壺井 栄 つぼい・さかえ(1899—1967) 壺井繁治  つぼい・しげじ(1897—1975)


 

本名=壺井 栄(つぼい・さかえ)
明治32年8月5日—昭和42年6月23日 
享年67歳 
東京都東村山市萩山町1丁目16–1 小平霊園10区1側4番


 小説家。香川県生。内海高等小学校卒。小豆島の郵便局・役場勤めから大正14年上京して繁治と結婚。佐多稲子、宮本百合子らを知る。昭和13年『大根の葉』を発表。27年に発表した『二十四の瞳』は映画化され評判を取った。ほかに『柿木のある家』『坂道』『母のないこと子のない母』などがある。



本名=壺井繁治(つぼい・しげじ)
明治30年10月18日—昭和50年9月4日 
享年77歳


詩人。香川県生。早稲田大学中退。大正12年岡本潤らと『赤と黒』を創刊。昭和3年「ナップ」に参加、『戦旗』の編集をする。何度か投獄された。昭和17年第一詩集『壺井繁治詩集』を刊行。戦後は「新日本文学会」創立に参加、『詩人会議』を創刊。詩集『頭の中の兵士』などがある。



 



 道ばたから二足三足はいったところに、そのコトエの墓はあった。雨風にさらされ、黒くな、小さな板屋根の下に、やはり黒っぽくよごれた小さな位牌が一つ、まるで横になって寝ているように倒れていた。生前のコトエが使っていたのであろうか、浅い茶碗に茶色の水が半ば干からびていた。それになみなみと水をそそぐそのわきで、大石先生は位牌をとって胸にだいた。これだけが、かつてのコトエの存在を証明するものなのだ。俗名コトエ 行年廿二歳 ああ、ここにこうして消えたいのちもある。医者も薬も、肉親のみとりさえもあきらめきって、たったひとり物置の隅で、いつのまにか死んでいたというコトエ。----もしもわたしが男の子だったら役にたったのにというて、老父さんがくやむんです。わたしが男の子でなかったから、
 お母さんは苦労するん……。

男に生まれなかったことをまるでじぷんや母親の責任であるかのようにいった六年生のコトエの顔が浮かんでくる。希望どおり彼女が男に生まれていたとしても、今ごろは兵隊墓にいるかもしれないこの若いいのちを、遠慮もなく奪ったのはだれだ。また涙である。

壷井 栄(二十四の瞳)



空のテーブルに
ぶあつい本が開かれてある
何が書かれてあるのだろうか
あまりに遠い空なので
読むことができぬ
僕は望遠鏡を誰かに盗まれた
太陽よ僕に眼鏡を貸してくれ
ぼくはどうしてもその本の中味を調べねばならぬ
日が暮れると
空から夜がおりてくる
夜がくると
星も輝くし、月も照る
だが、空のテーブルにひろげられたままの本の頁は真っ黒だ
そこから新しい星の輝きだすのを
いや、太陽よ
お前の輝きだすのを
僕は夜通し待っていなければならぬのか
                                                     
壷井繁治(『戦争の眼』望遠鏡)



 醤油の樽職人である岩井藤吉と妻アサの五女として香川県小豆郡坂手村(現・小豆島町坂手)に生まれた壷井栄。大正14年2月、村役場勤務であった栄は上京し、遠縁に当たるプロレタリア詩人の壺井繁治と世田谷・三宿の小さな貸家で新生活を始めることになる。
 栄の好きだった「桃栗三年 柿八年 柚子の大馬鹿 十八年」という言葉があるのだが、39歳からの遅い文学スタートであった自身への激励でもあったのだろう。
 貧困時代の友人、林芙美子や平林たい子らの波乱に富んだ男女関係とは違って、栄と繁治の夫婦生活は昭和42年6月23日、東京・鷺宮の熊谷病院で喘息のため、繁治に手を取られて最期を迎えるまで続いた。栄の死後再婚した繁治も、8年を経て昭和50年9月4日に逝った。



 

 二人が育った小豆島の空には及びもつかないだろうが、小平にある霊園の冬空にも精一杯の陽光が溢れていた。シュロ、南天、紫陽花、さつき、楓などが、まさに蔓延って入り口の石段も半分は雑木や枯枝、雑草に覆い尽くされている。
 枯松葉や松ぼっくりが苔生した土庭に散り溜まって「壺井家」墓は自然の中にあったが、厳粛、冷然とした墓地にあって、かえってそんな手入れの行き届いていない風景が私の心象を和らかく癒してくれる。
 東京・三宿で始まった二人の新しい生活から半世紀、昭和50年に繁治が亡くなり、また一つ処に納まって二人並んで眠っている。栄と繁治が枕頭に聞くのは紺碧の播磨灘に浮かぶ小島の磯辺、打ち寄せる小波の音であろうか。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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