異種百人一首 愛国百人一首

【概要】

柿本人麻呂より橘曙覧に及ぶ百人の歌人から和歌各一首、「愛国」を主題として選ばれた百人一首です。

本百首が最初に公表されたのは、対米開戦の翌年、昭和十七年(1942)十一月二十日、東京市内発行の各新聞紙上に於いてでした。日本文学報国会が情報局・大政翼賛会の後援を受け、毎日新聞社の協力のもと発起したものです。選定委員は佐佐木信綱・齋藤茂吉・太田瑞穗・尾上柴舟・窪田空穗・折口信夫・吉植庄亮・川田順・齋藤瀏・土屋文明・松村英一の十一名。百首の歌は、選定委員並びに日本文学報国会短歌部幹事の推薦歌、また毎日新聞社が全国から募集した推薦歌から厳選したとのことです。

昭和十八年三月には、この百首に改訂を加え詳しい解説を付した単行本『定本愛國百人一首解説』が毎日新聞社より発行されました。同年十一月には日本玩具統制協会より絵入カルタとしても刊行されています(作画は西澤笛畝)。

『定本愛國百人一首解説』の凡例に「愛國といへる語を廣義に解釋して、國土禮讚、人倫、季節などの歌をも加ふることとし、時代は、萬葉集より明治元年以前に物故せる人に限ることとせり」とあり、また緒論(窪田空穗執筆)には「和歌を通しての指導精神を示さうとして、古來の愛國歌を選定した」云々とその意図を説明しています。

愛国百人一首カルタ
愛国百人一首の解説本とカルタ

【例言】

昭和十八年十月一日発行の『定本愛國百人一首解説』重版を底本として作成したテキストです。

仮名遣・用字など、できる限り底本のままを再現しようと努めましたが、JIS第二水準までに含まれない漢字は、通用字または平仮名で以て代用している場合があります。また、底本の歌の本文は総ルビですが、本テキストでは一部の漢字にのみルビを振っています(おそらくInternet Explorer5.0以上でないとルビはルビとして表示されないでしょう)。

歌の頭に半角アラビア数字によって通し番号を付しました。


定本愛國百人一首

1 大君(おほきみ)は神にしませば天雲(あまぐも)(いかづち)の上にいほりせるかも
                          柿本(かきのもとの)人麻呂(ひとまろ)

2 大宮の内まで(きこ)網引(あびき)すと網子(あご)ととのふる海人(あま)の呼び(こゑ)
                           (ながの)奧麻呂(おきまろ)

3 やすみししわが大君(おほきみ)食國(をすくに)は大和も此處(ここ)も同じとぞ(おも)
                           大伴(おほともの)旅人(たびと)

4 千萬(ちよろづ)(いくさ)なりとも言擧(ことあげ)せず取りて()ぬべき(をのこ)とぞ思ふ
                           高橋(たかはしの)蟲麻呂(むしまろ)

5 をのこやも(むな)しかるべき萬代(よろづよ)に語りつぐべき名は立てずして
                           山上(やまのうへの)憶良(おくら)

6 ますらをの弓末(ゆずゑ)振り起し()つる矢を(のち)見む人は語りつぐがね
                           (かさの)金村(かなむら)

7 あしひきの山にも野にもみ猟人(かりびと)さつ矢手挟(たばさ)みみだれたり見ゆ
                           山部(やまべの)赤人(あかひと)

8 旅人の宿(やどり)せむ野に霜降らば()が子羽ぐくめ(あめ)鶴群(たづむら)
                           遣唐使(けんたうし)使人(しじんの)(はは)

9 わが背子(せこ)はものな思ほし事しあらば火にも水にも(われ)なけなくに
                           安倍(あべの)女郎(いらつめ)

10 み(たみ)(われ)生けるしるしあり天地(あめつち)(さか)ゆる時にあへらく思へば
                           海犬養(あまのいぬかひの)岡麿(をかまろ)

11 大君(おほきみ)(みこと)かしこみ大船(おほぶね)の行きのまにまに宿りするかも
                           (ゆきの)宅麻呂(やかまろ)

12 あをによし奈良の(みやこ)は咲く花のにほふがごとく今さかりなり
                           小野(をのの)(おゆ)

13 降る雪の白髮(しろかみ)までに大君(おほきみ)(つか)へまつれば(たふと)くもあるか
                           (たちばなの)諸兄(もろえ)

14 (あめ)の下すでに(おほ)ひて降る雪の光を見れば(たふと)くもあるか
                           (きの)清人(きよひと)

15 (あらた)しき年のはじめに(とよ)の年しるすとならし雪のふれるは
                           葛井(ふぢゐの)諸會(もろあひ)

16 唐國(からくに)()()らはして(かへ)()むますら武雄(たけを)御酒(みき)たてまつる
                           多治比(たぢひの)鷹主(たかぬし)

17 すめろぎの御代(みよ)(さか)えむと(あづま)なるみちのく山にくがね花咲く
                           大伴(おほともの)家持(やかもち)

18 大君(おほきみ)(みこと)かしこみ磯に()海原(うのはら)渡る父母(ちちはは)をおきて
                           丈部(はせつかべの)人麻呂(ひとまろ)

19 眞木柱(まけばしら)ほめて造れる殿(との)のごといませ母刀自(ははとじ)面變(おめがは)りせず
                           坂田部(さかたべの)麻呂(まろ)

20 (あられ)降り鹿島(かしま)の神を祈りつつ皇御軍(すめらみいくさ)(われ)()にしを
                           大舎人部(おほとねりべの)千文(ちふみ)

21 今日(けふ)よりはかへりみなくて大君(おほきみ)のしこの御盾(みたて)出立(いでた)(われ)
                           今奉部(いままつりべの)與曾布(よそふ)

22 天地(あめつち)の神を祈りてさつ矢ぬき筑紫(つくし)の島をさして行く(われ)
                           大田部(おほたべの)荒耳(あらみみ)

23 ちはやぶる神の御坂(みさか)(ぬさ)(まつ)(いは)ふいのちは母父(おもちち)がため
                           神人部(かむひとべの)子忍男(こおしを)

24 (をきな)とてわびやは()らむ草も木も(さか)ゆる時に()でて舞ひてむ
                           尾張(をはりの)濱主(はまぬし)

25 海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ
                           菅原(すがはらの)道眞(みちざね)

26 山のごと坂田の(いね)を抜き積みて君が千歳(ちとせ)初穗(はつほ)にぞ()
                           大中臣(おほなかとみの)輔親(すけちか)

27 もろこしも(あめ)の下にぞ有りと聞く照る日の本を忘れざらなむ
                           成尋(じやうじん)阿闍梨(あじやりの)(はは)

28 君が代はつきじとぞ思ふ神風(かみかぜ)やみもすそ川のすまむ(かぎり)
                           (みなもとの)經信(つねのぶ)

29 君が代は松の上葉(うはば)におく露のつもりて四方(よも)の海となるまで
                           (みなもとの)俊ョ(としより)

30 君が代にあへるは(たれ)も嬉しきを花は色にも()でにけるかな
                           藤原(ふぢはらの)範兼(のりかね)

31 み山木のその梢とも見えざりし(さくら)は花にあらはれにけり
                           (みなもとの)ョ政(よりまさ)

32 宮柱(みやばしら)したつ岩根にしき立ててつゆも曇らぬ日の御影(みかげ)かな
                           西行(さいぎやう)法師(ほふし)

33 君が代は千代(ちよ)ともささじ(あま)の戸や()づる月日のかぎりなければ
                           藤原(ふぢはらの)俊成(としなり)

34 昔たれかかる(さくら)の花を植ゑて吉野を春の山となしけむ
                           藤原(ふぢはらの)良經(よしつね)

35 山はさけ海はあせなむ世なりとも君にふた(ごゝろ)わがあらめやも
                           (みなもとの)實朝(さねとも)

36 曇りなきみどりの空を(あふ)ぎても君が八千代(やちよ)をまづ祈るかな
                           藤原(ふぢはらの)定家(さだいへ)

37 末の世の末の末まで我が國はよろづの國にすぐれたる國
                           宏覺(くわうかく)禪師(ぜんじ)

38 西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ
                           中臣(なかとみの)祐春(すけはる)

39 (ちよく)として祈るしるしの神風に寄せくる浪はかつ(くだ)けつつ
                           藤原(ふぢはらの)爲氏(ためうぢ)

40 命をばかろきになして武士(ものゝふ)の道よりおもき道あらめやは
                           (みなもとの)致雄(むねを)

41 限なき(めぐみ)四方(よも)にしき島の大和(やまと)島根は今さかゆなり
                           藤原(ふぢはらの)爲定(ためさだ)

42 思ひかね入りにし山を立ち出でて迷ふうき世もただ君の爲
                           藤原(ふぢはらの)師賢(もろかた)

43 君をいのる道にいそげば神垣(かみがき)にはや時つげて(とり)も鳴くなり
                           津守(つもりの)國貴(くにたか)

44 ものゝふの上矢(うはや)のかぶら一筋(ひとすぢ)に思ふ心は神ぞ知るらむ
                           菊池(きくち)武時(たけとき)

45 かへらじとかねて思へば梓弓(あづさゆみ)なき(かず)()る名をぞとゞむる
                           楠木(くすのき)正行(まさつら)

46 (とり)()になほぞおどろく(つか)ふとて心のたゆむひまはなけれど
                           北畠(きたばたけ)親房(ちかふさ)

47 いのちより名こそ惜しけれ武士(ものゝふ)の道にかふべき道しなければ
                           森迫(もりぜき)親正(ちかまさ)

48 あふぎ來てもろこし人も住みつくやげに日の本の光なるらむ
                           三條西(さんでうにし)實隆(さねたか)

49 あぢきなやもろこしまでもおくれじと思ひしことは昔なりけり
                           新納(にひろ)忠元(たゞもと)

50 富士の()に登りて見れば天地(あめつち)はまだいくほどもわかれざりけり
                           下河邊(しもかうべ)長流(ちやうりう)

51 行く川の清き流れにおのづから心の水もかよひてぞすむ
                           徳川(とくがは)光圀(みつくに)

52 ふみわけよ日本(やまと)にはあらぬ唐鳥(からとり)の跡をみるのみ人の道かは
                           荷田(かだの)春滿(あづままろ)

53 大御田(おほみた)水泡(みなわ)(ひぢ)もかきたれてとるや早苗(さなへ)は我が君の爲
                           賀茂(かもの)眞淵(まぶち)

54 もののふの(かぶと)に立つる鍬形(くはがた)のながめ(かしは)は見れどあかずけり
                           田安(たやす)宗武(むねたけ)

55 すめ(がみ)天降(あも)りましける日向(ひむか)なる高千穗(たかちほ)(たけ)やまづ霞むらむ
                           楫取(かとり)魚彦(なひこ)

56 (あま)の原てる日にちかき富士の()に今も神代の雪は殘れり
                           (たちばなの)枝直(えなほ)

57 千代ふりし(ふみ)もしるさず海の國のまもりの道は我ひとり見き
                           (はやし)子平(しへい)

58 我を我としろしめすかやすべらぎの玉のみ(こゑ)のかかる嬉しさ
                           高山(たかやま)彦九郎(ひこくらう)

59 あし原やこの國ぶりの言の葉に榮ゆる御代(みよ)(こゑ)ぞ聞ゆる
                           小澤(をざは)蘆菴(ろあん)

60 しきしまのやまと心を人とはば朝日ににほふ山ざくら(はな)
                           本居(もとをり)宣長(のりなが)

61 初春の初日(はつひ)かがよふ神國(かみぐに)の神のみかげをあふげ(もろもろ)
                           荒木田(あらきだの)久老(ひさおゆ)

62 八束穗(やつかほ)瑞穗(みづほ)の上に千五百秋(ちいほあき)國の()見せて照れる月かも
                           (たちばなの)千蔭(ちかげ)

63 香具山(かぐやま)尾上(をのへ)に立ちて見渡せば大和(やまと)國原早苗とるなり
                           上田(うへだ)秋成(あきなり)

64 (とほ)(おや)の身によろひたる緋縅(ひをどし)の面影浮かぶ木々のもみぢ葉
                           蒲生(がまふ)君平(くんぺい)

65 かけまくもあやに(かしこ)きすめらぎの神のみ(たみ)とあるが(たぬ)しさ
                           栗田(くりた)土滿(ひぢまろ)

66 大日本(おほやまと)神代ゆかけて(つた)へつる雄々しき道ぞたゆみあらすな
                           賀茂(かもの)季鷹(すゑたか)

67 青海原(あをうなはら)潮の八百重(やほへ)八十國(やそぐに)につぎてひろめよ此の正道(まさみち)
                           平田(ひらた)篤胤(あつたね)

68 一方(ひとかた)に靡きそろひて花すすき風吹く時ぞみだれざりける
                           香川(かがは)景樹(かげき)

69 安見(やすみ)ししわが大君(おほきみ)のしきませる御國(みくに)ゆたかに春は來にけり
                           大倉(おほくら)鷲夫(わしを)

70 かきくらすあめりか(びと)(あま)つ日のかがやく(くに)のてぶり見せばや
                           藤田(ふぢた)東湖(とうこ)

71 わが國はいともたふとし天地(あめつち)の神の祭をまつりごとにて
                           足代(あじろ)弘訓(ひろのり)

72 君がため花と散りにしますらをに見せばやと思ふ御代(みよ)の春かな
                           加納(かなふ)諸平(もろひら)

73 大君(おほきみ)の宮敷きましし橿原(かしはら)のうねびの山の(いにしへ)おもほゆ
                           鹿持(かもち)雅澄(まさずみ)

74 大君(おほきみ)のためには何か惜しからむ薩摩(さつま)のせとに身は沈むとも
                           (そう)月照(げつせう)

75 大君(おほきみ)御贄(みにへ)のまけと(うを)すらも神代よりこそ(つか)へきにけれ
                           石川(いしかは)依平(よりひら)

76 君が代を思ふ心のひとすぢに(われ)が身ありとはおもはざりけり
                           梅田(うめだ)雲濱(うんびん)

77 身はたとひ武藏(むさし)野邊(のべ)に朽ちぬとも留めおかまし日本魂(やまとだましひ)
                           吉田(よしだ)松陰(しよういん)

78 岩が根も碎かざらめや武士(もののふ)の國の爲とに思ひ切る太刀(たち)
                           有村(ありむら)次左衛門(じざゑもん)

79 鹿島なるふつの(みたま)御剣(みつるぎ)をこころに()ぎて行くはこの旅
                           高橋(たかはし)多一郎(たいちらう)

80 天皇(おほきみ)(つか)へまつれと我を生みし我がたらちねぞ(たふと)かりける
                           佐久良(さくら)東雄(あづまを)

81 (あま)ざかる蝦夷(えぞ)をわが住む家として並ぶ千島(ちしま)のまもりともがな
                           徳川(とくがは)齊昭(なりあきら)

82 朝廷邊(みかどべ)に死ぬべきいのちながらへて歸る旅路の(いきどほ)ろしも
                           有馬(ありま)新七(しんしち)

83 大君(おほきみ)御旗(みはた)(もと)に死してこそ人と生れし甲斐(かひ)はありけれ
                           田中(たなか)河内介(かはちのすけ)

84 しづたまき(かず)ならぬ身も時を得て天皇(きみ)がみ爲に死なむとぞ思ふ
                           兒島(こじま)草臣(くさおみ)

85 君がため命死にきと世の人に語り継ぎてよ峰の松風
                           松本(まつもと)奎堂(けいだう)

86 天皇(おほきみ)御楯(みたて)となりて死なむ身の心は常に(たぬ)しくありけり
                           鈴木(すゞき)重胤(しげたね)

87 曇りなき月を見るにも思ふかな明日はかばねの上に照るやと
                           吉村(よしむら)乕太郎(とらたらう)

88 君が代はいはほと共に動かねば碎けてかへれ沖つしら波
                           伴林(ともばやし)光平(みつひら)

89 ますらをが思ひこめにし一筋は七生(ななよ)かふとも何たわむべき
                           澁谷(しぶたに)伊與作(いよさく)

90 みちのくのそとなる蝦夷(えぞ)のそとを漕ぐ舟より遠くものをこそ思へ
                           佐久間(さくま)象山(ざうざん)

91 ()()ける太刀(たち)の光はものゝふの常に見れどもいやめづらしき
                           久坂(くさか)玄瑞(げんずゐ)

92 大君(おほきみ)御楯(みたて)となりて捨つる身と思へば(かろ)き我が命かな
                           津田(つだ)愛之助(あいのすけ)

93 青雲(あをぐも)のむかふす(きはみ)すめろぎの御稜威(みいつ)かがやく御代(みよ)になしてむ
                           平野(ひらの)國臣(くにおみ)

94 大山(おほやま)の峰の岩根に()めにけりわが年月の日本(やまと)だましひ
                           眞木(まき)和泉(いづみ)

95 片敷きて()ぬる(よろひ)の袖の上に思ひぞつもる(こし)の白雪
                           武田(たけだ)耕雲齋(こううんさい)

96 武夫(もののふ)のたけきかゞみと(あま)の原あふぎ(たふと)丈夫(ますらを)のとも
                           平賀(ひらが)元義(もとよし)

97 (おく)れても(おく)れてもまた君たちに誓ひしことをわれ忘れめや
                           高杉(たかすぎ)晋作(しんさく)

98 武士(ものゝふ)のやまと心をより合はせただひとすぢの大綱(おほづな)にせよ
                           野村(のむら)望東尼(ばうとうに)

99 (をとこ)山今日の行幸(みゆき)(かしこ)きも命あればぞをろがみにける
                           大隈(おほくま)言道(ことみち)

100 春にあけてまづみる(ふみ)天地(あめつち)のはじめの時と讀み()づるかな
                           (たちばなの)曙覽(あけみ)

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更新日:平成15年8月4日
最終更新日:平成20年12月11日
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