第16節 冷酷な指導者の末路
ある時気がついたら夏用の軍服を着て走っていた。私の人生の記憶の中でも最も強烈な部分がそんなものを選び出していたらしい。
そこはどうやらそれまでに私が連れて行かれた場所の中でも一番低級な境涯らしく、波長は雑多で、いたたまれない気分にさせられる。実はそこへ到達するまでに私はどんどん深みへ沈み込んでいくのを感じて、辺りを見てもみすぼらしい家々が立ち並んでいて、全体が薄気味悪かった。
途中で二度も指導霊に呼び止められて、住民をよく観察するように言われた。見ると口汚く罵り合っている。そのうちの一人は地上で私を知っていた男であるが、私の身体を通過していった。その男がそのような境涯にいることは別に驚きではなかった。確かにそういう人間だったからである。私は彼の目に私の姿が見えないことを知って安心した。
下降の速度が少しずつ遅くなってきた。どうやらその境涯でも最も低い淵に近づきつつあるらしく、もはや誰の姿も見当たらない。そのうちすすけた倉庫のような家屋の前で指導霊に呼び止められた。そしてドアが開けられて私は否応無しに中へ入らされた。途端に私の身体は恐ろしい波長を受けて足を止めた。見ると多くの人影、多分百人ばかりの人間が、ただのそりのそりと歩き回っている。
着ているものは何とも呼びようのない、まるでクモの巣でもまぶしたような汚らわしい姿をしている。顔は沈み切った青白い色をしている。酷い光景ではあるが、私の身体に感じられる波長の方がもっと酷かった。
どの人間もうなだれ、辺りのことには何の関心も見せず、ただのそりのそりと歩き回るだけである。心の中に巣くう考えも姿も同じく絶望的である。『永遠にここでこうしているしかない。もう救われる望みはない』――そう思っている。確かにその通りに思える。一縷の望みも見当たらない。彼らにとっては永遠の時の中で一千年が昨日であり、明日もまた一千年であるかに思える。
そこで受けた波長はかつてなく低いもので、やがて指導霊がそこから私を引き出してくれてほっとした。そこの人間は周りの人間のことには一切関心がない。ただ当てもなく歩き回るだけである。言うなれば、陰電気を帯びた分子のようなもので、互いに避け合って動いている・・・と言えば理解し易い方もおられるであろう。
こうした数々の霊界旅行で明らかになってきたことは、地上時代の無知が霊界におけるそれ相当の境涯に位置づけているにすぎないということである。すなわち地上生活によって一定の波長の幽体が形成され、死後その波長に合った境涯へと自然に引きつけられて行くということで、そこに何一つ誤りはない。神の法則は絶対に公平である。自分で自分を裁いていく以上、誰に文句を言う資格があろうか。
神の特別の寵愛者もいないし特権階級もいない。地上で偉いと思われている人が必ずしも死後も偉いとは限らない。何事においても動機が優先される。これまでの人類の歴史において、一部の者が同胞の生涯を惨めなものにした精神的苦悶から肉体的拷問にいたるやり口や悪辣さの程度は、歴史をひもとけば一目瞭然であろう。それを見て我々人間はその罪悪性を責めたくなるが、高級霊は哀れみの情をもって眺める。
さて、その後、私は例によって一旦明るい境涯へ連れて行かれてから肉体へ戻った。その翌朝のことである。店を開ける前に荷をほどくのに忙しくしていると、突然、優しくではあるが強い力で椅子に腰掛けさせられた。そして膝に両肘を置き両手で頭をかかえる格好で、私はある人のことで悲しみの情を覚えた。それほど強烈にして深い情を覚えたのは私としては初めてのことで、涙が溢れ出るのを禁じ得なかった。
そのある人とは、ある国の独裁者だった。どうにか落ち着きを取り戻し、近くに高級霊の存在を感じて私は心の中で尋ねた――『一体なぜ今頃私はこれほどの哀れを感じなくてはいけないのですか』と。するとこういう答えが返ってきた――『貴殿が今行ってきたところは、その独裁者がいずれ赴くところです』と。
これは1937年のことで、その頃は戦争の脅威といえるほどのものは見当たらなかった。独裁者の為にこの種の情を覚えるのは、普通の私の人間性には似つかわしくないことは言うまでもない。まだ店を開ける前のことだったのは幸いだった。
私を包み込むようなその霊は明らかに高級界からの霊で、そういう運命を(そうとは知らずに)辿りつつある地上の一独裁者に対する愛と深い哀れみの情に、その日一日中私は色々と考えさせられた。活発に動き回っている私を圧倒するその偉大にして優しい力は、霊界旅行中は別として、かつて地上では体験したことがないたげに、驚きであった。
前の晩に見た最下層の霊達のあの絶望的状態は、霊的身体をもって体験する以外には味わえない、身の毛もよだつ程の、惨めなものだった。言葉ではとても表現できない。願わくばその霊達にもいつしか折り返し点が到来することを祈らずにはいられない。『永遠』では永すぎる。
第17節 隙を狙う邪霊達
私の指導霊が、ある霊媒を通じて、霊界旅行を面白半分にやってはいけない――つまり背後霊の付き添いなしで勝手にやってはならないと忠告してきた。これにはそれなりの理由があった。幽体離脱を予感し、準備がなされつつあることを感じ取っているうちに突如中止されたことが何度かあった。ある時は、いよいよ離脱の状態に入り、間違いなく離脱しているのであるが、どこかしら不安がつきまとい、霊界へ行かずに寝室の中を漂っていた。やがて階下の店へ下り、カウンターの後ろに立った。なぜか辺りの波長が低く陰気で、全体が薄ぼんやりとした感じがする。かつてそのような雰囲気を体験したことがなかったので、もしかして離脱の手順を間違えたのかと思っていた。
すると突然、邪悪で復讐心に満ちた念に襲われたような気がした。その実感は霊的身体をもって感じるしかない種類のもので、言葉ではとても表現出来ない。とにかく胸の悪くなるような、そして神経が麻痺しそうな感じがした。その念が襲ってくる方角を察して目をやると、二十ヤード程離れたところに毒々しい、すすけたオレンジ色の明かりが見えた。その輝きの中に、ニタニタと笑っている霊、憎しみを顔一杯表している霊が見えた。そして私が存在に気づいたことを知ると、咄嗟に思念活動を転換した。
すると代わって私の目に入ったのは骸骨、朽ち果てた人骨、墓地などが、幽霊や食屍鬼、吸血鬼、その他地上的無知とフィクションの産物と入り乱れている光景だった。
言ってみれば『パートタイムの幽霊』である私は、その光景をバカバカしい気持ちで見つめていた。すると急に蛇口を止められたみたいに思念の流れがストップして、その光景が視界から消滅した。その後しばらくカウンターの側に立っていたが、その時受けた増悪の念がつきまとい、不快でならないので、その夜はそのまま肉体に戻った。
戻ったベッドの中で私は、今のは霊界のならず者の集団であると判断した。そこが死後の世界であることを知っており、その上で、何百年も何千年もそこにたむろして、これからも自分のやっていることの無意味さに気づくまで、そんなことばかりしていることであろう。こういう集団が一旦出来てしまうと、そこから脱け出て進歩していくということは極めて困難である。仲間の憎しみの念がそれを阻止するのである。
それにしても、その邪霊集団が演出してみせた古めかしいお化け屋敷の現象にはいささか驚かされた。何度も繰り返してやっているらしく、地上の無知な作家が幽霊話の中にお決まりのように使用しているアイディアが全部その中にあった。
愚かしい概念も何世紀にもわたって受け継がれてくると、各国の人民の精神に深く刻み込まれていく。『未知なるもの』への恐怖心もその影響もその一つである。暗闇を好み地上の適当な場所を選んで、そうした低級霊がたむろして、潜在的な心霊能力でもって地上の人間に影響を及ぼす。彼らが集団を形成した時の思念は実に強烈で、幽霊話に出てくるあらゆる効果を演出することが出来る。未知なるものへの恐怖心も手伝って、そうした現象は血も凍るような恐怖心を起こさせる。
先のならず者の集団は実は下層界のチンピラ程度のもので、他にもっと強烈な攻撃手段で襲ってくる邪霊集団がいる。背後霊から勝手な旅行をいましめられて間もない頃、私はそうした強力な邪霊集団に取り囲まれたことがある。幸い背後霊団が間に入ってくれて事なきをえたが、一時はまるで電気に触れたように私の幽体が痺れを感じた程だった。
初め私はその一段の中に少年の霊がいるように思ったが、そのうち顔をよく見ると小人の霊だった。その矮小な身体は精神構造のせいである。その集団の親分は紫がかった深いシワのある肌をした面長の普通の大きさの身体をしていた。やがて別の霊的波長を受けて私はその男が地上で実業家だったことを直感した。
そうやってならず者に囲まれているうちに突然、まるで巨人の手のようなものが私の身体をつまみ上げてくれた。ところが敵もさるもので、そうはさせまいと私の身体にしがみついてきた。その時は既にしびれも取れていたので必死にもがいて抵抗した。そしていささか狂暴になっていた私は、丁度私の顔のところにきた腕に噛みついた。けっこう固さがあり、まるでゴムを噛んだような感触がした。
こうして私を中心にして争っている一団は、実は団子状になって弾力性のある一本の紐に乗って私の肉体へ向けて運ばれているのだった。そしてついに肉体と接触した時、まるで爆発したように火花が散るのが見えた。私も驚いたが、同時に助かったと思った。そして結局私の二つの身体がいきなり合体した時に生命力が強化され、それによって保護力ないし反発力をもった『場』が周りに出来上がったのだという印象をもった。同じようなことを霊界での『事故』に関連して体験しているので、後でそれも述べるつもりでいる。
その日の恐ろしい体験の回想も天井に大きな青銅の盾が出現したことで止まった。途方もなく頑丈で固い感じがした。それまでの美しい浅浮き彫りも有り難かったが、この特殊な顕現も異常な体験の後だっただけに有り難かった。それも私にとって霊的教訓の一つだった。
第18節 波長の調節が鍵
ある日の真昼に椅子に腰掛けている最中に離脱して、非常に暗い土地へ連れて行かれたことがある。が、なぜか意識ははっきりしない。まるで夢幻界にいるみたいだった――事実私は地上にいるとばかり思い込んでいた。しばらく歩いているうちに幾つかの家に挟まれた広い中庭のようなところへ来た。私は道に迷ったと思い、ある人が家に入るのを見かけたので走り寄って、ここはどこかと聞こうとして家の中まで付いて入った。
私が呼びかけると、振り向いて私を見るなり、まるで地上の人間が幽霊を見たように仰天して腰を抜かしそうになった。多分私の姿が十分にその界層の波長になり切っておらず、本当に幽霊のように見えたのであろう。不愉快そうな陰気な笑い方をしながら、その人は『脅かさないでくださいよ』と喘ぎながら呟いた。あまりに狼狽しているのを見かねて私はすぐにその家を出た。
家を出て初めて私は、もしかしたら幽体離脱をしているのかも知れないと思い、辺りの環境を注意深く観察した。が、地上と少しも変わったところはない。そこでふと霊界の土地は乾燥していてザラザラしており、手で握ると砂のように指の間からこぼれ落ちるほどであることを思い出した。そこでしゃがみ込んで土を握ってみようとしたが、その中庭は石で舗装してあって土が見当たらなかった。
しかしその石に触ったことで急に意識がはっきりしてきた。その土地の波長に調整されたからである。それに気をよくした私は、これから待ち受ける新しい体験に期待した。ところが数歩も行かないうちに地上の隣り合わせの家の台所で大きな音がした為に椅子に引き戻されてしまった。時計を見ると離脱していた時間は一時間半程で、確かに霊界を歩き回った時間とほぼ一致していた。
一時間半も霊界にいて明瞭な意識は僅かの間しかなかったというのは要領を得ない話であるが、その後、私は霊視現象や交霊会と同じく幽体離脱現象においても、一つ一つの体験が新しい実験であり、こうすればこうなるという保証された結果は一つもないことを悟らされた。いついかなる時も背後霊の指導を受けているが、その体験をどう自覚するかは背後霊の関与するところではなく、本人の内部から生まれ出てこなければならない。
第19節 界と界との境界
死後の世界について多くの本を読まれた方なら、界と界との境界が山脈だったり地面に掘られた穴を通って行ったりする話を読まれたことがあるであろう。実は私もその両方のケースを実際に見ている。特に後者の場合は奇妙である。
まず前者のケースであるが、1938年頃のこと、霊界の空港へ連れて行かれたことがある。飛行士は若者ばかりで、みな陽気な連中だった。ちょうどその時は近くの山脈を超えてみせると言った若い飛行士をからかっているところで、他の連中もそれを試みてどうしても出来なかったのである。いよいよその若者が乗り込み離陸した。そして山脈の頂上のところまで行って急にスピードが落ち、やむなく戻って来た。一旦戻ってからもう一度試みたが、やはりダメで、戻ってくると仲間から一段と大きな声で笑われていた。
私はその飛行機の中を点検してみたが、どうみても地上の飛行機の操作ではなく、霊界でこしらえたものだった。プロペラが地上では役に立たないほど小さく出来ていることからもそれが分かった。
次に後者のケースであるが、ある日の旅行中に1914年に始まった第一次大戦中に知り合った兵士と出会った。私はその兵士をもっとましな境涯へ連れて行ってやろうと思って説得し、一緒に歩いて行った。しばらく行くと景色がだんだん良くなってきた。私にはそう思えた。ところが突然その男が走って引き返し始めた。私は後を追ったが、彼は半狂乱状態で走りまくって、最後は大きな穴に飛び込んでそれきり姿が見えなくなった。穴は直径が五メートル近くあった。
私は彼とはよく知り合った仲だったので、その様子に少なからず驚いた。霊界通信によると界層は玉ねぎのようにいくつもの層をなして地球を取り囲んでいると述べているのがあるが、その時の体験で私は、少なくとも下層界ではそうなっていることを確証づけられたように思える。
さらに次の例のように、二つの次元の異なる界、すなわち波長の違う界層が重なり合っていて、しかもお互いに見えていないというケースもある。
初期の頃のことであるが、離脱してひとまず事務所のようなところへ案内され、そこで指導霊だけが中へ入って指示を受けている間、外で待たされるということが度々なので、私もいい加減その場所と波長にうんざりし始めていた。そんな時にまた同じ場所へ連れて行かれたので、つい心の中で『ちぇっ、またここか!』とつぶやいた。すると一瞬のうちに場面が一変し、退屈な風景から明るく楽しい田園風景の中に立っていた。その変わりようは驚異的だった。指導霊の私への支配力が増し、私の波長がその楽しい場所の波長に高められていたのであるが、私の身体は少しも動いていなかった。
どうやら背後霊は私がその霊界の『待合所』にうんざりしているのを察してくれたようで、それ以来、下層界へ行くことはあっても、その待合所へ連れて行かれたことは一度もない。
第20節 人を騙して喜ぶ霊達
ある時沈んだ雰囲気の場所へ連れて来られた時、少し離れたところを一人の男性が通りかかった。そして私の方を向いてきさくな笑顔を見せて手を振るので、私もつい手を振って挨拶した。するとその男は一人の女性と一緒に私の方へ近づいて来て『あんたはこの女に用があったんじゃないかな?』と言う。
私はその女性とは何の縁もないので首を横に振った。が、男は『いや、用があるはずだ』と言い張るので、私はおかしいと思って男の魂胆を探り、すぐにピンときたので、『いや、申し訳ないが、そんな女には会った覚えはないな』ときっぱり言った。すると男は肩をすぼめる仕草をして二人で去って行った。
しばらくは煙に巻かれたような気持ちだったが、そのうち指導霊が、あの男は地上で売春婦斡旋業者だった者で、連れの女の稼ぎで暮らしていたことを聞かされた。なるほどと思った。彼らは霊界の『海千山千』で、本心を巧みに隠す術を心得ている連中である。私ももう少しでまんまと引っかかるところだった。