平成20年指定文化財

有形文化財・工芸品
福岡市西区　栄昌寺

概要

　近世の博多の鋳物師としては大田(太田)、柴藤、山鹿、礒野、深見の五家が知られている。元禄十二年(1699)、福岡藩は筑前国中の釜屋座・鉄問屋を博多九人、甘木一人の十人に定めた。しかしながら上記五家を始めとしたその鋳造品の現存例は数少ない。ことに寺院の梵鐘・殿鐘・喚鐘類は戦時下の金属供出のため二十数例をしか数えない。
　山鹿氏は筑前芦屋出身の鋳物師。初め「大田（太田）」を名乗ったが、後「山鹿」に改めた。その時期は18世紀中頃と考えられる。本喚鐘は山鹿氏の作例としては最も古いものである。
　品質　鋳銅製
　形態　和鐘と朝鮮鐘との混交型　
　法量　総高47.7㎝　鐘身高36.37㎝　底部外径27.07㎝　底部内径21.57㎝　
　時代　明和六年(1769)
　鋳工　冶工　山鹿五兵衛兼良
　銘(陽鋳)　原銘文は一行に陽鋳されている。
　　　　　「明和六己丑年　七月下旬
　　　　　　筑前博多　榮昌庵　宣譽察道代
　　　　　　施主　眞玉仁右衛門
　　　　　　　　　　　　　壽春
　　　　　　冶工　山鹿五兵衛兼良作　」
　　　　　「頂譽灌了信士　梅譽妙心信女　探譽宗玄信士　醒譽貞覺信女　源譽宗木信士　含譽妙薫信女
　　　　　　長春了閑信士　春想□頓信士　曉月妙悟信女　秋花童女　曉秋童子　宗林信士
　　　　　　　　先祖　爲　菩提　」

指定理由

　本喚鐘を製作した山鹿氏および芦屋釜に触れて『筑前国続風土記』(元禄十六年〔1703〕)は、「蘆屋釜 むかしより此國遠賀郡蘆屋里に鋳物師の良工あり。(中略)山鹿左近掾と稱せらる。本姓は大田なれ共、蘆屋の山鹿に居住せる故山鹿と稱す。(中略)かの左近掾か末、慶長年中 長政公入國の比迄は、蘆屋にありて、鋳工多かりしか、其後断絶す。遠孫共博多或姪濱等に來りて鋳る。其中に大田次兵衛と云者すくれて良工也。」と伝え、『筑前国続風土記附録』は、「蘆屋釜并冶工か事本編(六五五)に見へたり。今博多に蘆屋釜師か遠孫山鹿氏、本姓ハ大田、月俸三口を賜ハる、有。茶釜の製古へに劣らす。又霰間鍋・茶瓶等其外数品を鑄る。頗良工なり。」と伝える。
　元禄十二年（1699）、博多九人、甘木一人の十人に国中の釜屋座・鉄問屋が定められたが、このうち九名は博多の釜屋町喜兵衛・与右衛門、土居町七兵衛・甚兵衛・小兵衛、西町釜(屋脱ヵ)番善右衛門、大乗寺前町藤兵衛・三郎右衛門、瓦堂圖師七兵衛であった（『博多津要録』）。釜屋町喜兵衛は大田氏、土居町七兵衛は礒野氏、土居町甚兵衛は深見氏、西町釜（屋脱ヵ）番善右衛門は柴藤氏に比定される。
　芦屋鋳物師の出である大田氏が山鹿氏を名乗る時期について、加藤一純編『冶工山鹿氏系譜序』(天明三年〔1783〕)は、「兼藤五次兵衛と云、光之公(寛永五年・1628-宝永四年・1707)江戸営中に献じ給ふ茶釜を冶工せしめ給ふ、中比太田と呼しかども此時氏を山鹿と改め」たと記す。『冶工山鹿氏系譜序』は「兼藤五次兵衛」の孫「兼良五兵衛」の請いによっての編者加藤一純(享保六年・1721-寛政五年・1793)がまとめたものであり、大田氏から山鹿氏へ改めた大方の時期(18世紀中頃ヵ)が推定される。
　同時期に該当する大田氏の作例に、「大田兼藤」の正徳四年(1714) 大悲王院(前原市)の半鐘、「大田与市郎兼貞」の享保五年(1720)光福寺半鐘(もと西区姪の浜光福寺半鐘、昭和三年小田消防組の半鐘として使われ、現甘木市歴史資料館蔵)の二例が残る(田鍋隆男「筑前の鋳物師」『福岡県史・通史編・福岡藩・文化（下）』)。
　「大田兼藤」の孫「兼良」の作例に、「山鹿五兵衛兼良」の明和八年(1771)の六通寺半鐘(粕屋郡久山町)、同じく安永2年(1773)の成栄寺半鐘(粕屋郡粕屋町)が残る (田鍋前掲書)。
　山鹿氏は筑前芦屋出身の鋳物師。初め「大田（太田）」を名乗り、後「山鹿」に改めたのであるが、以上からすると、明和六年(1769) 山鹿五兵衛兼良鋳造の本喚鐘は、現在確認されるうちで山鹿氏を名乗った初例ということになる。
　なお、本喚鐘は太平洋戦争中に供出。八幡製鉄所(新日本製鉄)にて鎔解寸前終戦となり、福岡県京都郡豊津町の浄土寺が購入。昭和六十三年返還の連絡があり譲渡を受けたものである。説明板に以下のようにある。「喚鐘（吊鐘）の由来　明和六年（一七六九）真玉家八代目真玉仁右衛門壽春は先祖の追善供養の爲、芦屋釜（冶工山鹿五兵衛良マゝ作）で特別に作らせ、当寺に寄進した。太平洋戦争中、国家より金属類提出の要請を受け右喚鐘を栄昌寺は供出した。奇しくも八幡製鉄（新日本製鉄）に於て溶解寸前
終戦となる。たまたま福岡県京都郡豊津町の浄土真宗浄土寺が購入され喚鐘として使用された。昭和六三年本格的鐘樓を建立したので譲渡しても良いとの連絡が入る。早速江上俊雄住職、真玉正助と真玉景造は同寺に赴き譲渡をうけ、栄昌寺復興に際し改めて寄進できるは、無上の欣びである。
　　　　　　　　平成十四年五月吉日
　　　　　　　　　　　　　　　真玉家十三代　　真玉正助
　　　　　　　　　　　　　　　真玉家分家二代　真玉景造　　」