題名:ど素人3人組、早戸川本間沢に怖い思い顛末記



メンバー
U君:(25才:大手自動車部品会社のエンジニアの卵。趣味スノボー、作物栽培など。最近レガシーツーリングワゴンを買ったので行動範囲が広い)
S氏:(37才:某大手通信会社の研究者。趣味は立ち読み。それでもアメリカに行った時にユング全集を買ってきたり、今は正法眼蔵を読んでいたりして本代が掛かる人。奥さんはアメリカ出張中で自由)
私:(40才:研究所相手のコンピュータ関連のフリーの営業。趣味ははパソコン。精神世界の修行者を標榜するが、実はただのヤリチン男)

’96年6月某日
 スゲーよな、ザックはみんなビショビショ、体中も濡れ濡れ。シャワークライムの洗礼は半端じゃなかったってこと。ちょっとやばいかも知れない沢遊びであった。

 朝、丹沢観光センタへは9時の約束時間までに着いた。でも、外は雨、作戦タイムをとるが雨が止みそうにもないので、9時20分頃から支度を始める。丹沢観光センタの中を通り沢へ出て、遡行開始は10時過ぎか?

 沢は木が覆い、暗い雰囲気、少ない水量、だが一気に高度を稼ぐ沢なので、初っぱなから汗をかく。直登する滝のシャワーを浴び、雨はもう関係ない状況。3人とも足をヒルにやられている。別に害はないが、いつ見てもいやらしい奴。
 S氏は私に向かって、玉袋に何匹もくっ付けて悪い血を吸って貰えば、なんて言っている。ユングはそんなこと言わないはず。

 初級者コースとのガイドブックの案内通り素人でも楽しめる小滝が次々と現れる。最初のうちはその案内通り楽しみながら早いペースで登って行く。
 しかし後半になって現れたF9は3段25mの滝。細いトイ状の真ん中しか通れないように見える。周りはスラブにコケが生えた大岩壁と垂直の脆い岩。高巻きができるルートも見えない。見上げるような岩の壁の間を落ちてくる細い滝は下からみると段があり、簡単そうに見えた滝。
 いざ登って見ると、トイ状の中しか上がっていけない高度感のある壁。最後のつめは切り立った感のある壁の割れ目から滝の水が落ちてくる。登り切る最後のあたりはホールドが見つからず、先に行ったU君がシャワーの中でフリーズ!
 3人は1段目20mの最後のところで頭の上にそれぞれの姿を見上げながらの長〜い思考タイム。それでも気合いを入れてトップのU君がシャワーの中を行く。もろに滝の水を体で受けている、ホールドが見えているのだろうか。続けて登るセコンドのS氏の靴の滑る音、空回りする足音が辺りに響き、シャワーの中を必死に進んでいる様子が伺える。腕だけで体を支えているのであろう。非常に危険な状態だ、手が滑れば頭上からS氏が落ちてきたら二人とも下の方まで落下してしまう。しかし、なんとかS氏の足が滝上の棚へ収まる。
 私は細かいホールドを掴みつつ、岩の間の空中で何とかバランスをとりながらシャワーの流れを体から外して、短い時間で処理完了。

 上がりきって、互いの顔を見ればみんなビビっている。後から考えれば、ザイルで確保すればよかったと反省。でもその時はそれどころではないパニックに近い状態だったのかも知れない。

 次のF10はやはり10mの大きな壁。斜めに上がれそうなラインが見える。かなり高度感があるので、他の二人は巻くことにするが、ちょっとお茶目をした私が登り切ったところの最後の滝の落ち口ではまる。10mの上部まで斜めに、ヘツリ上がった、最後の上がりっ口はスラブのツルツル、ついに前進もバックもトラバースも動きがつかなくなり、叫んでザイルの助けを呼ぶ。

 急いで巻いて登ってくれたU君とS氏がやっと上に登り、準備をしてくれているはず。でも連中は落ち口には近づいてこない。頭がやっと見えるくらいの遠くに居る。シャワーは体を冷やし、高さは肝を冷やす。急ぐようにプッシュするが、なかなかザイルが降りてこない。先ず、カメラを寄越せなどと悠長なことを言っている。頭がクラクラする。
 助けを求めてから十分くらい経ったのだろうか、やっとザイルが来てウエストベルトのカラビナに片手で何とか固定する。ザイルを引いて補助して貰いながら、かけ声を出し何とかズリ上がる。素人の私にはホールドが見つからない滑らかな、やばい取り付きどころのない落ち口だ。
 上がり切ると思わず何度も叫び声が出るほど。上がった後はしばしの放心虚脱状態。仲間が居て助かった!一人じゃどうなっていたことやら。

 その後の昼飯タイムにおにぎりを一つしか食べれなかったのは、全身ビショ濡れ雨フリフリの暗い沢のせいだけでは無かったことは言うまでもない。
 S氏に何度も“命の恩人と呼ぶように”と念入りに言われる。感謝。

 こういう私は高所恐怖症。数mは怖くないが十の単位になると途端に全身がすくむほどの小心者。
 だったら沢登りなんかするんじゃねえ!とか言われそうだが、怖いもの見たさもある中年男の性、悲しい。

 しかし、これで一安心と思ったところが、やばいのは沢の登りだけにとどまらず、最後の尾根への突き上げは、四輪駆動、急斜面の落石ガンガンコースで、前回の金山谷の神の川乗越を上回る赤土浮き石斜面。掴まる岩の乾いた表面は、剥がれる、岩ごと動く、崩れるの三拍子。石岩は取り合えず斜面に留まっている位の最悪の急坂が200m?以上。

 先に行ったS氏は見上げる雲の中で姿が見えない。でも、行った先から、次々と落ちてくる石は宙を飛び、えらい勢いで、残り2名の動きを止めてしまう。岩陰に隠れながらやり過ごすが、左右にも動けないので間違えば一発必殺のやばい状況。雲の上に向かって叫ぶが、S氏からの落石は止まらず、何度も叫ぶほど。叫んで動きを止めて貰い、U君と2名で静かに慎重に上がる。

 ところが、登るほど上はハングするばかり、斜面にとどまるも難しい。左の痩せ尾根に逃げようとするもトラバースするには難しい急斜面。なんとかU君が斜面の枝に掴まるも、低木が繁る尾根に上がるまでがシンドイ。さらに私は少し上まで登ってしまったので、トラバースが余計にシンドイ。斜面を蹴って、足場を掘り込み作りながらの移動だ。
 やっとのことで枝までたどり着き、そこから痩せ尾根に上がるにも、張り出した木の枝と根だけが頼り。しかも、斜面から尾根には落差がある。踏ん張ろうにも足下の斜面は崩れるばかり。なんとかなだめて痩せ尾根にズリ上がる。エッジになっている尾根は低木が何とか張り付いているだけで、両脇の崩落の間になんとか残っている細尾根である。

 細かい枝に掴まりながら摺り上がるにも、ザックの渓流竿が仇をして手間取る。片手でぶら下がりながらの処理で上がって行く。暫く上がるとそこで尾根が途切れ崩壊の最上部となる。
 そこから見上げる斜面は斑な木々ともろい岩。崩落のエッジの左右が山の変遷を感じさせ、いずれは無くなってしまう尾根の未来が見える。左急斜面の上の繁った低木に取り付くまでの長い時間は2度目のハイライト。

 S氏はどうやら右の尾根を無事なところまで登り切った様子。アドバイスの声が上から響く。S氏はF10では私の命を救ったが、斜面ではU君と私の2人を落石であわや突き落としかねなかった張本人。実は前回の金山谷遡行でも2つ石を当てられている。

 突き上げる斜面での最後の尾根への取り付きは、四つ足のホールドを一つ一つ作りながらしか上がれない赤土で平らな急斜面だ。それでも柔らかいので、なんとか爪先を蹴り込み、指を土にもぐりこませ、尾根筋下の木の根の張り出しまでこぎ着けて、木の根を頼りに尾根に乗り越す。
 よかったあ。S氏、U君と私の3人で握手を交わし合う。なにか生きていることを実感する心持ちである。

 さて、やっと登り出た尾根道ではあるが、それは痩せ尾根で、観光センタへの降り口はもっと凄い尾根道である。所々、工事用の黄黒斑のロープが何本も下がる程の急斜面の下山道である。これもかつて無いほどの下山道。

 登り始めたのが9時半を大分過ぎた時間、降りてきたのが2時頃。かなり早いペースで同じ丹沢観光センタの脇に戻る。かなりラッキーだったかも知れない今回の沢行。紙一重のラッキーであることを肝に命ず。
 早戸の堰堤で装備と体を洗い、ヒルを落としたところで、帰り支度が出来、ホッと一息。

 取り合えず無事に帰って来れて、今日は良かったよかった。沢登りのガイドブックの初級者レベルはかなり高度なのだと、あらためて実感。沢の登りも尾根下りもかなりの難易度であった。
 沢屋さんから見れば、たわいもない話しかも知れないが、沢行き数回目の素人共には十分な緊張と生きていることの実感を与えてくれた貴重な体験だ。

 先ずはやってみようというS氏の前向きな姿勢(犬みたいになんでも食べてから考えるという声も一部ではあるらしい:世では研究者タイプと言うらしいが)が、ど素人3人の本間沢行きになった。でも、一般的には沢の経験が浅い人達だけで行くのは、お勧め出来かねる気もする。

 実をいうと今回、行く前に動揺するようなことがあったこともあり、さらに雨でルートマップを濡らしてしまったためか、私は他の沢の遡行図を見ながら登るといった初歩的なミスを犯していた。
 しかし、他のメンバーに遡行図のコピーは渡しているものの見るのは私だけ。みんな、いつもながらのノウテンキなので、他人にお任せは気にならない太っ腹の人達。此の性格が変わらないのなら、このまま天国までの先達になってやろうかと思う。
 以上

 ※因みにガイドブックにはこう書いてある
 本間沢:初級、人気度・★★★、滝のグレード・2級、装備・基本装備のみ
 「F10はホールドが細かく少々難しいので、右から巻いても良いだろう」
 小滝連続、直登可能、ヤブコギなし

 ぼけている写真はF10ではまったときに水圧でカメラポーチの中のカメラが浸水してしまったためだ。カメラがパーになっちゃった (;_;)
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 M氏へ
 Tです。登山計画報告書のご返事ありがとうございます。今更ながら無事還って来れたことを讃えあっています。また、計画書出しますね。

>なかなかどころの話しでは無かったみたいですね?
>この頃は読んでるだけで高度感を感じて恐くなり
>少し高いところに登ってもゾクゾクしてしまいますよ
>こないだの塔が岳でも尾根道からガレ場を覗いてビビリました。
>体が重たいとろくな事がありませんね???
 塔が岳は行ったことがあるのかどうか覚えていないのでイメイジが湧きませんが、前回の金山谷の神の川乗越を上がって尾根道を進んだ後、金山谷乗越がありました。こちらもルートに入るところのようですが、とても上がって来れないのでは、と思わせるような赤土の斜面で取っ掛かりが何もありませんでした。
 その他、檜洞丸の前後も崩落が結構あって、尾根道を修理してありました。あちこちで尾根が細ってきているのではと思わせます。大井松田側のブナの立ち枯れは本当で東名高速からの排気ガスによる酸性雨が山頂付近の植生自体に影響を与えているのをまざまざと見せられました。

>無事に帰れているうちは恐かったで済みますが
>人が怪我などすると困りますからね
>注意してることでしょううが気を付けてくださいね。
 そうですね。今回あらためて思いました。メンバーはヘルメットを買うだの、ウエストベルトとカラビナを買うだの、講習会へ行こうだの言っています。
 基本的には運の良い連中ですから、死ぬことはないと思うのですが、怪我や遭難捜索を受けては大変ですから、無理のないステップアップをして行くつもりです。安全そうなところでも、ちょっと間違えば事故になりますからね。本当に紙一重で無事なのだと思います。
 でも、振り返ればわたしの人生や全てのことが紙一重で、展開してきています。マジックのようです。

 決まった登山道を歩くのと違い、沢登りは正解のない、自分のイメイジを展開できる楽しい遊び、と本に書いてありました。その通りだと思います。本当に楽しく山に登れます。帰りの下山道はちょっと大変だったりして恨めしいですが、それでも良い景色に巡り会えれば、大した問題ではありません。

 私の人生も道がないところを歩んできて、沢登りみたいなものですが、ピークというものがあるのかないのか解りません。一回はピークに上がって良い景色を眺めてみたいと思います。
 きっとその時は思うでしょう、「此の世はマジック」だって・・・
※写真が見難いのは、F10でカメラポーチの中まで浸水してカメラがポシャッた為です。
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・東京マタギ深瀬教室の仲間とのキノコ&蕎麦の会 `07/11/20---裏々キノコ教室:性格悪い奴はキノコ採れない伝説。楽しい仲間とのキノコ採りの風景と、少しばかり美味しく出来るようになった蕎麦打ちのプチ自慢。性格悪い奴ほど能書きが多い!!!って、、、誰のこと?

・`03/7 丹沢本谷川水系キュウハ沢「巻き巻き」の巻き:久々に行ったキュウハ沢(中級の沢を初級にしてやるぞ)

・2000年5月某日某所、東京マタギの沢登り講習会の前夜

99/5/23 丹沢、神の川水系伊勢沢:ほとぼり冷めたかなあと思って載せたけど。またまた能書き満載

・丹沢本谷川水系キュウハ沢`99/6/6:沢登りの滑落から学ぶ、量子力学、神、そしてシンクロニシティの実際・・・ホログラフィックな観点から見る。

・山岳渓流ガイド:東京マタギの講習会

・本間沢での事故教訓談。M・N氏へのメイルのリプライを転記。

・小川谷廊下遡行2:ちょっと柔らかかったガバホールドの巻`98/7/26分

・奥秩父笛吹川 東沢 釜の沢 遡行:鍋を担いだ沢登りレポート `97/10/11分

・本間沢遡行後日談(F10直下で血だらけのタオルを発見)`97/9/2分 

・丹沢-小川谷廊下Uターン(傷ついたこころの巻)`97/8/9分

・ど素人3人組、早戸川本間沢に怖い思い顛末記 `96/6 :渓流釣りをやったぐらいの素人が沢登りを甘くみると地獄を見る。でも、面白い!登山みたいに登るライン(登山道)が決まっていないのが良いね。

・東北渓流釣り旅行記:山はいいなあ!会社を辞めて1年半遊んでいました

・渓流ウォッチング---川面を叩くフライマン他---マスコミや業界が作った流行に乗せられやすいタイプの人が多いように見える遊びを通して、日本人の意識下を陽の下にひっぱり出す。鱒が反射するあなたの心

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・CT110ハンターカブのその後---整備と部品交換。たかがCT、されどCT。足(たる)を知れと言われても...

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沢登りテクニカルターム(ちょっと間違っているかも?)
>落ち口:滝の水が落ち始めているところ。他にも、開きや釜など知らない言葉は沢山あります
>遡行:普通の辞書に載っているが、川を遡っていくことの意味しかない
>ホールド、holdの日本語だと思いますが、岩登りやさんのtechnical term?手とか足が引っかかる出っ張りや割れ目
>トラバース:traverseの日本語だと思いますが山用語です。単なる横移動のこと?
>カラビナ:ジュラルミンの環、8の字型のエイト環も良く使用します。今回、これとザイルを持っていて良かった
>へつる:壁に張り付いて横移動する
>スラブ:ツルツルの岩壁
>ヒル:ナメクジみたいなやつで血を吸う。血液の凝固するのを阻止する液を出すので、吸われると血が暫く止まらない。日を越して止まらないこともある。手で引っ張ってもとれないのでタバコの火で焼くか、塩を擦り付けるかする。体を細くして、 どんな隙間からでも進入してくる。山で待ち受けていて人や動物が近くを通ると飛びつく、満腹すると勝手に離れる
>F?:Fallナンバー下流から順の滝の番号
※振り返って思うのは最後の尾根への突き上げは、ちゃんと道具があった方がよいかも知れない。靴もフェルト底のウエーディングシューズでなくて、何らかの手だてが欲しい。また、柔らかく崩れやすい斜面に突き刺すようなものが有れば、多少は安定するのかも知れない。ただ、自然へのインパクトも最小限に留める命題も忘れてはならないだろう。

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