すべてをアナタに ★★☆
(A Very Special Favor)

1965 US
監督:マイケル・ゴードン
出演:ロック・ハドソン、レスリー・キャロン、シャルル・ボワイエ、ウォルター・スレザク

左:レスリー・キャロン、右:ロック・ハドソン

典型的に50/60年代のロマコメという趣があり、他愛もないと言えば他愛もなく取り立ててレビューとして指摘すべき点が豊富にあるような作品ではありませんが、そこがいいのですね。そもそも、この当時製作されていたロマコメは、要するに各スタジオが製作する大枚を注ぎ込んだ看板大作映画の合間に製作されたいわば息抜きのようなものでした。たとえば「クレオパトラ」(1963)のような超大作が、舞台や衣装だけに限ってもどれ程の予算がかけられているかは一目で分かるのに対して(この作品のおかげでFoxが潰れかけたのはよく知られたところです)、ロマコメは役者に支払うギャラを別とすればおよそ低予算で済むであろうことはすぐに想像できます。しかもロマコメは気軽に見られるので、ターゲットとなるオーディエンス層も幅広く、ロック・ハドソンのようなビッグスターを起用しさえすればそこそこの集客は見込めたわけです。ということで、「すべてをアナタに」はそのロック・ハドソンの最後のロマコメと言ってもよい作品であり、且つ彼の演ずるロマコメキャラクターの集大成であると言っても間違いはないところです。1950年代後半から1960年代前半にかけて出演したロマコメで、彼は男性至上主義的なプレイボーイを演じていることが多く、それが極めて彼のパーソナリティにフィットしていたわけですが、この作品では男性至上主義的なプレイボーイを装う男性至上主義的なプレイボーイという究極の男性至上主義的なプレイボーイを演じていてまさに面目躍如たるものがあります。というのは、ロック・ハドソン演ずるプレイボーイは、レスリー・キャロン演ずるオールドミスの精神分析医の親父(シャルル・ボワイエ)に彼女をロマンスに目覚めさせるように頼まれますが、自分がモテてモテて仕方がないことを悩みとして彼女のカウンセリングを受けるフリをして彼女に近付くのですね。実は、このフリをするというのが彼のロマコメキャラクターの特徴の1つであり(というかまあ脚本家スタンリー・シャピロが演出する彼のイメージと言うべきかもしれませんが)、「夜を楽しく」(1959)や「恋人よ帰れ」(1962)でも彼はフリをする役を演じていましたが、但し「すべてをアナタに」がそれらの作品と異なる点は、後者がプレイボーイたる彼がプレイボーイとは正反対の不器用な田舎者のフリをする役を演じているのに対し、こちらはプレイボーイがまさにプレイボーイの理想たるがごとくギャルに付き纏われすぎることを悩みとするハイパープレイボーイのフリをする役を演じています。ハイパープレイボーイ、これこそまさに彼の面目躍如たるところであると言えるでしょう。というのも、彼は前年の2作においては、彼の男性至上主義的プレイボーイイメージとはやや異なる役を演じていたからです。すなわち、「男性の好きなスポーツ」(1964)ではポーラ・プレンティス演ずる女傑に振り回される役を、また「花は贈らないで」(1964)では心気症の女房持ちを演じていました。確かに前者では、相手がロック・ハドソンであったからこそポーラ・プレンティスの男勝りなキャラクターが生きたとも言えますが、しかしいずれにしても彼はやや控え目であったことには間違いありません。その点「すべてをアナタに」の場合には、本来のロック・ハドソンのイメージに戻ったともいえ、それ故典型的な50/60年代ロマコメであるような印象を与えるわけです。まあしかしロック・ハドソンだけではなく、この頃のロマコメには味のある脇役が多く出演しており、その点この作品も例外ではありません。お相手はレスリー・キャロンですが、「がちょうのおやじ」(1964)のレビューでも書いたように彼女はかつての神話的ビッグスターのイメージよりは庶民的イメージを強く持つ人であり、その点ロック・ハドソンと3本のロマコメで共演したドリス・デイとも似た点がありました。因みに興味深いことは前述したようにここで彼女は精神分析医を演じていることであり、そもそも今日とは異なり精神分析医が映画に登場することすら珍しかった当時にあって女性精神分析医が登場するのは、前年に製作されたロマコメ「求婚専科」(1964)のナタリー・ウッドと共に最も初期の例になるのではないでしょうか。これも彼女が新しいタイプの女優さんであったという証拠になるかもしれませんね。そのレスリー・キャロン同様フランス出身でありながらアメリカ映画への出演が多かったシャルル・ボワイエは、「ガス燈」(1944)の頃とは異なり60年代になるとモーリス・シュバリエ同様ロマコメでノホホンとして気の良いオヤジを演ずることが多くなり、この作品はその典型です。更にウォルター・スレザク、ディック・ショーン、ラリー・ストーチ、ニタ・タルボットなどまさに彼ら彼女らにしかない独特なパーソナリティを持った名脇役が脇を固めていてそれぞれ独特なタッチを加えています。それから、当時のロマコメにはいかにも下らないけれどもそれが妙に面白いというシーケンスが挿入されていることが多く、この作品ではラリー・ストーチ演ずるドライバーが運転するタクシーに乗ったロック・ハドソンが、途中でタクシーを停めてバーによっては、その度に彼を取り巻く見知らぬ酔っ払いが増えていくシーンがそれにあたります。他にもインテリアデザインであるとか分割画面の使用或いはタイトルバックのアニメーションなどいかにもこの頃のロマコメだなと思わせる仕掛けをそこここに見出すことができます。冒頭で述べたように他愛もないと言えば他愛もない作品ですが、この当時のロマコメのファンであれば見逃せない一本でしょうね。


2007/02/10 by Hiroshi Iruma
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp