岸田衿子 きしだ・えりこ(1929—2011)                      


 

本名=岸田衿子(きしだ・えりこ)
昭和4年1月5日—平成23年4月7日 
享年82歳 
東京都府中市多磨町4–628 多磨霊園18区1種10側1番 



詩人・童話作家。東京府生。東京藝術大学卒。画家を志すが肺を患い長らく療養生活を送った。20代から一貫して幼児向けの絵本、またその翻訳や詩作等を中心とした活動を行った。昭和29年谷川俊太郎と結婚(64年離婚)。『かばくん』『かえってきたきつね』『ソナチネの木』などがある。






 

なぜ 花はいつも
こたえの形をしているのだろう
なぜ 問いばかり
天から ふり注ぐのだろう

 

まぶしい花火の終わったあとで
あの人は一本の
線香花火を とり出す
忘れものを 思い出すために

 

ふしぎなのは
幻の野辺をあるいたことではない
きのう 電話のベルが鳴っていたこと
あなたのかばんの匂いが甦ること

 

小さい波は 語りかけるように
わたしを とりかこむ
大きい波は わたしから
なにもかも うばってゆく

 

待つことは 航海よりもながいもの
てのひらに 貝がらの数だけ
昨日を ねむらせて
舟が見えてくるのを 待つことは

 

雪の林の奥では
立ちどまってはいけません
歩いていないと
木に吸いこまれてしまうから

(ソナチネの木)

 


 

 底抜けに明るい自然の中を、自由自在に飛び回る妖精のような岸田衿子。劇作家であった父岸田國士が地元の人々と釣りや野菜作りを楽しんでいた北軽井沢の山小屋ぐらし、子供時代には妹の今日子(女優)と夏休みなど機会あるごとに親しんでいた村の自然が、その豊かで純な感性を育んだのだろう。以後も子育ての間をのぞいて大部分の期間をその村で過ごしていた。
 谷川俊太郎、田村隆一、二人の詩人と連れ合い、そして別れた。
 詩と現実の生活を切り離し、汚れのない心だけを詩に託した衿子は、平成23年4月7日、髄膜腫のため神奈川県小田原市の病院から旅立った。山裾の、色とりどりの花で埋まった、香りのいい野生の木の実と蜂蜜のある昔の村に向かって。



 

 路地の奥、寺に囲まれた谷中初音町の谷川俊太郎と暮らしたこともある家の前に、散歩の途中、ときおり立ち寄ることがある。人生の大半を過ごした村の暮らしを彷彿させるものは、玄関前に生えている幾ばくかの野草、扉の小窓にはめこまれた四角いガラス越しに見える松ぼっくりやドライフラワーの飾りのほかは見い出せはしない。
 霊園にある浮島のような宙浮かぶ墓石。父母や妹の今日子に並んで衿子の名が刻まれた墓誌の向こうにひろがる真昼の空、〈永遠に完成しない〉白い雲をながめていると、〈絵の中から 絵の外へ まっすぐのびていた道を 峠の向こうがわへ とばした風船〉をさがしにいった旅人の残照だけは感じることができるように思えてくる。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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文学散歩 :住まいの軌跡


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