名探偵登場 ★★★
(Muder by Death)

1976 US
監督:ロバート・ムーア
出演:デビッド・ニブン、ピーター・セラーズ、ピーター・フォーク、マギー・スミス



<一口プロット解説>
世界中の有名な名探偵が、トルーマン・カポーティの住む豪邸に招待され、まだ発生していない殺人事件の解決を依頼される。
<雷小僧のコメント>
探偵小説というのはよく考えてみれば最も精密なプロットラインを要求するという意味において、最もリニアで伝統的な図式が必要な分野と言えるのではないでしょうか。誰がどう考えてもアバンギャルドな探偵小説など存在しないように思われます。たとえば、アガサ・クリスティーの有名な探偵小説に、これが本当に探偵小説と言えるのかという物議を醸した「アクロイド殺人事件」がありますが(何故そういう議論があるかというとこの小説は探偵小説の無言の前提を無視するという掟破りをしているからですが、まだ読んだことがない人の楽しみを奪うとよくありませんので詳しくは言いません)、これすらも合理的にプロットされた構造によっていかにして最大限の意外性を引出せるかが焦点になって、その結果がそのようになったわけであり、1つの掟が破られたとはいっても基本的にプロット重視という伝統から大きく踏みはずしているわけではないのです。まあ、ジョイスの「フィネガンズウエイク」のような探偵小説が仮にあったとしてもそれはきっと探偵小説では全くないということでしょうね。
さてこの「名探偵登場」ですが、この映画は一見すると探偵小説仕立てになっています。ある富豪(何と小説家トルーマン・カポーティが映画初出演しています)の屋敷に世界中から名探偵が掻き集められて、まだ行われていない殺人事件を解決しろと言われます。既にこの辺からして既に胡散臭いのですが、集められた探偵がまたエルキュール・ポワロだとかミス・マープルだとかサム・スペード等のパロディでその珍妙なやりとりが実におかしいのですね。サム・スペードは、ご存知ピーター・フォークが演じていますが、どうもこの人は「刑事コロンボ」の印象があまりにも強いのでボガート張りのハードボイルドを気取ってもコロンボの印象が重なって実に妙です。又、デビッド・ニブンとマギー・スミスのコンビはいかにも英国的な雰囲気がよく出ています。けれども一番傑作なのはシドニー・ワン(ある本によるとチャーリー・チェンのパロディだそうです)という東洋人探偵を演じるピーター・セラーズで文法無視の英語をしゃべってはカポーティにしかられるという変な探偵を演じています。尚、ミス・マープルを演じているエルザ・ランチェスターはかつてチャールズ・ロートンの奥さんだった人でこの映画出演時点で70歳半ばのはずですが、その童顔はこの年でも変わっていないようですね。
ところで変なのは、何も登場人物だけでなくてプロット自体も実はハチャメチャでこの映画で起こるイベントはほとんど何の脈絡も合理性もなく発生します。たとえば、ある部屋のドアを開けて中を覗いたら誰もいなかったけれども、10数えてもう一回開けると一堂勢揃いしていたという具合にです。きっと最後には、全ての出来事が合理的に説明されるに違いないと思って期待して最後まで見ていても何の説明もないのですね。つまり、ある意味でこの映画は見る人の心構えを茶化しているような側面があって、それがまた妙な可笑しさを生み出しているように思います。要するにこの映画は、プロットへ固執せざるを得ないという探偵小説の体質及びそれを期待する観客の心構えを思い切り笑い飛ばして脱構築しているわけであり、特に一番最後の方のシーンで小説家でもあるカポーティが過去の有名な探偵小説の欠点を滅多切りにするようなコメントを吐く箇所がありますが、そういう所にもそれが如実に現れています。但し、この映画のシナリオライターはあのニール・サイモンであり、一般的に言ってこの人の舞台劇に基く映画のほとんどは各登場人物の会話のやりとりの妙味で見せるという一面があり、プロット自体はさほど重きをなさないものが多いということは言っておかなければならないでしょう(但し、プロットはきちんと存在しますが)。いずれにしても、この映画はパロディだと思って見ていると実に面白可笑しい映画で、いかにも馬鹿馬鹿しい点が面白いというのがこの映画の最大の強みなのではないでしょうか。

1999/04/10 by 雷小僧
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp