料理長殿、御用心 ★★★
(Who Is Killing the Great Chefs of Europe?)

1978 US
監督:テッド・コッチェフ
出演:ジャクリーン・ビセット、ジョージ・シーガル、ロバート・モーレー、フィリップ・ノワレ


<一口プロット解説>
世界的に有名なヨーロッパのシェフ達が、自分の得意料理の料理方法で次々に料理されていく。
<入間洋のコメント>
 小生はこの映画が劇場公開された時にいそいそと見に行ったことをよく覚えているが、それ以来この映画の大ファンであることを自認している。国内外共に隠れファンが多い映画の1つであるが、何はともあれ次から次へと登場する豪華料理には目を奪われる。おなかをすかせてこの映画を見ると、画面にかぶりつきたくなるので十分に注意が必要である。実は、この作品は、殺人ミステリーをブラックコメディで味付けした一風変わった作品であるが、1970年代後半には同工異曲の映画が比較的有名なところでも3本製作されている。1本は勿論、この「料理長<シェフ>殿、ご用心」であるが、他の2本は「大陸横断超特急」(1976)と「名探偵登場」(1976)である。殺人ミステリーながらどれも楽しく、気軽に見るには絶好の作品であり、この3本の映画をそれぞれ何回見たかまるで記憶しておらず、「大陸横断超特急」は若干怪しいが他は最低でも20回は見たことに間違いはない。「大陸横断超特急」ではジーン・ワイルダー、「名探偵登場」ではピーター・セラーズといういわばプロフェッショナルなコメディアンが主役を勤めているが、この「料理長<シェフ>殿、ご用心」では、必ずしも生粋のコメディアンとは言えないジャクリーン・ビセットとジョージ・シーガルが主演している。殊にフェイ・ダナウェイキャンディス・バーゲンゴールディ・ホーンサリー・フィールドなどと共に1970年代を代表する女優の一人であったジャクリーン・ビセットは、エレガンスが持ち味であった為かフィルモグラフィーを見てもコメディ系統の映画への出演はこの作品くらいしかなく、その意味でも貴重であるが、この映画を見る限りではもう少しコメディに出演していても面白かったのではないかという印象を受ける。一方のジョージ・シーガルは、本書でも取り上げた1970年代のロマコメの最高傑作の1つである「ウィークエンド・ラブ」(1973)で遺憾なくコメディセンスを発揮していたが、単にコメディパフォーマンスのみを取り上げるのであれば、「料理長<シェフ>殿、ご用心」は彼の代表作と言っても良いだろう。

 これまでに少なくとも20回はこの映画を見たことがある小生の目にかくもこの映画が素晴らしく魅力的に見える理由は、勿論豪華料理が次から次へと登場することもあるが、ヨーロッパ各地でロケされ、色彩のゴージャスさが素晴らしいからでもある。英語にはvisual feast(視覚的な饗宴)というような言い方があるが、まさにそれがピタリとこの映画には当て嵌まる。しかも1950年代のこれ見よがしのカラーとはまた違った洗練された色合いである点は、この映画が、カラー映画が当然になってから久しい1970年代の映画であることを如実に示している。またヘンリー・マンシーニのカラフルで楽しい音楽が、映画の内容にこれまたピタリとマッチしていて心地良い。実を言えば、殺人ミステリーとして見ていると、最後に誰が犯人であるかが判明するシーンで若干ガッカリすることになるが、この映画は殺人ミステリーよりもコメディの度合いが大きいのでその辺は大目に見るべきだろう。

 ところで、この映画に出演している俳優の多くはヨーロッパ出身者である。ジャクリーン・ビセットとロバート・モーレーはイギリス人であり、殺人のターゲットとなるシェフ達を演ずるジャン・ピエール・カッセル、フィリップ・ノワレ、ジャン・ロシュフォールはフランス人である。ただ一人ジョージ・シーガルのみがアメリカ出身者であり、ヨーロッパの俳優達が高級料理の達人コックを演じているのに対し、彼のみがいかにもアメリカ的なファーストフードチェーン店をヨーロッパに展開しようとしているところが面白い。特に、彼が宣伝用に使う空気人形は、いかにもアメリカの大量消費社会をカリカチュアライズしているように見え何とも可笑しい。見ようによってはヨーロッパの伝統溢れる大陸文化とアメリカの大量消費文化の違いをコメディのネタにしているようなところがあり、それを念頭に見ていると、ジョージ・シーガルがイギリスのテレビ局で「second floor」の意味を取違えるのもイギリスとアメリカの文化の違いが示唆されているようで面白い。時々そのようなイギリスとアメリカの文化の違いをコメディのネタにした映画があり、たとえば「芝生は緑」(1960)などがその1つである。

 1970年代の後半に話題になった映画というと、「大統領の陰謀」(1976)、「ネットワーク」(1976)、「タクシー・ドライバー」(1976)、「ディア・ハンター」(1978)、「地獄の黙示録」(1979)のような陰謀や暴力といったネガティブな側面がクローズアップされた作品が目立つが、殺人ミステリーというネガティブな題材をコメディというポジティブな表現に錬金術的に変換する映画がいくつか出現したのは単なる偶然ではないのかもしれない。「北北西に進路を取れ」(1959)のレビューでも述べたが、オーディエンスは、普段見慣れぬネガティブな光景が、馴染みのあるポジティブな光景に錬金術的に変えられていくのを見ることに心地よさを覚えるものであり、暗い映画が数多く製作されていた時代に「料理長<シェフ>殿、ご用心」のような映画が登場するのも無理からぬところであろう。まただからこそ小生もこの作品を飽きることなく繰り返し繰り返し見続けているのである。

※当レビューは、「ITエンジニアの目で見た映画文化史」として一旦書籍化された内容により再更新した為、他の多くのレビューとは異なり「だ、である」調で書かれています。

1999/04/10 by 雷小僧
(2008/10/18 revised by Hiroshi Iruma)
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