後記 2020-06-01                   


 

     

   風のまよいの
   野道の先に
   わずかばかりの小薮があって
   陽射しを遮られた
   欄干の下
   東から西へ
   岩肌に触れた細流は
   ときおり青白く光り
   涼やかな音色を偲ばせ
   やがて
   奥の暗がりに消えてゆく

   死にゆく人と
   生きながらえる人の
   還らぬ
   短い時の流れの背後に
   秘めてきた語らいの数々
   すずろなる冷気の
   たとえば鏡が割れる
   鋭くとがった粉々の位置に
   古からの概念は色あせ
   いくどとなく確かめた
   人の気配の恐れと
   置く場所のない
   私の虚空
   あふれるほど時を刻んだ
   偶然の自由
   無常の波動
   生や死も
   おそらくは
   円転するままに

 

 新型コロナウイルスで外出自粛が叫ばれている最中、物憂げな雨空を窓越しに眺めながら気ままな京都での生活を懐かしく思い起こしています。
 もう3年も前のことになってしまいましたが、「京都歴史散歩俱楽部」という京都の歴史を歩きながら千年の歴史を学ぶといった趣旨の小さな会で出会った素晴らしい仲間たちとの交流は、私にとって生涯忘れることのできない体験となりました。

 こんな騒動の中ですが、中村先生、皆さまお元気ですか。
 また、お会いすることができたらどんなにか楽しいだろうかと、皆さまのお顔を思い浮かべながら毎日を送っています。いまは中村先生引率の歴史散歩も一時休止状態だと思いますが、もしこのサイトを偶然見かけられましたら、ちょっと声をかけてくださいね。

 お土居めぐり、三室室戸寺と宇治川畔、深泥池から上賀茂神社、長楽寺裏から登った将軍塚、紅葉の山科から大文字山へのハイキング、船岡山から眺めた左大文字、太秦の蛇塚、京都御所、大徳寺芳春院、石清水八幡宮、等持院・龍安寺や衣笠あたり、上賀茂神社・わら天神の社務所や時々の休憩所での勉強会、それぞれに思い出深い場所になりましたが、なんといっても楽しかったのは行程を終えたあとの「喉潤し」のひととき。北大路の「garnish」、寺町三条の「田毎」、御園橋の「うぬぼれcafé」、わら天神の「Tentation d’Ange」、蕎麦酒房「櫟」、「櫟」での会食のあと夜行バスで帰京した翌日、雑司が谷霊園でBS朝日の「お墓へ行こう」という番組ロケで壇蜜さんや作家の山口恵以子さんとご一緒したことや鴨川べりの懐石「櫻」での初川床体験など、走馬燈のように次々と目に浮かんでくるのです。
 そういえば、太秦の神社に行ったとき、どなたかに教えられたことがありました。
〈蚕ノ社(かいこのやしろ)〉と何気なく呟いた発音を耳にされたのか、京都では〈かいこのやしろ〉と発音しますよ、と「か」と「や」にアクセントをつけた言い方で訂正されました。それからというもの、ふとした瞬間、何とはなしに〈かいこのやしろ〉、〈かいこのやしろ〉、〈かいこのやしろ〉と口ずさんでいる自分に気づくようになりました。

 

 今春は〈文学散歩:住まいの軌跡〉京都編の不備を補うため、京都府立中央図書館、ひと・まち交流館にある明治・大正・昭和時代の地図資料閲覧や文学者の住んだ町筋の確認調査を目的とした一週間くらいの訪問を計画していたのですが、2月、3月から始まった新型コロナ騒ぎの影響が今に及んでしまい計画も頓挫しかかっています。緊急事態宣言が解除された今こそ、京都訪問には絶好の機会なのでしょうが、今少しの自粛我慢と待ち遠しい日々を送っています。

 

 「文学者掃苔録」はこの7月で開設25周年を迎えます。
 インターネットが普及するずっと以前から掃苔行動はしていましたので今更25年という気もいたしますが、それでも25年。
 昨日の一日、今日の一日、明日の一日と文学者の後ろ姿を追い続けてきた年月の繰り返しを思い起こさずにはいられません。


   咲く命の
   観念のとき
   山桜はすでに散り
   つつじの盛りも過ぎた
   いまは
   藤紫が競って山肌を彩っている
   野はあるがままに
   山は泰然と
   海はたおやかに
   空は空だ

   昨日は去って
   明日とも違う
   今日の日の光景よ
   一途にたどる
   移ろいの季節
   土に還ってゆく
   時の流れの果て
   大きくうねる
   田畑のあぜ道を
   蓮華草を踏みつけて歩む
   声を失った主の
   いかなる思いも
   「蛙」と呼ばれたら
   それは「蛙」だ

   スクッと立った榧の木のある
   白く乾いた径を縫って
   微かな風が
   緑の匂いを運んでくる
   淡い空間のとき
   何もかもが
   霞んで見える
   現の定めをめぐる
   やすらかな天命
   選択を終えたとき
   一筋の煌めきがとどろいて
   山は雨色にくすんでいった

 

 ここは本郷台地と上野台地の谷筋、不忍通り。
 東や西に向かうには幾筋もさまざまに平行した坂道をのぼることになります。本郷台地へは権現坂、団子坂、S字坂、弥生坂、無縁坂、湯島切通坂など。上野台地へはさんさき坂、あかぢ坂、三浦坂、善光寺坂、三段坂。清水坂。
 我が家から一万歩を目安に歩くときは根津神社裏の権現坂か鳥居前のS字坂をのぼって本郷台地を南に東京大学構内を縦断して龍岡門から無縁坂をくだり、不忍池から上野公園にのぼります。桜並木を抜けて国立博物館を回り込み、東京芸術大学、寛永寺を横に谷中霊園からさんさき坂をくだる定番のコースになります。もちろんその日の気分によって上野台地から本郷台地への逆コースもありますし、それぞれの坂の組み合わせも違ってきます。どちらにしても毎朝、明けやらぬ東京の町筋を歩く歩調あわせは

   〈かいこのやしろ〉
   〈かいこのやしろ〉
   〈かいこのやしろ〉
  

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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文学散歩 :住まいの軌跡


記載事項の訂正・追加


 

 

 

 

 

 

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