後記 2017-02-01                    


 

 

 千年の都はためらいながらも足ばやに滅んでゆく。


 遠い都の人はうたかたの中に、見えないものだけが息づいていることを知っている。自分が落日にたたずむ一人であることを、大路にやすらぐ風であることを、この冬のひとすじの光であることを。

 うつつの風音、水底にゆれる砂礫のきらめき、振りむいた時代の寂びあかり、落ちる陽の神々しささえ疎ましく感じてしまう己の弱さ、川面をよぎる仄白い雲の行方を追いながら、二羽三羽、白鷺の遊ぶ川原、都の東を流れる川のほとりに立ちどまり、一叢の枯れすすきをゆらす凍てついた風の重さに、しみじみと人の終わりと人の始まりを考えてしまうのです。

 苔生した石段に腰掛けながら滅びゆく都の黄昏をじっくり味わってみようと、一昨年の晩秋からこの都に居を移してきたのでしたが、添うでもなく離れるでもなく、弔うべき都の思念は中途半端に滅びそこねて、すでにある日の美しさは一時も緩むことなく終わろうとしていたのです。力を失った光の中、黄金は銀色に、銀色は灰色に、朱色は薄茶色にと急激に変わってゆき、色褪せた姿を瞬く星と冴え冴えとした月に晒されています。風になぶられながら衰えてゆく弔いの形を問うことや己の位置を問われることさえも拒み、名を呼ばれたが故に浮かび上がってきた謂われだけが、漫然と遺された路地の片隅で途方に暮れているようでありました。そんな都の夕しぐれにため息をつき、揺曳する消息と妙にざわついた心にもて遊ばれながら、位置を失いかけた都大路をきりきりと彷徨ってみることしかいまの私には思いつかないのです。

 竹林に通る風の痛みは癒やされることなく無情に舞い、観光客に独占された嵐山や東山山麓、繁華な三条通りや四条河原町の喧噪は痛いほど耳朶に響いてきます。石畳の遊歩道、整えられた町並みや古からの神社仏閣は煌びやかに威容を誇って、大路小路は世界中からの観光客で賑わってはいるのですが、洛中びとの思いはいざ知らず、境外びとである私のもっとも望まなかった都の死に化粧は白々しく、置き去りにされた思いののちの、大地の下のさらに深く、さらに静かに悠揚と流れている私の望んだ滅びゆく都。一つ二つとゆきすぎた季節の、つややかな輝きを放ついぶし瓦の家並み、一呼吸する間に描かれる古の明暗、友禅流しのせせらぎ、ささやかな営みのざわめきと移ろい、絹糸をはる冷気、美しい波紋をひろげて果てる私の都は、幾千年かのちに遺跡として掘り返されるのを夢みながら、激しい断念を隠して深い眠りにつこうとしているのでしょうか。

 

  真如堂の山門に佇んで
  大文字山から眺めた京洛の
  花脊峠に舞う雪片の
  町家の甍にしぐれてゆく夕陽の
  あの日の美しさ
  都の人の気づかない概念
  仄かに薫る沈丁花の匂い
  比叡の山陰のひんやりとした風音
  東の山と西の山の間
  蒼穹に浮かぶ三日月
  山茶花の生垣に
  かすかにふるえる詩の
  みるみるとしぼんでゆく花の輝き
  私のいた時間
  私のいなかった時間
  今日を限りの季節のそよぎ
  すべては蕭条と遠ざかってしまった

  薄墨の夜があけても
  不確かな輪郭に身を預けた私の位置
  風は湿気を含み
  若芽の膨らみ始めた白木蓮の間から
  ちらちらと見え隠れする高瀬川
  ゆるやかな弯曲線を描いた川の小橋に立ちどまり
  物語の結末を思ってみたりもする
  理由のない苛立ちの
  横たわる都路
  こぼれおちて
  地を這い
  すさぶ路地に
  最後の記憶
  私の見ようとした夢の終り

 
 のこり少ない京都での生活、あと少し、桜の花の咲くころまで。
 滅びゆく都の幽かな残り香をかぐように、聚楽第廻りや平安京の痕跡、幅一軒ほどの六條小路に漂う忘れられたまどろみ、下長者町、椹木、出水の通りに紛れて尋ねあう格子窓、五辻、紫野、船越山、西陣の、寝覚めのままに長屋の格子奥から流れてくる規則正しい機織音、洛中洛外屏風絵図の金箔の雲間に隠れてしまった市井の気配を、巡りあうままに、形のままに、描けるままに、なぞり、すくいとりながら昨日を生きたように今日もまた歩いてみたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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