時は5月。東京辺りでは、梅雨入り前の一番良い時期だろう。ところが、ここ札幌は 天候不順でず〜っと曇りがち。しかもとんでもなく寒い。思わず「コートが欲しい」と思うような気温が続いているのだ。
『今の時期は、どこ行っても寒いよ、まだ。今回は大人しく帰ったら? どうせ、また来るんでしょう?』
確かにマスターのおっしゃるとおりではある。だがこのまま東京に戻ったとしても、とりあえず少しだけ仕事が暇なはず。ならばリフレッシュを兼ねて、どこかへ出かけたい。
『十勝なんかどうでしょうねえ?』
『十勝!? ダメダメ。ようやく春めいて来たってなぐらいじゃない? 夏行きなよ、夏!』
わかっちゃいるけど、そう都合良くお薦めの季節に出張があるわけでもない。このところ頻繁に札幌へ仕事に来てはいるが、なぜか『夏の最盛期』と『雪祭り』の時期だけは外れている。
そんなことを話しながら旨い酒を飲み続け、足下がフラフラになる頃合いに店をあとにした。
どうして『思い入れの丘』なのか。ちょっと酸っぱい話なので、理由は省略(^^;)。まあ、10年以上昔の話だ。思い入れには人に語りたいものと、そっと内緒にしておきたいものの二種類がある。で、この丘に対する思い入れの理由は、後者の方というわけだ。
(そのため以降の旅日記の中で作者の気分が変わる理由も、お読みいただく方には「?」のところもあるでしょうが、ご容赦下さいませ・・・)
まあとにかく色んな思いがあったこともあり、どういうきっかけで訪れることになるかはわからないが、『いつかは行きたい。必ず一度はこの目で見たい』と思っていたのが、この丘だったと言うわけだ。
もっとも、それだけじゃない。『帰りの航空券は買ってないから、帰りは違う空港からビューンと帰るのもいいなあ』という、私にピッタリの単純な理由もある。
さてさて、今日の泊まりは旭川のホテルにしようと思っている。時刻表のホテル一覧からめぼしいホテルを見つけて電話をしてみると、最初の電話で今日の宿が決まってしまった。やっぱりこの季節は観光客が少ないのかなあ・・・・とも思ったが、札幌辺りでも夏のハイシーズンを除けば、大体が電話一発でホテルが取れる。だから観光シーズン云々はあまり関係ないことなのかも知れない。
とにかくそんなわけで、私は旭川行きの列車に乗るために札幌駅へ向かった。
ここでとりあえず途中下車して、荷物をコインロッカーに預けることにする。身軽になったところで再び改札口を戻って、一番端のホームへ向かった。ここから富良野線で美瑛に向かうのだ。
ホームに立つとまもなく、一両のディーゼルカーが入ってきた。車体の色は白に近いクリーム色で、横に紫とグリーンの線が入っている。ワンマンカーだ。何年か前に乗った深名線の列車(今はもう廃線になった深川〜名寄間を結んだ路線。『旅その1』に登場。そちらをご覧ください)とは車輌の雰囲気が全然違う。もっと『ローカル線らしさ』みたいなものを勝手に想像していたのだが。
これは乗ってみて、そして走り出してみてすぐに解った。この列車の利用客は思いの外、多い。そして停まる駅ごとに比較的大きな町もある。私がイメージしていた『田舎町を走るローカル線』というよりも、『都市近郊を走る通勤路線』と言う感じ。
『さあ〜て、何を食べようか・・・・』
そう思って歩いていると、何やら立派な建物が見えてきた。地方の小さな町で立派な建物を見たら、大抵は「お役所の建物」か「農協の建物」と相場が決まっているが、ここも例に漏れず美瑛町役場の建物だった。本体の建物も立派だが、その隣にこれまた立派な展望台まである。四季の塔という名前らしい。周囲に背の高い建造物がないので、見晴らしは最高に違いない。そう思って早速、その展望台に向かうことにした。さすがにお役所の展望台だから、上に上がるのにお金を取られることはない。
展望台からはグルリ360度の展望。遠くに大雪山連峰や町の周囲を取り囲むように丘が見える。天気が良ければもっと楽しめると思うのだが、こればかりは致し方ない。
美瑛の駅の売店で買った使い捨てカメラ(この呼び方、あんまり好きじゃないんだけど、『レンズ付きフィルム』って言うのも何だかピッタリ来ないし・・・・良い呼び方ありませんかねえ?)で何枚か写真を撮って、展望台を降りた。
さてここから先はガイドブックでも有名な景色がず〜っと続く。『パッチワークの丘』とか『セブンスターの木』とか、まあどこをどう切り取っても絵葉書的な風景が広がっているわけだ。お天気にさえ恵まれれば、誰でも優秀な写真家になれそうな気がしてくる。
だが、そういった風景の描写は、この旅日記からは思いっきりカットしてしまうことにする。この風景を言葉で描写することは難しい。ましてや、私の拙い表現力では・・・とにかく日本離れした風景であるには違いない。
ところで、同じ北海道の父の生まれ故郷も農業地帯なのだが(これも「旅その1」で、ね)、その地とは正反対の印象を受ける。どこが違うのだろうか。
この風景を見ていると、どうしても北海道の自然に対する『大らかさ』の部分を感じてしまうのだ。真冬の厳しさも、この丘を訪れる観光客にとってはすべて『美しいもの』に映り、今日のような重く立ちこめた雲や嵐であっても、『自然の大きさ』に感動してしまう。一方、あちらは北海道の自然の『厳しさ』だけが、どうしても強調されて感じられてしまう。
この印象の違いは訪れた時期の違いや『農業の規模』の違いもあるのだろうが、それだけではない。何よりも大きな違いは、ここには『丘』があるからなのだ。美瑛は『田園』と言う言葉が、ごく自然に違和感無く受け容れられる地だという気がする。
下っては上り、また下っては上る。その繰り返しに、「ここはやはり『丘の町』なのだ」と、何度も思わずにはいられない。
だが、いつまでもそんな気分でいるのは私の柄じゃない。それに何だか少しだけスッキリした気分もしていた。どうせなら大声で叫んで、もっとスッキリしてみれば良かったかな?
もう一度大きな風景を眺め渡して、自転車まで戻ることにした。
空は相変わらずの重い空だが、時々青空がのぞいたりもする。
考えてみたら、こんな天気の日に思い入れの丘にやってくることは、考えたこともなかった。いつもいつも「青い空と爽やかな風」・・・・そんなことだけをイメージしていた。
でもこれは私に限ったことではないだろう。どんなガイドブックを見たって、今日のような曇天の日に撮影して、しかもその写真をわざわざ選んで、掲載するはずはない。
そんなことを思いながら走っている内に、そろそろレンタルの終了時間が近づいてきた。レンタル時間は延長できるが、そんな元気はもう残っていない。
この大きな『思い入れの丘』に別れを告げ、今度は往きと違うルートで、一気にレンタサイクル屋に戻ることにした。
『この付近で、どこか良い見どころありますかねえ?』
『う〜ん・・・市内だとあんまりお薦めの場所ってないんですよ、旭川って言うところは。ちょっと足を延ばせば、層雲峡とか美瑛とか、有名なところがいろいろとあるんですけどねぇ・・・』
『実は今日ねえ、その美瑛に行って来たんですよ・・・』
明日は道立美術館でも見に行こう(若旦那のお薦めだった)と思いつつ、寿司を摘んでいると携帯電話が鳴った。友人からだ。
『今、どこにいるの?まだ、北海道?』
『うん。明日、帰るつもりだけど・・・』
また『思い入れの丘』の話をしたくなったけど、急に気恥ずかしい気分になって、止めてしまった。
次に美瑛を訪れるのはいつのことだろう・・・・今度は絵葉書のような「お天気」を期待している自分がいる。もう「思い入れの丘」を通り過ぎ、「想い出の丘」を訪れることになるのだろうか。そんな気がしないでもない。いやいや、相変わらずの気持ちでいるかも知れない。
そんなことを思いつつ、寿司をパクリ。旭川の夜は更けて行く・・・。