K91.Ptセンサーの検定(比較検定)


著者:近藤純正
気温の観測は0.5℃以内の精度を必要とするが、諸々の原因による誤差がある。高精度のA級センサー を用いる場合でも検定を行なわなければ必要な精度を得ることは難しい。この章では、検定の必要性 を解説し、比較検定の方法と結果を述べる。 (完成:2014年6月30日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2014年6月27日:素案の作成


  目次
        91.1 はしがき
    91.2 比較検定の方法
        91.3 結果
    91.4  まとめ(器差補正式)
        参考文献



91.1 はしがき

「急がば回れ」のとおり、準備に時間をかけてセンサーの検定を行なってから観測したほうが、 良い成果が早く得られる。不正確な間違った結果を出しても役に立たず、悪影響を及ぼすことがある。

より正確な観測ができた場合は、誤差のある観測では見いだせなかった現象を見つけることが可能と なる。

気温観測における誤差の現状
最近では、野外の気温について児童から高校生、一般市民、気象予報士、研究者など様々な人々が 観測するようになった。大学生・院生・気象予報士・大学の先生も2~5℃の誤差で測っていること があり、本人たちは、それほどの大きな誤差があることに気づいていないことがある。

図91.1は長年気象会社で働いてきた気象予報士の観測による誤差を示したものである。縦軸は、 誤差と見なされる気温差である。この値は気温センサーに当たる太陽直射光のみを防いで測った 気温と、アスマン通風式温度計で測った気温の差である。誤差は2~3℃ほどもある。これは一例を 示すもので、もっと大きな誤差で観測している人たちもいる。

図示した例は、大きな誤差があることを体験してもらい、理解を深めてもらうために行なった観測 である。

誤差、湧水公園
図91.1 雲量ゼロの快晴時に測った気温の観測誤差の例。直射光のみ防いで観測したときの誤差の 時間変化(「身近な気象」の「M64.多治見のヒートアイランド :準備観測」の図64.14に同じ)。

気温計と放射計と風速計(熱線風速計)の原理は、熱収支的にまったく同じである(「大気境界層の 科学」の3章)。このことを知らない人が多く、本人たちは気温を測っているつもりでも日射量や 風速を測っている。

図は快晴時に行なった45分間観測であるので、放射条件はほとんど同じ時間帯であり、横軸の40分 過ぎと50分過ぎに縦軸が大きくなっているのは風速が弱くなった時である。

平均的に縦軸の値が2℃余であるのは、この時間帯の直射以外の日射量を測っていることになる。 正しくは日射の散乱光と地面反射量、目に見えない大気放射量と高温地面からの長波放射量を総合 した放射量を測っていることになる。

この例で説明した誤差は放射の気温計に及ぼす「放射誤差」と呼ぶことにする。そのほかに、 観測所の環境による代表性の誤差や測器本体の誤差などもある。そのため、専門家である大学の 先生や気象庁の職員でも野外の気温を0.5℃以内の精度で観測することは非常に難しい。 難しくても、0.5℃以内の精度で観測しなければ、ヒートアイランドの分布を知ることはできない。

ヒートアイランド研究などで必要とする誤差の許容差
図91.2は関東西部における海風が吹く快晴日の最高気温(13日間平均)と海岸からの距離の関係で ある。気象台と一般アメダスによる観測によるもので、観測所はおもに都市内にあり地域をほぼ 代表している。平均的な傾向を表す実線から両側に1.0~1.5℃ほど外れたプロットが4地点ある (赤丸印と緑丸印)。

高温側に外れている館林アメダスと鳩山アメダスは、観測環境が特別に悪く地域を代表しない気温を 観測している。逆に低温側に外れている府中アメダスと桐生アメダスの2地点がある。府中アメダスは 広い東京農工大学農学部農場に、桐生アメダスは渡良瀬川右岸堤防のすぐそばに設置されており、 他のアメダスと違って周辺が広く舗装道路・大建築物などから離れて風通りがよく、 都市郊外・田園地を代表する気温を表している。

関東西部、海岸距離と最高気温
図91.2 海風が吹く夏の快晴日の関東西部における最高気温平均値と海岸からの距離の関係。実線は 全地点の傾向を表す最適近似曲線(指数関数による近似)、下図は横軸を拡大し海岸からの距離が 10km以内の範囲を示す(「研究の指針」の「K80.地域を代表する気温の分布」 の図80.2aに同じ)。
赤丸:異常高温の地点(館林、鳩山)
緑丸:周辺が広く風通りのよい地点(桐生、府中)

これら4地点以外のアメダスは、実線の上下に±0.5℃以内の範囲に分布しており、桐生と府中 アメダスは1.0~1.5℃離れてプロットされている。

以上のことから、晴天日における都市ヒートアイランド観測における誤差の許容差は0.5℃以内と みなされる。それ以上の誤差で観測した場合は、不正確で実態をよくつかめていないことになる。

気温観測の誤差
例えば、ヒートアイランド観測における誤差の許容範囲は±0.5℃であることが分かったので、 この範囲内で観測する必要がある。気温観測では次の誤差・代表性の誤差がある。

(1)空間広さの違いによる気温差
(2)放射影響
(3)AD変換方法による誤差
(4)気温センサーの誤差(器差)

(1)に関しては、「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.1で示してある。観測地点の「空間広さ」をX/h としたとき、X/hの3倍の範囲 (例えばX/h=3~9の範囲)の気温差は晴天日中には0.5~1.0℃ほど違う。都市内の地区 (商店街、住宅地など)による気温差を知りたい場合、観測点の「空間広さ」は異なるため、 X/h が3倍より小さい場所を選んで観測したい。そうでないと、都市内の地区による気温差を測って いるつもりでも、空間広さの違いを測っていることになる。

(2)について、多用されている良い測器でも0.2~0.5℃程度の誤差がある。現在の気象観測に用い られている気温観測用の通風筒は、晴天日中は日射により加熱されて、気温が0.2~0.5℃程度高めに、 晴天夜間は逆に冷却されて0.1℃程度低めに記録される。

それら実例は「研究の指針」の「K84.観測露場内の気温分布-熊谷」 の図84.4、「K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」の図88.6、 「K89. 通風筒に及ぼす放射影響―農環研用」で示した。

(3)について、抵抗値と温度の関係は曲線で表されるが、それを直線近似してAD変換が行われて おり、誤差が生じる。例えばT&D社製のデータロガー(PtモジュールPTM-3010付き、0.1℃単位で 記録)の場合は10℃間隔ごとに直線近似している。この近似による誤差を計算してみると最大 0.004℃となる。気象庁観測所で用いられているデータロガーの場合、0℃と30℃間を直線近似して いるとすれば最大0.031℃となる。

ほかに、製品に組み込まれているプログラム言語では、浮動小数演算処理の時間がかかるために、 0.01℃分解能程度を確保するに足りる有効桁の整数演算がされており、0.01℃程度の誤差が加わる (「K81.市販品を改造した高精度の通風式温度計」の節81.2を参照)。

これらを合わせて、T&D社製の上記データロガーの場合、長時間の平均気温の誤差は0.02℃以下と 見なしてよい。気象庁観測所の場合は0.04℃ほどになろうか?(変換方式の詳細について横川電子 機器に尋ねたが教えてくれなかった)。

検定の必要性
前記(4)の気温センサーの誤差(器差)について考察する。製品になっているPt100やPt1000の温度 センサーの誤差の許容差は、t を気温(℃)として、
A級:±0.15+0.002t・・・・・・最大0.23℃(0~40℃範囲)
B級:±0.3+0.005t ・・・・・・最大0.50℃(0~40℃範囲)
とされている(立山科学工業社に確認)。

筆者が利用しているPt1000センサーA級の16本(立山科学工業社製)について検定したところ、 最大誤差は0.14℃であり、許容差0.23℃以内に入っている。

前述のように、ヒートアイランドなどの誤差は±0.5℃以内で観測すべきで、そのうち放射誤差が 大きいので、気温センサー本体の誤差は±0.1℃の範囲内になるように検定しておく必要がある。

91.2 比較検定の方法

標準温度計を用いる気温計の検定は、「K69.気温観測用 Pt センサーの安定性 と器差」で行なった。この方法は、注意深い測定を繰り返すことによって精度をあげることが 可能であるがたいへんである。そこで、本章では、上記によって検定済みのセンサーを基準にして 他のセンサーを比較検定する。

気温観測用のセンサーは防水を良くしてある製品でも完全防水ではないので、空気中で行なう。

検定済みセンサー(Pt1000)2本と、比較検定したい試験センサー(Pt1000)の数本を束ねて検定用 通風筒に入れ、戸外と室内で比較検定する。

検定用通風筒には、SanAce80ファンモータ(角径80mm×38mm厚、定格電圧=DC12V,  定格電流=0.94A、最大風量=2.6m3/min:山洋電機社製9GA0812P1S61)を用い、放射除けの3重の 通風筒である。

センサー数個を束ねて入れるので通風筒はやや大きめとし、材料は塩ビの雨どいなどで作る。 1番外の通風筒の内径=72mm、2番目の内径=58mm、3番目の内径=39mm、肉厚はいずれも 約1mmである。吸気口はコンロで温め、ラッパ状の流線型に加工してある。最後に、1番外側の 通風筒の外側に、アルミ薄膜と断熱シートを接着した「アルミタンスシート」(小久保工業所の 商品名)(PETアルミ蒸着フィルムポリエチレン)を5~6重に巻いて断熱し、同時に放射の反射させる。 必要な材料はホームセンターと百円ショップで入手した。

設計図
図91.3 検定用通風筒の3重の放射除け部分の見取り図(寸法はmm)。
ファンモータ部は左方にあり、空気は右方から左方へ流れる。

通風部後ろから
図91.4 3重の放射除け部分の後端方向から見た写真。
真ん中にあるぎざぎざのついたパイプ「ガスホースのつなぎ具」の中へ数個のPtセンサーを束ねて 通す。センサー先端は1番外側通風筒吸気口から約100mmの奥にくる。

戸外取り付け状況
図91.5 検定用通風筒を戸外の支柱に取り付けたときの写真。
円筒構造の放射除け部分と、後方の角柱構造のファンモータ部は切り離しを容易に作ってあり、 試験の際は「雨どいつなぎ具」で接続し、固定する。

気温は20秒間隔で記録し、200データ(約66分間)の平均値を求める。1週間以上の時間をかけて 比較検定する。屋外では温度範囲が狭いデータしかとれないので、室内でエアコンによって室温を 変化させる。

室内(8畳間)での比較検定では扇風機2台で室温が等温になるよう空気を流通させた。しかし、 室温が急激変化するときは、検定済みセンサー2本による指示値(器差補正済み)に0.02℃以上の 差ができる。そのような場合のデータは除外した。

91.3 結果

Pt1000センサー6個(K9,K0、M1,・・・M4)については2014年3月15日~23日の9日間にわたり 比較検定した結果は図91.6に、同2個(M5,M6)については2014年6月14日~21日の8日間にわたり 比較検定した結果は図91.7に示した。

縦軸の器差補正値=「基準センサーによる温度」-「試験センサーによる温度指示値」

K9~M4検定図
図91.6 比較検定によるPtセンサー(K9~M4)の器差、2014年3月15~23日の試験。

M5,M6検定図
図91.7 比較検定によるPtセンサー(M5~M6)の器差、2014年6月14~21日の試験。

図91.7に示す比較検定は6月に行ない、戸外では18~28℃の条件であり、これより高温側と低温側は 室内で行なったが、15℃以下の条件がエアコンでつくれなかった。

全体を見ると、ほとんどのセンサーの器差は温度依存性があり、補正すべき量は温度とともに小さく なる。つまり、低温のとき指示値は気温の真値より低めに、高温のときは高めに出る。

センサーK1,K2はすでに検定済みであり(「K69. 気温観測用Pt センサーの 安定性と誤差」を参照)、これらを含む合計16本の中、温度依存性がほとんど無いのはK2とK9 の2本のみである。

91.4 まとめ(器差補正式)

野外の気温を誤差0.5℃以内で観測するには、少なくともセンサーの検定が必要である。本章では Pt1000センサーについて基準センサーを用いて比較検定した。

以前に検定したセンサーも含めて、Pt1000センサー16本の補正式は次式で表される。観測現場では、 次式をPCに準備しておいてデータ処理する。

M6:m6真値=0.9963×m6指示値+0.043℃
M5:m5真値=0.9928×m5指示値+0.142℃
M4:m4真値=0.9967×m4指示値+0.070℃
M3:m3真値=0.9972×m3指示値+0.085℃
M2:m2真値=0.9952×m2指示値+0.109℃
M1:m1真値=0.9972×m1指示値+0.108℃

K0:k0真値=0.9973×k0指示値+0.088℃
K9:k9真値=0.9998×k9指示値+0.002℃
K8:k8真値=0.9999×k8指示値+0.059℃
K7:k7真値=0.9984×k7指示値+0.080℃
K6:k6真値=0.9975×k6指示値+0.107℃
K5:k5真値=0.9963×k5指示値+0.139℃
K4:k4真値=0.9973×k4指示値+0.115℃
K3:k3真値=0.9972×k3指示値+0.134℃

K2:k2真値=0.9998×k2指示値+0.001℃
K1:k1真値=0.9975×k1指示値+0.042℃

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

トップページへ 研究指針の目次