筆者の基準器と10日間ほどの比較を行い、総合的な誤差は ±0.03℃であることを確かめてある。

図127.35はケーブルと中継ボックスを含む一式の写真である。

通風筒一式
図127.35 ケーブルと中継ボックスを含む一式
「K126.高精度通風式気温計の市販化」の図125.2に同じ)
ACケーブル長=10m、中継ボックスから通風筒までのDCケーブル長=10m、
中継ボックスから通風筒内のセンサーまでのケーブル長=10mである。
AC電源は100Vまたは外国の240Vが使えるように自動切り替え。
AC電源からDC12Vに変換されて通風筒内のファンモータに送られる。
AC電源が停電のときは 自動切り替えにより乾電池使用となる。


短時間観測
図127.36 短時間観測時の設置方法の写真
「K126.高精度通風式気温計の市販化」の図125.4に同じ)
パラソル三脚にアルミ伸縮棒を差し込み、その先端に通風筒を設置。電源は単三乾電池 のみで観測、重心をアルミ伸縮棒の中心軸上にするため、熱して曲げた塩ビ管に通風筒 を固定した。風で転倒しないように三脚の端は鉄杭で固定してある。この通風筒は 放射影響の試験用に作られたものであり、完成品と少しだけ異なる。


今回の市販化された通風筒は放射影響を含む総合的誤差は±0.03℃であるので、 直径2.3mmのA級Pt1000センサーを用いれば±0.15℃以内の精度がえられる。 気象庁型の通風筒(誤差は0.3~0.4℃)などが含む従来の多くの通風筒に比べて 2倍以上の高精度観測ができる。

このセンサー16本について精密検定の結果によれば、気温の範囲が5℃以内であれば、 相互の相対的な誤差は0.1℃以内である(「K91.Ptセンサー の検定(比較検定)」)。

この結果が信頼できるならば、相対的な最大誤差0.1℃以内の観測が可能となる。

研究目的によっては、これよりも高精度の観測が必要なこともある。その場合は、 使用者が精密検定を行うことになる。精密検定は熟練と、数日間に及ぶ長時間を かけて注意深く綿密に行なうこと。 「K69.気温観測用Ptセンサーの安定性と器差」が参考になる。 精度±0.3℃の検定は容易であるが、さらに1桁の高精度であることを十分認識して 行なうこと。

筆者の基準器との比較検定でよければ、申し出ていただければ相談に応じることが できる。


まとめ

気象観測所は周辺(地域)を代表する気象を知るために行なわれている。 本章は気象観測の基礎として、地域代表性の高い正しい観測を行うために行なった 研究の総まとめである。

(1)気象観測所のまわりで樹木が成長したり建物が増加すると、露場の風が弱まり、 日中の気温は高めに夜間は低めに観測されるようになる。

周辺がおもに樹木の場合は、建物の場合に比べて、葉面による大気の直接的な加熱・冷却 効果が大きく、気温の日中の上昇、夜間の下降がそれぞれ2倍ほど大きくなる。 日中の気温上昇のほうが大きいので日平均気温は高くなる(図127.9、図127.10)。

こうした周辺環境を表すための幾何学的パラメータ「空間広さ」を記録していけば、 観測所の周辺環境が変わったときの補正が可能である。

(2)森林では、大気を直接加熱する顕熱輸送量は、気温が比較的に低くて日射量が 多くなる3月~5月に最大となる(図127.23)。

森林内の気温は、林内の見通し、林床の木漏れ日率、雨後の経過日数、上空の一般風の 風速、季節によるボーエン比の違いに依存する。

見通し良好林における晴天日の気温差は、季節(気温)や雨後の経過日数などへの依存性 は小さい。木漏れ日率=10%前後では気温差は-0.5℃前後、木漏れ日率>40%では 気温差はおおよそ±0.2℃以内である。

いっぽう見通し不良林における晴天日の気温差は、季節(気温)により異なり、また 雨後経過日数への依存性も大きい。木漏れ日率=10%前後では気温差は-0.5℃~-1℃ (春)、-1℃~-1.5℃(夏)である。木漏れ日率>40%では気温差は+0.8℃ 前後(春)、+0.4℃前後(夏)である。大雨後の晴天日は、気温差はさらにマイナス 側に0.5~2℃ほど低温になる(図127.22)。

(3)周辺が樹木で囲まれた北の丸露場の気温は、都市気象と異なる振舞いをし、晴天日の 日中の気温は、市街地を代表する大手町露場に比べて、3~5月は1℃ほど高温に、夜間は 1.5℃ほど低温となる(図127.12下)。

北の丸露場は周辺の樹木による見通し(風通し)が悪い。改善して見通し(風通し) をよくすれば、都市と異なる気温の特異性(雨後や微風時の特異性)を小さくする ことができ、大都市・東京を代表する観測値が得られる。

そのほか林内は公園として防犯上もよくなり、猛暑日も過ごしやすい環境となる。

(4)現在用いられている気温観測用の通風筒は、放射影響による誤差0.3~0.4℃を含む。 放射影響を少なくした高精度通風式気温計が市販化された。

今後の気象観測では、より正確で地域代表性の高いデータが国民・世界の人々 に提供されるよう希望したい。


引用文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート,224号, 25-56.

近藤純正・中園 信・渡辺 力・桑形恒男、1992:日本の水文気象(3)-森林における蒸発散量ー. 水文・水資源学会誌、(4)、8-18.

小林達雄・岡田義浩・井出洋一・丹羽和彦、2003:石廊崎の気象、石廊崎測候所発行、pp.100.

和田範雄・泉 岳樹・松山 洋・近藤純正、2015:観測地点の「空間広さ」と「平均気温」 の関係ー4重構造放射除け通風筒を用いた高精度観測ー.天気、63,13-22.

渡辺 力、2001:落葉樹林への適応例、地表面フラックスの測定法.気象研究ノート、第199号、 177-182.

Yamazawa,H. and J.Kondo, 1989: Empirical-statistical method to estimate the surface wind speed over complex terrain. J. Appl. Meteor., 28, 996-1001.

トップページへ 研究指針の目次