小松左京 こまつ・さきょう(1931—2011)


 

本名=小松 實(こまつ・みのる)
昭和6年1月28日—平成23年7月26日 
享年80歳 
大阪府箕面市箕面公園2–23 瀧安寺霊園(本山修験宗)



 
小説家。大阪府。京都大学卒。業界誌記者、漫才台本作家などをへて、昭和37年『地には平和を』でSF作家として出発。48年ミリオンセラーとなった『日本沈没』で日本推理作家協会賞受賞。昭和60年『首都消失』で日本SF大賞受賞。ほかに『日本アパッチ族』『復活の日』などがある。







 田所博士は、じっとうなだれて、老人の言葉を聞いていた。——師の言葉を聞く弟子のように……。

 「日本人はな……これから苦労するよ……。この四つの島があるかぎり……帰る〝家〟があり、ふるさとがあり、次から次へと弟妹を生み、自分と同じようにいつくしみ、あやし、育ててくれている、おふくろがいたのじゃからな。……だが、世界の中には、こんな幸福な、温かい家を持ちつづけた国民は、そう多くない。何千年の歴史を通じて、流亡を続け、辛酸をなめ、故郷故地なしで、生きていかねばならなかった民族も山ほどおるのじゃ……。あんたは……しかたがない。おふくろに惚れたのじゃからな……。だが……生きて逃れたたくさんの日本民族はな……これからが試練じゃ……家は沈み、橋は焼かれたのじゃ……。外の世界の荒波を、もう帰る島もなしに、渡っていかねばならん……。いわばこれは、日本民族が、否応なしにおとなにならなければならないチャンスかもしれん……。これからはな……帰る家を失った日本民族が、世界の中で、ほかの長年苦労した、海千山千の、あるいは蒙昧で何もわからん民族と立ちあって……外の世界に呑みこまれてしまい、日本民族というものは、実質的になくなってしまうか……それもええと思うよ。……それとも……未来へかけて、本当に、新しい意味での明日の世界の〝おとな民族〟 に大きく育っていけるか……日本民族の血と、言葉や風俗や習慣はのこっており、また、どこかに小さな〝国〟ぐらいつくるじゃろうが……辛酸にうちのめされて、過去の栄光にしがみついたり、失われたものに対する郷愁におぼれたり、わが身の不運を嘆いたり、世界の〝冷たさ〟 に対する愚痴や呪誼ばかり次の世代に残す、つまらん民族にさがるか……これからが賭けじゃな……。そう思ったら、田所さん、惚れた女の最期のもええが……焼ける家から逃れていった弟妹たちの将来をも、祝福してやんなされ。あの連中は、誰一人として、そんなことは知るまい。また将来へかけて気づきもしまいが、田所さん、あんたは、あの連中の何千万人かを救ったのじゃ。……わしが……それを認める……わしが知っとる……それで……ええじゃろ……」

 「ええ……」田所博士はうなずいた。「わかります……」

 

(日本沈没)



 

 〈人間は死から人生を前借りしている。眠ることはこの借金に利息をはらいこむことだ。だからよく眠る人間ほど長生きする……。〉との名言を残した小松左京はSF文学の草分け的存在として知られ、星新一、筒井康隆とともに「SFの御三家」と呼ばれていた。若かりし頃の写真にはたばこを手にした姿が多く見られるように相当なヘビースモーカーだったようで、自分が病死するとすれば肺がんだろうと語っていた。昭和45年の日本万国博覧会ではテーマ館のサブプロデューサーを務めるなど、マルチに活躍し、「ブルドーザー」とあだ名されたバイタリティーの持ち主だったが、平成23年7月26日午後4時36分、肺炎のため大阪府箕面市内の病院で80年の生涯を閉じた。



 

 著書『日本沈没』を髣髴とさせるような東日本大震災の惨状に心を痛めながら〈この危機は必ず乗り越えられる。この先日本は必ずユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている。〉とのメッセージを残して同じ年の夏に逝った小松左京の墓は、自宅にほど近い箕面公園の中、瀧安寺の墓地にある。紅葉と箕面の滝で名を知られ、「森林浴の森百選」に選ばれたこともあるだけに散策するハイカーたちは途切れることはないのだが、少しばかり高台にある「悠久処」の前の塋域にはハイカーの声も聞こえてこない。渓流の音と小鳥のさえずり、天文台のドームのように磨きに磨かれた黒御影墓石は四方の樹木と真っ青な空を映し込んでいる。黒い光輪は作家の魂を永遠に解き放ちつづけているようでもあった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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