煌く名言集を集めて 総集編
平成16年1月 近藤 千雄(訳)
巻頭言
本書は霊の世界の祝福を受けて物質の世界へ届けられるものです。願わくば今これを手にされたあなたが、本書を読まれることによって心の目を開き魂に感動を覚えられんことを祈ります。生命の物的諸相の背後にあるより高い、より深い、より尊い、そしてより雄大な側面に気づくまでは、その人は暗い霧の中で生きていることになるのです。
祈り
神よ、あなたは全生命の背後におわします。太陽の輝きはあなたの微笑みです。天より降り注ぐ雨滴はあなたの涙です。夜空に煌めく星はあなたの眼差しです。夜の帷はあなたのマントです。そして人の為を思いやる心はあなたの愛にほかなりません。
あなたの霊は全存在に内在しております。森羅万象はあなたの霊の顕現にほかなりません。美しく咲き乱れる花となり、さえずる小鳥の声となって顕現しておられます。あなたへの思いを抱く者ならば、あなたは誰にでも理解できるのでございます。
ああ、神よ。全宇宙を法則によって知ろしめされるあなたは、無窮の過去より存在し、無窮の未来にわたって存在いたします。これまでにあなたは霊の目を持って見る者に真実の姿を顕示され、愛を教え叡智を説き、理解しうる範囲内においてご計画を披露してまいられました。地上天国を築かんと願う者たちの魂を鼓舞し、霊力が生み出す勇気を持ってあなたの進化の仕事に協力するよう導かれました。
又、あなたの使者として私達を地上へ遣わされ、地上の子等の魂を解放し、あなたはいかに身近な存在であるかを認識させる為に、新たな光明、新たな知識、新たな真理、新たな叡智をもたらすべく、高揚と慰安と教化と啓示の仕事を託されました。
願わくはこのサークルをあなたの霊力によって満たし、ここを聖殿としてあなたの真理の輝きを流入せしめ、地上の暗き場所を明るく照らし、平和と知識と叡智をもたらすことが出来ますように。
序 文 ハンネン・スワッハー
われわれがシルバーバーチと呼んでいる霊は実はレッド・インディアンではない。一体誰なのか。今もって分からない。分かっているのは、その霊は大変な高級界に所属していて、その次元からは直接地上界と接触できないために、かつて地上でレッド・インディアンだった霊の身体を中継してわれわれに語りかけている。と言うことだけである。
いずれにせよ、その霊が〝ハンネン・スワッハー・ホームサークル〟と呼称している交霊会の指導霊である。その指導霊が最近こんなことを言った。
≪いつの日か私の地上時代の本名を明かす日も来ることでしょうが、私は仰々しい名前などを使用せずに皆さん方の地上の人間の愛と献身とを獲得し、私の説く真実性によってなるほど神の使徒であることを立証すべく、こうしてインディアンに身をやつさねばならなかったのです。それが神の御心なのです≫
ところで、私とシルバーバーチとの出会いは1924年スピリチュアリズムの真実性を確信して間もない頃のことだった。以来私は毎回一時間余り、シルバーバーチの教えに耳を傾け、導きを受け、助言を頂き、いつしかその霊を地上のいかなる人物よりも敬愛するようになった。
(スワッハーはある日の交霊会に大先輩のノースクリッフ卿が出現してどうしようもない証拠を見せ付けられたことがきっかけで死後の存在を信じるようになった。折しも友人のバーバネルが霊能を発揮し始め、スワッハーの自宅で交霊会を催すようになった。それが〝ハンネン・スワッハー・ホームサークル〟と呼ばれるようになったゆえんである)
シルバーバーチの地上への最初の働きかけは普通より少し変わっていた。スピリチュアリズムを勉強中の18歳の無神論者が、ある時ロンドンの貧民街で行われていた交霊会で冷やかし半分の気持ちで出席していた。そして霊媒が次々といろんな言葉でしゃべるのを聞いて、思わず吹き出してしまった。ところがその中の一人が「そのうちあなたも同じことをするようになりますよ」と戒めるように言った。
その時はばかばかしいと言う気持ちで帰ったが、翌週再び同じ交霊会に出席したら、途中でうっかり眠ってしまった。目覚めると慌てて非礼を詫びたがすぐ隣に座っていた人が「あなたは今入神しておられたのですよ」といってから、続けてこう語った。
「入神中にあなたの指導霊が名前をおっしゃってから、今日までずっとあなたを指導してきて、間もなくスピリチュアリストの集会で講演をするようになると言っておられました」
これを聞いて若者は又笑い飛ばしたが、それが現実となってしまった。
当時はシルバーバーチは多くを語ることが出来ず、それもひどいアクセントだった。それが年を経るにつれて、入神させて語る回数が増えたことも手伝って英語がめきめき上達し、今日ではその素朴で流麗な英語は、私がこれまで聞いたいかなる演説家もその右に出る者はいない程である。
ところで〝霊媒のバーバネルが本当に入神していることをどうやって確認するのか〝と言う質問を受けるが、実はシルバーバーチが我々列席者に霊媒の手にピンを差してみるようにと言ったことが一度ならずあった。恐る恐るそっと指すと、思い切って深くさせと言う。すると当然、血が流れるが、入神から覚めたバーバネルに聞いてもまるで記憶がないし、その跡形も見当たらなかった。
もう一つ受ける質問は、霊媒の潜在意識の仕業でないことをどうやって見分けるのかと言うことであるが、実はシルバーバーチとバーバネルとの間には思想的に完全に対立するものがあるものが幾つかあることが、そのよい証拠と言えよう。例えばシルバーバーチは再生説を説くが、バーバネルは通常意識の時は再生説は絶対にないと主張する。そのくせ入神すると、再生説を説く(晩年は信じるようになった)。
些細な事だが、もう一つ興味深い事実を紹介すると、シルバーバーチの霊言を〝サイキックニューズ〟紙に掲載することになって速記録が取られるようになるまでのことであるが、バーバネルがベッドに入ると、その日の交霊会で自分が入神中にしゃべった事が霊耳に聞こえてくるのだった。これには訳がある。バーバネルはもともと入神霊媒となるのが嫌だったのであるが、自分でしゃべったことを後で全部聴かせてくれるならと言う約束をシルバーバーチとの間で取り付けていたのである。速記録が取られる様になると、それきりそういう現象は止まった。
翌日その速記録が記事となったのを読んで、バーバネルは毎度の如くその文章の美しさに驚く―自分の口から出た言葉なのに、この後<シルバーバーチに最敬礼する>(参照)シルバーバーチは教えを説くことに専念しており、病気治療などは行わない。又心霊研究家が求める様な、証拠を意図したメッセージもあまり持ち出すことをしない。誠に申し訳無いが自分の使命は霊的教訓を説くことに限られているので・・・と言って、我々人間の要求の全てに応えられない理由を説明する。
私は最近、各界の人物を交霊会に招いている。牧師、ジャーナリスト、その他あらゆる分野から招待しているが、シルバーバーチと言う人物にケチをつける者は一人としていない。
そのうちの一人で若い牧師を招いた時に私は前もって〝貴方の考える得る限りの難解な質問を用意していらっしゃい〟”と言っておいた。日ごろ仲間の牧師からさんざん悪口を聞かされている〝交霊会〟と言うものに出席すると言うので、この機会に思い切ってその〝霊〟とやらをやり込めてやろうと意気込んできたらしいが、シルバーバーチが例によって〝摂理〟というものを易しい言葉で説明すると、若者はそれきり黙りこんでしまった。難解きわまる神学がいとも簡単に解きほぐされてしまったからである。
さて、そのシルバーバーチを支配霊とする私のホームサークルは、毎週金曜日の夜に開かれる。(当初は週一回、中年からは月一回となり、晩年は不定期となった)その霊言はサイキックニューズ紙に掲載される。その版権が私のホームサークルに所属するのは、サークルとしての使用を目的としてのことではなく、これを世界中に広める為である。今ではシルバーバーチは地上のいかなる説教者よりも多くのファンを持つに至っている。あらゆる国、あらゆる民族、あらゆる肌の色の人種の人々に敬愛されている。
しかし実を言うと一旦活字になってしまうと、シルバーバーチの言葉もその崇高さ、その温かさ、その威厳に満ちた雰囲気の片鱗しか伝える事が出来ない。交霊会の出席者は思わず感涙にむせぶことすらあるのである。シルバーバーチがどんなに謙虚にしゃべっても、高貴にして偉大なる霊の前にいることをひしひしと感ずる。決して人を諌めない。そして絶対に人の悪口を言わない。
キリスト教では〝ナザレのイエス〟と言う人物についてよく語るが、実際には本当のことはほとんど知らずに語っているし、イエスと言う人物が存在した証拠は何一つ持ち合わせない。シルバーバーチはそのイエスを、彼が連絡を取り合っている霊団の中でも最高の霊覚を持つ存在に位置付けている。永年にわたってシルバーバーチと親しく交わってきて私はその誠実な人柄に全幅の信頼を置いているので、われわれはシルバーバーチの言う通り、新約聖書の主役であるイエス・キリストは地上で開始した霊的革新の使命に今なお携わっていると確信する。そう信じで初めて!見よ、私はこの世の終わりまで常にあなた達とともにいる!(マタイ28・20)と言うイエスの言葉の真実の意味が理解できる。今の教会ではこの説明は出来ない。
シルバーバーチの哲学の基本的概念はいわゆる汎神論である。すなわち神は大自然そのものに内在し、不変の法則として全てを支配している。要するに神とはその法則(摂理)なのである。それをシルバーバーチは〝あなた方は大霊の中に存在し又、大霊はあなた方の中に存在します〟と表現する。と言うことは、われわれ人間もみな潜在意識的にミニチュアの神であり、絶対的創造原理の一部としての存在を有していると言うことである。
もっともシルバーバーチは理屈をこねまわすだけの議論には耳を貸さない。人間は何らかの仕事をする為にこの地上へ来ているのだと言うことを繰り返し説き、宗教とは〝人の為に自分を役たてること〟と単純明快に定義する。そしてお粗末とは言えわれわれは、この地上にあって戦争に終止符を打ち、飢餓を食い止め、神の恩寵が世界中にふんだんに行きわたる時代を招来する為の、霊の道具である事を力説する。
“われわれが忠誠を捧げるのは一つの教義でもなく、一個の教会でもなく、生命の大霊その永遠不変の摂理である〟…これがシルバーバーチの終始一貫して変わらぬ基本姿勢である。
シルバーバーチに最敬礼する
シルバーバーチの教えはいわば言葉の錬金術、つまりアルファベットの26文字を操って輝くばかりの美しい言葉を生み出す能力の典型である。年がら年中ものを書く仕事をしている人間から見れば、毎週毎週ぶっつけ本番でこれほど叡智に富んだ教えを素朴な雄弁者で説き続けることそれ自体が、すでに超人的であることを示している。
ペンに生きる他のジャーナリストと同様、私も平易な文章ほど難しいものはないことを熟知している。誰しも単語を置き換えたり削ったりし、文体を書き改めたり、字引や同義語辞典と首っ引きでやっと満足のいく記事が出来上がる。ところがこの〝死者〟は一度も言葉に窮することなく、すらすらと完璧な文章を述べていく。その一文一文に良識が溢れ、人の心を鼓舞し、精神を高揚し、気高さを感じさせる。
シルバーバーチは宗教とはお互いに扶助し合う事に尽きると言う。神とは自然法則であり、腹を立てたり復讐心をむき出しにする人間的な神ではないと説く。その言葉に一つ一つがダイヤモンドの輝きに似たものがある。その人物像もまさしく〝進化せる存在〟であり、全人類への愛に満ち、世古たけた人間の目には分からなくても、童子の如き心の持ち主には得心のいく真理を説き聞かせようとする。迷える人類の為に携えてきたメッセージは〝人のために自分を役たてなさい〟と言うことしかないと言いつつも、そのたった一つの福音の表現方法はキリがないかに思えるほど多彩である。
永年にわたってその霊言に親しんできた者として、ますます敬意を覚えるようになったこの名文家、文章の達人に私は最敬礼する。