赤瀬川原平 あかせがわ・げんぺい(1937—2014)                    


 

本名=赤瀬川克彦(あかせがわ・かつひこ)
昭和12年3月27日—平成26年10月26日 
享年77歳(慈眼院原心和平居士)
神奈川県鎌倉市山ノ内1367 東慶寺(臨済宗)



美術家・小説家。神奈川県生。武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)中退。純文学作家としては尾辻克彦のペンネームがある。数々の前衛芸術集団を結成。昭和40年千円札を題材とした作品で起訴された。『父が消えた』(尾辻克彦名)で55年度芥川賞受賞。『老人力』で毎日出版文化賞受賞。『雪野』(尾辻克彦名)『超芸術トマソン』などがある。






 

 「人間って、生まれるときに意識がはっきりしていたら恐いだろうね」
 「え?」
 馬場君はこちらを見て驚いている。
 「いやね、われわれは生まれてくるときの記憶なんてもっていないから、それでだいぶ助かっているなあと思って」
 「ドキンとしますよ。いきなりそんなこといわれると」
 「意識というのはだんだんはっきりしてくるよね。人生の発端の赤ん坊はまったくの空白で、成長につれてだんだん意識が生まれて記憶になってくる。だから死ぬときもね、ちょうど裏返しに、だんだん意識が薄れていって、記憶もどんどん消えていって、最後に空白に至るというのが本当はいちばんいいのだと思う」
 「あ、耄碌のことですね」
 「そうだよ。耄碌というのは大切なことだね。そこまで行き着かずに、その途中のはっきりした意識で死んでいくのは本当に不幸だと思う。やっぱり最後は赤ん坊のようになってまた元通りに消えていくというのがいちばん幸せだと思う」
 「でもその人の死んだあとに、その人の幸せなんてありますかねえ」
 「あると思うなあ。死ぬことは人生にはどうしても必要なもので、死に方の幸せってやはりあると思う」
 「え、死ぬことは必要ですか」
 「うん、必要というか、でも結果としてはその人生に必要だったわけでしょう、生まれてくるのが必要だったのと同じことで。人生というのは時間的にシンメトリーのものなんだから、死に方の幸せというのが、またその人生に逆流しながら反映していくものだと思う」
 「………」
 「死んでいく人間の心理って、みんな結局は同じ過程を通るらしいね」
 「え?」
 「これは精神医学者の報告なんだけどね、病気などでどうしても死ぬんだということがわかった場合、その患者はまず衝撃を受けて、つぎにその診断を否認したり、運命に向けて怒ったり、神と取引をはじめたり、つぎには激しく落胆したりといういろいろな段階があって、結局最後には全部の感情を果たしてから自分の死というのをゆっくりと入れる状態に落着くという」
 「うわ、勉強ですねこれは。でもみんなそうなるんですか」
 「うん、これはたくさんの臨床例を見てのことらしいけどみんな最後まで行けばそうなるという。眠るような状態なるという。その最後の状態に至つてはじめて幸せだといえるんだけど、その途中のままで終る人はやはり不幸だろうね」
   
(父が消えた・尾辻克彦)

 


 

 「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」、「路上観察学会」、「ステレオオタク学会」、「ロイヤル天文同好会」など、20以上の集団を結成して様々な前衛芸術、反芸術、超芸術活動を行ってきた。また尾辻克彦というペンネームで純文学を書き、また宮武外骨などという滑稽人も蘇らせた。その時々の表現は到達すべき所まで行ったという感覚のものであった。平成10年には記憶力の低下などの老化現象を「老人力がついた」と肯定的にとらえ、逆発想の価値観を生み出した『老人力』によってもおおいに気を吐いた。しかし、23年に胃がんが見つかり全摘出。脳出血、肺炎などにも苦しみ療養につとめていたのだが、26年10月26日午前6時33分、敗血症のため前衛主義者、赤瀬川原平は逝った。



 

 「逝くまえに、入るお墓をつくりたい」。最後の著書『「墓活」論』の帯にあるとおり、直木賞作家の兄赤瀬川隼などとともに自らの手によって設えられた墓碑がここにある。赤瀬川家の墓はすでにあったのだが、そこはそれ、原平らしい性癖で「どうせならもっと楽に、楽しく墓参りがしたい。」と、両親の死後、「婚活」ならぬ「墓活」なるものを始めて、誰もが行きたくなるであろう北鎌倉の寺に墓地をもとめたのであった。鉄平石のかけらを土饅頭らしく積み上げて土を練り込み、ぐるりに苔を張って、天辺に五葉松を施したなんともユニークな墓である。落ちゆく冬日の残り香をたゆらせて、手前の平らな自然石に、ただ赤瀬川とのみ記されてある。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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文学散歩 :住まいの軌跡


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